新国立劇場 演劇『キネマの天地』(6月)ご出演の俳優・
趣里さんと、
バレエ『竜宮 りゅうぐう』(7月)にご出演の新国立劇場バレエ団プリンシパル・
米沢唯さんによる対談をお届けします。
ちょっと意外な組み合わせ? と思われた方もいらっしゃるかと思いますが、実は趣里さんは4歳からバレエを習い、15歳の時にはイギリスへバレエ留学も果たすというバレエ歴をお持ちの俳優さん。一方で米沢さんは、お父様が演劇の演出家で、生後3か月でお母様の腕に抱かれ芝居小屋へ行ったという(すやすやと寝ていたという!)、演劇が身近にある環境で育ったバレエダンサーなのです。
ともにバレエ、演劇といった舞台芸術に親しみ、それを生業としているプロフェッショナルなおふたりの対談は楽しく、興味深いものとなりました。それぞれ6月、7月に控える出演作のみどころ解説もありますよ!
趣里さん
米沢唯さん
【衝撃の⁉ 出会い】
──おふたりはこれまでにも面識があったのでしょうか。趣里さん) 実は……『キネマの天地』の稽古の休憩中に自動販売機でコーヒーを買おうとしたら、電子マネーが上手く反応せず、スマホを何回もかざしていたところ「大丈夫ですか」と声をかけてくださった方が……。振り向くとそこには、憧れの“唯様”が! あまりの衝撃に、場所も状況もわきまえず「『コッペリア』の配信見ます!」と宣言してしまいました(笑)。
米沢さん) 配信を楽しみにしてくださっているのを知ってうれしかったです。こちらこそ、あの時は『コッペリア』の通し稽古中だったので、チュチュをつけたままの姿で失礼しました。
趣里さん) 失礼だなんて!!私は唯さんがローザンヌ国際バレエコンクールに出場されていたころからのファンなので、今こうしてお話していることが夢のようです。私が言うのもおこがましいですが、唯さんはバレエのテクニックはもちろん、表現も素晴らしく、俳優としても勉強になるところが多く……語り出したら止まらない!ひと言にまとめると、尊敬しています!
米沢さん) ありがとうございます。私、この対談が決まる前から『キネマの天地』のチケットを買っていたんです。趣里さんのお芝居を拝見するのを楽しみにしていたので、その前にお話しできて、とてもうれしいです。
──稽古中の俳優とチュチュを着たダンサーが自販機の前で遭遇とは面白い光景ですが、新国立劇場ではそれもまた日常。オペラ・舞踊・演劇、3つのジャンルの舞台制作が行われている「創作の場としての新国立劇場」の印象は。趣里さん) 素敵な環境です。バレエをしていたこともあり、バレエスタジオの様子やすれ違うダンサーさんに興味津々です。レッスンの様子は見えそうで見えない、「く~ッ、見えない、見たい!」なんて唇をかみしめることも(笑)。 ただお見かけするだけでも、ダンサーさんは本当に素敵ですし、日々レッスンに励む真面目な姿勢というのは伝わってきます。私も頑張らなきゃ!と、すっと背筋が伸びる気がします。
米沢さん) 私がバレエ団に入団して最初に驚いたのは、この環境です。オペラ歌手の方や演劇の俳優さん、いわゆる芸能人という認識の方も普通にそこにいらっしゃるので。特にこの一年は換気のためにどのスタジオもドアを開けて稽古をしているので、中の空気感がより漏れ伝わってきます。演劇やオペラを見るのも好きで、その創作現場に対する興味もあるので、スタジオの前を通る時、「どんな作品を作っているのだろう」とついつい想像を膨らませてしまいます。そして、気づくとチケットを買っています(笑)。しあわせな職場です。
趣里さん) 今、『キネマの天地』の稽古場ではウォーミングアップとしてシアターゲームをやっているのですが、奇声が漏れていませんか?
