人生泣き笑い!
激情と日常が共存するリアルに“記録する演劇”の醍醐味を知る。 時代を記録する三つの名舞台「鄭義信 三部作」、第二弾として届けられるのは『たとえば野に咲く花のように』。この作品は2007年、「三つの悲劇─ギリシャから」シリーズの一作として誕生しました。鄭義信さんはそれをきっかけに“記録する演劇”に目覚め、その後『焼肉ドラゴン』『パーマ屋スミレ』の執筆へとつながった、原点のような作品なのです。
【感想&舞台写真が届きました】
右より)ともさかりえさん、山口馬木也さん
ある意味ぜいたくな舞台だと思います。小劇場と言えども空間が広く手狭な感じや窮屈さは全くなく、それでいて距離がとても近いため、登場人物それぞれの抱える痛みや悲しみ、激烈なさまがダイレクトに胸に迫ってきました。
セットはシンプルですが、照明や効果音がまさしく効果的で観客を舞台に引き込む力があったと思います。
そして何といってもキャストが良く脚本もいい。ともさかさんは凛とした美しさがあり、あきらめと希望をうまく表現し、山口さんは強そうに見えてトラウマからくる弱さと胸の内での慟哭が戦争の悲惨さを物語っていました。
他の方々も一人ひとりが主人公と言ってもいいくらい、印象深い濃い役柄をそのまんまに演じてらっしゃって上演時間中ずっと引き込まれていました。
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ギリシア悲劇をもとにした作品ということですが、その構造に名残を感じました。おもしろいですね。美しいお洋服に身を包み、ヒーローヒロインのように劇的なドラマを生きる人々、日々淡々とした中に巻き起こる些細な事件に一喜一憂しながら幸せを見つけて生きていく庶民たち。でも、ひとりひとりが人生の主人公。そしてお互いにちょっぴりないものねだり。
確かにその時代を生きた人々への愛情を感じる作品でした。
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全てにおいて、ぬかりない。脚本・演出・役者・照明・音楽・セット・始まり方・・・etc、2時間10分まんべんなく楽しませて頂きました。左より)ともさかりえさん、山口馬木也さん
朝鮮戦争や在日といった深い重い背景を持っているにも関わらず、最終的には女性の生きていく力強さを感じさせるもので、タイトルが本当に内容に合致したお話でした。
私も前を向いて頑張らなきゃと勇気付けてくれる作品だと思います。
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ずっしりとした骨太な作品でした。
ちょっとコミカルで、一生懸命だけれど滑稽で、それぞれに色々な物を背負いながら必死に生きていて、プログラムにもあったように、その時に生きていた人々の生きざまを鮮やかに見せられたように感じました。
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前から鄭義信三部作には興味があったのですが、焼肉ドラゴンを見逃してしまったので、今回観ることができてよかったです。1951年が舞台で、初演は2007年だそうですが、情勢の変化によるものか、とても「今」な作品と感じました。
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虹の向こうに国なんてない──つらくて悲しい毎日でも、ここが自分の居場所なんだと歯をくいしばって生きていくほかない。
そんなメッセージが哀切に表現されています。【稽古場レポート】
写真右より)満喜(ともさかりえさん)、康雄(山口馬木也さん)
写真左より)康雄、直也(石田卓也さん)、あかね(村川絵梨さん)
写真左より)淳雨(黄川田将也さん)、満喜、鈴子(小飯塚貴世江さん)、諭吉(大石継太さん)、珠代(池谷のぶえさん)
この日は、行き場のないそれぞれの想いが爆発する場面と、その後の穏やかな場面の稽古が行われました。ときに愛のゲキが飛ぶ稽古の様子から、制作発表で演出の鈴木裕美さんがおっしゃっていた義信さん作品の魅力、“演劇の力、俳優の力を信じている脚本、俳優にとってとてもやりがいのある作品”を実感いたしました。
【激情】あふれだす感情のぶつかり合い
舞台となるのは、朝鮮戦争さなかの九州のとある港町、そこにある「エンパイアダンスホール」。戦争で失った婚約者を想いながら働く在日朝鮮人の満喜(ともさかりえさん)、向かいのライバル店の経営者・康雄(山口馬木也さん)、その弟分の直也(石田卓也さん)、康雄の婚約者あかね(村川絵梨さん)の一方通行の四角関係を軸に物語は進みます。
戦地で身も心も傷ついた康雄は“同じ目”をした満喜に夢中になるが、満喜はなかなか康雄を受け入れられない…。哀しさと憤りが交ったような“同じ目”が印象的な二人の葛藤と、ただひたすらに康雄を思うあかねと直情型の直也の狂気と紙一重の愛。そこに満喜の弟 淳雨(黄川田将也さん)やダンスホールの面々が入り乱れる場面。一人ひとりの目ヂカラ、想いのベクトルが強い!
彼らの愛憎のドラマがどこへ行き着くのかは、ぜひ、劇場でお確かめいただきたいのですが、体当たりで愛し、生きる、そのエネルギーは凄まじいものがあります。そして、そんな緊迫した場面でも、プッと笑ってしまうようなオモシロも巻き起こるのが義信さん作品の素敵ポイント!
写真左より)海上保安庁に勤める太一(猪野 学さん)、珠代姉さんのやり取りも面白い!
【日常】なんでもない日常のハードルの高さ…
そんな壮絶なドラマのあとに控えるのは、日常。
演出:鈴木裕美さん
鈴木さんの言葉を借りると、この何気ないやりとりの場面は、「言外、言葉の裏にある会話」、そんな密なコミュニケーションの積み重ねが必要となる、非常に面白くて難しい場面です。でも、このあうんの呼吸が成り立つと、ぐぐっと“そこに生きている人々感”が浮き上がってくるのです!そして、どうでもいいようなちょっとした会話、日常が掛け替えのない愛おしいものであることに気づかされるのです。
目の前で起きた具体的な事象に対してダイレクトに心が揺さぶられる“感動”とは少し違う、何か自分の奥底にあるスイッチを押されるというか、自らの中からわき上がる愛おしいという感情や涙を誘いだされるような感覚。これはもしかしたら…。『焼肉ドラゴン』観劇時に感じた、不思議な感覚の理由のひとつがわかったような気がします。
どうやら、すっかり、「記録する演劇」にはまってしまったようです。
【おまけ】 はまってしまったといえば…
ダンスホールの支配人諭吉(大石継太さん)
諭吉さん!素敵なんです!超シリアスな中でも思わず吹き出してしまう面白さ!
ちょっと、いや、かなり頼りなくて、このお店大丈夫かしら?という考えも頭をよぎらないわけではないのですが(笑)、なんとかなるかなと思わせるキャラクターなのです。
日本の影の戦後史ともいえる、1950年代、朝鮮戦争さなかの市井の人々を描いた作品とギリシャ悲劇(『アンドロマケ』)というと、いささか隔たりを感じるかもしれません。ただ、戯曲を読み進めていくと、そこに横たわる戦争の影、男女の狂おしいほどの愛、愛するものには愛されぬ一方通行の愛…、歴史は繰り返され、古代から現代まで愛とはそういうものなのかもしれませんね。
そして、それでも人は生きていくのです。もう一つ付け足すならば、女は、母は強しなのです(笑)。
舞台写真提供:新国立劇場 感想:おけぴレポ隊のみなさま
おけぴ取材班:chiaki(文・撮影) 監修:おけぴ管理人