新国立劇場が取り組む「ことぜん」シリーズ
(※)の第二弾として、英国の劇作家 デイヴィッド・グレッグが実際に起きた銃乱射事件をモチーフに書いたフィクション『
あの出来事』が、新国立劇場初登場となる瀬戸山美咲さんの演出で上演されます。
※ことぜん、とは「個と全」のこと。個人と国家、個人と社会構造、個人と集団の持つイデオロギーなど、ひとりの人間とひとつの集団の関わり合いをテーマに3つの作品が上演される新国立劇場2019/2020シーズン最初のシリーズです。 「2011年にノルウェーのウトヤ島でおきたテロ事件がモチーフ」「出演はふたりの俳優」
──そんな事前情報から、緊迫感のある重い雰囲気の会話劇だろうと予想していたおけぴ取材班。
しかしその先入観は、(良い意味で)裏切られました!
稽古場に響くのは温かみのある合唱の声。幅広い年齢のメンバーの声がひとつの響きとなり…気がつけば、取材用メモを取る手が止まっていました。
出演者は、テロ事件のサバイバーとなった女性クレアを演じる南果歩さんと、犯人の少年役の小久保寿人さんのおふたり。
そして…「第三の出演者」の存在、それは
『あの出来事』合唱団と命名されたメンバーたち。舞台経験の有無を問わず公募で選ばれた30人の歌声が稽古場に響きます。(歌うだけではない、大きな役割も。それはレポ後半で…♪)
南さんが演じるのは、地域の合唱団で指導者をつとめる女性クレア。
合唱団の稽古場で少年が銃を乱射し、多くの人が犠牲になる現場を目撃したクレアは、事件と向き合うために周囲の人々と会話を続けます。
稽古場で合唱団メンバーと気さくに会話を交わし、笑顔を見せる南さん。その表情から感じ取ることができたのは、明るく聡明で繊細な感性を持つ【事件前】のクレア像。作中で描かれる【事件後】のクレアの不安定さとのギャップも見どころです。
取材前は、実際の連続テロ事件をモチーフにした作品と聞いて身構えていましたが、稽古場で感じたのはシンプルな軽やかさ。
事件の直接的な描写はなく、場面の時系列もぼんやりとしか示されません。
この戯曲があえて細部描写を避けているであろうことは、もうひとりの出演者である小久保寿人さんに与えられた役割からも伝わります。
【少年】役の小久保さんは、テロ事件を起こす犯人役以外にも、少年の父親、クレアの恋人、カウンセラー、政治家、少年の同級生…と、年齢や性別を超えたさまざまな役割を演じます。
あどけなさを感じる笑顔、底知れぬ暗さにゾクッとするような表情…くるくると変わる役割を軽やかに演じ分ける小久保さん。
衣裳も変えず、はっきりとしたきっかけがあるわけでもないので、彼がいまどんな役を演じているのかすぐにはわからないことも。もしかしたらそれは、クレアが見ている混乱した世界…? それとも…?
戯曲が意図するところと、演出家と俳優の作り出すもの、そして観客が受け止める感覚、解釈。答えはひとつではないはず。それを探求すること、それが劇場へ出かける理由のひとつなのかもしれません。
そして、この作品が持つ興味深さをさらに掘り下げてくれるのが、レポ冒頭でもご紹介した合唱団の存在です。
舞台経験の有無を問わずに公募で選ばれた20歳から77歳までの30人(え! この人が!? と驚きのお名前も)。彼らの役割はただ歌うだけではありません。
ギリシャ劇に登場するコロスのように歌い、セリフを喋り、またあるときは少年を取り囲む取材陣など合唱団以外の役割も演じるメンバーたち。
さらにその役割は、クレアの内面に響く声まで担い… 彼らは生きているのか? 死んでいるのか? さまざまな解釈ができそうな合唱団の存在が、舞台に明るさと重みを同時に付け加えています。
「昨日とはガラッと変えてみましょう。いろいろと試させてください」という演出の瀬戸山さんの言葉から始まった最終場面の稽古。
団員たちが感じたことや気がついたことを言葉にしてディスカッションする様子はまるで本物の合唱団の稽古場のよう。
「動きをもっと固めてみては?」という意見に、「うーん…」と悩んでから「もっと観客にゆだねてみたい…」とこたえる瀬戸山さん。フラットな創造現場で作品を生み出していく演出家の姿が、作中で揺れ動くクレアにも重なるような気がした一瞬でした。
この日の取材の最後に聞こえたのは、最終場面を終えた後の「とっても素敵です!」というひときわ大きな瀬戸山さんの声。同時におけぴスタッフの目にもじわっと涙が。
「歌の存在感がすごいので、この場面ではクレアは何もしないほうがいいのかも」という南さんの言葉のとおりに、クレアに語りかけ、包み込む合唱団の声の力が、観客の心を持ち上げ、作品が持つテーマの重力を軽くしてくれるような瞬間がたしかにありました。
70人以上の命が奪われた衝撃的な事件から8年。世界中で類似の事件はあとを絶たず、ノルウェーの事件のサバイバーでもある若者たちのもとに脅迫が寄せられるという現実も…。
報道でよく耳にするようになった「世界は分断されている」という言葉の意味が、自分ごとのように感じられる劇体験の予感があったこの日の稽古場取材。
重いテーマが荒々しく突きつけられるわけではありません。それでも、稽古場で聞いたセリフ、見た動きのひとつひとつを反芻すれば、いまの私たちを取り囲む世界の状況もあわせて自分ごととして考えざるを得ない作品です。
全公演、日本語及び英語字幕付での上演。日本初演舞台『あの出来事』は、11月13日(水)から26日(火)まで新国立劇場小劇場にて上演されます。
【新国立劇場公式サイトにて瀬戸山美咲さん、南果歩さん、小久保寿人さんのインタビューが公開されています】
演出・瀬戸山美咲、インタビュー!
出演・南 果歩、小久保寿人 インタビュー!
【翻訳の谷岡健彦さんが公開したnote(ノート)も必読!】
「デイヴィッド・グレッグ『あの出来事』のためのノート」1
「デイヴィッド・グレッグ『あの出来事』のためのノート」2
「デイヴィッド・グレッグ『あの出来事』のためのノート」3
おけぴ取材班:chiaki(撮影)、mamiko(文) 監修:おけぴ管理人