ある
夫婦と、
妻の女友達との間で交わされる
“昔の日々” に関する会話。
三者三様に語られる彼らの
“記憶” 。
はたして何が
真実なのか―?
現代イギリス演劇界を代表する劇作家であり、ノーベル文学賞受賞作家でもある鬼才
ハロルド・ピンター。
ピンター作品ならではの “曖昧な記憶” が語られる
『昔の日々』が、東京・日生劇場そして大阪・梅田芸術劇場にて上演決定!
生前のピンターが全幅の信頼を寄せた
演出家デヴィッド・ルヴォーが、
麻実れい・若村麻由美・堀部圭亮の3人と挑む
“記憶と欲望の物語”。
才能と才能のぶつかり合い、化学反応が楽しみな日本初演作『昔の日々』。
製作発表会の模様をお届けいたします。
この日の登壇者は、夫婦の前に突然現れ二人の関係に微妙なバランスの変化をもたらす謎めいた女・アンナ役の麻実れいさん、自らの過去を積極的に語ろうとしない妻・ケイト役の若村麻由美さん、自分の知らない妻の過去を聞かされ戸惑う夫ディーリィ役の堀部圭亮さん、そして演出のデヴィッド・ルヴォー氏の4人。
1988年『危険な関係』をはじめ数々の作品でデヴィッド・ルヴォー氏とタッグを組んできた麻実れいさんは2000年の『LONG AFTER LOVE』以来14年ぶり、98年『テレーズ・ラカン』に出演した若村麻由美さんは99年『令嬢ジュリー』から15年ぶりとなるルヴォー作品。
さらにルヴォー作品初参加の堀部圭亮さんも加わり、いったいどんな化学反応がおこるのか。
この作品に参加できる喜びが溢れ出るような登壇者の皆さまのコメントをどうぞ!
『ルドルフ ザ・ラスト・キス』以来の、日本での演出作品となるデヴィッド・ルヴォー氏
ルヴォー:
「1988年、はじめて日本にやってきたその日に麻実れいさんとお会いしました。彼女は私が会った初めての日本の女優でありスターです。その時きっと彼女は “変な外国人だな” と思ったことでしょう。私は穴の空いたシャツに長髪姿でしたから(笑)。
その後、私は日本の演劇界と長い信頼関係を保つことになるのですが、その全ての原因は麻実さんにあったと言えるかもしれません。
なにもかも麻実さんのせい、ということにしておきしょうか(笑)。
あれから何年も経ち、こうしてまた一緒に『昔の日々』という作品を上演することになりました。
この作品はまさに
“記憶” にまつわる物語です。
麻実さんとお会いしてから数年後に若村麻由美さんと出会い、また別の歴史が刻まれました。
そして堀部さんとはこれが初めての出会いとなります。
麻実さんや若村さんが彼に私との思い出話をしたとしても(劇中の登場人物のように)
“本当はそうではなかったんだよ” と彼に言うことができます(笑)。
この作品を日本で上演できることは私にとって大きな意味を持っています。
実は生前のハロルド・ピンターに、彼の戯曲の幾つかは
日本で上演するのにとても適している、と言ったことがあるんです。その中でもとくにこの『昔の日々』は日本で上演することによってその本質があらわになりやすい作品だと思っています。
ピンター戯曲は高度な
“圧” の中で感情が凝縮されている、そしてその
“凝集の仕方” が日本の芸術の形式に多く見られる特徴だと思うからです。
残念ながらその話をした後、しばらくしてピンターは亡くなりました。
彼の死を乗り越えて、今ようやく日本でこの作品を上演できます。この機会を与えてくださったことに感謝しています。
エキサイティングでこの上なくスリリングな挑戦、ロックンロールな体験ができそうだなと思っています」
強い信頼関係で結ばれている印象のおふたりです
こちらは初ルヴォー作品に少々緊張気味の様子の堀部圭亮さん
堀部:
「最初に(出演依頼の)話を聞いた時は、
震えました(笑)。僕は舞台作品への出演経験も少ないですし、知識も殆どありません。それでも、これはもう本能的にすごいことだと感じまして、震えたんです。
いただいた本を読んでみても、なぜこの役が自分のところに来たのか・・・。自信があるとかないとか、そういうレベルの話ではなくて、とにかくこのお話をいただけたことに感謝して、とりあえずやらせていただこうと。
自分の人生の中でもほんとうに重要な挑戦になると思います。なにかすごいことがおこるときって、こうやって予感もなくやってくるんだなと。そんな奇跡のようなものを感じました。
この2日間でルヴォーさんと(台本を)読み合わせする時間があったんですけれど、それがもうどれだけ
濃い時間だったか!帰宅するときにいつも通っているはずの道を間違えたくらいです(笑)。
もうほんとうに怖くて怖くて・・・でも(この作品に参加するということの)怖さを、体が本能的にわかっているということに安心もしました。
あとはもう身を委ねて、嫁に行くような心境で(笑)、飛び込んでいけたらなと思っています。
この作品を通して成長する自分が楽しみです。
『令嬢ジュリー』から15年ぶりのルヴォー作品となる若村麻由美さん
若村:
「堀部さん、いまとても不安だと思います。でもこれは
“死なばもろとも” という作品なので大丈夫(笑)。
私はなによりもこの作品に参加できることがほんとうに幸せで。よくぞ声をかけてくださった!と。
この2日間でかるく本読みをしましたけれど、さすがに手強くて挑みがいのある作品だなと感じて、内容のスリリングさに鳥肌の立つような瞬間が何度もありました。
俳優として演出家デヴィッド・ルヴォーとの出会いは本当に大きいものでした。いつかまた一緒に仕事をしたいと思っていたところ、本当に実現して、さらにあこがれの先輩である麻実れいさんとも『鉈切り丸』に続いて共演させていただき、いま
幸せの絶頂という感じです(笑)。でも幕が開いたときに絶頂になるようにしなくては、と思っています」
日本におけるルヴォー作品の “ミューズ” 麻実れいさん。
長かった髪をバッサリと切っての登場です!
