昭和9年に三好十郎によって書かれた戯曲。幕末から明治、水戸天狗党事件を中核に農民、町民、博徒、武士──激動の時代を描いた本作には、演劇の魅力がぎっしりと詰まっています。16人の俳優が80近い登場人物を演じ、舞台上を躍動する!フルオーディション企画の第3弾でもある『斬られの仙太』稽古場をレポートいたします。
【幕末乱世と市井の人々の暮らし】
ものがたり(HPより)
時は江戸末期から明治にかけて。常陸の国の水呑み百姓・仙太郎(仙太)はあまりの凶作に年貢の減免と取立の猶予をお上に訴えるが、この地の有力者・北条の喜平はそれを許さず、彼を村から追い出してしまう。復讐を誓った仙太は江戸で剣法を学び、博徒となって故郷へと戻る道すがら、ひょんなことからとある茶屋で頼まれごとをされ、それをきっかけに水戸天狗党絡みの騒動へと巻き込まれていく。仙太の剣の腕と男気を目の当たりにした党から是非同士にと勧誘を受けた仙太は、党の斬り込み隊長として次第にその名を高めて行く......。
この日の稽古はものがたりの終盤、第三幕の通し稽古。
まさに上記のものがたりの「......」のところなので、内容についてはご観劇のお楽しみということで多くを語ることはできないのですが、とにもかくにも見ごたえ十分でございます。
お稽古スタート! 休憩明けの注意事項のアナウンスも黒衣に扮した俳優が行います。その後ろで舞台転換を担うのもまた俳優たち。まさに総力戦! そして、アナウンスに耳を傾けると、新型コロナウイルス接触確認アプリ……その内容はまさに「今」。そこからはじまる第三幕というのが不思議なほどにしっくりきます。劇世界と現実世界の素敵な関係がそこにあります。
そこに登場するのは瓦版を小脇に抱えた読売りの男。
野次馬を従えて、にぎやかな幕開きです。最新ニュースを語りながら、次第に歌い踊り始める読売りの名調子、きっと本番では客席も巻き込んだまるでライブ会場さながらの熱気を作り出すでしょう。さらに、気づくと読売りを演じる原川浩明さんの手にはハンドマイク! それもアリと思えるほどの見事なオープニングアクトといった感じで、しっかりと心を掴まれます。(といっても一幕、二幕を旅してきた後の出来事なのですが)
一転、そこは仙太が思いを寄せるお妙の家。静寂。
このように時代の表裏とまではいかなくても、政治と暮しのギャップが絶妙な緩急で表現されます。
お蔦:陽月華さん
三味線を爪弾くのは仙太が江戸で懇意にしていた芸者のお蔦さん。陽月華さんのたたずまいはしなやかで美しく“芸者然”とし、気風の良さは江戸の女性。一瞬でキャラクターを印象付けます!ナイスキャスティング──それもそのはず、なんてったって本作はフルオーディション企画ですから!
真壁の仙太郎:伊達暁さん
そして、伊達暁さん演じる真壁村の仙太郎(仙太)もそこにいます。「百姓から博徒へ、江戸で剣術を学び、その名を轟かせた」──人呼んで“斬られの仙太”と聞くと、どんなにギラギラした男かと思えば、語り口は淡々と、溢れる素朴さ、超絶自然体で座っているではないですか。第三幕に至るまでの紆余曲折を経て(ざっくりまとめすぎですが(笑))のシーンなのですが、仙太は職(立場)は変わっても、軸は終始ブレナイ男なのです。常陸の国の水呑み百姓として凶作、厳しい年貢の取り立てに苦しむ百姓の窮状を救うため、よりよい暮らしのため、立ち上がり行動する強さを糧に壮絶な人生を歩む男、その“素”がとても魅力的。仙太を、そこに生きる一人の人間として立ち上げる伊達さん、必見です!
