【過去ログ】2012/06/11 新国立劇場「温室」稽古場レポ


2012年6月11日(月)
新国立劇場「温室」稽古場レポート


 

~日本の演劇がどのように西洋の演劇と出会い進化してきたか~を探る、新国立劇場の[JAPAN MEETS・・・-現代劇の系譜をひもとく-]シリーズ第6弾。2011/2012シーズンの最後を飾る、イギリスのノーベル賞作家ハロルド・ピンター作『温室』稽古場に、お邪魔してまいりました!



 稽古場のドアを開けて、まず目をひいたのは、黒い舞台にポツポツと並べられた真っ赤な調度品の数々。計算しつくされた配置でテーブルや椅子が散らばり、誰も立たない舞台を見ているだけでも気分が高揚してきます。

 まるで現代美術のような美しさの中に、張りつめた空気と、正体不明の混沌とした何かが表現されていました。



 ふらりと現れた演出家の深津篤史さん。
 大きな声を出すわけでもなく、いたっておだやかな物腰で、スっと椅子に座り、静かにお稽古ははじまりました。

 深津さんは同志社大学在学中に第三劇場に入団し、後に劇団・桃園会を旗揚げ、論理的且つ野心的な作風で関西を中心に演出家・劇作家として活躍、98年には「うちやまつり」において岸田戯曲賞を受賞、今最も注目を集める演劇人の一人です。

 通し稽古の前にはじまったのは、棒読み芝居とも呼べるような、抑制した演技でのお稽古。


小島聖さん(写真左)と高橋一生さん(写真右)


 椅子に座ったまま手をつなぎ、一切身体を動かさずに、あくまで感情を入れずに淡々と台詞を読み上げるお二人。棒読みの演技によって、その台詞の意味が返って際立ってくるようです。互いに急所を突き合うような、スリリングな台詞が続いているのに、感情を抑えて演じることが義務付けられた役者さん達。凄まじい集中力がこちらまで伝わって来ます!


今度は、小島聖さん(写真左)と段田安則さん(写真右)のお二人で


 段田さんの野太い声が、このお芝居のルートという権力欲にまみれた身勝手な施設の最高責任者のキャラクターにぴったりです。グッと引き込まれました。

 先ほどから、何かヘンだなと思っていたのですが、台詞のところどころで言葉の空白が、どの役者さん達にも見受けられます。決して台詞につまっているわけではありません。なんとこれは、ある特定の単語を発声しないお稽古の一つで、伏せられた台詞の単語は役者ごとに違い、各自その単語を稽古の間中、発してはならないルールとなっているのです!

 伏せられた単語は、「殺し」「番号」「仕事」など物語のキーワードとなるような重要なものばかりで、あえて発しないことで、演じる方も、それを受け取る方も、より意識的となり、演技に重大な効果が生まれるとのこと。また、台詞の新鮮さを保つ役目もあるそうです。

 お稽古の序盤にして目から鱗が何枚落ちたことか。大変興味深い、そしてとても面白い現場です!



 高橋一生さん(写真右)は、この施設の専門職員ギブズという重要人物を演じます。知的な物言い、思慮深げな眼差し、それでいて冷徹な表情が垣間見える、実に不気味なキャラクター。



 腰が低いようでいて横柄、優しいようでいて恐ろしい。高橋さんがニヤリとしたり、スッと無表情になったりするだけで、思わず息が詰まります。高橋さん演じるギブズの孕む緊張感が、一体いつ暴発してしまうのか、否応なしに興味をひかれる展開に、メモ用のノートもついほったらかしに。。。



 紅一点、小島聖さんの長い手足が、この稽古場の中でひときわ異彩を放っておりました。舞台の上を歩くだけで風が吹くような雰囲気、しかし今回のお芝居では風といっても生ぬるい妖しい風です。
 小島さん演じる専門職員カッツ嬢は、魔性と言うべきか無邪気と言うべきか、もしかしてわざとそう振る舞っているのか、男性を相手に急に距離を縮めたかと思うと、サーっと退場してしまいます。




 この日のお稽古中、小島さんが発してはならない伏せ言葉はなんと「女らしさ」という台詞。台本で確認して「女らしさ」の台詞を飛ばしているのを知り、ドキンとしました。小島さん(カッツ嬢)の妖艶な佇まいが、施設内の秩序を徐々に乱しはじめます。
 果たしてどういうつもりなのか、見ていて脂汗の出てきそうなシーンが続きます。




