劇団スタジオライフ『エッグ・スタンド』製作発表レポート

萩尾望都の傑作短編マンガ『エッグ・スタンド』初の舞台化。
劇団スタジオライフ2017年春の新作は、
ナチス占領下のパリで繰り広げられる
「闇を抱えた少年」「踊り子の少女」「レジスタンスの青年」
3人の魂の物語。



「Noirチーム」「Rougeチーム」によるダブルキャスト公演。
それぞれの出演者と、原作者の萩尾望都さん、演出の倉田淳さんが作品への思いを語りました。


 1996年に『トーマの心臓』を世界で初めて演劇作品として上演して以来、『訪問者』『マージナル』『メッシュ』『11人いる!』『続・11人いる!─東の地平 西の永遠─』と萩尾望都作品を次々に舞台化してきた劇団スタジオライフ。

 作中の人物の思いに寄り添い、その“存在”を丁寧に描いていく純度の高い舞台は、“モー様”(萩尾望都さん)ワールドにぴったり! と信頼を寄せている原作ファンの方も多いのではないでしょうか。



2012年に紫綬褒章を受章、2017年 朝日賞受賞するなど受賞多数。
言わずと知れた少女漫画界の神様!
【萩尾望都さん】


 今回上演される『エッグ・スタンド』は、1984年にプチフラワー誌に掲載された短編作品。

 第二次世界大戦中、ドイツ占領下のパリで出会った、謎の少年ラウルと、身元を偽って暮らしている踊り子の少女ルイーズ、そしてレジスタンス活動に身を投じている青年マルシャン。奇妙な共同生活をおくる3人がやがて知ることになる衝撃的な“秘密”とは…?

 10年以上前から上演を熱望しながら「いざとなると(舞台化するのが)怖くなってしまい、時間がたってしまった」という演出の倉田淳さんと、「倉田マジックが楽しみ」という萩尾望都さん。おふたりの対談と、出演者が意気込みを語った製作発表会の模様をお届けいたします。




【萩尾望都さん・倉田淳さん 対談】




倉田)
 1984年というと世の中がバブルに向かう兆しがある頃で、浮かれ調子な雰囲気だったと思います。そのなかでこの作品をお書きになった経緯を教えていただけますか?

萩尾)
 両親が太平洋戦争を経験した世代ですので、私も自然と戦争について興味を持ち、高校の図書館で本を読むなどしていました。日本で起きたことはあまりにも生々しく直視できなかったので「白バラ運動」について書かれたものなどヨーロッパを舞台にしたものを選んで。そのなかで「どうして人間は戦争をするんだろう」と素朴な疑問が浮かび、そのことをずっと考え続けていたんです。
 ある日、アラン・レネ監督の『二十四時間の情事』(『ヒロシマ・モナムール』)という素晴らしい映画に出会い、「戦争の悲しみというのは、個々人の上に落ちてくるのだ」と非常にショックを受け、それからずっと「いつか自分もこういうものを書きたい」と思っていました。本をたくさん読んで、(戦争体験について)わかった気になろうとしたんですが、やはり本当の、正直なところはわからないわけです。むしろ映画や演劇など、生身の人間がダイレクトに見せてくれる方がずっと伝わってくるものがあるなと感じました。マンガでもそのあたりを感じ取っていただけたらと思って描いていましたが、描いている本人が「うう、わからない」と思っていましたから、どこまで伝わったか…。

倉田)
 (マンガを読んで)ラウルたち3人の心情、とてもよく伝わってきました。もう、すごく響いて、響いて、しかたなかったです。

萩尾)
 そうですか。実はこの作品を書いていたのは、ちょうど両親と大げんかして色々とあった後で最悪な時期だったんです(笑)。それで“親殺し”というテーマに凝っていまして。描いているときは自分でも親のことを思って苦しくて、苦しくて…今でも思い出します。だからって殺していいわけじゃないんですけど(笑)。

倉田)
 たしかこの作品を発表する少し前にモスクワで交通事故に遭われたんですよね。

萩尾)
 82年の年末に事故に遭い、頭を打っていたので2週間モスクワの病院に入院しました。

倉田)
 そのことは萩尾先生の死生観などに影響を与えましたか?

