ミュージカル『ラ・マンチャの男』製作発表会見レポート~悲しみを希望に、苦しみを勇気に変える~



 1969年、市川染五郎(現 二代目松本白鸚)さんを主演に迎え帝劇にて初演、以来、半世紀以上にわたり上演されてきたミュージカル『ラ・マンチャの男』。ドン・キホーテ/セルバンテスを演じ続ける白鸚さんの遍歴の旅が、2022年2月日生劇場にてファイナルを迎えます。



 ドン・キホーテが想い姫と慕うアルドンザ役に2012年以来松たか子さんがカムバック、相棒サンチョの駒田一さん、牢名主の上條恒彦さんとともに旅をしてきた仲間も健在!さらに新キャストとしてアントニアに実咲凜音さん、カラスコに吉原光夫さんが名を連ねます。

 2022年公演へ向けいよいよ始動した『ラ・マンチャの男』、松本白鸚さん、松たか子さん、池田篤郎 東宝株式会社常務執行役員(演劇担当)がご登壇され製作発表会見が行われました。白鸚さんの、松さんの、池田さんの言葉の一つひとつに歴史があり、誇りがあり、夢がある。会見を通して心をよぎったのは、「なぜ、この作品に、この物語に人はこんなにも惹きつけられるのだろうか」ということ。そんな視点で、『ラ・マンチャの男』(以下、ラ・マンチャ)製作発表をレポートいたします。



「“夢が叶う”というお芝居が多い中で、ラ・マンチャは牢獄を舞台にした劇中劇ですので、そこにいる囚人たちの夢は叶わない。負けるとわかっていても、でも、あるべき姿のために戦う心を失わない。それを喚起させるのが牢獄へ放り込まれたセルバンテスなのです」

 会見の中での白鸚さんのこの言葉にハッとさせられました。大願成就するわけでもなければ、大団円で終わるわけでもない、それでも観客はどこか誇らしげな面持ちで劇場を後にする。(ときに自らの不甲斐なさゆえ打ちのめされることもありますが(笑))そしてそれが初演から53年の月日を経ても変わることない、ラ・マンチャの力。

 幼いころから父が演じる姿を見続け、1995年にアントニア役、2002年からアルドンザ役を演じた松たか子さんはラ・マンチャについてこう語ります。



「ラ・マンチャは、小さいときはとにかく怖かった。舞台が暗くて怖い、ヒゲもじゃで汚し(メイク)をした人たちが怖い。そのヒゲもじゃの荒くれ男たちが楽屋で会うとスゴイニコニコ微笑みかけてくれる、それがまた怖い(笑)。

 とにかく怖い、暗い。でも、なにかきれいな瞬間があって。人の心が動いている様(さま)を見ているということに感動したんです。なんでこの人たちは同じ方向に向かって歌っているのだろう、なんでそこに至ったんだろうということが不思議で、なぜか惹きつけられる舞台ではありました」


その理由のひとつが白鸚さんの言葉に──



「たか子が暗い、怖い雰囲気があると申しましたが、それが人生だと思います。我々俳優は、お客様の悲しみを希望に、苦しみを勇気に変えるのが仕事。この作品を通して、あるべき姿のために戦う心を伝えたい」

 まさにそれぞれの人生に寄り添い、鼓舞するラ・マンチャ。それは演じる側も、観る側も、また作品に関わる全ての人に言えること。26歳で初めて演じ、27歳でブロードウェイから招きを受けて原語での上演、以来、53年にわたりこの役を演じ続けてきた白鸚さん。



2012年8月帝劇公演より(写真提供/東宝演劇部)


「思い出はいっぱいございますけれども、あるとき、最後にアロンソ・キハーナがドン・キホーテとして死んでいくシーンで客席から「No mueras」という声が聞こえました。日本での公演時です。言葉の意味はわからなかったのですが、その声が客席から聞こえたときはドキッとしました。それはスペイン語で「死なないで」と言う意味でした」

 物語とその人の実人生の境界線を越えて訴えかける力があったからこそ、思わず口にしてしまった言葉なのでしょう。また、「この作品のテーマとご自身の生き方が一緒になってしまった」と語る白鸚さんの人生とも地続きなのです。

「テーマである“見果てぬ夢”を、自分をミュージカル俳優として見出してくださった菊田一夫先生、この作品をブロードウェイで観た父へのレクイエムとして歌って参りました。残念ながら、レクイエムを捧げる者がひとり増えてしまいました」

 その方は、先日亡くなられた中村吉右衛門さん。

「別れというのはいつでも悲しいものです、たった一人の弟でしたから。でも、いつまでも悲しみに浸っていてはいけないと思います。それを乗り越えて、それを跳ね返して、2月の本公演では“見果てぬ夢”を舞台で務めます」

