ミュージカル『ビューティフル』第一幕、いかがでしたか? キャロルとジェリーの出会いから、二人がヒット曲を生み出すまでをポップに描き、プライベートでは恋に落ち、結婚、子育て……そして!という衝撃の展開で休憩に突入です。
30分とちょっと長め(換気も大事!)、私語も控えていただく(ご協力ありがとうございます!)など、これまでとはちょっと違う幕間タイム。作品を、第二幕をより一層お楽しみいただけるように、スペシャルインタビューを2本、そして豆知識をお届けする幕間ジャーナルでエンジョイしていただければ幸いです。
まずご登場いただくのは“渦中の人ジェリー・ゴフィン”を演じる伊礼彼方さんです。
──衝撃の幕切れで休憩に突入。「ジェリーーーーー!!」と思われているお客様も多くいらっしゃるかと思います。 浮気者……イメージ悪いですよね(笑)。ただ、ジェリーという人物を演じる上で、彼がおかれていた状況を調べ、考えてみると、ロックンロールライターとしてヒット曲を出して、さらなる高みを目指していた。そのためにもっといろんな音楽、歌手、世界を知ること、インプット、刺激を求めて外に出ることが必要だと考えていたんです。一方で、キャロルは家庭、子育ても大事、家にいてくれと求める。当然、ジェリーは、そんな修行僧のような生活は耐えられないわけです。そうやって夫婦の溝が生まれ、彼のフラストレーションは溜まっていく。とは言え、キャロルを愛していないわけでもなく、傷つけたくもない、もちろん仕事上でも大切なパートナーですし。だから、自由にさせてくれ──そんな心境なんです。
その思考回路は、正直に言うと僕にはわからないです。ジェリーは夫であり父親でもあるのですからね。
ただ、劇中ではあまり描かれていないのですが、実際にジェリーは双極性障害を患っていました。当時は、その治療法として効果があるとされていた電気ショック療法や治療薬の服用などもしていたが、結果的に、それが彼の症状を悪化させていた。良かれと思ってしたことなのに……というのも、彼は薬剤師でもあったので。そうやって理想と現実のギャップがどんどん大きくなっていったところもあると思います。
──ただの遊び好きというだけではない側面も。 もちろん若いころから女の子たちに囲まれて過ごしてきたので、女の子は好きだったと思いますが(笑)。様々な要因があって、あの状況に陥ったと思います。それは治療の副作用的なもの、シンシアとバリーの才能を脅威に感じたのもあったのかな。そして、もしかしたら誰よりも近くにいたからこそ、自分とキャロルとの才能の差を感じていたのかもしれません。
── 一幕ラストで歌われるのは「One Fine Day」。これはジェリーの作詞、キャロルの作曲です。ジャネール・ウッズ(塚本直さん)&コーラス
こちらはマリリン(清水彩花さん)
あのシーン、収録現場ではおそらくみんながジェリーとジャネールのことは知っていた。公然の秘密。そこでついにジェリーが決定的なことを言って、最後にキャロルがワンフレーズ歌う。その瞬間にミュージカルソングになるんですよね。ジャネールが歌うとヒット曲の「One Fine Day」、それをキャロルが感情を吐露するように歌うとミュージカルになるって面白いですよね。
──確かに、それまではヒット曲誕生までのストーリーと出来上がった楽曲のショーシーンで進んできたものが、キャロルが心情を歌い上げるザ・ミュージカルなシーンで終わるというのも衝撃、そして余韻を生む秘密かもしれませんね!さて、同じく公私ともにパートナーであるバリーとシンシアは、ジェリーにはどう映りますか。 ひと言で言えば「良きライバル」。ただ、僕らが先にヒットチャート1位をとったにもかかわらず、その頃から嫉妬しているんです。それは彼らの音楽が僕らにはないものだったから。自分たちは自分たち、人は人と思えればいいのだけど、固執してしまうタイプなんですよね、ジェリーは。僕自身は前者の我が道を行くタイプなのですが、音楽性という意味ではわからないでもない。たとえば「The Locomotion」と「On Broadway」、当然どちらも誰もが認めるヒット曲です。誰にでも親しみやすいアレンジの「The Locomotion」と凝ったアレンジの「On Broadway」は子どもと大人とでもいうか……、ジェリーには彼らの曲がより洗練されたものに感じられたのかもしれません。求められるものと、自分がやりたいこと。そんなギャップも彼を追い詰めていったのかもしれません。
──恋愛面ではいかがでしょう。対照的なカップルです。 あちらのカップルは、シンシアがコントロールできているんです、自分に嘘はつかずに。キャロルは責めないことでジェリーが戻ってくると信じている。
