おしゃれに軽やかに紡がれるスワニルダとフランツの恋物語とともに、観る者のこころにチクリと刺さるコッペリウスの哀愁が印象的な
ローラン・プティの『コッペリア』。
1976年に誕生した本作は、それまで世界中で上演されていた『コッペリア』が19世紀の時代精神を体現するバレエだとすると、
時代を超越した人生と愛がテーマとして浮き上がる描かれ方をしています。
物語の中で、若いスワニルダに想いを寄せ、彼女にそっくりに作った人形“コッペリア”で孤独を慰める
ダンディな紳士コッペリウス役に初挑戦される菅野英男さんにお話をうかがいました。
──今回、コッペリウス役は初役ということですが、リハーサルをされていていかがですか。菅野さん)
演技をする難しさを感じています。もちろんどの役でも踊りながら演技をしますが、踊り以外の表現がメインとなった場合の難しさがあります。手の動かし方、ポーズのちょっとした具合で印象が変わるので。──拝見していても、どこまでが振付でどこからが自由演技なのか…。菅野さん)
それがですね、僕にもわからないんですよ(笑)。今は、映像を見ながら動きを入れている段階ですが、プティさんとルイジ・ボニーノさんでも違います。この音楽の中で何をするかということは決まっているのですが、そこに自分のニュアンスを入れていいのかと解釈しています。※ルイジ・ボニーノ:75年にローラン・プティの国立マルセイユ・バレエに移籍。以来、数々のプティ振付作品を踊る。本公演でも振付指導をするとともに、コッペリウス役を踊る。
──そこで伝えるべきものが決まっているというような。菅野さん)
はい、振りがしっかりと決まっているところもありますが、たとえば家のカギを落としてしまうシーンでは、「カギを落としてしまった」ことをしっかりと伝える。さらにそれを説明するだけではなく、そこにコミカルな要素を加えていくような感じです。まずは動きを覚えて、ここから自分なりのコッペリウスにしていきたいと思っています。──さきほど、リハーサルを見ていてコッペリウスがとても魅力的に映りました。もっと気難しいキャラクターかなと思っておりましたので。菅野さん)
プティ版以前の『コッペリア』では、コッペリウスはかなりの変わり者の部類に入りますが、こちらは少し違って、茶目っ気があっていいのかなと思っています。プティ自身が踊った映像やルイジさんの映像も見ましたが、みんなに極度に敬遠されている人という印象は薄いですよね。見た目に関しても、特に2幕ではごく普通の燕尾服で踊りますし。──また、コッペリウス役の見せ場というか、ユニークな踊りというとコッペリアというお人形と踊る場面です。菅野さん)
本当に難しいですね。振り自体が難しいというのではなく、今日ご覧いただいたものでも、動きは合っていると思うんです。でも、人形の首の角度をちょっと変えたりというところがまだあいまいです。そこはルイジさんの指導を仰ぎながら、人形と一緒に練習をするしかないので…、(人形を)家に持って帰ろうかな(笑)。──哀愁漂う幕切れなど、コッペリウスの物語としての印象が強いプティ版、そこにはプティ自身の思い入れも強く感じます。菅野さん)
それまでのスワニルダとフランツが主役で、無事に結ばれて…というお話に比べると、スピンオフじゃないですけど、コッペリウスにより焦点が当たった作品になっていますよね。おそらくプティは、この作品でコッペリウスという人物を見せたかったのではないかと感じます。映像を観終えたときに思い出すのは、コッペリウスがあのときあんなことをしていたな、こんなことをしていたな。彼が何をしていたのかなんですよね。
カーテンコールでも最後にコッペリウスが出てきますしね。そこで、自信を持って出て行けるように、ここからしっかりと自分なりのコッペリウスを作り上げたいと思います。──では、ここからは菅野さんのもうひとつの顔といいますか、昨年9月に就任されたバレエマスターについてうかがいます。打診があったときは。菅野さん)
まさか自分にそういう話があるとは、「え?僕が(バレエマスター)ですか?」と思いました。──意外でしたか!これまでもリハーサル中に後輩のダンサーへアドバイスをされている姿をお見受けしていたので、自然な流れかと思っていました。もちろん、兼任、まだまだ踊ることを前提として。菅野さん)
