新国立劇場バレエ団6月の公演は、貧しい青年アラジンの愛と友情の物語、ディズニーアニメやミュージカルでもおなじみの『アラジン』。2008年にデヴィッド・ビントレー氏によって、新国立劇場バレエ団のために創作された作品です。
お話をうかがったのは、2008年の初演、2011年の再演、そして3回目となる今回もタイトルロール・アラジンを踊る八幡顕光さんとプリンセス役初挑戦となる奥田花純さんです。
──この作品は新国立劇場バレエ団のために創られた作品です。初演から携わっていらっしゃる八幡さんにとって『アラジン』という作品は。八幡さん)
僕の全幕ものの主役デビュー作でもあるので、そこに対する特別な思いもありますが、『アラジン』という作品を通してデヴィッドの創作の過程、その瞬間に立ち会えたことが何より貴重な経験です。──初演時にご苦労された点は。八幡さん)
まずは演劇的要素がすごく多いので、キャラクターを掴む、役として生きることの重要性を突きつけられました。あとは踊りに関しては率直に難しい(笑)!なんて言うか、振りがとても音楽的なんです。というのも、デヴィッドは振付の時に常に楽譜を持ってきて、それをチェックしながら振りを付けるんです。音符ひとつひとつに付けるように。だから音楽と踊りが合う、それが難しさであり、魅力です。奥田さん)
ですから、踊っていてもピタリとハマったらとても気持ちがいいんですよ。八幡さん)
そうなんだよね。そこまで行けるように、頑張らないと!──リハーサルをしていて、これまでと違う感覚はありますか。 八幡さん)
しんどいです(笑)。こんなに辛かったかな?という感覚(笑)。リハーサルが始まったばかりの先週はみんな必死でした。まぁ、いきなりやるので辛いのは当然のことなんですけどね。
ただ、今回のほうが自分の理解が深まっている、頭と身体がリンクしているような気がしています。この数年の間に、いろいろな作品を経験したことで自分の技術も多少なりとも向上していると思いますし、それによって、シーンや振りを考えて理解できるという…これは、おっさんになったんですかね(笑)。──いえいえ、それは経験に裏付けされた余裕です。リハーサルを見ていても、八幡さんのアドバイスでお二人の踊りがピタリと合っていく瞬間が何度もありました。八幡さん)
リハーサルでは、経験がある分、僕のほうが作品のこと、振りのことを知り、理解しているからアドバイスできる。あとはこれまでに直接聞いたデヴィッドの言葉を伝えたりもしています。今回は花純ちゃんと創るアラジンとプリンセス像、アダージォもたぶん小野(絢子)さんの時とは違うものになると思います。──初挑戦の奥田さんにとって、この上なく頼れるパートナーですね。奥田さん)
はい。先週は本当に細かく、二人での組み方から音の取り方まで丁寧に確認する時間をとっていただきました。今週もアドバイスをもらって、それによって発見する、そのくり返し…とても助けていただいています。ようやく私自身こうしたらいいのかなということがわかり始めてきたところです。八幡さん)
先週はあえて先に進まずに、細かくリハーサルしたんです。アダージォに関しては1時間かけて1曲しか進まないくらい。動きのひとつひとつを掘り下げながらお互いの方向性をすり合わせる作業に専念、その甲斐あってようやくいろいろと連動してきたところです。
そして、花純ちゃんは本当に元々の身体能力が高いんです。3人のプリンセスはそうやってキャスティングされたと思います。頭も身体も瞬時に切り替えて、いろんなことに対応できる能力が必要とされる役なんです。──そこにビントレー作品ならではの高い演劇性も加わるのですね。奥田さん)
今は主に映像を見ながら考えるという作業を行っています。動きがしっかりと身体に入って、通して踊るようになるとさらに新しい感情が生まれると思うので、それはすごく楽しみです。──このペアの持ち味というのもこれから生まれてきそうですね!奥田さん)
はい、まだまだこれから生まれてくるものだと思います。ただ、今、リハーサルで踊る中で、役として、心で踊れるような気がしています。お互いしっかりと目を見てコミュニケーションが取れているので!それは踊るうえでの安心感にもつながっています。八幡さん)
大事だよね、アイコンタクト!──リハーサルでお二人の姿を見ていても自然に笑顔になるような雰囲気を感じました!八幡さん)
よし、よかった。方向性はまちがっていないみたい(笑)!──八幡さんは今回のアラジン像についてなにか発見はありますか。八幡さん)
前回よりコミカルにできるかなと思っています。ちょっとしたことで見え方が変わる、たとえば出会いの場面で、目が合ってそれをずらすタイミングとか。こうやったらこう見えるなというのが感覚的にわかるようになってきました。──お二人ならではのアラジンとプリンセス、楽しみです!続いては、先ほどから何度かお名前が出ていますが、この作 品の生みの親であり、前芸術監督のデヴィッド・ビントレーさんについてうかがいます。八幡さんは『カルミナ・ブラーナ』の神学生2、そして『アラジン』タイトルロール、奥田さんは『パゴダの王子』のさくら姫に、ビントレーさんによって大抜擢されたダンサー、いわば申し子のようなお二人にとってビントレーさんは。八幡さん)
それはもう、リスペクトしかありません。主役に抜擢してくれたことも、ブノワ賞でのパフォーマンス※という世界の舞台を経験させてもらったことも、作品作りへの姿勢から学んだことも、今の僕があるのはデヴィッドのおかげです。感謝しています。※2008年ボリショイ劇場でのブノワ賞授賞式にて、ビントレー氏がノミネートされた際、作品紹介で『カルミナ・ブラーナ』の神学生2のソロを踊られました。奥田さん)