 この『温室』というお芝居に、これほどの適役はないのではないかと思うほど、施設の最高責任者のルートを演じる段田安則さんに目が釘付けです。


 劇作家・ハロルド・ピンターは、イギリスのノーベル文学賞受賞者で、不条理劇のサミュエル・ベケット、シュルレアリスムの映画監督ルイス・ブニュエルなどに影響を受けたとされています。『温室』の設定は、おそらく「病院」であろうと思われるのですが、それ以上は詳しく語られません。

 患者たちは番号で呼ばれ、それを管理している職員たちの会話劇。患者6457号が亡くなり、患者6459号が子を産んだ。提示される事態はこれだけです。



 段田さん(ルート)は、この施設の最高責任者という立場で、施設内の秩序を守ることを美徳とし、権力を振りかざすような発言ばかりしている、いわば少々空虚な人物。他の若い職員たちから、小馬鹿にされているような節もあり、本人は気付いていないのか、ますます盛んに権力を誇示します。
 その有様は滑稽としか言いようがなく、緊張感のある稽古場で、決してギャグなどないのに、見ている側から何度も笑い声があがります。それも段田さんの、味わい深いいぶし銀のような演技があってこそ、この無能な権力者のもとで、施設が崩壊の道を歩みはじめるのも頷けます。


専門職員ラッシュを演じる山中崇さん(写真右)


 抜け目のない人物で、人の顔色をうかがっては、狡猾で大胆な発言を連発する曲者です。一体彼の思惑は何なのか。さもおかしそうにクスクスと笑う姿がなんとも忌々しく、ただでさえ危機的な状況なのに、火に油を注ぐようなことばかりを敢えてやってのけます。

 この通し稽古に入る前に、山中さんは演出の深津さんから紙切れを受け取っていました。伺ったところによると、この紙切れは演出家から役者さんへのお手紙なのだそうです。

 お手紙には、とある指示が書かれており、これから通し稽古をはじめるにあたっての、重要な指針が示されています。果たしてどういった指示が出されたのか、他の役者さん達にもそれは明かされません。

 山中さんはお手紙を読んだ後、しばし俯いて気持ちを集中させていました。毎日のように通し稽古をし、毎日全く違う印象のものが出来上がるのだそうで、この小さなお手紙がどのように影響したのかは分からないのですが、この日の山中さんは素晴らしくキレていました!


橋本淳さんが演じるのは施設の戸締りを担当するラムという若者


 野心はあるのですが、世間知らずといった純真な人物で、他の先輩職員たちと比べると、どうも頼りない感じです。生き馬の目を抜くこの施設の権力争い、保身の坩堝の中で、果たして彼はやっていけるのか、見ていてこちらが心配になってきます。


下級職員の一人タブを演じる原金太郎さん(写真右)


 うやうやしく段田さん(ルート)を「大佐殿」と呼び、ご機嫌をとるような素振りも果たしてどういう意図があるのか。クリスマスの設定なので、赤い帽子をかぶっています。



 物語の終盤、半海一晃さん演じるロブという人物。どうやら施設運営を司る、政府の高官のようです。本物の権力者にありがちな、何事も決め付けたような態度、偉そうな立ち居振る舞いを見事に体現する半海さんです。


 喜劇とも、悲劇とも、不条理劇とも、なんとでも呼べそうなこの『温室』。各登場人物は互いに誰も信用しておらず、思惑は交錯し、がんじがらめになって、会話が深層心理をあぶり出し、いつ切れてしまうか分からない緊張の糸が、ピンと張りっぱなしとなったような舞台。最高です!

 実際の舞台で上演されることを想像しながら通し稽古を拝見させていただきました。衣裳、照明が加わって、まだまだこれから、更なる進化、深化をしそうです。もっと言えば、この日拝見させていただいたものと全く違うものが本番で上演されるかもしれませんし、初日と楽日でも、全く違う舞台となっている可能性すら感じます。

 決まったことを合わせていくのではない、それほどに生々しい稽古場でした。

 ピンターの戯曲、深津さんの演出、そして実力派の俳優陣。[JAPAN MEETS・・・-現代劇の系譜をひもとく-]シリーズ第6弾、2011/2012シーズン最後の1本に新国立劇場の気迫を感じます。見逃せません!
 2012年6月26日より7月16日迄 新国立劇場小劇場にて。

【公演情報】
新国立劇場『温室』
2012年6月26日~7月16日@新国立劇場 小劇場

<スタッフ>
作:ハロルド・ピンター
翻訳:喜志哲雄
演出:深津篤史
美術:池田ともゆき
照明:小笠原純
音響:上田好生
衣裳:半田悦子
ヘアメイク:川端富生
演出助手:川畑秀樹

<出演>
高橋一生 小島聖 山中崇 橋本淳 原金太郎 半海一晃 段田安則



おけぴ取材班&撮影:hiroki、mamiko 監修:おけぴ管理人

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