新国立劇場『君が人生の時』が初日を前に、1幕冒頭のシーンのフォトコールと、坂本昌行さん、野々すみ花さん、丸山智己さん、橋本淳さんによる初日前囲み取材が行われました。取材会の様子と観劇ミニレポをお届けします。
「日本の演劇がどのように西洋演劇と出会い進化してきたか」をテーマに、新翻訳で送る
「JAPAN MEETS...―現代劇の系譜をひもとく―」シリーズも回を重ねて11弾。今回、取り上げたのは1939年ニューヨークにて初演され、ニューヨーク劇評家賞とピュリッツァー賞を受賞(本人は辞退)した、
ウィリアム・サローヤンの『君が人生の時』。翻訳を手掛けるのは
浦辺千鶴さん(『星ノ数ホド』など)です。
ものがたり
1939年、第二次世界大戦開戦の年のサンフランシスコ。波止場の外れにあるニック(丸山智己)が経営する安酒場が舞台。そこには人種も、職業も、抱えている事情もさまざまな客がやって来ては去っていく。
いつも決まった席でシャンパンを飲んでいる放浪者のジョー(坂本昌行)、その弟分トム(橋本淳)、トムが恋する自称女優だが実は売春婦の魅惑的な女性キティ(野々すみ花)、警察官(中山祐一朗)、老いたかつての西部開拓者(木場勝己)をはじめとした客たちが思い思いのときを過ごす酒場には、ときに招かれざる客も…それは、売春の取り締まりをする役人(下総源太朗)。そこはまるで移民の国アメリカの、そして世界の縮図。
そんな酒場の、とある一日の出来事。
左から)キティ(野々すみ花さん)、トム(橋本淳さん)
右から)ニック(丸山智己さん)、ブリック(下総源太朗さん)
【囲み取材レポ】
──まずはみなさんの役どころから坂本さん) どんな役…、どう説明すればいいのかなと思って。若い放浪者、非常にミステリアスな男ジョー。安酒場でシャンパンを飲みながら、いろんな人を観察し、交流して、それを自分の喜びに変えるような男です。
野々さん) 思い出と夢がいっぱい詰まっている女、娼婦です。
丸山さん) 酒場に来ていろんなことが起こるマスター、僕もずっと(人々を)見ています
橋本さん) 坂本さん演じるジョーの弟分であり友人であり、使い走りのような…(笑)。少年のように純粋で素直なトムを演じます。坂本さんのことは稽古場でも兄貴って呼んでいます。
──稽古では…坂本さん) 台本を読んだときは、なかなか捉えどころのない作品だという印象でした。稽古ではそれをひとつひとつ紐解いていく作業、ディスカッションに時間をかけました。(ものがたりの舞台となる)移民の国アメリカの1930年代は激動の時代。そんな時代に、酒場に集まる人々が人種に関係なくふれあうことの豊かさ、温かさが魅力の作品です。
僕は、みなさんとの共演も、宮田慶子さんの演出も、ここ新国立劇場も初めてです。このプロ中のプロの現場であらためて感じた、役者という仕事への向き合い方。それをいい経験として、またステップアップしていきたいと思います。
野々さん) 稽古場での坂本さんは、いつもニュートラルでナチュラル。それが、ひとたび芝居の世界に入ると、一瞬目が合っただけでたくさんのことを発してくださるので、(キティとして)多くのことを受け取ることができます。
橋本さん) 稽古中は悩みました。難しい戯曲でもあるのですが、対兄貴(坂本さん)の芝居がとても多いので、兄貴の一挙手一投足をどう受け取るのかというところを大事にしました。本番でも坂本さんの背中を感じながら、楽しめればと思っています。
──最初はV6の坂本さんという印象も強かったかと思いますが…。橋本さん) そうですね。最初は小学生のころからずっと一方的に見ていた…、すみません兄貴(笑)
坂本さん) 全然!ありがとう!
橋本さん) そんな感じではあったのですが、立ち稽古が始まって、椅子に座った坂本さんを見た瞬間、そこいるのはジョーでした。たたずまいから、すでにつかんでいて。ジョーという役を創り上げていく過程を一番近くで見ていて、刺激を受けました。
丸山さん) 坂本さんはものすごいストイック。なにより周りのみなさんへの気遣いリスペクトがにじみ出ている。尊敬するべき座長!
坂本さん) 用意してきたようなコメントを…。
丸山さん) 昨日、寝ずに考えました(笑)。
坂本さん) それを言えてよかった(笑)。
──『君が人生の時』というタイトルについて坂本さん) 逆にみなさんはこのタイトルをどうとらえるのかな。そこに興味がありますね。僕の思う『君が人生の時』は…、人生の中で一番自分が輝ける、素直になれる時間かな。
酒場のある一日を切り取った、心が通い合える作品になっております。劇場へお運びください。
【観劇ミニレポ】
劇場に入ると、そこにあるのはニックの酒場。観客は酒場に集う客たちを俯瞰しているような感覚です。それがふとした瞬間に、自分もそこにいるひとりのような感覚にもなり、そこにいる誰かが自分自身のような気すらしてくる作品でした。
その中で、ドラマを定点観測しているような存在が主人公のジョー。誰もが主人公のような作品の中でも、しっかりとその軸にいるのが坂本さんのジョーです。皆のよき友達であり、頼れる兄貴、その素性がミステリアスであるがゆえの美しさもあれば、強い怒りや脆さなど非常に人間的な人物です。
丸山さんが演じる武骨なニックですが、愛娘にみせる一瞬の表情と仕草に彼の本質が!チャーミング炸裂な瞬間をお見逃しなく
ポーランドからの移民のキティ、自称女優の彼女の夢は
野々さんが演じるのは感情のアップダウンの激しい女性でも、心を寄り添わせたくなる魅力的なキティ
兄貴ジョーを慕い、キティへの想いを募らせるトム
橋本さんの笑顔はポカポカの太陽のようです
実にさまざまな人種の、職業の、年代の男女が行き交うので、ひとりひとりのバックグラウンドの情報量は少ない。でも、語らずとも伝わってくるのが劇空間のマジック。それこそ多くを語らない哲学者アラブ(沢田冬樹)がハーモニカを吹き、黒人青年(かみむら周平)がピアノを弾く、人を笑わせたくてしょうがないのだけれど、うまく笑わせることができない生まれついてのタップダンサー(RON×II)が踊り、老いた男(木場勝己)が加わってそこにある箱でリズムを刻む。すると、ものがなしさと心地よさのある時間が流れ、自然と「みんないろいろと抱えている、人生いろんなことがあるよね」と涙がこみ上げてくる。そしてそこにいる人たちを心底、愛おしいと思えるのです。
(普段は舞台音楽を手掛けたり、ピアニストやコンサートのバンマスさんを務められるかみむらさんの口跡の良さ!!) また、劇中で「誰かに話すのはいいことだ」というような台詞がありました。辛いことやり切れないことを、ふと酒場で出会った人々に話す。うん、確かに悪くない!と思うことができました。そのほどよい湿度が心地よいのです。
明確に起承転結のある物語ではなく、見終わったあとで、そこに描かれたすべてを理解したとは言えないのですが、でも、あの日あの場で過ごした時間は良い時間だったと思えます。あの結末に対して…。いろんな受け取り方があると思うのですが、おけぴスタッフには人間の尊厳の話のように感じられました。
ピンボールマシンやジュークボックス、そこから流れる音楽で中劇場が一つの空間に!
舞台写真提供(フォトコール以外):新国立劇場
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)