──そこは学生時代からの恋愛に対する劣等感のようなものがそうさせたのかもしれませんね。彼にふさわしいのかという思い。音楽の才能ではジェリーが劣等感を感じた逆と言うか。なんだか切ないです。 だから、バリーの「僕の才能がなくなったら……」というセリフをすごくカワイイと思います。ああいうことを率直に、素直に言えたなら。それに対する、シンシアの「結婚したらきっと変わる、ジェリーとキャロルを見て……」。あの言葉は決して直接ジェリーに向けて発せられるセリフではないけれど、突き刺さります。痛い。ここだけの話、実はあのシンシアの言葉をジャネールとの関係性を正当化するきっかけにしています。ジェリーには聞こえていない言葉ですが、僕自身の中での芝居のきっかけにね。
──再演となる『ビューティフル』2020カンパニーの強みは。 まずはこの3年の間に「個」が力をつけたことが挙げられます。
そしてもうひとつは、今年はコロナの影響もあり、演出リステージという形で上田一豪さんのもとで稽古をしてきました。この作品はレプリカ版なのでオリジナルから大きく演出を変えることはできないのですが、会話のテンポや間を僕らが話しやすいように変えることで、お客様に届きやすいように変わったのではないかと思います。
──ドラマ性がより強く感じられたのは、そのためかもしれませんね。 テンポを大事にして、前へ、前へと芝居を進めてきた初演に、我々の情緒というものを入れることによって、稽古場で見ていても芝居が変わりました。二幕のシンシアがキャロルに彼女の内面を話すシーンも、より素敵なシーンになっています。今振り返ると、ブロードウェイのスタッフと共に作った初演は、一人ひとりが自立し対等であることを前提に、それぞれが自分の仕事を果たす現場でした。今年は、レベルアップした「個」が再集結し、その上でチームワークで作った『ビューティフル』です。
──納得です!続いては二人のキャロルについて。 奈々ちゃんと綾ちゃん、それぞれの色があります。イメージとしては奈々ちゃんは尖っていて、綾ちゃんは丸みを持っている。初演からその印象は変わりません。それはお二人のもっている歌声の色と芝居の色がしっかりとリンクしているから。ただ、尖がっているからと言って当たりが強いというわけでもないんです。奈々ちゃんのロックシンガーのような、何かを突き破るような声の強さは柔らかいシーンの中でも鋭さを持ち、綾ちゃんの声はどんなに怒っていても丸みを帯びている。それを受けて僕の言葉や歌声の色も変わるので、本当に面白いです。
──見ていても、どちらのキャロルも魅力的です。今日(11月15日昼)は平原さんのキャロルをお楽しみいただいていますが、ぜひ水樹さんのキャロルもご覧いただきたいですね。では最後に、ジェリーとキャロルの関係も気になる二幕のみどころは。 個人的にはやはり二幕前半のキャロルとジェリーのその後の展開ですね。そこでもキャロルとより丁寧に会話、とくに“無言の会話=間”をすることを大事にしています。やがて自立し、ひとりで歩きはじめるキャロルを見守ってください。
こうして初演とほぼ変わらぬメンバーで再演できていることは奇跡だと思っています。劇場で読んでくださっているみなさんには、終演後に『ビューティフル』を見てよかったと思っていただけるものをお届けしたいと思います。ただ、コロナ禍でなかなか劇場へ足を運べないという方の気持ちや事情ももちろんわかります。また、みなさんに安心して劇場に足を運んでいただける日が一日も早く来ることを願っています。では、二幕もお楽しみください!
伊礼彼方さん、興味深いお話をありがとうございました。ジェリーが抱えている問題など切ない気持ちになりました。でもね……という気持ちが二幕を見てどうなるか!
◆ さて、続いてご登場いただくのは、キャロルとジェリーの良きライバルにして親友のバリー・マンを演じる中川晃教さんです。
──素敵な音楽であふれたミュージカル『ビューティフル』、一幕ラストは「One Fine Day」。衝撃の幕切れです。 たくさんの名曲やヒット曲が生まれてきた場所、時代、そして私たちの4人の関係それこそが、物語を生み出していくのだけど、人生の成功は一体なんなのだろうということを考えさせてくれる幕切れです。
──キャロルとジェリー、シンシアとバリー、2組のソングライターズカップルの対比も鮮やかなこの作品。バリーにはキャロル&ジェリーカップルはどう映りますか。 実在のお二人がどうだったのか、本当のところは分かりませんが…!?
