新国立劇場バレエ団の人気レパートリー『ジゼル』のジゼル役木村優里さんと渡邊峻郁さんにお話をうかがいました。6月初旬に行われた主役3組による公開リハーサルレポートと合わせてご覧ください。
渡邊峻郁さん、木村優里さん
美しい村娘ジゼルが恋をしたのは農夫ロイス。ふたりは今日も愛を語り合う。
しかし、ジゼルに想いを寄せるハンスによってロイスの正体が暴かれる…ロイスは貴族のアルベルト。しかも彼にはバチルドという婚約者がいたのだった。
そこから物語は急展開、恋人の裏切りを知り、ジゼルは狂乱の末に息絶えてしまう。
一転して、第二幕の舞台となるのは夜の森、そこは精霊ウィリの支配する死の世界です。
後悔と贖罪の気持ちで森の中のジゼルの墓を訪れるアルベルト、そこで待っていたのは…。
可憐な村娘とこの世のものではない精霊、全く異なる表現力を求められるジゼル、ジゼルと愛の物語を紡ぐアルベルト。ゲストコーチのロバート・テューズリー氏の指導のもと行われているリハーサル写真も交えてお届けします。
──まずは『ジゼル』という作品、そこでの役についての想いからうかがいます。木村さん)
ジゼルはずっと踊りたいと思い続けていた役です。踊りが大好き、でも心臓が弱く病気がちな健気な女の子、ジゼルの「愛」を全幕で一貫して表現したいと思っています。──恋人のアルベルトに婚約者がいたことを知り、狂乱の果てに死んでしまうという展開に、初めて見たときには衝撃を受けました。木村さん)
狂乱するというのはなかなか普通の感覚では理解しがたいですよね。ただ、彼女は普段から花占いで一喜一憂、ときに絶望してしまいます。心が繊細すぎて、起こったことすべてに反応してしまうという精神面の危うさがあります。一幕のお芝居の中では、そこも描かれているので、しっかりと表現したいと思います。二幕になると、ほかのウィリ(精霊)たちが男の人を殺し続けるのに対して、ジゼルはその仲間には入りません。ジゼルは愛にあふれている女性です。愛するアルベルトを守ることで、自分自身の愛を守り抜く。そう考えると、アルベルトに助けられているような気さえしてきます。彼を助けなかったら、ほかのウィリたちのように永遠に踊っていると思うんです。
狂乱の場というのは、「愛の中に居続けたい」というジゼルの願い、そこへ至るために自分を整理している時間で、とても重要な場面だと解釈しています。 ──渡邊さんは『ジゼル』、アルベルト役についていかがですか。渡邊さん)
『ジゼル』はすごく好きな作品です。僕は2015年、海外のバレエ団にいたころに一度、アルベルト役を踊っていますので、バージョンは異なりますが、今回は二度目となります。前回の公演後にたくさんの課題点を感じたので、再び踊る機会をいただけたことをうれしく思っています。でも、今やっているリハーサルでは新たな課題もたくさん出てきて…難しい作品であることを痛感しています。──課題点というのはどのようなものでしょうか。渡邊さん)
前回はベテランの方と組ませていただいたので、その方に引っ張ってもらっていたようなところがありました。今回は若手の優里ちゃんなので、コミュニケーションをとりながら踊りも演技も一緒に作り上げられればと日々試行錯誤しています。── 一幕に身分を偽って…というアルベルトの行動はどのように解釈されていますか。渡邊さん)
そこは解釈もさまざまだと思いますが、僕の中では、当時の貴族同士の結婚、家と家の間で決められた結婚というものへの抵抗だったのかなと思っています。若さもあり、家を飛び出して、逃げてきた先でジゼルに出会い恋心を抱いた。それがいいことだったのか否かはわからないのですが、あの時点ではアルベルトの中では、そんな気持ちがあるのではないかと。そこも含め、一幕の最初のふたりの関係性がきちんと表現できていないと、そのあとの展開に繋がらないので、そこはしっかりと話し合いながら作っています。──解釈によってさまざまなとらえ方ができる作品ですね。渡邊さん)
そこがいいんですよね。バレエの世界は、夢を与えるおとぎ話のようなものが多いのですが、『ジゼル』はおとぎ話的要素はあれど、一方で考えさせられるストーリーというのがとても魅力的だと思うんです。──技術的な面ではいかがでしょうか。特に二幕では死んでしまいウィリになったジゼルと生きているアルベルトのダンスとなります。渡邊さん)
技術的な面で見てもとても難しい作品です。特に女性は妖精的な表現、流れていくような動きが必要になります。僕は、そんなジゼルの気配を感じて、捕まえようとするのだけれど、ジゼルはするりとすり抜けていくような。リフトしていても、彼女に体重はないような感じが出せるようにリハーサルをしています。木村さん)
決まったポーズもありますが、基本的に形が決まらないので、ずっと漂っているような感覚で踊っています。固体ではないような。その踊りを見ただけで、シルクのような感触・質感や浮遊感が伝わるようにしたいと思っています。テューズリー先生の指導にしっかりとついていかなくてはと思っています。──先ほどリハーサルを拝見しましたが、先生は実際にやって見せながら指導していきます。ジゼル役もとても自然に踊られていましたね。渡邊さん)
