30代気鋭の演出家が、近代演劇の名作に挑む新シリーズ「かさなる視点-日本戯曲の力-」。トップバッターは
【作・三島由紀夫×演出・谷 賢一『白蟻の巣』】。三島にとって初の長編戯曲であり、ブラジル滞在中に見た、聞いた、感じたことをもとに創作されたというこの作品。
どうしても【三島】【名作】【新国立劇場】とくると、難しそうな印象を抱いてしまいますよね。でも、まずは、ものがたり↓をごらんください。
-ものがたり-HPより
ブラジル、リンスにある珈琲農園。経営者である刈屋義郎(平田 満さん)と妙子(安蘭けいさん)夫妻、その運転手の百島健次(石田佳央さん)と啓子(村川絵梨さん)夫妻。4人は奇妙な三角関係にあった。啓子の結婚以前に、妙子と健次が心中未遂事件を起こしていたからである。
それを承知で健次と結婚した啓子ではあったが、徐々に嫉妬にかられるようになり、夫と妙子が決定的に引き離される方法はないかと思案する。一方、心中事件を起こした妻と使用人をそのまま邸に置き続ける義郎の「寛大さ」に縛られ、身動きの取れない妙子。
義郎の寛大さがすべての邪魔をしていると思った啓子は、邸から遠く離れた地へ義郎を送り出す。
義郎の留守の間に健次と妙子が再び関係を結び、それが露呈することで自分たち夫婦が邸から追い出されることを目論んだのだ。
白蟻の巣のように、それぞれの思いが絡み合い、いつしか4人の関係が変化していく......。
この日は通し稽古が行われました。はじめは心の中では、「三島」という偉大な響きと「痴話」という言葉がせめぎあうのです。でも、そもそもその二つが相いれないと思うことが勝手な思い込みだったんだなと気づくのです。
つまり、コーヒー園の経営者夫妻(平田さん、安蘭さん)、その妻とかつて心中未遂した運転手(石田さん)、運転手の若い妻(村川さん)がひとつ屋根の下に暮らし、それだけでなく一緒に食卓を囲むのです。これはダブル不倫?!ドロドロ昼ドラか?!というシチュエーション。俄然、興味がわいてくるわけです(笑)。
かつて心中未遂した妙子(安蘭さん)と百島(石田さん)が、再び過ちを犯すように、とある罠を仕掛けることを刈屋(平田さん)に提案する啓子(村川さん)
刈屋と啓子が仕掛けた罠に…
そうして見ているうちに、「ここはホラーの館か?!」「ちょっと、どうなるのどうなるの!」「おおおおお!!」という、どんでん返しの連続の展開に、気持ちはかなり前のめり。それはそれは想像を超える展開なのですが、その裏にある虚無感や寛容(寛大さ)と怒りの対比、それぞれのキャラクターの背景や心情はとてもとても深い。考えはじめ、掘り進めていくとそれこそ地球の裏側へたどり着きそうになるほど深いのです。
そして、観劇後、『白蟻の巣』というタイトルがじーんと響きます。
ここからはキャストのみなさんをご紹介!
刈屋が持つ薄気味悪いほどの寛大さ、それはモンスターのように周りの人を飲みこんでいくような恐ろしさが。
平田さんの笑顔とゆったりとした語り口がもうなんとも…。
そして、終盤は、もう、さすが平田さん!圧巻です。
安蘭さん演じる妙子は自らを「死んでいる」といい、まるで虚無感と絶望が服を着て歩いているような印象。
でも、美しく、無性に色っぽいのです。
時折見せる激しさもぞくぞくします。
運転手の百島は石田佳央さん。妻の啓子との関係を保とうとしながらも、翻弄されていく。ふたりの強烈な女性の間でお気の毒…と思いつつ、なぜ彼はこの家を離れなかったのだろうと思わなくもないのです
啓子役の村川さんがすごい!夫に罠を仕掛けるあたり、かなり“いっちゃってる”女性だなと思わせるのですが…。独特の空気が流れる刈屋家において、呪いを解こうともがく一番普通に生きる人物です。そして、啓子からは生きた女のむんむんしたもの(これは劇場でぜひ)を感じるのです
ユニークな存在感のコーヒー園の支配人・大杉(半海さん)はこの館の人たちをじっと見ている人、ときどきドキッとさせられます
ブラジル生まれの女中きぬ(熊坂さん)は明るく働き者!
4人の男女の奇妙な関係はいったい…
その全貌は劇場で!
この作品の演出は新国立劇場初登場となる谷 賢一さん。
通し稽古がはじまる直前、握手を求める谷さん
キャストのみなさんと握手しはじめる谷さん。恒例なのかしらと思っていたら、みなさん一様に戸惑っていらっしゃる。この日のスペシャル?!平田さんからは「ハイタッチ」くらいのほうがよかったんじゃないという声も(笑)。話のトーンとは違う、溌剌とした?!稽古場です。
セットは比較的シンプルですが、稽古場に入った瞬間に薄いカーテンのせいなのか、BGMのせいなのか、亜熱帯独特のもやもやした空気に満たされているような気がしました。そこで、先述の4人と日本からの移り住んだコーヒー園の支配人大杉(半海一晃さん)、ブラジル生まれの女中のきぬ(熊坂理恵子さん)、6人の登場人物のドラマが繰り広げられます。ちなみに、刈屋夫妻は日本から移り住み、百島夫妻はブラジル生まれで日本を知らない。そういうひとつひとつのピースがカッチリはまって、浮かび上がる戦後日本の空虚さ。
戯曲の力と芝居の力を感じる、【作・三島由紀夫×演出・谷 賢一『白蟻の巣』】、新シリーズの出だしにふさわしい一本です!!おススメ!
