1923年にアイルランドの劇作家ショーン・オケイシーが書いた“反戦悲喜劇” 『The Silver Tassie 銀杯』。世田谷パブリックシアターにて、森新太郎さん演出で本邦初上演中。その戯曲のタフさ、演出の意外性、作品から放たれる衝撃の強さ、歌や笑いを散りばめながら届けられる現代への警鐘……、あらゆる意味で話題の作品!
歯ごたえ強烈、消化もしにくいかもしれないけれど、噛めば噛むほどいろんな味わいがしてくるような。それぞれの感覚で味わっていただきたい作品です。

妻であるフォーラン夫人(長野里美さん)を力でねじ伏せる屈強な男テディ(横田栄司さん)

ハリーの父・シルベスター(山本享さん)とサイモン(青山勝さん)
一筋縄ではいかないこの戯曲は、四幕構成となっています。一幕は第一次大戦中のアイルランドのダブリンにある、ハリー・ヒーガンの家。ハリー・ヒーガン(中山優馬さん)は軍からの休暇で帰郷しているフットボールヒーロー。この日も、銀杯(優勝カップ)を手にヒーローは帰還します。迎える家族や友人は誇らしげ、もちろんハリーも意気揚々!!しかし、戦地へ戻るときは刻一刻と迫り、友人バーニー、同じ共同住宅に住むテディらとともに再び出征するのです。
このダブリンにある普通の家の一室の景色。劇場で目の前に現れるのは、傾いた箱のような空間。舞台上手側が高く下手側が低い、それもかなりの傾斜のついた部屋。そこで、いつも繰り広げているのであろう会話をしているのは、奇妙に映るほどに信心深いスージー(浦浜アリサさん)、ハリーの父シルベスター(山本享さん)、仕事仲間のサイモン(青山勝さん)。そして、そこを通り過ぎる、自慢の息子ハリーの帰りが待ちきれない母(三田和代さん)。ごく普通の日常が描かれているはずなのに、不思議な感覚。やや芝居がかったようなキャラクターが濃い目の登場人物たちのやり取りも、最初はちょっとびっくりしてしまったというのが正直なところ。
ただし、現代を生きる私たちが不在の舞台かというと、決してそんなことはなく、物語が進んでいくと、ふと自分が登場人物の誰かの姿に重なるようなところも。

戦争の残酷さとともに、その異様さが目の前に
そこから一転、二幕はフランスのどこか、かつて修道院のあったところ。ハリーたちが赴いた戦地が舞台となりますが、そこにいるのは戯画化された兵士たち。つまり、骸骨やぎょろりとした目、おかしな頭身バランスの人形なのです。それを俳優たちが操る。そのほとんどが名前もなく、個の人間として扱われることのない、そして一幕の華やかな色彩も失われた世界。その世界に響くのが「歌」。景色の異様さとアンバランスな美しいメロディ、“歌える”キャストを揃えたというだけのことのある美しい歌声。それが、彼らが人間であることをかろうじて伝えているように感じました。そこで、唯一、観客が認識できる、それまでの物語に登場した人物がバーニー。

彼のその後の人生も含め、なぜここでバーニーだけが……。
それを“考えさせられる”のではなく、“考えたくなる”作品です。
三幕、四幕は再びダブリン。それぞれ、病室と、かつてハリーたちが栄光の時を過ごしたフットボールクラブの部屋が舞台となります。そこで、意気揚々と戦地に赴いたハリーたちのその後、英雄を見送るように彼らを送りだした町の人々のその後が、再びあの傾いた箱のような空間で繰り広げられます。

看護師スージー(浦浜アリサさん)と外科医フォービィ・マクスウェル(土屋佑壱さん)
快活に歌う二人とハリーの対比……

スージーとジェシー(安田聖愛さん)
二人の若い女性の生き方も象徴的
スージーだけが口にするのではないのですが、彼女にとっての「神」ってなんだろう。そんなことも感じました。劇中に登場する「神」「主」という言葉、この意味や重さというのは、なかなかすんなりと腑に落ちるものではありません。神に息子の無事を祈る母、戦地にある修道院の逆さにつるされた十字架、そしてハリーやテディも終盤で主へ言葉を投げかけます。作品を貫く「人間」という存在とともに、確かにそこにある「神」についても考えたくなるのです。
中山さんは冒頭のキラメキから、狂気を帯びるような鋭さまで、物語の中で大きく変化します。その間の戦場での出来事は具体的には描かれませんが、それを想像させる変化です。矢田さんのバーニー、こちらは逆に戦場での姿が目に焼き付きます。その上での、ダブリンに戻ってからの彼の佇まいは、一見変わらないだけにものすごい難役。その両方の要素を持つようなテディを演じるのは横田さん。森さんが制作発表会見でおっしゃっていた、アイリッシュのエネルギーをこれでもかと体現します。声も大きければ威圧感も大きい、暴力が服を着て歩いているようなテディという男。彼らは、何を得て何を失ったのか。ハリー、バーニー、テディに代表される登場人物たちは、すべて何かの象徴、そして「銀杯」も。そして彼らを取り巻く社会、それを構成する庶民。それは90余年前に書かれた戯曲でありながら、非常に今日的です。
まるで、食べたことのないものを食べたような観劇体験。容赦のない戯曲です。笑いや歌といったエンターテイメント要素はありますが、本質的には容赦ない。でも、喰らいついていきたい!とも思わせる不思議。なんだか観劇好奇心と闘争心を掻き立てられるような作品です。
なにはともあれ、見なきゃ始まりません!!劇場へGO!!
世田谷パブリックシアターにて、11月25日まで。
【当日券情報】
1.電話予約当日朝10:00~開演の2時間前まで世田谷パブリックシアターチケットセンター(電話03-5432-1515 )にて承ります。
2.窓口販売開演の60分前より、世田谷パブリックシアター入口の当日券受付 にて販売します。
※前売券は残席がある限り、前日までご予約を承ります。
・世田谷パブリックシアターチケットセンター
公演日前日19:00まで、店頭&電話03-5432-1515にて受付
・世田谷パブリックシアターオンラインチケット
公演日前日23:30まで受付
詳細は各公演日当日の10:00以降に、世田谷パブリックシアターチケットセンター(03-5432-1515)までお問い合わせください。
おけぴ取材班:chiaki 監修:おけぴ管理人