★8月6日12時より4日間限定★
★『母と暮せば』配信も★ 2018年初演、こまつ座「戦後“命”の三部作」第三弾『母と暮せば』がキャスト・スタッフ再集結し待望の再演!
撮影:宮川舞子
【より深く、より鋭く、よりしょっぱく】
初演に続き、母・伸子には富田靖子さん、息子・浩二には松下洸平さん。見ている者の心にも深く刻まれた初演の記憶、3年の年月を経た『母と暮せば』はどのような響きなのか。覚悟と期待をもって劇場へ。
そこは1948年8月9日、助産師の母と医大生の息子が暮した家の小さな部屋。原爆から3年、諦めつつも帰らぬ息子の無事を祈りながら陰膳を据える伸子は、不意に誰かの気配に気づく。
「だれか、おると?」
「僕だよ。」
そこにいたのは死んだはずの浩二。こうして亡き息子と母のちょっと不思議な“いつものやりとり”が繰り広げられるのです。
撮影:宮川舞子
撮影:宮川舞子
「本当に浩ちゃんなの?」、ほかの人では知りえない子どもの頃の思い出に花を咲かせる二人。浩二という青年のほがらかな人となりが、松下さんの軽やかな芝居で魅力的に表現されます。富田さんも、息子の自慢の母として、彼女が抱える孤独と葛藤をにじませながらも可憐で清らかな伸子像を作り上げます。
撮影:宮川舞子
撮影:宮川舞子
あの時代に長崎に暮らしていた親子。その会話は笑いにあふれ、久しぶりに母に訪れた日常のきらめき、尊さにほっこりします。そんな時ふと投げかけられる「笑っていないとやっていられない」という浩二の言葉が心に静けさをもたらし、未来を絶たれた青年の無念が劇場を満たします。正直、ぞっとしました。次の瞬間には、また明るく振る舞う浩二。その緩急のある芝居に何度も心が締めつけられます。
次第に物語では、あの日の浩二の記憶、母の前に現れた理由が明かされます。
あの日の描写は、それまでいつもの浩二からふっと温度を下げることで心を揺さぶってきた芝居から、淡々と言葉を積み上げていくことでクレッシェンドしていく芝居へ。目の前の浩二を見つめることしかできず、心も身体もフリーズ。しばらくしてどっと心が動く。映像のリアリティとはちがう、言葉・芝居で伝えられることで届くリアリティがそこにあります。
原爆によって未来を奪われた者の無念、それによってもたらされる悲劇の渦中をひとり生きることを余儀なくされた母の孤独は、この親子だけでなく立場を変えてたくさんの人の身に起こったこと。また、3年の年月は、残された母の傷をいやすどころか、被爆者差別という新たな苦しみをも生む。「これは自然災害ではなく、人間がしたこと」、伸子の強い言葉が、より鋭利に突き刺さります。一方で、浩二の「しあわせは生きている人のためのもの」という言葉が優しく母や観客を包み込む。
撮影:宮川舞子
二人芝居として舞台版初演を立ち上げた2018年の公演は、そのひたむきな熱量に圧倒されたようなところがあります。今回は、栗山民也さんの俳優への信頼、言葉への信頼に裏付けされた引き算の演出という印象を受けました。それによって、悲しみはより深く、怒りはより鋭く、そして愛情はよりしょっぱく(⁉)──長崎を舞台にした、あの時代を生きた人々から届けられる祈りと命の物語。これからも上演が続き、一人でも多くの方に届くことを、心から願う作品です。
また、8月6日12時より4日間限定で、『母と暮せば』配信が行われます。劇場でご観劇された方も、ご観劇が叶わなかった方も、ぜひご自宅で作品のすばらしさを味わってください。(詳細は下記に)
撮影:宮川舞子
【こまつ座「戦後“命”の三部作」とは】
劇作家・井上ひさしが生涯をかけて書こうとした「ヒロシマ」「オキナワ」「ナガサキ」という題材。1994年に初演した『父と暮せば』で描いたヒロシマ。原爆で死んだはずの父が生き残ったことへの罪悪感を抱える娘の前に恋の応援団として姿を現すという傑作二人芝居はこれまで全国各地で上演されてきました。
続く「オキナワ」は、実は1990年に『木の上の軍隊』の上演が予定されていたものの中止となり、2010年に、こまつ座&ホリプロ公演として上演予定となるも構想途中での井上さんの逝去により上演は実現しませんでした。そして2013年、井上さんが遺した種を育み、蓬莱竜太さんの手で、沖縄の今を見つめた作品として、ついに『木の上の軍隊』が発表され、2016年にはこまつ座によって再演されました。
「ナガサキ」を描いたのが『母と暮せば』。『父と暮せば』と対になる作品として井上さんが長年創作を願っていた作品は、まず、山田洋次監督によって映画として産声を上げました。長崎で被爆した母と亡き息子の幽霊の交流は深い感動を呼び大ヒット。そして2018年、山田洋次監督が監修、栗山民也さん演出のもと舞台『母と暮せば』が上演されました。作劇は、青森で現役の高校教師を務めながら、劇団「渡辺源四郎商店」の主宰を務める畑澤聖悟さんです。
こうして誕生した三つの作品は、こまつ座「戦後“命”の三部作」と呼ばれ、平和を祈る気持ちを込めて繰り返し上演が続けられています。
舞台写真提供:こまつ座
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人