2月19日開幕の新国立劇場バレエ団「吉田都セレクション」において、人気の高いレパートリー作品
『アラジン』『こうもり』からの抜粋とともに、初の試み〈スペシャル企画 ファン投票によるアンコール上演〉として披露されるのが
『Coppélia Spiritoso』『人魚姫』『Passacaglia』の3つの小作品。これらの作品の振付を手掛けた新国立劇場バレエ団ダンサーの
木村優里さん、
木下嘉人さんにお話を伺いました。
プチ解説
新国立劇場バレエ団がコンテンポラリー・ダンスに出会い、自らの振付作品を発表する場として設けられたシリーズ企画「DANCE to the Future」。昨年11月の「DANCE to the Future: 2021 Selection」では新国立劇場バレエ団の中から振付家を育てるプロジェクト「NBJ Choreographic Group」で生まれた選りすぐりの作品が上演されました。その中から、ファンによるWeb投票をもとに選ばれた3作品が「吉田都セレクション」でアンコール上演されるのです!
【木村優里さん『Coppélia Spiritoso』】
木村優里さん
──ファン投票で『Coppélia Spiritoso』の再演が決まりました! もう一度上演できるとは思ってもいなかったので、ファンのみなさんに選んでいただけたことに感謝の気持ちでいっぱいです。普段は踊るだけの私たちですが、前回の「DANCE to the Future」で挑戦したことによって、改めて上演までには、たくさんの方の熱意と作業、プロの仕事があることを、身をもって感じることができました。
──振付は以前から挑戦したいと思っていたのでしょうか。 バレエ研修所時代から「Dance to the Future」で上演される作品が選ばれる試演会を見て、ただただすごいと思っていました。ですので、自分が振付をするということはこれまでは考えられませんでした。それが、一昨年の「DANCE to the Future 2020」コンポジション・プロジェクトで、アドヴァイザーの遠藤康行さんのもとみんなで作ってみようという機会があり、そこでたくさんの勉強をさせていただきました。その経験をきっかけに、今回、最初の一歩を踏み出してみようと思いました。
──最初の一歩となった『Coppélia Spiritoso』はどのように誕生したのでしょうか。『Coppélia Spiritoso』木村優子、木村優里/撮影:瀬戸秀美
<おけぴ紹介>人形がふと何かを決意し、何かに突き動かされるように動き始め、もう一体の人形を組み立てようとしたとき。漆黒の闇に浮かび上がる2体の人形に扮する二人のダンサーのやり取りがシュールでキュート。みんなが寝ている間に、こんなことが起こっているかも……そんな妄想も膨らみます。
まず、バレエの『コッペリア』に出てくるお人形をモチーフにした作品を作ろうと思いました。魂を吹き込まれたお人形コッペリア、彼女が手にしている一冊の本、そこに砂時計というアイテムを加えました。砂時計は限りある人生の象徴。最後の砂の一粒が落ちる前に自分の使命を果たそうとするコッペリアの話です。Spiritoso(スピリトーゾ)というのは音楽用語で「魂をこめて」「元気よく」という意味合いです。
──木村さんは『コッペリア』でスワニルダを踊っていますが、そのときからコッペリアが持っている本は気になっていたのでしょうか。 はい。コッペリウスが読んでいる本も人形に魂を吹き込むための指南書、実はそれをコッペリアも読んでいて、コッペリアも次の人形を作ろうとしている。コッペリウスの知らないところでこんなことも行われていたら面白いなと。そんな入れ子構造の面白さとちょっとした怖さ、それはラストシーンにもつながります。
──今回は女性同士のデュエット。チャーミングで複雑な動きのアイデアは。 コッペリアの曲を使ってキュートでシュールな世界観を出したいと思ったとき、ピッタリなダンサーが木村優子さんだとひらめきました。優子ちゃんのふとした表情、作り出す空気はどこかユニークで可愛い。彼女にどんな動きをしてもらおうかと、楽しく妄想を膨らませていくような創作過程でした。
でも、イメージの中で作った動きを実際にやってみると、女性二人であることの大変さを痛感しました。男女で踊っている感覚で作るとできないことも多々あり、なんとか私が下で震えながら支えてというところも(笑)。
──かわいらしい衣裳も印象的です。『Coppélia Spiritoso』木村優子/撮影:瀬戸秀美
