観客の想像力と俳優の演技力、この二つが揃えばそれがどこであろうと
そこは宇宙で唯一つの真の劇場になるだろう ──────井上ひさし芝居小屋の楽屋を舞台にした一人芝居の二本立て!
片や息子を捨てた母、大衆演劇「五月座」の女座長・五月洋子、
片や母に捨てられた息子、こちらも大衆演劇「市川辰三劇団」の座長・市川辰三。まるで合わせ鏡のような2つの一人芝居に唸る!
内野聖陽さん
有森也実さん
井上ひさしさんの『化粧』というと、かつて地人会に書き下ろした渡辺美佐子さん主演の『化粧』、その後、加筆され二幕仕立てとなった『化粧二幕』、そして2011年よりこまつ座で上演された平淑恵さん主演の『化粧』などがあります。いずれも女座長の物語。
『化粧二題』の初演は2000年、今回はそれ以来19年ぶりの上演です。五月洋子の物語前半に、捨てられた息子を主人公とする一人舞台を書き加えた二本立て。とは言っても、2つの話は完全なシンメトリーというわけではありません、つまり五月洋子が捨てた息子が市川辰三というわけではない。それでもやっぱり『化粧二題』、2つで1つと感じさせるのです。演出は
鵜山仁さん。
有森也実さんとは初顔合わせ、文学座で共に過ごした
内野聖陽さんとは21年ぶり(内野さんが紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞した98年の『みみず』以来)のタッグとなります。
舞台の設えはともに客席に向いた化粧台があり、その周りには舞台の小道具や衣裳、周囲を覆う大漁旗のような布。そこで、透明人間たち?!を相手に一人芝居が始まります。そうなんです!『化粧』は一人芝居といってもモノローグで綴られたり、早替えで何役も演じたりするのではなく、座長が目に見えない座員や客人を相手にするお芝居なのです。はじめは「ん?」となっても、次第にあたかもそこに多くの人が存在するかのように見えてくるからお芝居ってすごい!
【女座長・五月洋子】
一本目に登場するのは、有森也実さん演じる五月洋子。客入れ時、昭和歌謡が流れる劇場の楽屋の気忙しさの中で身支度を始める女座長。
観劇前に抱いていた有森さんの印象は「ふんわり」、大衆演劇の女座長からは遠いものでした。それが舞台上に登場し身支度を整えながら目には見えないものの確かにそこに居る座員たちに目を光らせ叱咤するその姿は女座長そのもの。本番前の忙しい時間の来客に不快感をあらわにしたかと思ったら、それがテレビ局の人、それも出演依頼だとわかった途端に手のひらを返したような歓待ぶり。コロッと変わる態度にいや~な感じも受けつつ、ちょっと笑ってしまう客席。なんともチャーミングで猥雑で業の深そうな五月洋子がそこにいました。
慣れた手つきで化粧を施すその一連の流れの滑らかさには、彼女が毎日そうしてきたという説得力があります。化粧は実生活から虚構の世界へ入っていくための儀式。五月洋子からこの日の出し物『伊三郎別れ旅』の伊三郎へ変身していくのです。
突然の来客がもたらすものは……。息子を捨てた母の哀しみをにじませながら、表舞台へ颯爽と歩みを進める姿が印象的な五月洋子の物語。表舞台、舞台裏、どちらが虚でどちらが実なのか、一瞬、わからなくなるような演劇マジックがそこにあります。
【座長・市川辰三】
続いて登場するのは、内野聖陽さん演じる市川辰三。季節はクリスマス間近ということでクリスマスソングが流れる大衆演劇の楽屋。そんなちぐはぐさも味わい深いのです。
大事な役を担うはずだった役者がいなくなり、急きょ口立て稽古を始める開演40分前。自らも化粧をしながら演目の『瞼の土俵入り』の準備にかかる辰三。そこに孤児院でお世話になった恩師が訪ねてくる。
こちらも見えない共演者とのお芝居なのですが、不思議と雰囲気は違います。ちょっと落語のような小気味よいテンポの良さとライブ感が印象的。そしてそれは辰三なのか、内野聖陽なのか、舞台から放たれる魅力に劇場が支配されます。愛嬌なんでしょうね。ただ、化粧を施し肉襦袢を身に着け力士になっていく辰三の姿には、母に捨てられ歯を食いしばって生きてきた男の生き様が透けて見えるようでもあります。そこにもグッときちゃうんです!
いざ舞台へ!今日も辰三は客席を沸かせるのだろうなと思わせるこの姿!そして、その後の演出もとても素敵です。これは劇場で味わってくださいね。
こうして2つの一人芝居が終わり、カーテンコールで初めて舞台上に並ぶ内野さんと有森さん。お二人の安堵の表情が印象的でしたが、同時にお二人が演じた母と息子、赤の他人の2つの話が不思議な因縁で結びついているという思いが沸き起こりました。そして2つを結びつけるのが虚実を自在に行き来する芝居小屋というのもじんわりきますね。休憩を挟まずに一気に上演されるのも納得、『化粧二題』、まさしく!
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舞台写真提供:こまつ座
おけぴ取材班:chiaki(文) 監修:おけぴ管理人