萩尾)
 私、それまでは非常に暗い人間だったんです(笑)。でも打ちどころが悪かったら死んでいたかもしれない経験をして、「人間ってこんなにあっけなく死んでしまうかもしれないんだ」と思ったら、なんだか開き直りました。ずっと「どうしてうまくいかないの、どうしてわかってくれないの」と苦しんでいたんですが、「ま、いっか!」って。それでこんな感じの人間になりました(笑)。

倉田)
 さきほど日本での戦争の話は生々しくて、とおっしゃっていましたが、この作品で描かれているナチス占領下のパリも、そうとうな極限状態だと思います。本名を隠して生きるルイーズと、レジスタンス活動をしているマルシャン。ある意味、究極のドラマが生まれやすい状況ですよね。

萩尾)
 登場人物ひとりひとりの背景を考えると、みんなあの時代に生まれてしまった苛酷さがある。描きながら「この人たち、大変だなあ」と思ってしまいます。

倉田)
 あのあとマルシャンがどうやって生きてくんだろうなと気になって。

萩尾)
 どうやって生きていくんでしょうね。死んでほしくはないけれど、多分レジスタンス活動のなかで…。

倉田)
 ネタバレになってしまうので詳しくは言えませんが、最後はマルシャンが自分の手で物語を終わらせる。彼はすごく勇気のある人だなと私は思っています。あのいたいけなラウルを…。

萩尾)
 死んだヒヨコが入った卵が誤って食卓に出されてしまうエピソードが作中にあります。マルシャンはもう失うものがなにもないんです。もしラウルに親しい親戚のおばさんなんかがいたら、そこに託したかもしれませんね…。
タイトルになっている“エッグ・スタンド”は、卵が転がっていかないように支える、ゆで卵用の食器のこと。はじめてその存在を知ったときは、なんてすごいアイデアだろうと感心しました。卵はもともと壊れやすいもの。私たちが生きている地球もとても脆いものだからエッグ・スタンドにのせて守らなければならない。世界はそんなに頑丈なものではない、どうかしたら壊れてしまうものという危機感が(作品を描いている当時に)あったんだと思います。

倉田)
 舞台化のご許可を頂いてから、上演実現までに時間があいてしまいましたが、今この時期だからこそ改めて上演する意味が出てきたのでは、と思っています。卵の殻で守られて、あたためられすぎて死んでしまったヒヨコにならないように。いまもどこかの国の大統領が自分たちの殻を強くしようとしていますが、中から腐っていかないといいんだけど、と思います。

萩尾)
 守られた世界って、何年くらい続くものなんでしょうね。4年でしょうか。8年でしょうか。そんなに長くは続かないものだと私は思うんです。

倉田)
 日本も江戸時代は鎖国をして殻を厚くしていましたが、そのあと黒船がきて大変なことになった。殻は薄いほうがいいのかなと。

萩尾)
 国の歴史というのは本当にむずかしいです。

倉田)
 スタジオライフの歴史でいえば、戦後70年の年に戦争を題材にした作品をいくつか上演しました。でもそれで終わりにしてはいけないと思っています。本当にいま、危うさを感じています。ここまで傾いてしまった世界にいるんだな、と。

萩尾)
 卵が傾き始めたら、倒れるまで手がつけれないですから。

倉田)
 いまこのときに『エッグ・スタンド』を上演する意味を考えながら作っていきたいと思います。…でもいざ稽古を始めてみると大変です。萩尾先生の書いたシンプルでやさしいのだけれど、ものすごく奥行きの深い言葉に、全員が打ちのめされています(笑)。

萩尾)
 以前上演された『死の泉』ではドイツに連れて行ってくださいましたし、今回もスタジオライフのみなさんが冬のパリに連れて行ってくださると信じています。もとのストーリーは暗い設定ですが、そこは“倉田マジック”できっと何かを感じられる舞台にしてくださるはず。楽しみにしています。






【出演者コメント】






【Noirチーム・ラウル役 松本慎也さん】

 古い上質なフランス映画のなかに自分が入りこんだような感覚になる作品です。短いセリフのなかに、繊細で微細なやりとりがある。その感情の機微をなんとかして、僕たち生身の人間が舞台上で表現できるよう、いまとても濃くて密度の高い、細かい演出を受けながら稽古をしています。ラウルという役は表面的には感情の起伏が少なく、観る人によっていろんな捉え方ができる役だと思います。彼が抱える心の闇、そしてルイーズとのふれあいで彼が初めて流した涙の意味をしっかりと体現できるようつとめます。


【Rougeチーム・ラウル役 山本芳樹さん】

 稽古に取り組みながら、なにか懐かしい感覚を覚えています。萩尾先生の作品を新作舞台でさせていただくのが久しぶりで、淡々とシーンが紡がれていくこの作業がとても懐かしく、新鮮です。『トーマの心臓』も『訪問者』もスタジオライフの原点。このような素晴らしい原作を舞台化させていただけるのは役者冥利につきること。ほんとうに嬉しく、懐かしく、新鮮な思いです。みなさまの期待以上のものをお届けできるよう励みます。