伊礼彼方さんが生み出すジェリーと、水樹奈々さん、平原綾香さんのお二人が演じるキャロルとは、お互いの才能が恋に落ちた!というイメージもあります。ジェリーが葛藤している部分は、物を創り出していく人間の弱さと葛藤という感じもありますが、家庭を築く“父”になったことで、何か拍車がかかったように行き詰まって行く姿が辛いし、可哀想に思えます。キャロルは深いところでジェリーを受け止めたいと思っていて、ジェリーへの気遣いをとても感じます。
──もどかしく、切ないカップルです。 一方、なかなか結婚に踏み切らないシンシアと向き合うバリー。シンシアの言葉に気づきを与えられ、その裏側を理解しようとするオーディション期間!?に、バリーはジェリー&キャロルの愛の形がどんどんと変わって行く様を見つめながら、割り切れない何かを抱えた者同士、あらゆる生活において行き詰まった時でも、支えになってくれる存在というものに気づいていきます。
僕とソニンさんのカップリングと、彼方くんと奈々さん・綾香さんのカップリング、それぞれの関係性があって、あの歌!この歌!数々の名曲たちが生まれていったと思うと、それはすごいことですよね。
僕自身、シンガーソングライターでもあるので、現実の世界に置き換えることのできるこの『ビューティフル』の世界から、すごく力をもらっています。ライバルと思える存在がいることで、もっと優しくなれるし強くなれます。
コロナウイルスによってエンターテインメントの表現の仕方も変化し、工夫せざるを得ない状況ですが、客席に座って、この物語にすうっと入っていくことができれば、色々なことに心が揺さぶられると思います。時代を凌ぐように、彼らが切磋琢磨して作っていた音楽が溢れる作品。どんな時も、がんばることのできるコツのようなものがあるとしたら、この作品や、役柄の関係性にそのヒントが隠されているように思えます。
──続いては、もともと異なる個性を持った2人のキャロルについて。稽古、本番を通して再演ならではの発見、より際立つ2人のキャロルの個性など中川さんはどう感じますか。 本作の音楽シーンでは、キャロル・キングが一時代を築き上げた仲間たちとの関係性が描かれています。でも、やっぱりキャロル・キングという一人の女性としての歩みが、この物語の確かな柱となっていることを強く感じさせる奈々さんのキャロル! 憧れていたカーネギーホールのステージ上からピアノを弾き語り、そしてスピーチする時、キャロルの半生なのに奈々さんのそれとオーバラップして、物語が浮かび上がっていくドキドキ感が魅力です。
綾香さんのキャロルが「A Natural Woman」を毎回どのように表現するのか。僕には、毎回何かが違って見えます。個人的にそれをとても楽しみにしています! ジェリーとの結婚生活に終止符を打ったとしても、これまで通りの日常がそこにはある。そのことを彼女があの瞬間にどう表現するのか。内容はラブソングですが、一人の主人公として舞台上で2時間をどう生きたかで到達するカタルシスは、袖で聴いていてもゾクゾクものです。
──様々な制約の中で稽古を進めてこられたかと思いますが、こうして初日を迎えたビューティフル2020カンパニーの強みは。 再演でもほぼ同じメンバーが集まれたことがなによりの強みです。気心知れたという言葉が良いのか分かりませんが、その上でそれぞれがとても謙虚に向き合えています。作品の中で、各々の役割を全うしようと誰もが努力をしているその空気も、作品の魅力を大きくしていると感じています。
また、通し稽古と呼ばれる作業を複数回、稽古場でできたことで、芝居の勢いや、それぞれがそれぞれの力点を認識できました。そして、それによって自然と最高の状態でエンジンがかかり、物語に馬力が生まれました。説得力というところでも、再演だからこその一体感が良い方へと作用する、すばらしいカンパニーの一員になれて嬉しいです。
僕がコンビを組むソニンさん演ずるシンシアが、明るく軽快にGo!と歌いはじめるように、明るく、小気味よく、でも三年を経て自然と味わいや深みが重厚感となっていたらいいなと思います。ご覧になったみなさんはどのように感じていらっしゃいますか。
──音楽とお芝居のバランスがとても心地よい再演の秘密はその辺りにありそうですね。そして二幕は「Chain」でスタートです。二幕のみどころは! 個人的に「It’s Too Late」が好きです。キャロル・キングの明るくポップなナンバーで彩られているカタログミュージカルに、このナンバーが加わることでコントラストがぐんと出ていると感じるからです。ミディアムバラードで、悲哀がある音楽。人生は音楽のように、さまざまな色合いを持つものなのですね。 遅すぎることなんて何もない、となぜが逆説的に、歌のメッセージを受け取る僕=バリー。(実在のバリーさんと)シンシアさんとはいまだにラブラブなのだそうです!
