こまつ座第130回公演『イヌの仇討』稽古場レポート



「そこに大石内蔵助を感じる」(東憲司)

 吉良上野介は本当に悪者だったのか、
 赤穂浪士は本当に義士なのか、
 忠臣蔵は本当に美談なのか…



井上ひさしさんが“大石内蔵助が登場しない忠臣蔵”という形で忠臣蔵のもう一つの側面を描き出した『イヌの仇討』稽古場へお邪魔してまいりました。



【作品紹介】
 時代は元禄、生類憐みの令が発令された第5代将軍徳川綱吉の世。江戸城松之廊下で赤穂藩藩主の浅野内匠頭が高家の吉良上野介に斬りつけた刃傷沙汰に端を発する赤穂事件をもとにした人形浄瑠璃や歌舞伎の大人気演目が、みなさんご存知の『仮名手本忠臣蔵』。浅野内匠頭はその後切腹、亡き君主に代わり家臣の大石内蔵助以下47人が本所の吉良邸に討ち入り、仇討を果たすといういわゆる忠義のお話です。
 そのクライマックスとも言える、赤穂四十七士が吉良邸に討ち入ってからの約2時間、両陣営の駆け引きが吉良側の視点から語られるのが本作『イヌの仇討』です。
 一般に、浅野内匠頭をイビリ、赤穂藩の家来たちを路頭に迷わせた憎々しいおじいさんというイメージの吉良上野介ですが、本作で描かれるのはそのイメージを覆す人物像。井上さんが愛情を込めて描いた上野介が暴く討ち入りの真実。おなじみの『忠臣蔵』のもうひとつの姿が浮かびあがるのです!


1988年の初演以来29年ぶりに『イヌの仇討』が上演されたのが2017年のこと。演出を手掛けたのは劇団桟敷童子の東憲司さん(祝・第54回紀伊國屋演劇賞団体賞受賞)。その鮮やかな展開と解き明かされる謎、生きるか死ぬかの瀬戸際のスリリングな状況とそこで生まれる滑稽な笑いの緩急、こだわりの御犬様…東さんの情熱ほとばしる作品として平成の世に蘇りました。そして物語が持つ意味の今日性におののいたことを頭と身体と心でよく覚えています。(前回公演をご覧になった方の感想もレポラストでご紹介)

1月17日に開幕する東さん演出版再演の稽古場ではさらに深く、熱い芝居づくりがなされていました。

この日は第一幕のお稽古が行われていました。

前回に続いて大谷亮介さんが吉良上野介を、彩吹真央さんが側女(そばめ)お吟さまを演じ、女中頭のお三さまには西山水木さんが新たに加わります。

時は元禄十五年(1702年)
十二月十五日の午前四時ごろ
そこは吉良邸、御勝手台所の物置。

そこにやってきたのはご隠居様(上野介)に家来、側室、御女中さん…、こうして幕開きから自然に状況や人間関係が観客に受け渡される井上戯曲。本作はこの物置小屋を舞台にした“ワンシチュエーション劇”です。しかしそこから見えてくるのは「社会」「世間」であり「現代」でもある。劇中で上野介が発する「なぜだ?」という問い、真実を説く過程は私たちに向けられた警鐘のように思えてきます。そして実際に赤穂浪士の討ち入りから吉良上野介が捕らえられるまでに要した時間は約2時間と言われているので、“ほぼリアルタイム劇”でもあります。

さて、稽古の様子をレポートしますと。
「活気」という言葉がぴったりな稽古場です。芝居好きが集まってああしよう、こうしようとアイデアを出し合い、クリエイトする。そのエネルギーが満ちている空間は実に居心地が良い!その中心でマグマのごとく熱きエネルギーを発するのが演出の東憲司さん。



東さんは「ここで伝えたいことは何なのか。どの台詞を立てるのか」「板壁一枚隔てた小屋の外では殺戮が繰り広げられている緊迫感」そして「姿は見せない敵(かたき)大石内蔵助を感じる/感じさせる」ということを大切にしながら芝居を作っていきます。ただし結論を急がない。「今はまだ決めずに行かせてください」その言葉の裏には芝居をよくするための貪欲な情熱を感じるのです。

なかでも印象的だったのは、台詞を言う向きを少し変えるだけであたかもそこに大石がいるような感覚になるということ。お客様にいかに大石を、赤穂浪士を感じてもらうかという点が緻密に計算された芝居であることを再認識しました。