写真中央)お妙:浅野令子さん
お妙には、浅野令子さん。自分が食べていくのも大変なのに、孤児を預かり面倒を見ている女性。父でもある甚五左親分から受け継いだのか、大きな度量と驚くほどの強さを持つ女性を体現。
お蔦さんとお妙さん、仙太を間に挟んでバチバチの関係かと思いきや(安い想像力で恐縮です)、互いに認め合うようなバランスで一つ屋根の下に暮らしているというのも、一周回ってリアリティを感じさせます。個人的な感想ですが、お蔦さんとお妙さんの仙太への思い、同じ「好き」でも、「惚れた」「お慕いしている」とそれぞれの言動から受ける印象はどこか異なります。仙太にはそれぞれ大切な二人の女性なのでしょう。
段六:瀬口寛之さん
仙太の幼馴染にして、一貫して田畑に生きる百姓の段六さんもすごくいい!仙太が戻る場所、原点を、その身をもって示すような存在です。
仙太、段六、瀧三、お妙、お咲が田んぼのそばでお茶を飲むシーンがあります。(瀧三とお咲はともにお妙に育てられた子、瀧三と仙太の関係はそれだけでなく……)
その景色がたまらなく愛おしく、尊く映ります。何気ない市井の人々の日常を描いた短いシーンですが、殺伐とした世の中、人と人とのつながりを信じてみよう!そんな力がわいてくるのです。シリーズのテーマ「人を思うちから」という言葉が頭をよぎります。
水田に踏み入る男たちには容赦なく
百姓としての誇り
写真中央)瀧三:中山義紘さん
スペシャル動画『斬られの仙太』筑波・水戸紀行(前後編)でも見ることのできる山々に囲まれた田畑の風景。もちろん舞台上にそれをリアルに再現するわけではないのですが、黄金に輝くセットを見ていたら、ここで仙太は生まれ、ここに暮らす人々のために仙太は戦ったのかと思えてくるのです。そんな、のどかな田園風景に似合わない砲弾の音なども不思議な感覚です。
(ちなみに仙太は実在の人物ではないのですが、そのような人物がいたという言い伝えのようなものはあるそうです)【幕末、昭和初期、そして令和】
全編上演には7時間、今回の上演も休憩二回を含む4時間30分という大長編にちょっと怯んでしまうという方もいらっしゃると思います。でも、戯曲を読んでみると、序盤こそ、その文体や方言に苦戦し読み進めるのに難儀したところもありますが、気づくとそれぞれの思惑うごめく展開、会話の応酬とチャンバラ描写、予期せぬ壮絶なドラマなど、お話としての面白さに引っ張られ夢中で読んでいました。藩士たちや天狗党の男たちの政治的な覇権争いでは、いわゆる幕末モノ・活劇の面白さがあります。
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これを見れば大体わかる!『斬られの仙太』ゆるイラスト相関図(ゆるイラストと言えども人間関係のポイントを押さえた観劇の手助けとなる相関図です!)
利根の甚伍左(お妙の父):青山勝さん
人格者、甚五左の威厳、存在感が溢れ出ます!状況を冷静に見極めながらも、義に生きる潔さもある大人物!
佇まいにも甚五左の生き様が現れます
そして、今回演出を手掛けるのは本作演出が長年の夢だったという上村聡史さん。活劇としての面白さを持ちつつも、そこに生きる人間に焦点を当て、その「良心」「生き方」を丁寧に舞台に立ち上げます。それによって実際にあった水戸天狗党事件、その渦中にいた多様な立場の人間をしっかりと見せる群像劇としての魅力が際立ちます。
天狗党の水木:木下政治さん、加多源次郎:小泉将臣さん
彼らもまた、時代、歴史の中では「駒」だったのか
苦しい……
洋服、袴、着流し……、着物は多様な自由党の男たち
時代の大きなうねりに巻き込まれ、自身の手で人を斬った痛みは決して仙太の中で消えることはないのですが、それでも彼は生きていく強さを持っています。このたくましさって、なんなのだろう。そんなことが頭をよぎる瞬間も。それは「土と共に生きる」、根源的な人間の強さなのでしょうか。幕府は明治政府に、江戸は東京に、年貢は税金にとその名を変えていった時代、その目で数々の「分断」を見てきた仙太が語る世の中の真実。現代を生きる私たちに、グッサグサ突き刺さります。
幕末、戦前戦後、現代が一本の線で結ばれたような──混迷を極める2021年に放たれる『斬られの仙太』。近年、上演されることの多い三好十郎作品ですが、大長編であることもあってなかなか上演機会のない本作。三好十郎が紡いだ言葉がオーディションで“この人こそが”と選ばれた俳優たちの肉体を通して届けられる貴重な瞬間に、ぜひ立ち会ってください。そこから持ち帰るものは少なくないと思いますよ!
また、本作は新国立劇場フルオーディション企画第3弾でもあります。(第二弾『反応工程』が公演延期となりこの夏に上演される運びとなったため、上演作品としては2つ目となりますが) 続く、来シーズンの『イロアセル』(2021年11月公演、作・演出 倉持裕)のキャストも発表となり、この企画、システムが“新国ラインアップ”の中にかなり浸透してきたように感じます。演劇界全体を見ると、まだまだ貴重なことではありますが、こうしてフルオーディションでしっかりとした強度を持った作品を上演することがさらに根付かせる力になるのではないでしょうか。その先に、フルオーディションが特別なことでなくなる未来がある。まずは『斬られの仙太』で、「フルオーディションのちから」も感じに、みなさまの状況が許せば、ぜひぜひ劇場へお運びいただきたいと思える作品です!
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人