舞台『ローマの休日』観劇レポート


写真左から:アーヴィング・ラドヴィッチ役=小倉久寛さん、アン王女役=朝海ひかるさん、ジョー・ブラッドレー役=吉田栄作さん


 オードリー・ヘップバーンを一躍スターダムに押し上げた傑作映画『ローマの休日』。「実はあの映画には、原作となった戯曲があった」 ─そんな設定で、マキノノゾミさんが書き下ろした舞台版に登場するのは3人の役者だけ。思わず「うまいっ!」と膝を打ちたくなる演劇的構成と、原作映画ファンも感激の“完コピ”の完成度!

 第36回菊田一夫賞を受賞した初演時のメンバーが再び集まり、ついにアン王女が、ジョー・ブラッドレーが、そしてお茶目なアーヴィングがステージに帰ってきました。

 大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて7月26日に初日の幕を開けた舞台版『ローマの休日』観劇レポートをお届けいたします。
(大阪公演27日まで。東京公演は7/30(日)から8/6(日)まで世田谷パブリックシアターにて上演)








【映画版への深いリスペクト】


 幕が開くとそこは、吉田栄作さん演じる新聞記者ジョー・ブラッドレーの部屋。大使館を抜け出したアン王女が酔っぱらいのように意識朦朧とした状態で、この部屋にやってくるところから物語が始まります。

 まず嬉しくなるのは、「映画そのまま」なジョーの部屋の再現度。部屋の奥の大きな窓、バスルームに続く扉、机の上のタイプライター、そしてカウチ(寝椅子)まで、映画で見たあのセットを完全再現! 映画ファンならきっと笑顔になるはず♪


この写真には写っていませんが、下手側にバスルームやカウチも♪ そう、これこれ!と言いたくなる完成度!
(美術は奥村泰彦さん)


 客席で見ているとあまりに自然で、気が付かないほどなのですが、セットや衣装はすべて、色彩を排除したモノクローム。白黒映画の雰囲気で、観客の自由なイメージに委ねられるのが心地いい。

 「真実の口」「ヴェスパ」「祈りの壁」など、映画でも印象深かったシーンの完全再現ぶりにもぜひご注目を。これらのシーンはあくまでも映画のイメージを壊さないように、そしてファンの方に喜んでもらえるようにと、“完コピ”を目指したとのこと。繰り返し映画を見て、動きを身体に叩き込んだという出演者たち。もちろん映画にはカット割りがあり「そっくりそのまま」とはいかないはずなのに、舞台上のアン王女やジョーの表情まで間近で見ているような感覚になるのは、名作へのリスペクトを失わずに、映画のイメージをうまく生かしたキャストの演技、演出の勝利と言えそうです。


もちろんこのシーンも。この後のジョーとアン王女の動き…映画で見たときの感動がぱーっとよみがえるような“誇りある”完コピっぷりに拍手!!!




【舞台版ならではの魅力】


 「3人だけで、いったいどうやってあの映画を舞台に?」 

 その疑問は、幕が上がってすぐに「なるほど!」に変わります。とにかく、シーンの取捨選択が絶妙。特にそれが際立ったのが、全編ジョーの部屋のなかで物語が進む第一幕です。

 映画前半の大きな見どころといえば、ジョーの部屋を出た王女が、好奇心で目をキラキラさせながらローマの街を歩き、サロンでバッサリと髪を切る場面ですが、この舞台版ではそのシーンは出てきません。と言っても、単純に場面カットというわけではなく…これはぜひ舞台でその演技を見ていただきたいのですが、部屋に戻ってきた王女が街歩きの様子をジョーに聞かせるとても感動的なシーンに仕上がっているのです。

 王女が語る小さな「夢」。それを聞いて新聞記者としての野心とはちがう想いが芽生えるジョー。この後のふたりの関係性につながる、とっても素敵なシーン。映画版よりもさらに強く胸に迫る名場面です。
(第二幕でその小さな夢が叶う王女。嬉しそうにはしゃぐ姿が愛おしいっ!)



クタクタの背広姿もかっこいい吉田栄作さん。ふとした動き、セリフの言い回しまで、原作映画へのリスペクトを強く感じました。


 「映画以上」といえば、舞台版ならではの大胆な設定で、より深く描かれているのが、吉田栄作さん演じるジョーの役柄と、小倉久寛さん演じるアーヴィングとの関係性。

 映画版では単に新聞社のローマ特派員として働くアメリカ人として描かれていたジョーですが、今回の舞台版では「元ハリウッドの脚本家」という設定が追加されています。カメラマンのアーヴィングも一緒に映画界で働いていたという設定です。

 映画の世界を志していた二人がなぜローマに来たのか。どうして新聞社で働いているのか。二人の過去を描くことで、王女の記事を破棄するジョーと、それを理解するアーヴィングの心情がより深く、心に迫ります。

 映画『ローマの休日』の脚本を手がけたのは、ハリウッドの売れっ子脚本家だったダルトン・トランボですが、映画の公開当時に彼の名がスタッフとしてクレジットされることはありませんでした。映画が製作された1950年代はアメリカに赤狩り(※)の嵐が吹き荒れていた時代。自分の名がハリウッドのブラックリストに載っていることを知ったトランボは友人の名を借りて『ローマの休日』の脚本を執筆。アカデミー脚本賞受賞時にもこのことは伏せられました。彼の死後に改めてアカデミーからトランボに賞が贈られ、名誉回復がなされたことは今ではよく知られたエピソードですよね。

