ピュリッツァー賞受賞作『フリック』で、
映画オタクのアフリカ系アメリカ人青年・エイヴリー役を演じる【木村了さん】
映画が好き。
フィルム上映の映画館が好き。
…そんな方はぜひこの秋、新国立劇場へ! 小さな映画館で働く3人の若者の葛藤を、残酷なまでのリアルさと、ニヤニヤ笑ってしまうユーモア、そして温かく優しい眼差しをもって描いた作品『フリック』。
1981年生まれのアメリカの劇作家アニー・ベイカーが若者の焦燥感を繊細に描き、2014年にピュリッツァー賞を受賞した物語が、平川大作さん
(『OPUS/作品』『バグダッド動物園のベンガルタイガー』)の翻訳、そしてマキノノゾミさんの演出で10月に上演されます。
“映画オタク”の青年・エイヴリー役を演じるのは、先日、主演ミュージカル『TARO URASHIMA』の千秋楽を迎えたばかりの木村了さん。
スタッフ・共演者との顔合わせと、初の本読みが行われるという8月某日。作品ごとにさまざまな顔を見せてくれる木村さんに『フリック』への想いをお訊きしてきました。
【木村了さんプロフィール】
2002年デビュー。04年『ムーンライト・ジェリーフィッシュ』で映画初出演。その後、数々のドラマ、映画にて活躍している。近年の作品にドラマ『ウォーターボーイズ2』『花ざかりの君たちへ』『絶対零度』、映画『ワルボロ』『ヒートアイランド』『東京島』『うさぎドロップ』『サンブンノイチ』などがある。舞台では『蜉蝣峠』『浮標』『ライチ光クラブ』『鉈切り丸』『神なき国の騎士』『帝一の國』『生きているものはいないのか』『TARO URASHIMA』など。新国立劇場では「近代能楽集『弱法師』」『朱雀家の滅亡』『象』(再演)『桜の園』に出演。【『フリック』ものがたり】
マサチューセッツ州ウースター郡の古びた映画館。いつか映写係になることを夢見て働くサム(菅原永二さん)。映画狂のエイヴリー(木村了さん)。紅一点のローズ(ソニンさん)。まだ35mmフィルムで映画を映写しているこの映画館だからこそ働きたい、とようやく働き口を見つけたにも関わらず、時代の波はデジタル化に向かい、フィルム映写機からデジタル映写機に移行するという話が持ち上がる。どうせ自分は下流階級に属しているからと卑屈になりながらも、与えられた仕事をそれなりに、けれど懸命にこなす従業員たちだったが、デジタル化が意味するものは、従業員の数を減らすという通告でもあった......。◆【現代アメリカに生きる若者たちを描く『フリック』】
──深海の竜宮城(『TARO URASHIMA』)から現代のアメリカへ! 異なるテイストの作品へ一気にワープですね。
木村) はい(笑)。「ハチャメチャな海の世界」から「ピュリッツアー賞受賞作」へ。もう全くちがう世界ですよね。
実は僕、いわゆる“現代もの”の舞台に出演する機会がすごく少ないんです。新国立劇場でも初めての出演が三島由紀夫作品
(※1)だったし、その次も三島
(※2)で、3本目が別役実さん
(※3)。かなり偏った作品が続いています(笑)。昨年はチェーホフの『桜の園』
(※4)に出演しましたが、それを例外とすると、翻訳作品に出演することも少なくて。それが今回は現代のアメリカ戯曲で、ピュリッツアー賞受賞作の日本初演。ちょっとプレッシャーも感じます。
※1 2008年「近代能楽集『弱法師』」演出・深津篤史※2 2011年『朱雀家の滅亡』演出・宮田慶子※3 2013年『象』演出・深津篤史※4 2015年『桜の園』演出・鵜山仁──ギャップの大きさに戸惑ってしまいそうです。現代アメリカに生きる若者を描いた本作。台本を読まれていかがでしたか?
