新国立劇場の現代欧米戯曲の日本未発表作品を上演する企画の第5弾。これまでの2012年
『負傷者16人-SIXTEEN WOUNDED-』、14年
『永遠の一瞬 -Time Stands Still-』、15年
『バグダッド動物園のベンガルタイガー』では現在進行形の紛争と日常に、16年
『フリック』ではデジタル化の進む社会に生きる若者たちの葛藤に、いつもヒリヒリしたことが思い出されます。
5作目となる本作
『プライムたちの夜』はテクノロジーと老い、家族、愛を描いた物語。舞台となるのは2062年、今から少し先のお話です。そこに出てくる“プライム”というのは人工知能を有したアンドロイド。こう聞くと近未来SFもの?!と思われるかもしれませんが、問われるのは人間の尊厳、その人をその人たらしめるものはなんだろう。そんな、誰もが観劇後にもっともっと考えたくなるテーマです。つまり語りどころ満載!
そんな『プライムたちの夜』の稽古場にお邪魔してまいりました。
目の前に広がるのは、ある家のリビング。このワンシチュエーションで物語は進みます。そして、俳優は4人。
85歳のマージョリーと会話をしている30代の男性は、実は、彼女の亡き夫ウォルターの若き日の姿に似せたアンドロイド(彼らはそれを「プライム」と呼ぶ)。ウォルターのプライムは薄れゆくマージョリーの記憶を何とかとどめようと娘夫婦が購入したものなのです。
写真右より)マージョリー(浅丘ルリ子さん)とウォルター(佐川和正さん)
マージョリーがふたりの思い出を話して聞かせることで、ウォルターは本人に近づいていく。ウォルターはマージョリー以外の家族からも情報を与えられ、さらに自らも情報を集めることができる(…さすが人工知能!)。でも、語られる思い出、人の記憶というのはそのすべてが真実なのかな?
浅丘ルリ子さんのマージョリーはチャーミングでときに辛辣。と言っても、悪意というより単に歯に衣着せぬもの言いという憎めない女性。あるシーンの後に浅丘さんが思わず「ここのシーン、私(の役)ろくなことを言わないわね(笑)」とおっしゃったのですが、それでも、愛おしいと思える女性なのです。そして、佐川和正さんのウォルターはジェントルでスマート、ロボットのように動くわけでもないのですが、いろいろと整い過ぎてそれがどことなくプライムらしさを醸し出します。ごくまれに情報不足で会話に気まずさが生じるようなところはご愛敬。
猛スピードで情報(記憶)を学習中のウォルターと老いによって記憶が薄れていくマージョリーの会話はときどきかみ合わないこともあるのですが、ウォルターと話すマージョリーはまるで自分も30代のように可愛らしい笑顔に。でも、マージョリーは彼がプライムであることも自分が85歳であることも重々承知。このなんとも言えない不思議な関係なのですが、それを驚くほどナチュラルに受け止められるもこの作品、そして演劇の力ですね。↓こんな思わずクスッと笑ってしまうやりとりも!
「鼻が、どことなく変ね」(マージョリー)
続いてご紹介するのは、そんなマージョリーの娘テスとその夫ジョン、テスはちょっとピリピリ、キリキリムードというシーン。
テス(香寿たつきさん)と夫のジョン(相島一之さん)
香寿たつきさん演じる娘のテス、娘として誰よりもマージョリーを心配し、愛している自負もある。同時にこれまでの関係は常に良好というわけでもなく、確執もある。“実の娘”ゆえのきれいごとではない感情というのが、もう、グサグサ刺さります。
プライム導入についても、踏み切ってはみたものの今ひとつ懐疑的なテス。母のため、自分たちのためにどうするべきなのか…この葛藤も、もとをただせば愛情。
一方で、プライム導入を勧めた夫のジョンを演じるのは相島一之さん。優しい夫であり、常にテスを支えようとする親友でもあるジョン。誰に対しても人あたりよく、献身的なところが逆にテスをいら立たせてしまうようなところも妙にリアルです。
香寿さんの硬質なテスと、それを包み込むような柔らかな相島さんのジョン
戯曲を読んで印象的だった台詞は、ジョンがマージョリーとテスの関係について言ったあとに「見れば分かったよ。少し離れて見れば」という言葉。母と娘、近すぎるゆえに気がつけないこと、愛しているからこそ見えないこと、見ないようにしていることがある。そんな近くて近くて遠い関係で、本当にわかり合えていたのだろうか、というのは身近な人を亡くした時にふと考えてしまうことかもしれません。
この家族…母娘、夫婦の今後の展開は、ぜひ劇場でご覧いただきたいのですが、予想以上のところまで思考が持っていかれるような展開ですよ!
