「やっぱりいいなー、鄭さんが描く人々は」 素直にそう感じた新国立劇場『赤道の下のマクベス』稽古場取材。
「いいなー」と感じる、その理由は何だろう。台詞?時代背景?人間関係?物語?メッセージ?…いろいろなポイントが思い浮かぶのですが、撮影した写真を選びながら、1つのことに気付きました。
写真には池内博之さんや平田満さんらが映っているのですが、それを見て思うのは
「あ、ナムソンが笑っている」とか
「黒田さん、ノリノリだなー」とか
「そうそう、あそこでマクベスやって、大笑いしたな」ということ。肉親の情はちょっと言い過ぎかもしれませんが、なんだか古くからの知り合いの写真を見たような、遠い親戚くらいの気分のリアルな感情が生まれます。
そう思わせるのは、彼らが確かにあの時、あの場所で生きていたから。
それが、
記録する演劇と呼ばれる鄭義信作品の魅力なのかな。そんなことを思った稽古場の様子を写真と共にレポートいたします。
鄭義信さん&池内博之さんおけぴインタビューはこちらから【いつもより温度湿度高め?!笑】
舞台となるのは、1947年、シンガポールにあるチャンギ刑務所。収容されたBC級戦犯には日本人もいれば朝鮮人もいる。そして、皆、死刑囚。
「シンガポール」という響きのせいか、男芝居の熱気のせいか、はたまた気のせいか(笑)、いつもより少しモワッとした空気の稽古場。
目の前には、刑務所内の広場がどーんと広がります。日中はそこで過ごす死刑囚たち。朝の鐘とともににぎやかに登場するのは英兵。ノー天気というか、デリカシーがないというか…でも、そういうものなのでしょう。
彼らの日常。彼らもまた悪人ではない、普通の人々
「なぜ、自分が死刑にならなくてはいけないのか」、それに対する怒り、嘆き、問いかけ…それぞれの心に渦巻く想いを抱える6人の死刑囚、その一人ひとりは、本当にどこにでもいそうな普通の人々。
演劇、とりわけ「マクベス」好きな青年ナムソンをスケールの大きな魅力的な人物に見せる池内博之さん
明るく生命力にあふれるナムソン
不条理を世の中(お天道さま)に問うような強さがあります。そうかと思えば茶目っ気たっぷりで「子どもか」という台詞の通り、本当に男子のノリ!を見せることも。
お父さん的な温かさを持つ黒田には平田満さん
朝起きたら、ナムソンと囲碁の勝負(手作り碁盤)。時間はいっぱいあると達観した様子。
しかし、彼が見てきた、体験してきた戦争も壮絶
母親想いの泣き虫ムンピョンに尾上寛之さん
すぐ泣くムンピョンを茶化すナムソン
二人のやり取りを見ていると、まるで仲の良い兄弟のよう……
捕虜虐待を命令する立場だった元大尉山形に浅野雅博さん/「なぜなんだ…」やり場のない怒りと悲しみを抱えたチュンギルに丸山厚人さん
戦争中、上下関係にあった二人の刑務所での再会。二人の確執に緊張感が走る
山形もまたひとりの人間。親もいれば、妻も子も…
木津誠之さん演じる日本兵小西
今回の日本初演のために新たに書き加えられた登場人物、なぜ自らが死刑にならなければいけないのか、最後までわからない男。刑務所にいても同郷の元大尉を崇める小西の存在も時代を読み解く鍵に
壁に戦争中に日本軍が建設した泰緬(たいめん)鉄道の駅名を書き連ねたのも小西。この鉄道建設のために、日本軍が多くの捕虜や東南アジアの人を借り出した。その作業は過酷を極め多くの死者を出したのです。
広場の上には絞首台が。
うっかりすると日常過ぎてシリアスな状況を忘れそうになるのですが、気を抜くと押し寄せる過酷な現実。彼らの日常は死と隣り合わせ
【演出家・鄭義信さんが作り出す世界】
温かい眼差しで舞台を見つめる鄭義信さん。本作の脚本、演出を担当されています
1幕の通しが終わると、しばしの休憩をはさみ、ワンシーンずつ芝居を詰めていきます。冒頭シーンでは、おもむろに義信さんが池内さんのもとへ。
「池ポン!ここでね…」、ん?池ポン?!なんだかちょっと意外な響きに心和みました
(芝居とは関係ありませんでした、あしからず)。
その場で起きること、長台詞の、どこを立たせるか。
どのワードにニュアンスを持たせるか。
そうかと思えば、あえて同じトーンで淡々と発する。
義信さんのリクエストに対する俳優さんの反応がこれまたイイんです。打てば響くかの如く、目の前で芝居がコロコロと変化していく。それによって生まれる緩急、「笑い」ひとつをとっても、朗らかな笑い、渇いた笑い、苦笑いに、泣き笑い…芝居がより鮮やかに映ります。
もしかしたら明日のお稽古で、この展開もまた変化してしまうかもしれないのですが、そうやって積み上げられ、そぎ落とされた後の本番を見られる日が待ち遠しくなります。
終始真顔の山形ですが、彼ですら思わず笑みがこぼれるシーンも
空は開けているけれど、ある種の密室状態?! のシチュエーション。そこで起こっていることに一人ひとりが反応する。笑いも悲しみも、6者6様に響くのです。それによって見えてくるのは世の中の縮図
戯曲を読んだ時点で、すごいな!と思った(トークイベントで池内さんも「カフェで台本を読んでいたら号泣してしまった」とお話されていましたね)のですが、こうして俳優さんの肉体を通した肉声で聞くと、さらにその力に心を動かされます。そして、劇中では、朝鮮語、日本語(それも関西弁もあれば九州弁も!)、それぞれの土地の言葉が飛び交います。出身も年齢も生い立ちも違う人々がここに収容されている。こんな理不尽って…、あるのだろうか。
そう思いながら、稽古場の机を見ると、そこには何冊もの関連資料本が積み上げられています。確かな歴史、たくさんのナムソン、黒田、山形…がいたのです。
そこに生きた人々の言葉・人生を、未来を生きる私たちに届けてくれる、まさに「記録する演劇」の名にふさわしい『赤道の下のマクベス』。お見逃しなく!!
あらすじ(HPより抜粋)
1947年夏、シンガポール、チャンギ刑務所。
死刑囚が収容される監獄・Pホールは、演劇にあこがれ、ぼろぼろになるまでシェイクスピアの『マクベス』を読んでいた朴南星(パク・ナムソン)、戦犯となった自分の身を嘆いてはめそめそ泣く李文平(イ・ムンピョン)、一度無罪で釈放されたにも関わらず、再び捕まり二度目の死刑判決を受けるはめになった金春吉(キム・チュンギル)など朝鮮人の元捕虜監視員と、元日本軍人の山形や黒田、小西など、複雑なメンバーで構成されていた。
ただただ死刑執行を待つ日々......そして、ついにその日が訪れた時......。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文) 監修:おけぴ管理人