米沢さん) 演劇の稽古場からは、いつもいろんな声がするので大丈夫です。突然、喧嘩のシーンが始まったり(笑)。こちらこそ、ピアノの音が聞こえていますよね。
趣里さん) 聞こえます、聞こえます! 「あ、チャルダッシュしてるー!」と、勝手にテンション上がっています(笑)。私にはとても贅沢な環境です。
──ジャンルを超えた刺激がある。素敵な創作環境ですね。実は、 観客としても同じようなことを感じます。演劇を見に来たときにオペラパレスに向かうドレスアップしたお客様を見かけて「どんな世界が繰り広げられているのだろう」と気になったり。小劇場で骨太な演劇、オペラパレスで優雅なバレエ、同じ建物の中にいろんな世界があり、それを体験できるのも劇場の魅力です。【似ているふたり】
──おふたりにとってのバレエ、演劇とは。ご自身の表現に還元されることはありますか。趣里さん) バレエを習っていてよかったと思うことは多々あります。一つ挙げるなら精神面です。ひとつの舞台に向かってすべてのエネルギーを注ぐ、それは自分との闘いでもあります。肉体的にもそうなのですが、精神的に強靭であることが求められるバレエの経験、またそれを可能にしてくれた周りの環境、人に感謝しています。
そして、私はイギリス留学中の大怪我でバレリーナへの夢を諦め、今はこうして俳優をしています。バレエを通して知った、スタッフ・共演者のみなさんと一つの舞台を作っていくことの喜び、それが忘れられなくて、もう一度表現の道を目指したいと思えたのだと感じています。その喜びはバレエも演劇も同じです。また、私はどちらもお客さんとして見るのも好きなのですが、舞台からもらえるエネルギーが私を元気にしてくれます。人をこんな気持ちにさせることができるんだ!舞台ってすごいという感動も共通しています。
米沢さん) 私は父が演出家でしたので、回数としてはバレエよりも芝居を多く見て育ちました。演劇を見て感じるしあわせは、そこで味わう“言葉の海に投げ出されているような感覚”です。そして、そのエネルギーの中で物語が進んでいくという体験は私にとって必要なこと。演劇を見ずにはいられないんです。バレエを仕事にした私ですが、バレエには言葉がないからこそ、言葉が必要です。舞台芸術は人間にしか作ることのできない、一番美しいものだと、私は思っています。
──演劇とバレエ、どちらも「役を演じる」というところも共通です。おふたりの役作りについてお聞かせください。趣里さん) 演じるのは自分とは違う人間、その100%を理解するのは難しいかもしれませんが、自分がそのキャラクターの一番の理解者でいたいと思っています。役作りについては、家でキャラクターに対して思いを巡らせるという準備をして、稽古場ではあえてそれを手放すようにしています。
そう思えるようになったのは、演出の小川絵梨子さんとの出会いがあったから。最初にご一緒した時に、私、絵梨子さんに台本を没収されたんです。「台詞は入っているから、大丈夫だから」って。お客様は劇場でキャラクターたちの感情の発露の瞬間を見て楽しむ、それは目の前にいる相手と芝居をしてはじめて生まれるものなんですよね。でも、その時の私は勝手に予防線を張って、台本や自分のプランにとらわれてしまっていた。なんていうことをしていたんだー!と気づかされました。絵梨子さんは、私の演劇人生の中で出会えてよかったと思う方です。
米沢さん) 一緒です。趣里さんも私と同じことを小川さんから言われているんだと思いながら聞いていました。
趣里さん) 本当ですか!
米沢さん) (舞踊芸術監督の吉田)都さんに「踊りはできているし、ステップは入っているから、遊んで」と言われるのですが、私は遊び方がわからない。美しくきれいに踊ることを極めていくほうに逃げてしまう。でも、求められるのは習った踊りではなく、私自身が生み出す踊り。「それがプロフェッショナルの踊り」という都さんの言葉を常に心に留めています。
【名作の再構築『キネマの天地』、新制作をブラッシュアップする『竜宮』再演】
──ともに新国立劇場での公演が控えています。それぞれの公演のみどころは。趣里さん) 『キネマの天地』は井上ひさしさんによる戯曲、昭和のはじめの日本映画界華やかなりし頃を舞台にした推理喜劇です。そこに登場する“4人の女優”のなかの、一番若くて映画館の売り子をしているところをスカウトされ女優になって、とても人気が出て、とても調子に乗っている小春(笑)を演じます。(おけぴ注:とても的確な人物紹介!)