木村) 人物描写がすごく細かくて、ト書きもびっしり書かれている。役の服装ひとつにしても、たとえば僕が演じるエイヴリーはこんな服で、眼鏡をかけていて…と指定があるんです。この決められた幅のなかで、どう演じるか。セリフも相手とのかけあいが多くて、これはもう自分ひとりで準備していてもどうにもならないな、と(笑)。
今は不安を抱えながらも、とにかくセリフだけは入れておこうと悪戦苦闘しているところです。自宅では子どもたちが大騒ぎしているのでなかなかセリフ覚えも大変ですが(笑)。
「若い役が多いね、とよく言われるんですが…実際に僕まだ20代なんです。
9月に28歳になります。意外と若いんですって書いておいてくださいね(笑)」(木村さん)
【20歳のアフリカ系アメリカ人青年、映画オタクのエイヴリー】
──プライベートではお父さんの木村さんですが、今回演じるエイヴリーは20歳の学生役。しかも、これまで木村さんが演じてきた役とはかなり異なるキャラクターです。
木村) 映画オタクの黒人青年役ですからね。俳優として“挑戦”です。眼鏡をかけていて、大学を休学していて、ちょっと気が弱くて、自分に自信がないエイヴリー。心に問題を抱えていてカウンセラーにもかかっています。このあたりが現代アメリカ作品だなと思いますね。生きていれば誰でも気が重くなったり鬱っぽくなったりすることってあるけど、アメリカではそんなとき気軽にカウンセラーに相談して、薬を服用して…という文化がある。日本とはちょっとちがいますよね。この作品にも「心になにかを抱えているのは特別なことではない」ということがサラッと書かれているんです。
それから言葉のかけあいで生まれるアメリカならではの笑いの場面もたくさんあるんですが、それをそのまま日本でやってもおもしろくならないかもしれない。アメリカの文化をどうみせるか、その上で作品の本質をどう届けるか…むずかしいですね。
「ピュリッツアー賞を受賞したフリックという戯曲をいまからお見せします。現代のアメリカを描いた作品です。アメリカ文化も味わえます」─これではダメだと思うんです。日本で上演するからこその意味を考えながら、どこまで作品の本質を掘り下げられるか。それが肝になるのかなと今は思っています。
…といっても、演出のマキノさんとお会いするのも今日が初めて。ほぼ3人芝居で、共演者も全員初対面。…どうなるんだろうなあ…不安ですね! こわい! いまはまだ不安しかない(笑)。
──なんだか、映画館の新人アルバイトとして緊張しているエイヴリーと木村さんが重なって見えてきました(笑)。
木村) 不安だらけですよ(笑)。でもどこかで歯車がカチッと合えば、ものすごくおもしろい舞台になるんじゃないかなと思っています。アメリカと日本の文化のちがいもありますけれど、それ以上に作品の本質、作者の真意を宝探しのように見つけていきたいですね。
難解な作品ではないし、重い展開でもない。笑いもたくさんあります。でもわかりやすく事件が起きて、盛り上がって、問題が解決してすっきりして終わり! という作品でもないんですよね。今の日本を生きる僕たちにとっても、ある意味とても近い世界を描いていますし。
──今回はマキノノゾミさんと初めてのタッグ。観客としては、どんな戯曲でも「わかりやすく、おもしろい!」そんな舞台にしてくれる演出家といった印象があります。それをマキノさんが稽古場でどのように作り上げているのかはわかりませんが…。
木村) マキノさんの作品に出たことがある知人から聞くところによると「血中の外国人濃度を上げてくれ!」とか言われるみたいです(笑)。オーバーリアクションすればいいのかな? でもエイヴリーは派手な動きをするようなキャラクターじゃないしなあ。
…マキノさん、どんな人なんだろうな。今は一緒にお仕事ができる嬉しさと期待と不安で(笑)いっぱいです。
「エイヴリーの映画の好みって…ちょっと偏ってますよね?(笑)」(木村さん)
【「古い映画館の雰囲気が好き」“映画オタク”の役作り】
──映画オタクという設定のエイヴリーですが、木村さんご自身は映画、お好きですか?