自分自身も踊りながら、人のことも見る。それは大変でもありますが、新しい視点というのは自分が踊る上でも役立つんですよ。やはりダンサーとしての目線と、バレエマスターとしてリハーサルを前から見るのでは視点が異なります。回るのが得意な人、跳ぶのが得意な人、彼らが何をどうやっているのかを見ることができるので。もちろん、もっとこうしたらということがあれば彼らにも指摘をします。そうやってみんなも自分もよくなっていければいいんじゃないかな。実際にやってみると楽しいですね。──改めて、バレエ団として必要なものなども見えてきますか。
菅野さん)
別にバレエマスターになったからというわけではないのですが、プリンシパルの人たちをはじめとするダンサーたちは十分にキャリアを積んでいると思います。それに対して、若いダンサーにはもっと貪欲になってほしいですね。テクニックがうまくいかないとき、何か疑問に思ったときに、先生方や僕でなくてもいいんです、福岡(雄大)君や奥村(康祐)君とかに見てもらう、聞きに行くというのがもっとあってもいいのかな。比較的みんなさらっとしているんですよね。自分がやっていることに対して、どうやってクオリティを上げていくのかを突き詰める、出来ないことに対してよりアクティブに取り組んでほしいと思います。──さまざまな現場で聞こえてきそうなことですね。菅野さん)
おそらくバレエ団に限らず、会社でもどこでもそうかもしれませんね。
先輩たちは聞かれれば答える、それが嫌だという人はいないと思うんです。でも、聞きに来たわりに覚えていないというのは嫌ですよ(笑)。
あとは、周りの人を見てほしいです。僕は怠け者なのでお手本にはならないですけど、それも反面教師として(笑)。一から十まで教えてくださいではなく、先輩でも同年代でも、自分より秀でている部分があると思えば、その人がやっていることを見て、学ぶ。この世界ではそういった能力も必要だと思います。若くてエネルギーのある時期にどんどん上を目指していける、そんな環境づくりへの手助けをしていきたいと思います。──ダンサーとしても、バレエマスターとしても、とても充実されていますね。では、最後に“ダンサー菅野英男さん”についてうかがいます。これまでに踊った役で印象的なものは。撮影:鹿摩隆司
撮影:鹿摩隆司
菅野さん)
やはり『ホフマン物語』(ホフマン役)が一番印象に残っているかな。すごく難しい作品でした。自分ではやり切ったというところも、足りなかったところもあるのですが、お客様からは非常にいい反応をいただけました。面白いのは、自分がベストだと思ったときより、調子が悪かったなと思うときのほうが評価されことがあるんですよね。
あとは、この間の『ロメオとジュリエット』のティボルトも楽しくやらせていただきました。前からやってみたかったんです。──そこに、コッペリウスが加わることになりますね!新しい菅野さんが見られそうでとても楽しみです!菅野さん)
僕自身、コッペリウス役を楽しんでいます。「王子様役が見たい」と言われることもありますし、これからもやっていきますが、それだけでなく今回のような繊細な演技が必要になる役もやっていきます。そう思うと、僕個人というダンサーにとってすごく良い時期だと思うんです。踊っているのも、演じているのも幅広く見ていただける、そこに僕自身もやりがいを感じますし、それをお客様にも楽しんでいただけるとうれしいですね。──本番を楽しみにしています!
【リハーサルレポート】
『コッペリア』の3人の主人公、スワニルダとフランツ、コッペリウスのシーンのリハーサル。フランツがコッペリウスの家に忍び込んで…、眠り薬で眠らされてしまう場面はこのような面白さ!
フランツ役:奥村康祐さん
まんまと(笑)眠らされるフランツがかわいらしい!!
客席から「フランツ、起きてーーー!」の大合唱が聞こえそうなほど寝入ってしまう奥村フランツ、愛されキャラです♪
コッペリア(人形)のふりをしたスワニルダ役:池田理沙子さん
人形の動きのコミカルな様子と、スワニルダとしての芯の強さ、池田さんのふたつの魅力をご堪能ください!
人形チックな動きにもご注目ください!
こちらは米沢唯さん&井澤駿さんコンビ
米沢さんの無邪気なスワニルダ、無邪気ゆえの残酷さも…?!
心躍るふたりの恋物語とコッペリウスの悲哀、奥深いメッセージが心に残るプティの傑作『コッペリア』、ぜひお見逃しなく!