初演に続きミュージカル『ビッグ・フィッシュ』にて主人公エドワードの妻サンドラを演じる霧矢大夢さんに作品、再演への思いをうかがいました。(この日はブルーム家の4人と演出の白井晃さんの取材会が行われました)
──先ほどの取材会はブルーム家の久々の再会の一場面のようなアットホームな雰囲気でしたね。改めまして作品への思いや再びサンドラを演じることへの心境についてお話を聞かせてください。 2019年の霧矢大夢は悪女イヤーでございまして(笑)、1月の『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』から『LULU』『ピピン』と男性を翻弄するような役柄が続いています。そんな一年の締めくくりに、サンドラという“よくできた妻”を演じるというのも素敵な巡り合わせだと思っています。
──いろんな役を経た霧矢さんが演じるサンドラが楽しみです。改めて、サンドラはどんな人物でしょうか。 夫を献身的に支える妻、明るい母、家族の前では常に笑顔。初演の稽古の段階でのことですが、最初はよくできた完璧すぎる女性というところに戸惑いを感じました。でも、舞台上で描かれていない部分も確実にあり、エドワードと恋をして夫婦になって・・・という、彼女の人生の中ではいろんなことがあったと思うんです。サンドラ自身、「もう、出て行ってやる!」と思ったこともあるのではないか、劇中の現代のシーンでも、みんなの前では笑顔でも一人で部屋にいるときには涙していたのではないか。完璧なように見えるけれど、決してそれだけではない。様々なアナザーストーリーを想像し補完しながらサンドラ像を作っていきました。
──それゆえファンタジックな印象の作品ながら長年連れ添った夫婦、家族関係に真実味があり、過去と現代を行き来しながら物語が綴られていてもしっかりとドラマが埋まっていると感じられたのでしょう。若き日、エドワードとはサーカスで出会ったというのは晩年のサンドラの様子からはちょっと意外ですが、そこにも霧矢さんならではの説得力がありました。 サンドラからはちょっと保守的な奥様の印象を受けるかもしれませんが、サーカスのオーディションを受けるようなところもある女性なんです。若かりし日のエピソードについてはエドワードによる脚色が多々入っているところもありますが(笑)、彼女自身にもちょっと“翔んだ”ところもある。だからこそエドワードと結ばれたのでしょう。サンドラのそんなところにも魅力を感じています。
──最愛の夫エドワードを演じるのは川平慈英さんです。初演のエピソードでも、エドワードっぽいというお話が聞かれましたが。 私は女性ばかり100人近いカンパニーで作品を作る宝塚歌劇団で育った人間。劇団ですし、おのずと家族のような雰囲気の中におりましたが、退団後はプロデュース公演が主なので、その作品のために集まったメンバー同士、独特の緊張感をもって作品作りが始まります。でも、慈英さんは最初から「みんなファミリー!さぁ、飲みに行こう!」という方で、あっという間に家族になりました。こういう現場もあるんだとちょっとビックリしたくらい。慈英さんはみんなの素敵なお父さんでありリーダー、そんな存在です。
──お芝居にもそれがいい形で作用したのですね。 もちろん大前提として私自身がサンドラという役をしっかりと演じるということがありましたが、それとともに主役が一番大変だということはみんながわかっていること。微力ながら何かサポートできるならばサポートしたいという気持ちが自然に湧いてきました。それがエドワードとサンドラの夫婦のいい関係に繋がったと思います。それは私だけでなく、慈英さんが取り組む姿勢がカンパニーを引っ張り、それぞれが自覚を持ち作品をより上質なものにしてくれたと思っています。