役柄上は写真左より)娘婿のジョンと義父ウォルター
さらに、主人公マージョリーは1977年生まれの85歳という設定です。(作家のジョーダン・ハリソン自身が77年生まれ)なんだか身近なお話に思えてきますよね。劇中の若き日の思い出などで、思わずふふっと笑ってしまうところも同時代作家の作品ならでは!
いくつかの場面が不連続に描かれる本作。家族の過去は思い出(記憶)として語られることで観客に伝えられます。幕開きのマージョリーとプライムのウォルター、テスとジョンの最初の登場シーンも、その状況に至るまでのストーリーはすっ飛ばしていきなり始まります。稽古場では、その辺りの前提となる綿密な人間関係作りが行われていました。
演出:宮田慶子芸術監督
「テスとジョンの夫婦って、もともと同級生で…」「ジョンって“思慮深い人”じゃないかな」「もっと会話をしよう!」長年築いてきた家族の関係、かなり煮詰まった状況から始まる物語の難しさを前に試行錯誤する俳優さんたちを導くのは宮田慶子さん。
そして、何度かシーンを繰り返すうちに、徐々にキャラクターに血肉が通っていくような変化が生まれます。また、現代戯曲の日本初演ということもあり、台詞の言葉(日本語)の選び方というのも作品の仕上がりを大きく左右する大切な要素。実際、稽古場に翻訳者の常田景子さんがいらして、台詞の見直しや順序の入れ替えの検討など、逐次、台本のブラッシュアップも行われていました。もう一つ、面白かったのは、稽古場の壁に張り出されていた人物相関図的なもの(笑)。本作の登場人物は4人、しかしながら会話の中にはテスの娘たちや、ウォルターのかつての恋敵などなどたくさんの人が登場します。それをなんとなく書き出してみたということなのですが、確かに、絵で見ることで言葉でしか登場しない人との関係にもリアリティが深まるような気がします。翻訳ものの会話劇がストンと心に響くための細やかな作業がいっぱいの稽古場でした!
家族の物語…右端で座っているのはお休み中?!のプライム
介護ロボットのようなフィジカルな作業をする機械とは違う、内面的な、記憶や人間関係といった方向からアプローチするテクノロジーとそれを利用した介護サポート。その是非を論じる芝居ではないのですが、でも、帰宅後もつらつらと考えてしまいます。
本作のキャッチコピー
「美しい想い出、愛する人、永遠――
人工知能は人を幸せにするのか?」 その問いかけから、やがてやってくるその時までにどう生きるか、まずはそこから始めてみようと思うのでした。きれいごとだけでない、ちょっとザラッとした手触りの家族の愛に触れてみませんか。
【こぼれ話】
浅丘さんが香寿さんにちょっと興奮気味に「あなた、観たわよ!!」。その手には宝塚歌劇団のDVDが。浅丘さんは続けて「“香寿たつき”というのはこういう人なのね!」「華やかな舞台に居ながら、余計なものを一切削ぎ落としてそこに立っている。余計なことも一切しないのよ!」と。
その通り!香寿さんの素敵なところをシンプルな言葉でズバリ表現される浅丘さんに心の中で拍手拍手のおけぴスタッフなのでした(笑)。不器用に生きる娘と、絶対的な存在の母。香寿さんと浅丘さんの母娘、楽しみです♪
こちらは映画版のトレイラー。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文) 監修:おけぴ管理人