私は芸術監督がデヴィッドだったから入団できたと思っています。そして、アーティスト※のころから少しずつ役をつけてもらって、『パゴダの王子』でさくら姫と言われたときは、本当にビックリしました。デヴィッドは最後、舞台に送りだすまで面倒を見てくれる、もっとこうしたほうがいいというのを伝えてくれるので、その期待に応えたい一心で踊ってきました。※アーティスト:バレエ団内の階級(アーティスト→ファースト・アーティスト→ソリスト→ファースト・ソリスト→プリンシパル)八幡さん)
僕の中には、もっと期待に応えられたのではという気持ちもあるんです。なので、今回の『アラジン』では、観に来てくださるお客様のため、自分自身のためというのもありますが、デヴィッドが納得するものを見せたいという思いもあります。──ビントレーさんのお稽古は。八幡さん)
ものすごく厳しいですよ(笑)。奥田さん)
普段はやさしいのに(笑)。八幡さん)
アラジンのソロ、すごくキツイんです。それを一度踊って、指導を受け、「終わった~」と思ったら、「はい、もう一回!」、「…(絶句)」なんてこともありました。ほかの組が踊っているのを見ていたら、突然、「チェンジ!次のキャストでここまでやって」なんてことも。リハーサル中は本当に一瞬たりとも気が抜けず、いつも準備万端でいないといけないいつも以上の緊張感があります。奥田さん)
見ていないようでいて、すごく周りを見ている方なんです。ちょっとでも気を抜いていると「チェンジ!」の声がかかるのでドキッとします。八幡さん)
本当にダンサーひとりひとりを愛情をもって見てくれています。だから、厳しい指導もキャスティングも誰もが納得できるんです。──そんなビントレーさんがもうすぐ来日されますね。(5月中にお話をうかがいました)八幡さん)
どうなるんだろうな。こんなに大変な作品を踊るのが初めてのメンバーも、デヴィッドのリハーサル自体が初めてというダンサーもいますしね。きっと打ちのめされることもあるだろうな。でも、バレエ団には必要なことだと思います。──心構えを伝授することも?八幡さん)
もちろんしています。たとえば、マーケットシーンはひとりひとりに細かく役が付いていて、乞食だったり、裕福だったり、お金持ちの第一夫人、第二夫人…などあるんですよ。でも、ひとりひとりがキャラクターとして舞台の上で生きていないと、気が付くと真ん中(主役)を見てしまい、ただの“周囲の人々”になってしまうんですよね。でもそれは、経験がない、知らないからなんです。
だから、そこを知っている僕らが教えることは当然のこと。それによって現場の空気が変わったり、若いダンサーが仕事としての高い意識をもったり…。プリンシパルとして踊るだけでなく、それも僕の今の役割だと思っています。──この公演を通して、バレエ団自体がひとつ上のステージを目指せそうですね!八幡さん)
そうなればいいなと思います!──では、最後に『アラジン』を楽しみにしている皆さんへメッセージを。奥田さん)
踊りも演劇性もどちらもお楽しみいただける作品です。さらにセットも凝っていますし、いろんな楽しさが詰まっています。ぜひご覧ください。八幡さん)
観ていて自然と笑顔になり、帰り道では幸せな気分で音楽を口ずさむ、そんな心に残るような作品にします。ご注意点としては…展開が早いので、瞬きしている間にお見逃しなく(笑)。
あとは、ランプの精ジーンとアラジンのラストシーンはいつも泣きそうになるんです。踊っていてもDVDを見ていても(笑)。そんなアラジンの成長物語もきちんとお見せできるように頑張ります!奥田さん)
あのラストシーン、いいですよね。私も踊りながら感動する瞬間がいっぱいあります! ──踊り、音楽、演劇性、そして舞台美術…本当に見どころ満載。まさにバレエの楽しさが詰まった作品ですね!初めてペアを組むお二人の化学反応も楽しみです!素敵なお話をありがとうございました。【新国立劇場バレエ団の『アラジン』、おすすめポイント】<八幡さん>
いろいろありますが、やっぱりマーケットシーンかな。うち以外では、観られないセットなんですよ。ほかのバレエ団での上演、バーミンガムやヒューストンではセットが書割のような簡略化されたもの。それは、セットが大きくて持っていけずに、作り直したという経緯があるんです。新国立劇場にはオリジナルのリアルな街が出現します、小道具も含め楽しいシーンになっています。<奥田さん>
仕掛けがいっぱいあるところです。ジーンの登場シーンも空飛ぶじゅうたんも、とっても面白いと思います。(八幡さんから「空飛ぶじゅうたん、すごく楽しそうに見えるよね…(笑)」“…”そのココロは?!)【八幡さん大抜擢エピソード】 2003年新国立劇場バレエ研修所に第2期生として入所され、05年に入団。その年の開幕作品『カルミナ・ブラーナ』で神学生2に大抜擢された八幡さん。入団直後から、翌年にはソリストに!という叱咤激励(笑)を先生方から受けていたこともあり、あらゆる男性パートを踊れるように準備していた中、さすがに男性主要キャストである神学生1,2,3だけは絶対にないだろうとそこだけ覚えていなかったとのこと。そこから必死で神学生2に取り組み…翌06年に見事ソリスト昇格を果たされたのです。
舞台写真提供:新国立劇場バレエ団
おけぴ取材班:chiaki(文・撮影) 監修:おけぴ管理人