※赤狩り…ソ連とアメリカの冷戦状態を背景に、西側諸国が自国内の共産主義者やその支持者から職を剥奪。ダルトン・トランボはハリウッドのブラックリストの中でも特に重要度が高い「ハリウッド・テン」の一人として映画界から10年以上も追放されました


 マキノノゾミさん&鈴木哲也さんによる脚本は、このトランボとジョーを重ね合わせることによって、より深く登場人物たちの心情を描くことに成功。単なる名作映画の完コピ、三次元化ではない“舞台化”に演劇人としての心意気を感じます。そしてこの設定も決して押し付けがましい印象ではなく、あくまでさらっと描かれているんです。このあたりにもこの舞台版『ローマの休日』のセンスの良さを感じます。




【イメージピッタリ! ふたたび集まった初演キャスト】


 

 2010年、2012年に続き再々演となる今回の公演。初演から不動の吉田ジョー&小倉アーヴィングに加え、初演から7年ぶりにアン王女役の朝海ひかるさんが出演することも話題です。

 グレゴリー・ペックに負けない(!)くらいの足の長さで、クタクタの背広もかっこよく着こなす吉田栄作さん。そして“オードリー風ショートヘア”がとってもよくお似合いで、開襟半袖シャツにたっぷりとしたフレアースカート姿がキュートな朝海ひかるさん。二人が並んだ様子はほんとうに「映画のよう」。前述のとおり「真実の口」などの名場面では映画の動きをそっくりそのまま見せてくれるのですが、これがまた嫌味のない完コピなのです(手がなくなった振りをするジョーと、驚いて悲鳴を上げる王女…思い浮かびますよね? あの場面!)。一幕冒頭の意識朦朧とした王女とジョーのやり取りもうまい! 



初演時から大注目だった激しすぎるデュエットダンス♪
小倉アーヴィング、お腹のつめ物もさらに増量!?


 ジョーの親友・アーヴィングを演じる小倉久寛さんは、「映画そのままのビジュアル」というわけではありませんが、映画以上の存在感。ジョーと王女の微妙な関係に、いい感じに風を吹かせてくれるアーヴィング。吉田栄作さん演じるジョーとの息もピッタリです。

 ローマの街で楽しそうにはしゃぐ姿がとっても魅力的(ヴェスパの運転も♪)な朝海ひかるさん。それだけにジョーたちが新聞記者であることに気がついた演技が痛々しく胸に迫ります。

 3人とも共通するのは、映画のイメージを大切にしながら、舞台ならではの、より繊細な心の動きをじっくりと見せてくれていること。

 「自分が作った料理を誰かに食べて欲しかった」という王女の“卵”のエピソード、彼女が出ていった後のジョーとアーヴィングのやりとり、そして最後の会見の場面…。思わずほろっと涙がこぼれそうになったのは、おけぴスタッフだけではなかったに違いありません。



衣装の着こなしにうっとり…
気高く、切ないラストシーンは必見です。
(声の出演、川下大洋さんの七色の声も必聴♪)

 
 原作映画が「不朽の名作」と称されることに改めて納得。それに加えて、演劇作品として上演する意味がしっかりと加えられていることへの賞賛の思い。そんなことが観劇後の心に残った、舞台版『ローマの休日』。

 世代を超えて人々に愛され続けてきた傑作映画ゆえ、イメージが…と心配される方もいるかもしれませんが、その点は心配ご無用。映画ファンのみなさんも安心して楽しめる完成度の高さです。

 そして「映画版を見たことがない」という方もぜひ劇場で「初めてのローマの休日」に触れてみてください。先入観なく見ることでこの物語に込められたメッセージをさらに繊細に感じることができるかもしれません。(観劇後はぜひ映画版も。「演劇」と「映画」の違いって楽しい! そう思えるはず♪)


 舞台版『ローマの休日』は大阪公演を終えた後、7月30日(日)から8月6日(日)まで世田谷パブリックシアターにて上演。期間中一部日程では、出演者によるスペシャルトークや、出演者写真&特製チケットホルダー(非売品)がプレゼントされるイベント回も開催されます。
(イベント詳細はこちら






【公演情報】
『ローマの休日』
2017/7/26(水) ~ 2017/7/27(木) 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
2017/7/30(日) ~ 2017/8/6(日) 世田谷パブリックシアター

オリジナル脚本:イアン・マクレラン・ハンター/ジョン・ダイトン
原作:ダルトン・トランボ
演出:マキノノゾミ
脚本:鈴木哲也/マキノノゾミ

出演:
ジョー・ブラッドレー:吉田栄作
アン王女:朝海ひかる
アーヴィング・ラドヴィッチ:小倉久寛

声の出演:川下大洋


<ストーリー>
1950年代のイタリア・ローマ。
新聞記者のジョーはある夜、街角のベンチで横たわる風変わりな娘を自宅に泊めざるを得なくなった。
渋々面倒を見ていたが、翌朝になって驚愕!なんとその娘はヨーロッパ各国を歴訪中のアン王女その人だった!
束の間の自由を求め、身分を隠し密かに大使館を抜けだしてきた王女に悟られぬよう、カメラマンで親友のアーヴィングと特ダネを取ろうと企てるジョーであったが、永遠の都・ローマで自由と休日を活き活きと満喫するアンにいつしか心惹かれ始める。
王女もまた、ジョーに惹かれていくが…

公演公式サイト

舞台写真提供:梅田芸術劇場  撮影:岸隆子(Studio Elenish)
おけぴ取材班:mamiko(文)  監修:おけぴ管理人

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