ローラン・プティ版に限らず『コッペリア』のコッペリウスの部屋での最後のシーンでは、スワニルダがドレスを着ていない人形を持って登場します。私自身、あのシーンに漂う哀愁が好きなので、あえてドレスアップしたかわいい人形ではなく下着姿のイメージで用意しました。
──今後も振付をしていこうというお考えはお持ちですか。 作品を作ることの大変さを凌ぐほどの情熱がわいてきたらできると思うのですが……。作品を舞台に乗せるまでの日々を振り返ると、家に帰ってからも一日中考えて眠れないこともありました。さらに頭の中で作り上げても、照明や振付を数秒変えるだけで音楽との間合いも変わり、お客様に与える印象も変わってしまう。そこを一つひとつ検証していくような綿密な作業が必要になります。自分がやりたいことをやってみるだけでなく、作品としてお客様に楽しんでいただけるものにするのは本当に難しいこと。生半可な気持ちではできないというのが、今の正直な気持ちです。
──真摯な姿勢がとても木村さんらしいです。だからこそ、今のありったけの情熱を傾けた『Coppélia Spiritoso』再演がますます楽しみになります。ちなみに、今回は振付作品に加えて、『こうもり』の「グラン・カフェ」でも主役のベラを踊られます。頭の切り替えやコンディションの調整、力の配分などの秘策は。 リハーサルで頭と身体の切り替えができるよう慣らすしかないと感じています。コンテンポラリーで重心を下にした直後に、『こうもり』なので。一日の中で、重心もタイプも違う2種類の踊りができるか、そこは自分の中での戦いです(笑)。
──『こうもり』のリハーサルは始まっているということですが。 憧れの湯川麻美子さんにご指導いただいています。麻美子さんは引退公演で『こうもり』のベラ役を踊られました。私は研修所時代にその舞台を客席から拝見し、とても印象に残っています。麻美子さんのベラが大好きなんです! その美しいお手本を間近で見て、それを一生懸命吸収しようと日々リハーサルに励んでいます。
──最後にひと言。 まずは投票してくださった皆様に、この場を借りて感謝申し上げます。まず11月の公演で発表の機会を得て、さらにもう一度上演するチャンスをいただけたことを嬉しく思っています。ますますパワーアップさせてお客様に楽しんでいただけるように頑張ります。
【木下嘉人さん『人魚姫』『Passacaglia』】
木下嘉人さん
──今回のファン投票で木下さんが手掛けた2作品が選出されました。 お客様に選んでいただけたことをとても嬉しく思っています。結果が出るまではドキドキしました。「今、どんな感じですか?」と途中経過を訊いたりして(笑)。2作品選ばれたと知ったときは嬉し過ぎて鳥肌がたちました!
──作品についてのお話を伺う前に、木下さんの中での“振付”の位置づけについてお聞かせください。“振付”の入口は。 僕は16歳からウクライナのバレエ学校に留学し、そしてドイツのカンパニーで踊っていました。芸術監督の意向もあったのかと思いますが、ドイツでは古典を踊る機会が少なく、芸術監督自らが振付をするコンテンポラリーを踊ることが多くありました。そこで振付をしていく過程を目の当たりにし、実際に踊る中で、コンテンポラリーはすごく自由だという印象を受けました。そしてそのバレエ団でもダンサーが振付をするという企画があり、そのときに初めて振付をしました。自分のイメージやダンサーに求めることを伝える難しさも感じつつ、創作の過程での新たな発見、それによって作品がブラッシュアップされていくことが楽しかった。そして何よりも作品が出来上がった瞬間の喜びは言葉では言い表せないほどでした。“振付”の苦しさと楽しさ、その感覚は今も変わらず持ち続けています。
──今回上演される2作品もそうですが、ご自身も踊る場合と振付に徹するのでは何か違いがありますか。理想とするのは。 自分は踊らずに客観的に作品を見たほうがいいと思うのですが、やっぱり自分も一緒に踊りたいという気持ちも……欲張りですね(笑)。でも、いずれの場合もしっかり前から見て、振りはもちろんライティングなどを見極めることは大切だと思っています。
──『人魚姫』と『Passacaglia』、世界観の異なる作品ですがそれぞれの作品誕生のきっかけは。『人魚姫』米沢唯、渡邊峻郁/撮影:瀬戸秀美
『人魚姫』米沢唯、渡邊峻郁/撮影:瀬戸秀美
<おけぴ紹介>おなじみの「人魚姫」の物語の中で、恋をした人魚姫が声と引き換えに足を手に入れた後のお話。声を発することができない状況、大地を踏みしめる足からキラキラと溢れる喜び、こんなにもバレエに親和性のある物語だったのかと思わずうなります。米沢さんの美しい足さばき、お二人の切ない恋物語に心を寄せるひととき。
