どこかの国の、どこかの町を舞台に、タナカと妻のツマコ、息子のカナタ、そして愛犬プティが引っ越してきたことから始まる物語。 新国立劇場 中劇場にて8月5日より幕を上げる演劇公演
『イヌビト ~犬人~』、稽古場の様子をレポートいたします。
未来のおとなと、かつての子どもたちへ── この言葉でピンときた方もいらっしゃるでしょう。本作は、大人も子どもも一緒に楽しめる演劇として新国立劇場で生み出された『音のいない世界で』(2012年上演)『かがみのかなたはたなかのなかに』(15、17年再演)に続く新作です!
作・演出は長塚圭史さん、振付は近藤良平さん、そして今回は
音楽を阿部海太郎さんが手掛けます。上演される劇場も、これまでの小劇場から中劇場となり、キャストもおなじみの
長塚さん、近藤さん、首藤康之さん、松たか子さんの4人に10人のダンサーが加わりパワーアップ!セリフ、歌、ダンスでちょっと不思議でゾワッとする物語を描き出します。
このご時世、やはりまずはここからお話を始めましょう。
新国立劇場では2月末より新型コロナウィルス感染拡大により公演の延期・中止を余儀なくされました。本作は公演再開後、『願いがかなうぐつぐつカクテル』(小劇場)に続く2つ目の演劇公演となります。公演が実施される劇場での取り組みは
こちらの通りですが、その徹底ぶりは稽古場でももちろん同じ。稽古場へ出入りする者は何人なりとも検温、手洗い必須、もちろんマスク着用です。稽古場入口にあるウォールポケットにはキャスト・スタッフが毎日の健康状態を記すカードがびっしり。そして稽古中もマスクやマウスシールド着用で歌い、踊り、芝居をしているのです。(奥行きのある中劇場での公演というのも理由かと思いますが)いつもより広い稽古場で、休憩ごとに扉を開け放ち換気。稽古中も何かの拍子に人が集まりかけると制作スタッフからの「そこちょっと密です!」の声かけ……。
稽古場には独特の緊張感が漂うのですが、創作過程はプロフェッショナルたちによる自由なアイデアが飛び交う風通しのよさ~。まさにそこで作り上げられているからこそ、「今」と「物語」が奇妙に融合した作品への期待が高まります。
【マスクとソーシャルディスタンスはこの町でも】
「みなさんマスクをして稽古」と書きましたが、そんな現実とどこか地続きな『イヌビト』の世界。この物語の世界でも、ヒトビトは誰もがマスクで口元を隠し、ソーシャルディスタンスをとって暮らしているのです。
タナカ一家(タナカ:首藤康之さん、カナタ:西山友貴さん、ツマコ:島地保武さん)
その理由は町に蔓延する夜型イヌビト病という伝染病。30年ほど前に狂犬病が大流行した時から犬を飼うことが禁じられたこの町で、今度はイヌビト病が発生、ヒトヒト感染も始まり──。感染者に噛まれてイヌビトとなったヒトビトは夜になると徘徊し遠吠えを上げる。しかし、昼間は誰がイヌビトなのかわからない、本人すらも。うつされるかも、うつしてしまうかもという不安を抱えながら生きるヒトビト。そのストレスは、私たちが感じるそれと通じるところがあります。
こんなふうに書くと重苦しい舞台に感じるかもしれませんが、それをそのまま重苦しく表現しないのが演劇のステキ!キャラクターの色づけ(役名や配役、仕草や動きなど、その面白さは多岐にわたります)はポップですし、ユーモアあふれるやり取り(あ、ユーモアといってもブラックなほうです・笑)に思わず笑ってしまうことも。
【カラフルな登場人物】
松たか子さんは案内役(、ほかいろいろ!)を演じます。物語の語り部として客席に語りかけたり、登場人物のセリフにツッコミを入れたり、それまでの設定をブチ破って(?!)突然物語の中に入って行くこともあります。物語との距離感を自在に操り、それを違和感なく成立させてしまうのが松さんなのです。歌声もたっぷりと披露されますが、中立的でどこにも属さない強さを感じます。孤高。
この街の特異性に戸惑いながらも愛する家族を守ろうと奮闘する心優しい男・タナカを演じるのは首藤康之さん。厳しい状況の中でふと見せる精一杯の笑顔に魅了されます。
首藤さんはちょっと空いた時間があればセリフの自主トレをし、細かなところも疑問が生じれば長塚さんに確認、芝居に向き合う姿勢もビシッとしているのです! 真面目なお人柄が表れている!