木村) 好きです。でもエイヴリーほどのオタクではないです。エイヴリーの映画の見方って、ちょっと偏っていますよね。デジタルを毛嫌いしていて、フィルムを愛している。もしかしたら、そこには映画そのものことだけではなく、エイヴリーの本質でもある“なにか”が隠されているのかもしれない。それを読み解いて、舞台上で表現するのはとてもむずかしそうですが。
──観客としては、具体的な映画作品名がたくさん出てきて「あ、それ私も観た!」「懐かしい!」という単純な楽しさもあります。個人的には『ハネムーン・イン・ベガス』のくだりで爆笑してしまいました。
木村) たくさんの映画タイトルがセリフのなかに出てくるんですけど、とりあえず作品のモチーフにもなっている『突然炎のごとく』、エイヴリーがアメリカ映画最後の傑作と評価している『パルプ・フィクション』、そして「いい線行ってる、でも傑作というには足りない」(笑)と言う『マグノリア』、この3本を改めて観直してみました。
僕自身は『パルプ・フィクション』も『マグノリア』もどっちも好きですが、なんとなくエイヴリーが言いたいこともわかるような気がしましたね。『パルプ・フィクション』は徹底的に無駄がない。『マグノリア』も同じような作りなんだけど、ところどころに強引な“パワープレイ”が見られる(笑)。そのあたりがエイヴリーの評価の差なのかな…なんて、考えました。
──ほかにも古典の名作から、B級コメディ作までたくさんの映画タイトルが登場します。役作りとして少しずつ観ていく予定ですか?
木村) “役作り”って実はあまり良くわからないんです。これが自分の役作り方法だ! という明確なものはなくて。でもこの戯曲では、とにかくエイヴリーが愛する映画やセリフに出てくる映画は観ておかなくちゃ始まりませんからね。あと、古い映画館にも行ってみようと思っています。
──「フリック=FLICK」とは「明滅する光=flicker」から派生した言葉で、“チカチカと輝くフィルム”を上映することから、映画館や映画を意味するんだそうですね。最近ではデジタル上映のシネコンが一般的ですが、木村さんは年齢的にギリギリ、フィルム上映の映画館も知っている世代でしょうか。
木村) そうですね。子供の頃に行っていたのはフィルム上映の映画館だったと思います。それから吉祥寺のバウスシアターというミニシアターにもよく行っていました。今はもう閉館してしまいましたが、ちっちゃくて、お世辞にもきれいとは言えない劇場で。僕は大好きだったんですけど、まあデートには向かなかったかな(笑)。「いつからあるんだろう」っていう古いポップコーンマシーンがあって、空調も暑かったり寒かったりして。
──まさしく、本作に登場するマサチューセッツの小さな映画館「ザ・フリック」のような空間。
木村) ほんとうに。映画そのものだけでなく、映画館の雰囲気も込みでの非現実的な空間。家でDVDを観るのとはぜんぜんちがいます。自宅のテレビの前だと、すぐそばに現実があるけれど、映画館って閉鎖された空間で、1本の映画が終わるまで現実から隔離された場所にいられる。あのスクリーンだけに集中する時間は僕も大好きです。都内にはけっこう古い名画座や二番館が残ってるんですよね。三軒茶屋とか目黒とか。あの雰囲気もすごく好きで。稽古に入る前に時間を見つけて行ってみようと思っています。
「あの3人の微妙な感じ、隠されているもの…
何回か観劇して初めて見えるものもあるかもしれません」(木村さん)
【サムとローズとエイヴリー、微妙な“三角関係”】
──具体的に言及されるわけではないですが、ジャンヌ・モロー演じるヒロインとふたりの青年の関係を描いた映画『突然炎のごとく』が作品のモチーフの一つになっています。少し関係性は異なりますが、エイヴリーとサム、そしてローズもなんとも微妙で、不思議な三角関係を作り出していますよね。
木村) そうですね。会話のかけあいで関係性を見せていく芝居です。ソニンさんも、菅原永二さんも初めましてなので、それをどう作っていくのか…楽しみでもあり、こわくもあり、というところですね。
──特にローズと心の距離がぐっと近づく場面は非常に繊細な演技が要求される、いろいろなものをさらけ出さなくては演じられない場面だと思うのですが、ああいった場面を演じるのはこわくはないですか?