先生が求めているのは自然な姿。バレエですが、自然にお客様に伝わるようにということを大事にされています。ちょっとした手の使い方、歩き方ひとつで全く違って見える。それを具体的に見せてくださるので、すごく勉強になります。木村さん)
手とり足とり教えていただいています。アームスの動かし方のお手本を見せてくださったときも、とてもわかりやすいので本当に勉強になります。──お互いにパートナーとしていかがですか。渡邊さん)
ドラマ的要素の強い全幕作品で組むのは初めてですが、踊りという面ではこれまでにも組んだことがあるので感覚的に理解し合えるところがあります。優里ちゃんは向上心があり、いつも練習に付き合ってくれるダンサーなので、すごくありがたいです。木村さん)
お互いにそうですよね。私は人間の役で峻郁さんと組ませていただくのが初めてです。いままでは、鳥や悪魔だったので(笑)。それもドラマティックなバレエでしたが、やはり人と人とのコミュニケーションではなかったので表現は異なります、今回、初めて人間同士として意思疎通できるというのが楽しいです。そして、一緒に残って練習につきあってくださるとても優しい方で、感謝しております。渡邊さん)
芝居の部分を深めていくためにも、まずは踊りがしっかりと出来ていないと始まらないところもあるので、踊りを身体にしみ込ませる意味でも練習量は必然的に多くなるよね。──さきほどのリハーサルでも、先生の指導が終わってからも熱心にディスカッションしているおふたりが印象的でした。木村さん)
お芝居について、話し合って、踊って、話し合って…していると、あっという間に時間が過ぎていきます。話し合っていると、ときどき峻郁さんがジゼルの動きを提案してくれることもあるんですよ。渡邊さん)
これはどうかなという一例ね。この間は「恥じらい」の一例だったよね。木村さん)
それがとっても上手なんです。あまりのことに驚愕していたら、時間はあっという間に過ぎていきました(笑)。男性のほうが女性の仕草をわかっているってありますよね。
あとはふたりの距離感、ジゼルのパーソナルスペースってどのくらいだろうというのも模索中です。初めて好きになった人、その出会いの頃の初々しい距離感ってどのくらいだろうかと。渡邊さん)
ふたりの駆け引きというか、近づいたり離れたり、そのもどかしい感じも難しいよね。木村さん)
イヤよイヤよもスキのうちなんですよね(笑)。渡邊さん)
そう!ここからさらに突き詰めていきたいね。そのためにはちゃんと僕らもお互いを感じ、心が動かないといけないよね。──ここからのリハーサルも密度の濃いものになりそうですね。最後に本番に向けての意気込みを。木村さん)
ロマンティックバレエの美しさはもちろん、全幕ものなので、一幕の生の世界と二幕の死の世界、陰陽の世界で見える人間のドロドロした部分なども含めたドラマをしっかりと見せていきたいと思います。渡邊さん)
『ジゼル』は物語がとても大切なバレエだと思っています。優里ちゃんやバレエ団のメンバーと、一幕と二幕の踊り、世界観の違いはもちろん、ドラマを楽しんでいただけるようにリハーサルをしています。ぜひ、観にいらしてください。【公開リハーサル】
6月はじめには『ジゼル』主役3組、小野絢子さん&福岡雄大さん、米沢唯さん&井澤駿さん、木村優里さん&渡邊峻郁さんのリハーサル見学会が開催されました。
大原永子舞踊芸術監督、ロバート・テューズリーゲストコーチ、菅野英男さん、そしてダンサーのみなさんがご紹介され、リハーサルスタートです。
<小野絢子さん&福岡雄大さん> 一幕、恋する二人の場面です。カミツレの花占いをして落ち込むジゼルを元気づけるロイス(実はアルベルト伯爵)など、くるくると変わる表情、近づいては離れ、離れては近づく、初々しい恋人同士の姿にこちらは終始ニヤニヤが止まりません。
<木村優里さん&渡邊峻郁さん> 二幕より。後悔の念を抱きながら、ジゼルの墓を訪れるアルベルト。夜の森で、精霊ウィリとなったジゼルの気配を感じて…。ジゼルの漂うような動きとそんなジゼルをその手に抱こうとするもするりと交わされるアルベルトのむなしさ。アルベルトの葛藤とジゼルの実体のなさが生と死のコントラストを見せる。
<米沢唯さん&井澤駿さん> 二幕より。こちらもウィリとなったジゼルとアルベルトのダンスシーンです。結婚前に亡くなった乙女たちはウィリとなり、若い男を死ぬまで踊らせる。かなしみの淵で互いを求め、ただひたすらに踊る。どんなセリフを飾るよりも、伝わるふたり想い。とても美しく、雄弁な肉体です。
テューズリー先生の指導は細やかで具体的。自らが踊ってみせることも多々ありましたが、それがどれも見事。感情が動きになる、常に物語先行といった感じです。ドラマ性が豊かなこの作品、3組3様の物語に期待が膨らみます。
公開リハーサル写真提供:新国立劇場バレエ団
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)