 自らを鼓舞するように話す白鸚さんに続いて、松さんからも。



「叔父の舞台をもう観ることができないということを、心から残念に思います。先日までやっていた舞台の東京千穐楽に報せを受けました。その後、大阪の初日を開けたとき、叔父を思い「幕を開けてやったぞ!」という気持ちになって。やっぱり私たちは舞台に立ち続けることでしか、お返しも、感謝もできないのです」


 ここからはコロナ禍での上演についてのコメントに、その真髄を見た“俳優という仕事について”。



「まだ完全に感染が収まっていない中、私ども俳優たちも苦労しておりますが、それはみなさん一緒。その中で舞台演劇、『ラ・マンチャの男』をやる、やっぱり俳優というのは芝居をするのが自分の決められた道だと思っておりますから、普段と変わらないというのは語弊がありますが、大変な状況におられる方々のことを考えながら、なお一層努力をする。その思いで、この二年、舞台に立ち演じて参りました」

 53年にわたりひとつ役を演じ続け、ファイナルを迎える。俳優・白鸚さんの“見果てぬ夢”のその先は。



「これを無事に終えた、2月28日には、もぬけの殻でしょうね(笑)。しばらく歌舞伎俳優としての夢とか考える気持ちも起こらないかもしれませんが、でも、4月の歌舞伎座公演は決まっておりますので、そこに向けて考えなくてはならないと思います。毎日毎日がそれをやりこなすということで精いっぱい。それを続けることが見果てぬ夢なんですかね」

 同じ表現者として、そんな父の姿を見てきた松さんは。



「やり続ける、いつかやらなくなる、いつまで続けるんだ……。いろんな声と自分の状態、そのすべてを引き受けて、ただただその日の舞台に向かう強い気持ち。そしてそれを観てくださるお客様があって成立するということ。そこには尊敬しかありません。

 私にとって同じ役をやり続ける、そんな役に出会うことは恐怖でしかありません。できればそういう役に出会いたくないとぐずぐず思っている私のような人間から見ると、勇気とか、すごいとか、それだけではない。役があって、舞台があって、お客様がいるからやる。俳優というもの、そのシンプルな姿を、父を通して見せられている気がします。実際、稽古に入ると、そんな思いに浸っている余裕もなくなると思いますが(笑)」


 それでもやっぱりこの方も根っからの俳優なのだと思うのは。

「本番が終わり帰り支度をしていると、楽屋のモニター越しにゆっくりと時間をかけて規制退場されるお客様の姿が見えます。お芝居を観て、ワーッとなって、ワーッと帰りたいところを指示に従い冷静に退場していただいている様子を見ると、客席へ出て行ってお見送りしたい!という気持ちになります。俳優にもいろんな規制はありますが、やることはコロナがあろうとなかろうと、劇場の扉が開いている以上はあまり変わらない。お芝居をやっていいですよと言ってもらえているだけで幸せだと思って、日々稽古、本番とやっています」

 こうして芸が、心意気が父から娘へ、俳優から俳優へと受け継がれていく。それは劇中、牢獄を出ていくセルバンテスに向けてアルドンザが“見果てぬ夢”を歌い出すシーンに重なるようです。そんな松さんですが、ラ・マンチャを終えたお父様に、次に何をして欲しいかという問いには。



「ラ・マンチャが終わったら──、ラ・マンチャをやって欲しいです(笑)。ほかになにをやって欲しいって、ないです」

 くーっ!!わかります!!わかりすぎます!!
 そんな、久々にラマンチャカンパニーに帰ってくる松たか子さんについて白鸚さんから。



2002年7月帝劇公演より(写真提供/東宝演劇部)

「初演当時は、たか子はまだ生まれておりませんでした。僕は演出も兼ねておりますが、それまでのアルドンザを演じる俳優さんはどちらかというと姉御肌のタイプだったのですが、たか子がやるに際し、野良猫のような眼ばかりぎらぎら光っている下働きの娘というイメージにしました。(松さんに向かい)お稽古に入ったら、厳しく一生懸命、ひとつよろしくお願いします。

 あと、ちょっとわかりにくいかもしれませんが、たか子が歌う『アナと雪の女王』の“Let it go”を聴いたとき、なぜ自分がブロードウェイへ行ったのかということがわかりました。あの歌声を聴くために、自分はブロードウェイの舞台に立ったのだと」


 1970年ブロードウェイのマーチンベック劇場にて60ステージを務めた父・白鸚さん。“Let it go”を歌った、そのエルサ役として2020年に第92回アカデミー賞授賞式において“Into the Unknown”(『アナと雪の女王2』)を各国のエルサ役の声優たちと共に歌唱した娘・松さん。あれは50年のときを超えて、点と点が結びついたのだと改めて思いました。若き日の父の挑戦が結実し、2022年の『ラ・マンチャの男』にともに挑むお二人。そして、53年目の挑戦、この作品について白鸚さんは。



