2022年6月3日、
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新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』♣
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♥(振付はミュージカル『パリのアメリカ人』『MJ』のクリストファー・ウィールドン)が開幕。2018年の新国立劇場バレエ団初演から4年、2020年の公演中止を乗り越えて
“アリス”が帰ってきました! 週末には劇場はもとより、SNSにもアリスや不思議の国の面々との出会い、再会を喜ぶ声が溢れ、この作品がもつ楽しさ、エネルギーを再認識!
そして初演からの続投キャスト、新キャスト、そしてスペシャルゲスト、それぞれの思いで臨む2022年のアリスもいよいよ公演後半に突入。改めてGPレポートを通して、本作の魅力に迫ります。
アリス:米沢唯さん
この日のキャストはこちらのみなさん!
アリス:米沢唯さん
庭師ジャック/ハートのジャック:渡邊峻郁さん
ルイス・キャロル/白ウサギ:木下嘉人さん
アリスの母/ハートの女王:益田裕子さん
手品師/マッドハッター:中島駿野さんものがたり
イギリスにあるアリス一家の自宅でパーティーが始まろうとしている。アリスは恋する庭師のジャックにジャム・タルトをプレゼントするが、タルトを盗んだと母親に誤解されてジャックはクビになってしまう。悲しむアリスを一家の友人のルイス・キャロルが慰めようとしたところ、不思議なことが!彼は白ウサギに変身する。追いかけたアリスが着いたのは、母親にそっくりのハートの女王が支配する世界。女王のジャム・タルトを盗んだ罪で処刑されそうになっているハートの騎士の格好をしたジャックを救おうと、アリスの冒険が始まる。
米沢さんのアリスは天真爛漫。キラキラした瞳でジャックを見つめたり、癇癪を起して足をばたつかせたり、真っ直ぐな強さで権力に立ち向かったり……作品世界を縦横無尽に元気いっぱい駆け回り、クリストファー・ウィールドン氏の饒舌な振付で物語を届けます。プロローグで、恋心を抱いているジャックがアリスの母の理不尽でクビになってしまう。その時の「もうっ!」という思いが、不思議の国の“あのハートの女王”を生み出したのか……。そんなお話の繋がりをしっかりと感じさせます。しかも!ほぼ出ずっぱりで動きっぱなし、感情も上に下に右に左にというタフな役を、そんなことを微塵も感じさせず軽やかに旅する米沢アリスなのです。
庭師ジャック/ハートのジャック:渡邊峻郁さん
渡邊さんのジャックは端正。アリスの家を追われるときの後ろ姿が心を揺さぶり、「観客皆味方」状態です。不思議の国では、要所要所に“飛び出るジャック”なのですが、スパーンとした登場
(その意味は↑お写真をご参照ください)は華があり、目を引きます。だからこそ一瞬にしてアリスを笑顔にできるジャック、その魅力は観客にも作用しまくりです。そして3幕、たっぷりと情感豊かなソロからのアリスとのパ・ド・ドゥとうっとりタイムが到来。米沢アリスと渡邊ジャックが惹かれ合う心を全身で表現する至福のひととき。二人の恋心が可視化される瞬間もお見逃しなく
♡ そのとき、二人のハピネスが客席に、そして世界に放たれるのです。
ルイス・キャロル/白ウサギ:木下嘉人さん
白ウサギの木下さんはチャーミングにキレキレに物語をけん引します。公爵夫人のコテージの前でタルトの誘惑との葛藤、法廷の準備にテキパキと動き回りながら見せるちょっとした毒気。ルイス・キャロルも含め、演技力が特に必要となるこの役をすっかりと自らの中に落とし込んで自由に飛び回ります。法廷でのソロは思わず息をするのを忘れてしまうほど引き込まれました。
多彩なキャラクターが登場するこの作品の中でも、濃い目代表とも言えるのがハートの女王とマッドハッター、益田裕子さんと中島駿野さんがエネルギッシュに魅せます。
手品師/マッドハッター:中島駿野さん
マッドハッターのお茶会は、原作では言葉遊びを用いて「へんてこりん」を描写する印象が強く、それをバレエでどう!?と思われる方も多くらっしゃるでしょう。そこを表現するのがタップと音楽
(音楽はジョビー・タルボット)。マッドハッターの場面で出てくる音楽はとてもユニーク、リズムもメロディ(⁉)もクセになります。加えて、ダンサーが「踊りで音楽を奏でる」という言葉そのもの、それは比喩でもなんでもなくタップで音を奏でる面白さがあります。そんな誰にも止められないっ!ゆるぎないマッドハッターワールドを中島さんが作り出しています。もちろん踊りもユニークで、アリスがフリーズして三月ウサギ、眠りネズミに運ばれるシーンはお気に入り。
アリスの母/ハートの女王:益田裕子さん
ハートの女王は登場からインパクト大!装置級の衣裳に身を包み
(美術・衣裳は『アラジン』『メリーポピンズ』でもおなじみのボブ・クロウリー)、表情豊かを通り越してもはや「顔芸」の域にまで達する強烈キャラクターを振り切った芝居で魅せる益田さん。プロローグのピリついた雰囲気がしっかりと伝わるからこそ、支配者たる女王の突き抜けた存在感に説得力があります。実際、女王の描写はギリギリのラインを攻めているとも言えるのですが、それでもしっかりと笑わせて、気品を失わずに演じ踊り切るからこそカーテンコールでの拍手喝采に繋がるのでしょう。みんな大好きなんです!