木村) エイヴリーとローズにちょっとした事件がおこるあの場面ですよね。…どちらかというとローズのほうが大変なんじゃないかなあ…。エイヴリーは受け身なんです。でもローズは心と身体をあの場面にむかって作っていかなくちゃいけないのでソニンさんのほうが大変だと思います。
エイヴリーはあの事件のあとのほうがいろいろ大変。彼としてはローズ…というかローズのような“女性”はあまり好みではないというか、台本にはっきりと書いてあるわけではないですが、彼のなかには“なにか”があるはずですし。でも友だちとしては仲良くなりたいと思っているわけで…その距離感をどう作るか。何度も言いますが初共演の方ばかりなので。ドキドキするなあ…。
──期待と不安でドキドキしている木村さんが、なんだか、ほんとうにエイヴリーに見えてきました(笑)。
木村) “三角関係”のなかで、エイヴリーとしても“なにか”を期待している部分はあるんですよね。そのあたりをしっかりつかむことができれば、なにかものすごいものが生まれそうだなという予感はあるんです。あとはもうマキノさんにお任せして。今日これから初対面ですが(笑)。
…なんだか僕、「不安」とか「むずかしい」「こわい」しか言っていないような気もしますが、大丈夫ですか?(笑)
でもきっと本番の舞台では今までにないような新しいものをお見せできると思うんです。劇場のホームページとかチラシに書いてある「デジタル化の波を背景にした若者たちの焦燥感」という言葉から受ける印象とはちょっとちがう、新しいなにかが。きっと観客の皆さんのイメージを良い意味で裏切るものになると思います。
今はまだエイヴリーの視点からしか物語を捉えられていないですが、これから稽古場で共演者、演出のマキノさんの視点もお借りして、『フリック』の世界で“宝探し”をしていきたいですね。
◆♪こぼれ話・1
劇中に登場する“映画マニアならではのゲーム”。その名もケヴィン・ベーコン・ゲーム!(詳しくは公演サイトの平川大作さん“フリックコラム”にてどうぞ)
作中に何度も登場する映画『パルプ・フィクション』の監督クエンティン・タランティーノと、木村了さんが3ステップで繋がることをお伝えしたおけぴスタッフ(ヒントは舞台『花より男子』)。
そこで木村さんから「あ、それなら2ステップで繋がっちゃうかも」との指摘が!(ヒントは大河ドラマ『風林火山』) まさしく、劇中でエイヴリーが言うところの“楽勝”案件だったようです…(笑)。
このゲーム、映画だけでなく舞台作品も可のルールでやると、これがもう止まらない♪ みなさまもぜひお試しくださいませ。
♪こぼれ話・2
木村さん:
劇中で『パルプ・フィクション』のサミュエル・L・ジャクソンの物真似をする場面があるんです。…僕はどうすればいいんだろう(笑)。
日本語のセリフで、英語で喋っているサミュエル・L・ジャクソンの真似ですよ? 国籍も年齢も人種も違うのに…どうすればいいんだ!(笑)
血中の“サミュエル・L・ジャクソン濃度”を上げての熱演、楽しみにしています!
おけぴ取材班:mamiko ,hase(撮影)