【Noirチーム・ルイーズ役 曽世海司さん】

 原作を読み返してみて「戦争時に割りを食うのはいつも庶民である」とあらためて感じました。この作品を30年以上前に萩尾先生が描かれていたことは、身が震えるくらいにすごいこと。いざ舞台上で演じるとなったとき、自分たちがやるべきことはなにか。それは登場人物ひとりひとりの人生を生きること、それに尽きると思います。その人物としてそこに在る、まさにそれを問われている作品。あの時代の申し子のような存在のルイーズですが、彼女自身は時代を背負っている気なんてさらさらなかったと思います。ただ目の前のことに必死になって生きているだけ。ルイーズの瞬間、瞬間をただ生きればいいんだ、と。
 個人的には20年前の1997年3月1日が『トーマの心臓』再演のバッカス役として初舞台を踏んだ日でした。この作品の初日3月1日にちょうど20年目を迎えさせていただけること、これはきっとなにかのご褒美、かつ叱咤激励のようなものかなと感じながら、精一杯がんばります。



【Rougeチーム・ルイーズ役 久保優二さん】

 『エッグ・スタンド』初演にルイーズ役として出演できることを幸せに感じています。以前『トーマの心臓』と『訪問者』を上演しているときに、先輩から『エッグ・スタンド』という作品もすごくいいから読んでみてと言われて、それから楽屋で毎日読んでいました。今回まさかルイーズ役をさせていただけるとは…ほんとうに驚きました。
 何ひとつ妥協することなく、いま自分のなかにあるもの全てを絞り出しながらこの作品に挑んでいきたいと思います。



【Noirチーム・マルシャン役 岩﨑大さん】

 これまでは若い女性や子どもの役を演じることが多かったのですが、今回は大人の男性の役。ルイーズやラウルを守って支えるという、今まであまり演じたことのない役柄です。(この役を演じるには)自分のなかにあるものだけでは足りないなと思いつつ、自分のなかにないものは舞台の上で出せないので、原作に描かれていないマルシャンの過去や感情を模索しながら、マルシャンという人間がどんなふうに育ってきたのか考えながら、自分の中にあるものを絞り出しながら、少しずつ形を作っています。どんなキャラクターになるのか、どのような作品が成立するのか未知数ですが、萩尾先生の原作の世界観を損なわず、スタジオライフならではの作品になるよう努力しています。


【Rougeチーム・マルシャン役 笠原浩夫さん】

 稽古をすればするほど、原作を読めば読むほど、この作品の“重さ”というものをひしひしと感じております。作品の背景にある戦争、殺人に関する価値観、倫理観が問われている。そのことが“重さ”を感じさせるのかなと考えています。マルシャン役としてはその“重さ”を、現代に通じる身近な“重さ”として、どうお客さまに伝えるか、そこが勝負どころだなと思います。そして一番のテーマは、萩尾先生の仰るとおり、観客を冬のパリに連れていくこと、これに尽きるのではないかと思っています。





 「春に向かって行く季節のなかで、劇中でマルシャンが口にする「春は来るのだろうか」という言葉の意味をお客さまと一緒に考えたい」(倉田さん)


 劇団スタジオライフ公演『エッグ・スタンド』は2017年3月1日(水)から20日(月・祝)まで新宿シアターサンモールにて、3月24日(金)・25日(日)に大阪ABCホールにて上演されます(26日は「OSAKA SPECIAL EVENT」開催)。

 男性のみで演じるからこそ、より際立つ物語性、そしてメッセージ。萩尾ワールドとのコラボレーションはまさしくその真骨頂!

 劇団未見の方もぜひ、真摯に演劇に向き合い続けるスタジオライフの世界に触れてみてください。


 
公演公式サイト
劇団スタジオライフ

 

スタジオライフ「エッグ・スタンド」
2017年3月1日-20日 シアターサンモール(おけぴ劇場map)

原作:萩尾望都
演出:倉田淳

出演
Noirチーム:
マルシャン:岩﨑大
ルイーズ:曽世海司
ラウル:松本慎也

Rougeチーム:
ラウル:山本芳樹
ルイーズ:久保優二
マルシャン:笠原浩夫

各チーム共通:
若林健吾/澤井俊輝/田中俊裕/宇佐見輝/吉成奨人/千葉健玖/江口翔平/牛島祥太/奥田努/仲原裕之/藤原啓児/船戸慎士/

Noir、Rougeチームとも全ての公演に出演します。
詳細は公式サイトキャストページをご参照ください。
 
<ストーリー>
第二次世界大戦中、ドイツ占領下のパリ。
キャバレーの踊り子ルイーズと少年ラウル、レジスタンのマルシャンが出会う。
孤独を抱える3人の共同生活が始まる。その中でマルシャンとラウルは、ルイーズが2年前にドイツから逃亡してきたユダヤの血をひく者と知ることとなる。ルイーズの秘密に寄り添うように自分の秘密を打ち明けてゆく少年ラウル……。
それは少年が抱えるにはあまりにも重すぎる秘密だった。
幕が降りた時、あなたはこの少年の魂に涙する。

公演公式サイト
劇団スタジオライフ公式サイト



 
おけぴ取材班:ayano(撮影) mamiko(文)

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