新国立劇場『トロイ戦争は起こらない』稽古場レポート



 初演は1935年、第一次世界大戦の記憶がまだ鮮明に残る中、ナチスドイツが台頭しはじめた頃。作者は小説家、劇作家であり、フランス外務省の高官、情報局総裁まで務めたジャン・ジロドゥ。第一次大戦に出征し負傷、身をもって戦争の悲惨さを体験したジロドゥの外交官としての鋭い眼差し、劇作家としての滑らかな言葉が紡ぐ物語は、まるで祈りのよう。

 本作は、世界最古の物語と言われる長編叙事詩『イリアス』で歌われるトロイ戦争が起こる直前、国の運命がかかる一日描いています。そのキーワードは“戦争”“平和”“民族”“家族”…。多様な立場、まさに老若男女の間で交わされる“トロイ戦争は起こらない、起こる、起こらない…”の会話。クライマックス、トロイの王子・エクトールとギリシャの知将・オデュッセウスの会談の見ごたえはもちろん、戯曲から投げかけられる日常に根をはった普遍的な問題も観る者の心をとらえます。


【稽古場レポート】


 稽古場に組まれたセットは、円形の傾斜舞台。
 シンプルな空間だからこそ際立つ人間関係と会話が印象的です。






 立ち位置、体勢、顔の角度、視線などで表現される人間関係のベクトル、無駄を排除した潔さは美しい。またそれだけに、整然とした中に突如流れこんでくる異分子(展開)が際立つ!

 物語の世界を生きる人々はだれもが血の通った一人の人間。
 お稽古を見てまず思ったのは、「みんな普通にしゃべっている」。やや間の抜けた感想ですが、不朽の名作、フランス近代演劇の金字塔、なんと言ってもタイトルが『トロイ戦争は起こらない』!!ですので、少なからずそこから圧を感じてしまうものです。
 実は新翻訳の戯曲を読んだときから、あれ、これは…との予感はしていたのですが、実際にみなさんが立ってしゃべる姿を見て、なんだかホッとしてしまいました。

 ここで改めまして-あらすじ-を。
 長い戦争が終わりようやく平和が訪れたトロイの国。
 英雄・トロイの王子エクトールは身ごもっている妻のアンドロマックと平和を喜ぶ。しかし、エクトールの弟パリスはギリシャの王妃エレーヌに魅了され、彼女を誘拐しトロイに連れてきてしまう。「エレーヌを返すか、戦争か」トロイとギリシャの間に緊張が走り、ついにギリシャの知将・オデュッセウスがトロイに上陸する。


【平和を愛する王子・エクトール:鈴木亮平さん】




 屈強な体躯はまさにトロイの英雄そのもののような鈴木亮平さん。ただ、エクトールはただただ勇ましいだけでなく、平和のために奔走する男。鈴木亮平さんの理知的で温かい台詞回しは、一人の人間として共感できる人物像を作りあげています!戦没者への追悼の言葉は演説の名を借りた祈りのような実のある魂の叫びなのです。


【ギリシャの妃エレーヌ:一路真輝さん】




 その美しさで国を揺るがすエレーヌ。でも、周囲の喧騒もどこ吹く風といった感じで我が道を行く美しさと強さが一路さんにぴったり!!上手から下手に歩くだけで、その姿は自然と人の目を引き付けて離さない。罪なエレーヌ…。


【エクトールの妻アンドロマック:鈴木杏さん】




 愛する夫の子を身ごもっているアンドロマック。夫や子の命を危険にさらす戦争は何としても回避したい、その切実な願いが彼女の強さの裏付け。戦争は日常を壊す。それを強く感じさせるしっかりと地に足のついた(鈴木杏さんインタビュー)女性をしっかりと演じるのが鈴木杏さん。ラストはアンドロマックの心情とシンクロしていました。



エレーヌとアンドロマック、女同士の会話も見どころ!


【エクトールの妹カッサンドル:江口のりこさん】





 先を全て見通しているかのような眼差しのカッサンドルをクールに演じるのは江口のりこさん。淡々とした口調で語られると、もう、そうならざるを得ないのか…ものすごい説得力です。


【エクトールの母エキューブ:三田和代さん】




 エクトールの母、つまりトロイの妃。ここぞというときのひと言がピリッと物語を引き締めます。三田さんが発する言葉は、戦争に対して好き勝手を言う男たちに対する華麗な一刺しのような痛快さです。


【エクトールの弟パリス:川久保拓司さん】




 起こるか起こらないかの戦争の火種を作った張本人ともいえるのがこのパリス。終盤のエレーヌとの関係を問われるシーンの緊張感、パリスの動揺は川久保さんの見せどころ!


【ギリシャの知将オデュッセウス:谷田歩さん】




 制作発表会見でもおっしゃっていましたが、最後の最後に出てくるのがこのオデュッセウス。真打登場の貫禄十分な歩みで物語に登場する谷田さんにしびれます。戦争というものが一気に現実味を帯びて、パリスを問い詰め…。そこでのピリピリ感はまるで自分も当事者になったかと思うほど稽古場全体に広がります。

 エクトールとの会談は「何を天秤に乗せるか」にはじまり、ひと言ひと言、一挙手一投足から目が離せない。この対決は今年の演劇界でも屈指の名場面になる予感!そして、そこからのラストまで、一気に駆け抜ける展開は…。

 ほかにも大鷹明良さん、花王おさむさん、粟野史浩さんらをはじめとする俳優陣がみなさん言葉も存在感も特濃!舞台上に戯曲が立ち上がるというのはこういうことなのだと思える作品です。


【栗山民也さんの言葉】




 いくつかのシーンを通すと、演出の栗山民也さんを囲んでのノートの時間が始まります。栗山さんの言葉に、観ていて感じた面白さのヒントがたくさん詰まっていました。印象的だったものをいくつかご紹介いたします。

 「相手(役)が近づいてくることで血圧が上がる、それを現在進行形で見せるのが舞台」
 「古典となると、時間の使い方が大仰になってしまいがち。だからこそテンポよく。大切なのは、今、どんな感情なのかということ」
 「(動きや感情の作り方)台本の先を読んだら面白くないよね」
 「スピード感というのは単に(物理的な)速度の問題じゃない」


 美しいだけでない血の通った台詞になっていく稽古。こうして日々ブラッシュアップしていくのですね。


 トロイの王子・エクトールの平和への祈りは届くのか。
 ギリシャの昔、第二次大戦勃発への暗雲たちこめる1935年、そして現代へと繋がる『トロイ戦争は起こらない』、間もなく開幕です!


【公演情報】
新国立劇場 開場20周年記念公演『トロイ戦争は起こらない』
2017年10月5日(木)~22日(日)@新国立劇場・中劇場
2017年10月26日(木)、27日(金)@兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール

<スタッフ>
作:ジャン・ジロドゥ
翻訳:岩切正一郎
演出:栗山民也

<キャスト>
鈴木亮平 一路真輝 鈴木 杏 谷田 歩 
江口のりこ 川久保拓司 粟野史浩 福山康平 野口俊丞 チョウ ヨンホ 金子由之
薄平広樹 西原康彰 原 一登 坂川慶成
岡崎さつき 西岡未央 山下カオリ 鈴木麻美 角田萌果
花王おさむ 大鷹明良 三田和代

公演HPはこちらから

おけぴ取材班:chiaki(撮影・文) 監修:おけぴ管理人

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