麻実:
「私の演劇人生において、いま再びデヴィッドとご一緒できることは最高の幸せ。これからの作業がほんとうに楽しみです。
“ピンターの作品は大変” 。役者仲間が必ずそう言うピンターが、突然、上から私の方に降りてきてくれました。
まだラフな本読みを一度しただけですけれど、既にピンター作品の持つものすごい
“圧” というものを感じています。
これからデヴィッドとの間におこりうるであろう
壮絶な戦いの後には、きっと素敵な何かが待っていると予感しています(笑)」
―日生劇場、梅田芸術劇場という大きな劇場であえて3人芝居を上演する意図とは?
ルヴォー:
「3人芝居を大きな空間で上演することにより
“拡大する” 効果が生まれると思っています。ピンターの作品は大きな空間で上演されることで、はじめて明らかになるボルテージを備えています。
この戯曲は
“ポストモダン版・能” という表現ができる作品です。3人の登場人物が
“死” の一歩手前、前室に閉じ込められている。これはお能の題材として非常に有効なものでしょう。
登場人物たちは繰り返し “過去” に立ち戻ります。その不思議さを
大きな劇場の持つ荘厳さ・スケール感を味方につけて提示したいと思います。
“記憶” という言葉は、英語で言う
“メモリー” だと、非常にソフトで曖昧で幻惑的・催眠的なイメージの言葉になってしまいます。けれどもこの戯曲における
“メモリー” は、それとは全く別のものだと思っていてください。この作品の中で
“記憶” は
現在形で生きている感情、・・・ 過去におこったことだけれども繰り返しそこに立ち戻ってしまう、だから(記憶が)ずっと生々しく生きている。
記憶が立ち戻ってくるごとに、さらに欲望や苦悩や欲求が強くなっていく、そういう “記憶” です。
大きな空間の中に3人の存在する劇空間がぽっかりと浮かんでいる。そこに
過去がまるで現在のように蘇ってくるという不可思議さを大きな劇場で上演することによって、より壮大なスケールで提示できるのではないかと思っています」
―「ルヴォー演出の思い出」を教えて下さい
麻実:
「初めて会った時の彼はとても若くて、背中にまるで銃で撃たれたような穴の空いたシャツとジーンズ姿で現れて(笑)。でも分厚い演出ノートを本当に大事そうに抱えていて、ああ素敵な演出家なんだなと感じました。
当時の彼の演出手法は本当に神経質なものでした。“3歩歩いて、ここで呼吸をして、その後こちらを向いて” というような繊細な演技を強いられました(笑)。
本当に、若い頃は
蒼く光った刀の刃のような感じでしたね。
何度目かにご一緒したときには、稽古場での時間がゆっくり過ぎていくような変化を感じました。今回はどんな稽古になるのか楽しみにしています」
若村:
「
“愛” がとても多面的なものであるということを教えてもらいました。生と死に “性” というものがどれだけ深く関わっているか初めて知らされました。それは彼の演出の中から引き出されたもので、
底なし沼に引きずり込まれていくような感覚というか・・・。でも底まで行かないと光は見えない、そこまで入っていける勇気があるかどうか試されているような気がしました。
その他にも当時彼が付き合っていたガールフレンドの話とか、ピンターとトム・ストッパードの間に挟まれて食事をしなければならなかったときの大変な思い出話だとか(笑)、いろいろな話をしてくれました。
とにかく彼との作業は、自分の人間性をずっとつつかれ続けるというか・・・とっても
嫌な感じです(笑)。でも役者はそれで成立するので・・・素晴らしい演出家です!」
堀部:
「おふたりの話を聞いていて、知らないということはものすごい強みだなと(笑)。ルヴォーさんといえば世界中の俳優が演出を受けたいと思っている方ですし、お話をしていてもすごい名前がポンポン出てくるんです。アントニオ・バンデラスが・・・とか、マルチェロ・マストロヤンニが・・・とか。もうそれが自分のいる場所との比較ができない。
でも常々、俳優として
一度グチャグチャにされてみたいと思っていたんです。底の底まで行ってみたいというか。そのあたりに実は期待もしています。もちろん怖いですけれど、どうせ怖い思いをするなら一度に体験しちゃいたいな、と。
・・・もしかしたら
泣いちゃうかもしれませんけど(笑)。その時は麻実さんと若村さんに助けていただきます」
ピンター作品ならではの “圧” を感じる劇空間に期待!
おけぴ取材班:hase(取材/撮影)、mamiko(文) 監修:おけぴ管理人