僕の創作の出発点は「音楽」。常に自分の中に気になる曲がストックされているような感じです。「DANCE to the Future」では毎回創作にあたってのテーマが出されるのですが、今回は「物語」でした。「物語」と自分の中にあるマイケル・ジアッチーノの音楽が結びついたとき、なぜか自然と『人魚姫』というアイデアが出てきました。この曲は、アメリカのドラマ「LOST」のエンディングに流れるのですが、曲の持つ夢の中にいるような雰囲気と、今回描いた「人魚姫が人間になったとき」というシチュエーションが自分の中でカチッとハマりました。
『Passacaglia』小野絢子、福岡雄大/撮影:瀬戸秀美
『Passacaglia』小野絢子、五月女遥/撮影:瀬戸秀美
<おけぴ紹介>Passacagliaは、スペインに起源を持ち、スペイン語のPasear(歩く)とCalle(通り)に由来した言葉で、そこから生まれたテーマは「道」。照明効果が生かされた世界観、4人のダンサーが織りなす調和。行き交う人々の交わりとすれ違い、気づくと頭の中が「無」に。
それとは別に自由課題での作品として誕生したのが『Passacaglia』。ハインリヒ・ビーバーの"Passacaglia, The Guardian Angel"という音楽に2組のカップルの振付をしようと考えたとき、まず小野(絢子)さんが最初に歩いてきて、そこに五月女(遥)さんが出てきて、そして(福岡)雄大さんが出てきたらと構想段階で誰に踊ってもらうかというところもイメージが浮かびました。創作の過程では、そんなダンサーのみなさんに助けられた部分も大きいです。僕の振付の、よく言えば繊細、裏を返せば弱い部分に雄大さんが入ることで作品の空気が変わり力強さが加わる。素晴らしいダンサーによって、ひとつの振りがもつ意味が何倍にも膨れ上がるんです。
──きっとご覧になった方は深く頷かれていると思います。音楽と世界観とダンサーの魅力が三位一体となり、そこに照明や衣裳が相まって、とても完成度の高い作品だと感じました。前回の中劇場から、今回はオペラパレスへ劇場を移しての上演となりますが、それによる改訂の構想は。 舞台上の空間としてはそれほど変わらないのですが、お客様からはやはり遠くなります。そのために少し振りを大きくしたり、ライトの加減を考えたりと、試行錯誤していますが、極力、元の形は変えずに上演しようと思います。実際、劇場に入ってみないとわからないところもありますが、大劇場でも上演できる作品になっていると、自分の中では思っています。
──お客様の中には、まだまだコンテンポラリーにとっつきにくさを感じる方もいらっしゃるでしょう。木下さんが感じているコンテンポラリーの面白さは。 やはり先ほどもお話した「自由」が面白さだと感じています。クラシックバレエとは違う、決まっていないことによる豊かさが魅力なので、お客様にも自由に感じていただきたいです。また、コンテンポラリーと一口に言っても、様々なジャンルがあります。抽象的なものもありますが、『人魚姫』は古典寄りの振りを付けましたし、物語性もあるので、普段古典作品をご覧になっているみなさんにも親しみやすいかと思います。
──最後にひと言。 投票で選んでいただきありがとうございます。選ばれた作品をさらにブラッシュアップさせてお届けしたいと思います。全く違う世界観の2作品、オペラパレスでご覧いただけたら嬉しいです。
◆ 「吉田都セレクション」では、ほかにも『アラジン』より 「序曲」「砂漠への旅」 「財宝の洞窟」/『こうもり』より 「グラン・カフェ」が上演されます。
『アラジン』より 撮影:鹿摩隆司
『アラジン』より 撮影:鹿摩隆司
【アラジン】 2008年にビントレー元芸術監督が新国立劇場バレエ団のために振り付けたバレエ作品。第1幕でアラジンがランプを探して砂漠から洞窟へと冒険する場面。洞窟では、色とりどりの宝石たちの美しい踊りが次々と繰り広げられます。
『こうもり』より/撮影:鹿摩隆司
『こうもり』より/撮影:鹿摩隆司
【こうもり】 プティならではのユーモアとチャーミングな踊りに溢れた粋なバレエ作品『こうもり』より、コケティッシュな雰囲気を味わえる仮面舞踏会のシーン「グラン・カフェ」をお贈りします。大人の洗練された笑い、洒脱な楽しさなど、プティ・バレエの芳醇な香りを新国立劇場でご堪能ください。
写真提供:新国立劇場バレエ団
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)監修:おけぴ管理人