そしてこの方がいるところは空気がほっこりとするのは保健所所員サルキなどを演じる近藤良平さん。あえてその役どころには深く言及しませんが、一挙手一投足から目が離せません。「登場の仕方がかっこよすぎるなぁ」「今のは一番困った登場の仕方です」長塚さんからはあまり聞いたことのないノートが飛び出し、稽古場は笑いに包まれます(笑)。
【10人のダンサー】
続いては「10人のダンサー」のみなさんについて。ダンサーは芝居をする4人の後ろで踊るの?いやいや、そこは長塚作品、言葉を持つダンサーたちです。島地保武さんをはじめ、振付家として活動されている方も多く“個”が立つみなさんの群舞は圧巻。一糸乱れぬとはちがうのですが、エネルギーが伝わってくる踊りです。疑心暗鬼、漂う不安という空気を表現する一方、一つのターゲットへエネルギーが集約されたときは“群れ(集団)”の怖さを感じます。
そして、個人的なこの日のハイライト!は「タナカの妻ツマコが──島地さん!」の衝撃です。妻だし、ツマコだし、マツ(松)さんかな?そんなチープな予想を軽く超えてくる島地ツマコ!稽古場を出るころには、ツマコは島地さんしかいない!島地さんはツマコ!表層的に女性っぽく振る舞うのではなく、ツマコが辿る数奇な運命を声と肉体で体現していくのです。この衝撃から、凝り固まった先入観や予定調和を鮮やかに取り払ったところにある子どものココロに気づかされた様な気がします。
【クリエイターズ】
この作品の音楽は阿部海太郎さんによる書下ろしです。イヌの鳴き声やあえぐような呼吸がボイスパーカッションのようにリズムを刻み、そこに遠吠えが加わるとそれはイヌたちの合唱のよう。ナンバーも芝居歌からラテン調まで多彩で、「どこだ 犬コロ」思わず口ずさみたくなる!
パート割も現在進行形で行われていきます。バランスを見ながら、「このパートを少し厚く」など一人一人の声の色を重ねていくような、丁寧な作業の積み重ねなのです。
その音楽に合わせて振りをつけていくのは近藤良平さん。先ほどのパフォーマーとしての表情とはまた違う一面。緻密な作業です。
お待たせいたしました!作・演出・出演の長塚圭史さん。この日は演出家としてのお仕事がメインでしたが、ダンスのお稽古では汗かき息を切らして大奮闘されていました。ダンスをメインにされてきた方への細やかな演技指導も印象的。それはもちろん通常の演劇の現場とは勝手が違うところもあると思いますが、それでもこの作品におけるダンサーの肉体の意味、価値を信じているからこその、こちらはとても地道な作業の積み重ねです。
動く!
3人のクリエイターが稽古場にいて、互いの領域に敬意を払い意見交換し、試しながら作り上げていく創作現場。感染予防に常に気を配るというこれまでと違う状況下にありながら、その尊さは変わらない。それを実感する稽古場でした。
ユーモアといってもブラックユーモア、ファンタジーといってもダークファンタジー、楽しいなと思っても常にそこに横たわる「伝染病」の恐怖──。一筋縄ではいかない物語の果てに待つのは、意外にもシンプルだったりもします。
本当に怖いのは、イヌビトなのか、ヒトビトなのか。一緒にイヌビトの世界を旅してみましょう。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人