ほかにもハートの王にカエルや魚、公爵夫人、料理女、イモ虫などたくさんのキャラクターが登場しますが
(秘かなお気に入りはハリネズミちゃん)、この作品の見どころはキャラクターだけにとどまりません。アリスが白ウサギにいざなわれて不思議の国へ落ちていく場面やあふれる涙がやがて大きなうねりになる場面、身体が大きくなったり小さくなったり……そんな「一体どう見せるのだろう」という数々の場面をまるで飛び出す絵本のごとく見せるのが、プロジェクションマッピングや照明、装置といった舞台効果。そのアイデアにも魅了されます。ともすれば「技術」として見てしまいがちになるところ、あくまでも作品を豊かにするために観客の想像力に働きかける仕掛けとして正しく作用する。どの場面でも、見事に舞台上にいるダンサーの実体とうまく融合しているのです。パペットのチェシャ猫のなんとも猫らしい動きも
(パペットは『千と千尋の神隠し』『バケモノの子』などのトビー・オリー)、イモ虫の魅惑の足さばきも最後は人が作り出す。
そこで改めて感じるのは素晴らしいクリエイター陣による仕掛けが力強く作品を支えるとともに、そこには大きな挑戦も潜んでいるということです。色鮮やかで強烈なキャラクターを演じるということ、仕掛けの力が強ければ強い分、実(じつ)をもって舞台上に存在しないと埋没してしまい、物語が流れていってしまう恐れがある。だからこそ踊りの技術も役の落とし込みも含め、ダンサーの胆力が試される作品なのです。そこに真っ向から挑み、バレエ団一丸となって、さらには海外からの指導者やゲストダンサーの力も加わって観客に思いっきり素敵な『不思議の国のアリス』の世界を見せてくれる新国立劇場バレエ団に心からの拍手を!
公演は6月12日まで、新国立劇場オペラパレスにて上演、その後6月18日・19日には高崎芸術劇場 大劇場でも上演されます。演奏は東京フィルハーモニー交響楽団のみなさんです。
最後に2020年の『不思議の国のアリス』公演中止からのたくさんの思いが込められた吉田都芸術監督のご挨拶を紹介してレポートを終わります。言葉の重み、これからへの期待!
【吉田都芸術監督ご挨拶】
2011年、英国ロイヤルバレエにて誕生した『不思議の国のアリス』を上演できるのは、アジアでは新国立劇場バレエ団のみだということを誇りに思っております。また今回の上演に際し、久しぶりに海外から先生方が来日してくださいました。振付のひとつひとつに込められた意味を細かく教えていただくことによって、日ごとに変わっていくダンサーたちを目の当たりにし、私自身とても嬉しくなりました。先生方には本当に感謝しております。そんなリハーサルを経て、ダンサーたちはより深い理解をもって本番に臨みます。そして指揮者のネイサン・ブロックさんもジョビー・タルボットが紡いだ登場人物の心情や状況に寄り添った音楽でダンサーたちを支えてくださっています。
さらにマッドハッター役ゲストダンサーとしてスティーヴン・マックレーさん(英国ロイヤルバレエ)、ジャレッド・マドゥンさん(オーストラリア・バレエ)が参加してくださいます。ジャレッドさんは少し前に来日されカンパニーと共にリハーサルを重ねてくださいました。マッドハッターだけでなくほかの役も踊った経験のあるジャレッドさんは、ご自身のマッドハッターのリハーサルだけでなく、(新国立劇場バレエ団の)ダンサーたちにたくさんのアドバイスをしてくださる、そんな優しい人柄の方です。そして間もなく、スティーヴンさんも来日されます。(
されました!(Steven McRaeさんInstagramへ))
2020年6月、この作品がキャンセルになってからの2年間はバレエ団も新国立劇場も暗いトンネルに入り込んでしまったような日々でした。ただ、そんな状況にも関わらず、ダンサーたちを取り巻く環境の改善や新しいスタジオができたことを私はとても嬉しく思っています。それによって少しずつ前に進めています。今は、ようやくその出口が見え始めているところ、トンネルを抜け出た先にはバレエ団としての新たなチャレンジも考えています。
この作品については、音楽、舞台セット、衣裳、振付、踊りはもちろん演技も……話すと長くなりますので(笑)、とにかくご覧ください!
♥Alice's Adventures in Wonderland© by Christopher Wheeldon
Designs by Bob Crowley
Puppetry Design by Toby Olié
舞台写真撮影:長谷川清徳
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人