──愛する息子ウィル、その妻ジョセフィーンを演じる浦井健治さん、夢咲ねねさんの印象は。 浦井さんは初演のころからすでにミュージカル界で大活躍の俳優さん。コミュニケーション能力に長けた方だという印象を受けました。相手の目線に合わせて関係性を築いてくれるというか、浦井さんもとても自然に家族の空気を作ってくださいました。その延長のように、お芝居も真っ直ぐなんです。大活躍されている理由がわかりました。ねねちゃんとは宝塚時代にも一緒にやっていた時期がありましたので、とても繊細なお芝居ができる方だとわかっていました。その意味ではとても安心感がありました。ただ、あの頃からは私の性別が変わりましたから(笑)。そこに対する若干の戸惑いが面白かったですね。男役の私と娘役のねねちゃんを見慣れている方に、私たちの姿がどう映ったのか。その辺りも興味ありましたし(笑)。
──取材会で、初演の時にキャストのみなさん、演出の白井さんまでもラストシーンで涙した、涙をこらえるのに必死だったとお話されていましたが、まさに客席にいる私たちもそうでした。 そういう思いが伝播していくのが劇場という空間なのかな、と思います。本当に一人ひとりが前向きに取り組み、たっぷりと愛情を注いで作り上げた作品は強いということを感じました。
先ほどの取材会で、白井さんから慈英さんが歌稽古の時に涙で歌えなくなってしまったというお話がありましたが、実は私も一度稽古中に感情が溢れて歌えなくなったことがあります。枕元で夫を支えながら歌うシーンです。本番ではコントロールして歌として、芝居として伝えなくてはならないのですが、一度リミッターをかけずに感情をそこに持っていく経験は必要だったと感じています。
──みなさんが通る道なのですね。 それぞれの役柄でそんな瞬間が生まれていた稽古場でした。やはり白井さんご自身が俳優でもいらっしゃるので、とてもきめ細やかに演出してくださっていました。
──多くの方に愛された『ビッグ・フィッシュ』、公演後はロスもあったとか。 この作品の軸となるのは父と息子の関係なのですが、母と息子の関係というのもとても特別なものがありますよね。言ってみれば夫のエドワードも大きな息子のようでもありますし。私自身、子供を持ったことはありませんがこの役を通して自分から溢れる母性というものを強く感じました。この母性をどこに向ければいいの!というところでもロスがありました(笑)。
それと同時にこれまでのキャリアでは男役、トップとして自分が大黒柱になる立場でしたが、そこから女優として活動する中ではこの作品のように妻として、母として“支える”立場も経験しています。改めて感じるのは自分がこれまでいかにたくさんの方の力に支えていただいていたかということです。
──ちょっと脱線しますが現在公演中の『ピピン』でも息子を持つ母、“自称普通の主婦”ですね。 そうなんです!同じように夫と息子のいる役ですが『ピピン』では打って変わって息子に父親を殺させようとするしたたかさのある母親なのです。ただ、それをショーアップして愛嬌たっぷり、悪い人をただ悪く描かずに誇張して明るさに昇華しているところがあの作品の魅力ですね。
──とてもチャーミングな悪妻?!と言いますか、嫌な印象が残らないのです。『ピピン』をご覧になった方には180度違う母親像にもご注目いただきたいですね。話を戻しますと『ビッグ・フィッシュ』再演はシアタークリエでの上演となります。 お稽古はまだ始まっていないので、今の段階では白井さんについていきます!という感じですが(笑)。まず、あの個性的な面々がまた集結するということが素晴らしいですよね。物理的に人数も劇場空間も変わります、再演だからと言って決して同じようにはならない、新たに生まれる化学反応を私自身も楽しみにしています。
ただ、一つ覚悟をしているのは同じメンバーが集うけれどそこには前回一緒に作り上げたアンサンブルのみんなはいないので、稽古が始まった時にはそれに対するさみしさが稽古場に漂うだろうということ。そんな今回出演が叶わなかったみんなの思いと共に作る再演にしたい。だからこそ、より中身の濃い『ビッグ・フィッシュ』にしなくてはいけないという気持ちも沸いてきます。単なる再演とは違うと思いますよ!!