1月に行われた「ブラジルでの三島由紀夫」ブラジル大使館✕新国立劇場『白蟻の巣』では、戯曲の奥深さを知ることができ、舞台をより一層楽しめるようになるものでした。
ちょっとした出来事やひと言のセリフが、三島がブラジルを訪れたときの体験やそこで出会った人、そこで感じたブラジルの風土、渡航の際に立ち寄ったアメリカでの経験を反映しているのです。この戯曲の魅力、人物、心情描写の巧みさはもちろんですが、一気に、その時代のその土地へ飛べるような力の秘密はそのあたりにもありそうです。
では、ここからは作品をより深く楽しんでいただくために…
ブラジル大使館×新国立劇場
「ブラジルでの三島由紀夫」トークイベントプチレポート 『白蟻の巣』上演記念、駐日ブラジル大使館主催トークイベントが開催されました。ご登壇されたのは、三島文学館館長の松本徹さん、サンパウロ大学教授の二宮正人さん、そして宮田慶子演劇芸術監督です。
日本ではあまり知られていない三島とブラジルの関係、三島が目に焼き付けた当時の風景、熱気、『白蟻の巣』の魅力など多岐にわたるお話が飛び出しました。イベントの様子を、【ブラジルの風土】【ゆるす】をキーワードにまとめました。
【ブラジルの風土】
1950年代に、朝日新聞の特派員として世界を旅した三島がブラジルを訪れたのは、1952年の1月。滞在期間は1週間ほど。その旅行の様子を記したのが『アポロの杯』という随筆です。
そこで、三島は学習院時代から交流のあった、サンパウロ郊外のリンスで大規模なコーヒー農園を営んだ日系ブラジル人の多羅間 俊彦さんの邸宅に滞在しました。そこで、見聞きしたことに着想を得て執筆したのが『白蟻の巣』です。
ただし!!当時の多羅間氏は20代前半、独身でしたので、あくまでも物語はフィクションです。
『白蟻の巣』劇中で、刈屋夫妻が日本では階級の高い家柄であったことが語られますが、この多羅間氏は、旧名 俊彦王(としひこおう)、東久邇宮稔彦王の第四王子。つまりは明治天皇の孫、いまの天皇陛下のいとこにあたる元皇族なのです。戦後に皇籍離脱し、元サンパウロ総領事の未亡人多羅間キヌの養子になったという人物。
『アポロの杯』のなかでも、とりわけ素晴らしいと宮田監督が太鼓判を押すのは、ブラジル滞在をはじめとするイキイキとした南米の記述。三島自身も、その蒸し暑さが幼少期の微熱を帯びていた(虚弱だった)ころのピュアな感性を呼び起こすようだったと。そこから「命」「太陽信仰」など、根源的なエネルギーを感じたのでしょうか。
劇中に出てくる、「蜂雀」は飛び回りながら花なの蜜を吸う極採色の鳥(ハチドリの別名)で享楽的なエネルギーを感じさせ、大量の「葉切蟻」がとうもろこしを一粒一粒担いで巣に運ぶ様子は、一面黄色い絨毯を敷いたような光景。そして、1m弱の堅牢で苔むした、廃墟のような…白蟻の巣、蟻たちが去った後にもいつまでも残る、その空洞に戦後日本を見た。ブラジル在住の二宮さんからも、ひとつひとつのワードやエピソードも実に正確に、雄弁に“その土地”を語っていることが説明されました。
そうやってブラジルの風土や日系人社会を観察し、感じた三島が描きだしたのが『白蟻の巣』の世界なのです。
その点については、松本館長も、「舞台が日本でないことが三島の才能を大きく開かせ、それまで近代能楽集からの飛躍につながった」とお話しされていました。
【ゆるす】
『白蟻の巣』を、「ゆるしの渦に巻き込まれていく人々の話」と語る宮田監督。この作品の中での「ゆるす」にもどうやら意味がありそうです。
二宮さんからは「ブラジルはカトリックの社会。罪を犯すのは人間の本質、罪は懺悔し悔い改めればそれでいい。なんでもゆるす」という、作品を読み解く上で大きなヒントとなる、ひとつの価値観が説明されました。それには三島も「なんと結構なことか」と。
そして、宮田監督は三島の戯曲について「最後のセリフのためにあるような気がする」と。この作品では、「ゆるし」に関わること。
「そこには「決められない日本人」「他者依存」「国家観」など、今、我々が受け取らなければならい三島からのメッセージが込められており、非常に考えさせられる」という、この戯曲の最後のセリフは…ぜひ劇場で。
おけぴ取材班:chiaki(文・撮影) 監修:おけぴ管理人