英国プロデューサーと梅田芸術劇場による共同企画、新作ミュージカル『The Illusionist -イリュージョニスト-』が東京で産声を上げました。
撮影_岡千里
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2006年には映画化もされたスティーヴン・ミルハウザーによる短編小説『Eisenheim the Illusionist(幻影師、アイゼンハイム)』を原作とする本作。栄華を極めたハプスブルク帝国の斜陽の時代、19世紀末のウィーンを舞台に天才イリュージョニストのアイゼンハイムを軸に、かつて恋仲だったが、現在はオーストリア皇太子の婚約者となった公爵令嬢ソフィとの関係、傾国を憂う皇太子の苦悩と狂気、ある夜に発生した事件の謎解き──、嘘と真実のめくるめく物語が展開する。
脚本はピーター・ドゥーシャン、作詞・作曲をマイケル・ブルース、演出をトム・サザーランドが手掛ける。昨年来のコロナ禍の中で、演出変更しコンサートバージョンでの上演となったこの世界初演。本来の形ではなかったかもしれませんが、確かな一歩を歩み出した『イリュージョニスト』ゲネプロの様子をレポートいたします。
◆ 客席に足を踏み入れるとそこはイリュージョニストの世界、壮観。
舞台後方には深紅のカーテンが揺れ、その前、少し高い位置にオーケストラが鎮座する。コンダクターがタクトを振り下ろすとゴージャスなショーが始まる。
撮影_岡千里
舞台中央にある一段高くなった、まるで箱庭のような四角い舞台空間で幻想と現実が出会う。それを取り囲むように椅子が並べられるが、それらもキャストの手によって自在に操られる(あっ、トム・サザーランド演出だわ!という喜び)。そして舞台上に美しい衣裳をまとったプリンシパルキャストが登場すると、もう、目が釘づけ。さらに、アンサンブルキャストがまとっているローブを大胆に脱ぐと、もう一段階深い世界に! そこは19世紀末のウィーン、鮮やかで退廃的なイリュージョン・ショーの会場へ。私たち観客をイリュージョン・ショーの観衆に見立て興行主ジーガが語りかけると──、ジーガを演じる濱田めぐみさんの艶やかな歌声が物語の世界に観客を心地よくいざなう。コンサートバージョンといっても、ただそのナンバーを披露するにとどまることなく作品世界を生きる人間模様を魅せる演出です。
撮影_岡千里
撮影_岡千里
ジーガが面倒をみてきた“当代きっての天才イリュージョニスト”アイゼンハイムの登場。演じる海宝直人さんは硬質な表情と歌声、存在感を放ちます。常に張り詰めたテンションの中で壮大な楽曲を歌い上げる圧倒的な表現力。高音の伸び、低音の響き、繊細なメロディ…豊かな歌唱力でアイゼンハイムを魅力的なキャラクターとして立ち上げます。
撮影_岡千里
撮影_岡千里
儚げながら、時に大胆なヒロイン、公爵令嬢ソフィを演じるのは愛希れいかさん。高まる恋心を歌い上げていく表現に見ている側の心もシンクロして高まっていきます。そして、狭い空間ながら、例えば「逃げる」という表現、その姿、仕草、身のこなしからコンサートバージョンを超えたスリリングな空気が伝わります。
撮影_岡千里
ある殺人事件の謎解きをするのはウール警部。もともとマジックの種を探るのが好きで、いわゆる庶民派。観客に近い目線で物語に関わるキャラクターとして、ストーリーテラーの役割も。そして警部のナンバー、難解な事件の真相解明同様に難解な、いや超難解でスタミナを要する楽曲!! 全てにおいて容易な楽曲などないのですが、とりわけウールの楽曲に息をするのを忘れてしまいました。演じる栗原英雄さんの深みのある声とチャーミングな芝居が作品にさらなる陰影をつけます。ウール警部が仕えるのは一体誰? 何?
撮影_岡千里
圧倒的な支配力で舞台上に存在するのが冒頭にもご紹介したジーガ役の濱田めぐみさん。抜け目ない興行主でありながら、時折見せる人間味にキャラクターの奥行きを感じます。ひとりの青年としての横顔が見える、ジーガとアイゼンハイムのやりとりも素敵なシーン。
撮影_岡千里
そして、成河さんが演じるのが皇太子レオポルド。薄暗い中でその姿を見つけ、「あら、お髭をたくわえた殿下だわ」とワクワクするのも束の間、この人物、相当屈折しています。傾国を憂い過激な思想に支配されているゆえとはいえ、傍若無人なふるまいを繰り返す。内なる狂気が周囲への圧となって表出する。それを佇まい、芝居、歌唱で余すところなく見せつけます。
撮影_岡千里
こうして芝居巧者で確かな歌唱力を持ったキャストたちが届けるミュージカル『イリュージョニスト』。もちろん衣裳やメイクなどもあるのですが、あえて言えば、音楽と芝居、その身ひとつで役を体現し、物語を紡ぐ。シンプルゆえに虚実の境をいとも簡単にすり抜けていく俳優の力量が問われ、その仕事を各々がしっかりと果たしている。そして彼らとこの魅惑の舞台を作り出すすべての人がイリュージョニストなのではないか。つまりは、人が描き出す幻想と現実に翻弄されるのは登場人物たちであり、観客でもある。そんなことを感じました。油断できない展開の“音楽”も絶妙の芝居をします。
いくつかのキーアイテムを文字通り鍵にして解き明かされる事件の真相、その面白さと説かれた謎のその先にあるもの。「だから言ったでしょう」──、すべてを見透かしたイリュージョニストたちからの挑戦状のような作品。世界初演されたこの新作ミュージカルのこれからにも大いに注目したいですね。最後にちょっとネタバレ。(公演概要の下に)
自らの狂気に飲まれていくような末路をたどるレオポルド。
観客が目撃するただひとつの確かな事実、それは皇太子が死んだということかもしれません。そして真実が明かされた、その瞬間に彼をかわいそうに思う自分がいました。最後に悲しみを抱かせる狂気の皇太子。なにも死ななくても──、ただそれも身勝手な観客の心情の揺れ。傍観者のこの種の無責任な感情の反転、それがわが身に起こったことに慄然とするのでした。
海宝直人さん、濱田めぐみさんの次回作『アリージャンス』
3月20日夜公演にておけぴ観劇会開催です♪
おけぴ取材班:chiaki 監修:おけぴ管理人