【芸能活動25周年を迎えて】
──ここからは作品をちょっと離れて、今年は芸能活動25周年です。 おかげさまで25周年の節目を迎えました。ちなみに女優としては研8(研究科8年生)になりました(笑)。でも、(『ピピン』で共演中の)中尾ミエさんや前田美波里さんのお姿を拝見していると25年はまだまだ青いなと思えてきます。あの空中ブランコ!感動ですよ。ですので、節目として8月にディナーショーも開催しますが、同時にまだまだ途中という意識も持っています。男役としてキャリアをスタートさせ、今は女優として活動しながら、日々人間とは、演劇とは、その奥深さを感じています。
──様々な人物像を演じられている霧矢さん、歌や演劇的な表現だけでなく、ダンスやショーアップされたシーンもお手のものというところにこれまで培ってきたスキルが活かされていると感じます。 宝塚はやはりレビューが特長でもあるので、どうしても退団してからはダンスをする機会が減ってしまいます。それでも、少しずつでも踊らせていただく場面のある役柄も多いほうなのかもしれませんね。そういう意味でも、私は役との出会いに恵まれていると感じています。それに感謝しながらも、まだまだやってないキャラクターもたくさんあると思いますし、これから歳を重ねたからこそできる魅力的な役もあるでしょう。もっともっと幅を広げていきたいと思っています。これからも素敵な出会いを楽しみにしていますし、それに応えられるようにしっかりと準備はしていたいと思います。
──25thディナーショーについてもお聞かせいただけますか。今回、構成・演出は三木章雄先生です。 大変心強いです。まずそこで盤石の体制をとらせていただくという。やはりこの“霧矢大夢”という名前が誕生した原点は宝塚、そこからスタートするショーになると思います。ゲストも日替わりで瀬奈じゅんさん、蒼乃夕妃さん、彩吹真央さんが出演してくださいます。
──霧矢さんご自身にとって25周年であるとともに、応援してくださっている方にとっても25周年ですよね。 25年、私自身も応援してくださっている皆さんも一緒に重ねてきた年月です。お互いに歳とったね~なんて思うことも(笑)。それでも元気に劇場へ足を運んでくださることはとてもありがたいこと。25周年の節目に、改めてお礼の気持ちと今度ともよろしくお願いします!の気持ちをお伝えしたいと思います。
歳を重ねていくと、出会いだけでなくお別れもあります。そういう世代にもなってきました。でも、この『ビッグ・フィッシュ』や『ピピン』もそうですが思いを繋いでいく、継承していくことの尊さを強く感じる今日この頃です。
関西での会場となる宝塚ホテルも建て替えが決まっています。みなさんにおなじみの宝塚ホテルでの私のディナーショーは最後になると思いますので、ぜひお運びください。
──最後に、これから思い描いている人生について。 人生……やはり自分との戦いだと思います。今、ふと『ピピン』のバーサおばちゃんの歌が思い浮かびました。戦った、70年~(笑)。先のことを考えると結構心配性で不安になってしまうことが多いので、あまり先々のことばかり考えすぎず、今日を、今を生きることを大切にしたいと思います。そしてやってしまったことは忘れる!思いっきり楽しんで、思いっきり苦しんで、そこに打ち勝つ自分でいたいと思います。
──力強いお言葉、ありがとうございます!いつかあのおばあちゃんの役を演じる霧矢さんを見たいなんて声も。 しっかりと身体を鍛えておかないと(笑)。あれ、命綱なしですからね!!
◆ 悪妻から良妻まで(失礼!)、どんな役を演じても人間的魅力の備わっているキャラクターを作りあげる霧矢さん。だからこそ物語の中で確固たる存在感を示し続けているのでしょう。そしてそれはご自身の人間力や演劇に対する誠実さがそうさせるのだと感じます。これから先、どんな役に出会い、どんな物語を見せてくれるのか。これからも楽しみにしています!まずは、サンドラとの再会にワクワク!!
ヘアメイク/小森真樹(337inc.) スタイリング/山下明子
トップス、スカート/ヴィヴィアン タム(マツオインターナショナル)
ネックレス/ティー・ビー・テレサヴァンビューレン(マツオインターナショナル)
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)撮影:おけぴ管理人