「私は白鸚という名前は持っておりますが、あくまでも一俳優でありますから東宝さんがやらないと決めればそれでやれないわけです。これを実現できるのは、東宝さんのお力と、歌舞伎俳優・白鸚を貸し出してくれる松竹さんの良心。家族友人兄弟たちのおかげ。

 そして、劇場に切符を買って見に来てくださったお客様がいたからこそ、このラ・マンチャは続いている。お客様のお力があってこそだと思います。この作品をこうして長きに渡りできること、ブロードウェイでできたこと、初演の頃は生まれていなかった松たか子と共演できること、それを表現するならそれは「運命」という言葉でしょうか。本当に自分は人間として、俳優として幸せでございます」


 会見の結びには──



「夢とは、夢を叶えようとする、その心意気だと思います。見ようによっては、夢は大変シビアなもの、それを夢ととるか否か、それは人それぞれかと思いますが、私にとってはまごうことなく今日の会見は夢を語った会見でございます。たかが芝居されど芝居、ミュージカル『ラ・マンチャの男』日生劇場公演をよろしくお願いいたします」


 こうして会見は終わったのですが、実は会場にはもうひとり“ラ・マンチャの男”がいたのです! 東宝の池田常務もまた、この作品に人生を変えられたおひとりなのです。



「1980年頃、本作を観劇いたしました。“一番憎むべき狂気とは──”という台詞に全身を射抜かれ、その言葉に感動して席を立てなかった記憶があります。こういう作品を菊田一夫という我々の大先輩が関わって上演している東宝という会社、その良心に憧れて入社を決意した次第です。その感動をみなさんにお伝えしたいという思いは、今でも持っております。

 大千穐楽を迎えますと上演回数1,332回となります。同じ俳優が半世紀以上にわたり一役を演じ続けるという、世界でも例を見ない大変な偉業が成し遂げられるこの公演。これまでこの作品を愛し続けてくださった皆様、そしてこの度初めてこの作品をご覧になる皆様、ぜひとも多くの皆様にご覧いただきたいと心から願っております」




2012年8月帝劇公演より(写真提供/東宝演劇部)

 ミュージカル『ラ・マンチャの男』、そこで語られる言葉、歌、そのすべては観る者の心に刻まれ、その後の人生の折々で思い出されます。でも何度も観ても、やっぱり生で見るとその都度、グサグサとその言葉は突き刺さるのです。なんでしょうね、生身の人間が力を振り絞って伝えるメッセージ、それは何にも代えがたいもの。それは舞台芸術が必要とされる一つの理由かもしれません。人生は勝ち負けではないけれど、言ってみればルーザーたちの劇中劇になぜ人は惹かれるのか。それをみなさも、ぜひ劇場で確かめてください!


【公演情報】
ミュージカル『ラ・マンチャの男』
2022年2月6日(日)~28日(月)@日生劇場

<スタッフ>
脚本:デール・ワッサーマン
作詞:ジョオ・ダリオン
音楽:ミッチ・リー
訳:森 岩雄、高田蓉子
訳詞:福井 崚
振付・演出:エディ・ロール(日本初演)
演出:松本白鸚
振付:森田守恒
音楽監督・指揮:塩田明弘

<キャスト>
松本白鸚(セルバンテス/ドン・キホーテ)
松 たか子(アルドンザ)
駒田 一(サンチョ)
実咲凜音(アントニア)
石鍋多加史(神父)
荒井洸子(家政婦)
祖父江進(床屋)
大塚雅夫(ペドロ)
白木美貴子(マリア)
吉原光夫(カラスコ)
上條恒彦(牢名主)

鈴木良一/ICCOU/酒井比那/北川理恵
美濃良/山本真裕/市川裕之/山本直輝/さけもとあきら/斉藤義洋/宮川智之/
下道純一/楢原じゅんや/乾直樹/中野祐幸/小林遼介/堀部佑介/砂塚健斗/
ルーク・ヨウスケ・クロフォード/郡司瑞輝/森内翔大/尾関晃輔/岩永 俊/鈴木満梨奈

<あらすじ>
16世紀末のスペイン、セビリアの牢獄では教会を侮辱した罪で、セルバンテスが従僕共々投獄されようとしている。
新入りである彼らをこづきまわす囚人達で牢内は騒ぎになり、聞きつけた牢名主が詰問、裁判をやろうと言い出す。
なんとかこの場を収めたいセルバンテスは、即興劇の形で申し開きをしようと思い立つ…

公演HPはこちらから

舞台写真提供:東宝演劇部
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人

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