──素敵です! ちなみに幕間は一幕ラストの余韻を感じながら過ごす方も多くいらっしゃるかと思いますが、中川さんがご出演されてきた作品には、『モーツァルト!』『ジャージー・ボーイズ』『フランケンシュタイン』など一幕ラストを飾る印象的な楽曲・シーンがたくさんあります。 『モーツァルト!』は「影を逃れて」。このナンバーは1ラスも2ラスもどちらも、記憶を辿っても鳥肌が立つくらいに、オールキャストのナンバー! 『ジャージー・ボーイズ』の「WALK LIKE A MAN」はトミーが舞台センターの階段から駆け下りてくる時、いいこともわるいことも、どちらもを予期させるようで、どきっ、そして格好いい! 『フランケンシュタイン』「フランケンシュタイン!」では生き返った友が怪物だと知って殺めようと覚悟を決めるのに、逃げられてしまう、アンリ〜♪と彼の名前を絶叫して幕が降りた後、体からは湯気が出ています(笑)!
──「鳥肌」「どきっ」「湯気」……どれも心身ともにエネルギーを使うシーンの数々ですね。そのエネルギーを受けて、観客は二幕への期待やワクワクを大きくするのです。みなさんの思い出の1ラスはなんですか?
そして『ビューティフル』二幕、キャロルとジェリーのこれからとともに、シンシアとバリーカップルの選択と決断にもご注目くださいね!
◆山田元さん&山野靖博さん ご登場シーン紹介◆
まくあいマップにも登場してくださった『ビューティフル』新宣伝部長の山田元さん、山野靖博さんからのコメントをさらにご紹介!
山野さんのご出演シーンは── 「1650 Broadway Medley」で”Splish Splash”を歌うクリエイター、その後カレッジのシーンを横切る学生。「Be-Bop-A-Lula」の作詞家、「Oh Little Darling」の作詞家といったコミカルなパートの次は一転、ダンディなライチャス・ブラザーズのビル・メドレー役として「You’ve Lost That Lovin’ Feeling」を歌い、1幕ラストは「One Fine Day」を撮影する助監督。
2幕は「Chains」のベーシスト、「Pleasant Valley Sunday 」で横切る作詞家、そして最後はあご髭をはやしたカリフォルニアの天才プロデューサー ルー・アドラーとして「A Natural Woman」を歌うキャロルを見守ります。
山田さんは── 「Oh! Carol」はニールで出て、早替えして「1650 Broadway Medley」では作曲家としてピアノを弾いています。その後はジェリーとキャロルの出会いのカレッジのシーンでは学生で出て、「Be-Bop-A-Lula」があって、「Some kind of Wonderful」では1650のときと同じ人で出て、またまた早替えしてニール再び。そして「You've Lost That Lovin' Feeling」でライチャス・ブラザーズになって、「One Fine Day」ではカメラマンもやり、スタジオやクラブ“ビター・エンド”でニック、最後にロサンゼルスのほうのバンドマンで出ています。(
初演時インタビューより(お写真も))
◆山野さんからさらなるトリビアのプレゼント◆
剣幸さんが演じるキャロルの母ジニー役の印象的なセリフ「そういうことよ」。僕も大好きなフレーズですが、劇中では3回しか登場しないのです。もっと言ってる気がするのに……。意外!
どちらも偉大なチームであるゴフィン&キングとマン&ワイルですが、音楽の方向性はそれぞれに個性があります。キャロルはどちらかといえばオーソドックスなコード進行で曲を作るのに対して、バリーの曲は都会的な響きのあるトリッキーなコード進行が特徴。2曲続きの「Up On The Roof」(ジェリー&キャロル) と ♪On Broadway(バリー&シンシア)で違いを聴き比べてみてくださいね!
幕間ジャーナルにご協力賜りました皆様に、心より御礼申し上げます!(おけぴスタッフ一同)
『ビューティフル』には、ドニー・カーシュナーとルー・アドラーという二人の名音楽プロデューサーが登場しますが、こちらの『プロデューサーズ』も渋谷で大暴れ!?しています♪
舞台写真提供:東宝演劇部
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)監修:おけぴ管理人