上野介を演じる大谷さんは色気増。殿の人間的な大きさがそのたたずまいから伝わります。自らを大切に思う二人の女性、お吟さまとお三さまのやり取りをなんとも言えない表情で見つめる姿はチャーミング。市井の声を伝える盗人とのやり取りには状況を忘れてカッとしてしまうなんとも人間味あふれる上野介です。この仇討のからくりを知った上野介が最後にとる行動は──劇場で、その目で確かめてください。

彩吹さんは“お吟さま”がすっかり板についた様子。家の誉れや名誉が優先される時代に、「ただ愛する人に生きていてほしい」という、ある種現代的な感覚をもつ女性。本心は恐怖が勝っていたとしても凛とした態度でご隠居様を守ろうと行動する若さと強さを感じるお吟さまです。西山さんは再演メンバーが多いなか今回からのご出演ですが、西山さんならではの柔らかさの中に譲れないモノを持つお三さまを作り上げている真っ只中!仕上がりが楽しみです。

ほかにも魅力的なキャラクター、そこに息を吹き込む俳優さんが揃っています!吉良家の側近、榊原平左衛門(俵木藤汰さん)、清水一学(植本純米さん)、大須賀治部右衛門(田鍋謙一郎さん)トリオのテンポの良い台詞回しは耳にも心地よく、小心者ながら報告上手な坊主・牧野春斎(石原由宇さん)、御犬様付の御女中(大手忍さん、尾身美詞さん)。そしてたまたま居合わせたのは盗人の新助(原口健太郎さん、祝・第2回すみだパーク演劇賞受賞)とのやり取りを通して上野介がたどり着く真実。一人ひとりに作者・井上ひさしさんの愛情が感じられます。おっと、忘れちゃいけない“御犬様”も存在感抜群です!


世の中への洞察力、魅力的な登場人物、物語の展開の妙、タイトルの意味……。つくづくよくできた戯曲だなぁと感じるのですが、そんな“戯曲の面白さ”を“芝居の面白さ”に変えていくのが稽古場なのです。活気あふれる稽古場で、そこにいるすべての人のエネルギーを注がれた作品はますます強く、濃く、熱いものになっている。この稽古を経た2020年の『イヌの仇討』開幕はもうすぐ!

ワンシチュエーション、リアルタイムで繰り広げられる芝居から見えてくる「世間」「社会」、2時間の物語のなかで変化する登場人物たち、同様に見ている側も変化する戯曲の力、芝居の力を感じ、信じることのできる「忠臣蔵」異聞『イヌの仇討』。いよいよ本格的になってきたピリッとした寒さも“あの日”を思い起こさせるかも知れませんね。


【前回公演をご覧になった方の感想】


◆登場人物一人ひとりの、或いは登場しないながら語られる人物それぞれの立場と心の揺れ、人情の機微が交雑する秀逸な舞台。

◆現代にも通じる感性と台詞で描かれる濃密な時間は圧巻でした。
歴史上も有名な「赤穂浪士の討ち入り」。大石内蔵助をヒーローとして称えるか、それとも吉良上野介に同情するか…という二極的な視点を遥かに超えて、幕府とは何か、世間とは何かという大きな視点を観客に提示する舞台です。
吉良上野介の視点で社会を俯瞰し、討ち入りの真相を推理小説さながらに暴く筋書きでありながら、登場人物ひとりひとりを丹念に繊細に描きあげる素晴らしい脚本。必見です。

◆照明も小道具も良かったが、東憲司の演出は役者だけでなく、本そのものを生き生きとさせていた。ラストシーンも視覚効果を伴い、見ている側が舞台の中に引っ張り込まれるようだった。中身が濃く、深く、見応えのある舞台だった。

◆忠臣蔵の結末に向かっていくハズなのに、何故こんなに笑えるのか…!そうこうするうちに物語は仇討の真相にたどり着き、最後は涙がぽろり。是非たくさんの方に観て欲しい作品です。




【前回公演時のおけぴレポート一覧】

こまつ座第118回公演『イヌの仇討』開幕レポート

彩吹真央さんインタビュー&立ち稽古ミニレポ

演出 東憲司さんインタビュー

スペシャルトークショー(東憲司さん)レポート

【公演情報】
こまつ座第130回公演『イヌの仇討』
2020年1月17日(金)〜19日(日)@横浜市泉区民文化センター テアトルフォンテ ホール

作:井上ひさし
演出:東憲司

大谷亮介/彩吹真央/俵木藤汰/植本純米/田鍋謙一郎
石原由宇/大手忍/尾身美詞/原口健太郎/西山水木

こまつ座HP

写真提供:こまつ座
おけぴ取材班(取材・文:chiaki)監修:おけぴ管理人

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