1986年初演の作品なのですが、今のお客様の心にもアプローチできるように、絵梨子さんを中心に作品を再構築しています。
那須佐代子さん、鈴木杏さん、高橋惠子さん、趣里さん
『キネマの天地』稽古場より
米沢さん) 井上ひさしさんというと、それこそ言葉の海、膨大な台詞量という印象があります。
趣里さん) まさに!長台詞もたくさんあるのですが、それが会話として届くように芝居を作っています。長台詞を長台詞と感じさせない、それは台詞をしゃべっている人だけでなく、それを周りの人がどう聞くか、どう心が動くか、そしてどうリアクションするか。そうやって芝居が繋がっていき物語が進むというところを目指しています。
米沢さん) 楽しみです!台詞の間の趣里さんをじっと見てしまいそうです。私のほうの『竜宮』はみなさんご存じの御伽草子「浦島太郎」のお話ですので「言葉がなくてお話がわかるかな」という心配はいらないと思います。そこで私は亀のプリンセス“亀の姫”を演じます。昨年、新国立劇場で誕生した森山開次さん振付の新作の再演です。
「こどものためのバレエ劇場」ということで、可愛らしい振りからカッコイイ振りまで多彩な踊りはもちろん、ポップな衣裳、美しいプロジェクションマッピングなど楽しい要素がたくさんある作品です。こどもからおとなまで、バレエをご覧になったことがない方にもおすすめです。また、亀の姫の浦島太郎への愛という作品を貫く物語の軸がしっかりとあるので、バレエや演劇好きの方にも見ごたえのあるものになると思います。
昨年はリハーサルの時間が限られ、パートごとに分かれてリハーサルをするなど大きな制約がある中での新制作、初演でした。森山さんからも、今年の再演に向けてブラッシュアップすると伺っているので、一層魅力的な作品になるようバレエ団一丸となって取り組んでいきます。
『竜宮 りゅうぐう』2020年公演より(撮影:鹿摩隆司)
『竜宮 りゅうぐう』2020年公演より(撮影:鹿摩隆司)
趣里さん) PR動画を拝見しましたが、少し見ただけでも楽しさが伝わってきました。海を舞台にしたお話というのも夏休みにピッタリですね。バレエには言葉はないけれど、その分、見ている側の想像力が掻き立てられます。だからこそダンサーのみなさんが表現するキャラクターを通して、いろんな感情が自分の中で芽生えるのを感じます。そして、そこで受け取るエネルギーが私の元気の源です。『竜宮』も楽しみにしています! その前に、唯さんとお話しできてとてもうれしかったです。
米沢さん) 私のほうこそ、演劇人に大きな憧れを抱いているので、こうしてお話しできたことをうれしく思います。バレエダンサーは自分を律して、毎日同じことを繰り返すことが求められるので生活がバレエ一色になりやすいんです。だからこそ到達できる芸術性、表現があるのも事実ですが、俳優さんはとても波乱万丈、ときに破天荒だったり、より色彩豊かな人生を送っていらっしゃるように映ります。そして、だからこそそこで生まれる表現の「遊び」「味わい」がとても素敵。趣里さんも律するところは律しながらも、自由でキラキラしていらしてうらやましいです。舞台上でより一層輝かれるのだろうと、拝見するのがますます楽しみになりました。お互いにいい本番が迎えられるように頑張りましょう。
<スペシャルコメント~劇場の魅力~>
──ずばり劇場の魅力とは!米沢さん) 私は、劇場で客席が暗くなる瞬間を「魔法がかかる時間」と呼んでいます。そこには不思議な力があり、日常から離れて違う世界に行くことができる。劇場はそんな場所だと思っています。
趣里さん) 私は怪我のためにバレエを諦めた、失意の日々を送る中で、まさにその魔法にかかりました。劇場に行くことで、地獄のような日常から離れられる。そして演劇から活力をもらって劇場を出ると、街が少しだけ違う景色に見える。なんて言うか、心身ともに血行が良くなるんです!生で俳優やダンサーと繋がることで生まれるこの感覚、これは劇場に行かないと体験できないことです。だから私は劇場が大好きなんです。
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人