ミュージカル『ミス・サイゴン』、おけぴ観劇会マップ(8月7日昼公演)にもご登場いただいている、キム役の屋比久知奈さんのインタビューをお届けします。
(リモートにて取材いたしました)
写真提供/東宝演劇部
【『ミス・サイゴン』2022】
──作品の印象、2022年版の魅力は。正直に言うと、以前はそこで起こることへの衝撃や、ある意味過激な描写に、我がことのように共感するのは難しい作品だと感じるところがありました。でも、お稽古で演出のJP(ジャン・ピエール・ヴァン・ダー・スプイ、日本プロダクション演出)さんのもと、キャラクターの感情、音楽、歌詞をすり合わせる作業に丁寧に取り組むことによって、私自身も含め、今の時代の人にもコネクトしやすくなったように感じています。作品で描かれるのは、過酷な状況に置かれた人々が悲しみや苦しみの中で懸命に生きる姿。それを通して届けられるのは、命の尊さや反戦という普遍的でシンプルなことです。今の世界情勢を鑑みても、ただの悲恋の物語に美化してはいけないという意識はカンパニー全体で共有しています。
日本初演から30年、長く上演されている作品ですが、今回から日本語詞が変わっているところもあります。今回初めてという方はもちろん、長くご覧になっている方にとっても新鮮に映るのではないかと思います。
──とても緻密なお稽古を重ねられたのですね。お稽古では、JPさんから最初に「そのシーンの意味合い・イメージ」を渡されてお芝居を作っていきました。言葉と感情がうまくリンクしないときは、原語に立ち返ってそのニュアンスを日本語ではどう表現するとスムーズに理解できるかを話し合いました。限られた時間の中で、もとの翻訳・訳詞を大切にしながらもJPさん、音楽監督のビリー(山口琇也)さんと俳優がディスカッションを重ね歌詞のニュアンスをどこまで音符に乗せられるかを追求しました。カンパニーの一員として、それは必要な変更だった、改良だと思っています。
──そうやってブラッシュアップを重ねた30年だから作品が色褪せないのでしょう。前回をなぞることなく、今回のメンバーだから出せるものを大切にする。特にJPさんや市村正親さんといった長く作品に携わっている方からそれを感じます。実際に、この人のキムだったらこの動きはありだよねというように、3人のキムが決められた同じ動きやお芝居をするのではなく、それぞれの解釈を尊重してくださいました。だからこそ4人のエンジニア、3人のキム、3人のクリス……それぞれの色が生まれます。大人数での稽古は大変ですが、相手が変われば受け取るものも変わるので、作品はより色彩豊かになっていきます。
キム役の3人で話していたのは「個性は出そうとしなくても出るものだね」ということ。ほかの人の素敵だなと思ったところを自分も真似してトライしても、どこかとってつけたようになってしまう。どう頑張っても同じようにはできないんです。最終的に、「それぞれが信じるキムでいることが大事だよね」という結論に達しました。お互いを尊重し合いながら稽古をしてきたキム役のお二人には本当にたくさん助けていただきました。
【カンパニーのみんなで一緒に進化していけたら】
──今日(おけぴ観劇会8/7昼)のエンジニアは伊礼彼方さんです。初めての通し稽古でも組んだ伊礼エンジニアの印象は。伊礼さんは挑戦することに迷いのない方です。私は新しいことを試すときにはちょっぴり勇気が必要なタイプなので(笑)、躊躇なく挑む伊礼さんの取り組み方を素敵だなと見ています。その姿勢に私も背中を押してもらっています。
──舞台上でどんな化学反応が生まれるのかも楽しみです!本番を重ねながらカンパニーのみんなで一緒に進化していけたらと思います。エンジニアとキムだけでなく、キムとクリス、クリスとエレン……それぞれの関係性の中でいろんな方向に相乗効果が生まれることが、この作品の面白さであり、また長期公演の魅力でもあると思います。
【『ミス・サイゴン』と私】
──少し話題が変わりますが『ミス・サイゴン』と屋比久さんの出会いは。最初の接点は楽曲です。大学3年のときに参加したショーでキムの歌う♪「命をあげよう」を歌う機会をいただきました。その後、2016年に開催された「集まれ!ミュージカルのど自慢」にエントリーし同曲を歌いました。
(おけぴ注:グランドファイナルで見事に最優秀賞に輝きました!)それをきっかけにこの世界へ飛び込んだので、♪命をあげようは私の人生を変えた一曲です。そして同年に初めて『ミス・サイゴン』の公演を見ました。どういう曲なのかは知ってはいましたが、作品の中で歌われる♪「命をあげよう」を聞いて、その状況や意味合いなど自分の中でいろんなことが腑に落ちたことを覚えています。
その時から、キム役にいつか挑戦したいという気持ちは持っていましたが、実際、とてもハードルの高い役なのでどこかで夢だなと思っている自分がいました。それが今こうしてキムとしてお稽古をして舞台に立つ。正直不思議な気持ちです。かつて人生の分岐点で私をこの世界に導いてくれた♪「命をあげよう」を、今度は劇中でキムとして歌う。それは私にとって人生の新たな起点になると感じています。精一杯、キムの人生を生きたいと思います。
──キムとして、そしてその先にどんな景色が広がるのか楽しみですね。♪「命をあげよう」はキムのソロナンバーではありますが、その場面ではタムの存在も大きいです。タム(を演じる子役さん)からもらうものは大きいです。稽古場でもタムが出てきた瞬間に空気が変わるんです! その存在に誰もが影響を受けるのを目の当たりにし、子どもの持つ輝きや力を改めて感じています。自然とわき上がってくる愛おしさ、身体や髪に触れたときの感触やぬくもり、じっと見つめてくれる瞳、表情、自分一人の役作りでは得られない感情を毎回タムからもらっています。タムとのシーンでは、頭で考え過ぎずに、心で受け取るものを大切に表現したいと思います。ただ、稽古場でお互いにマスクを着けていてもこみ上げてくるものがあったので、本番では感情が高まりすぎないようにコントロールしなくては!と思っています。
【皆様の心に残る何かをお持ち帰りいただければ】
──お客様へメッセージを。シリアスなテーマですのでお客様もエネルギーを使う作品ではありますが、だからこそ構えずに見ていただきたいです。舞台上で必死に生きる俳優の生のエネルギーを感じ、圧倒的な音楽に身をゆだねてください。決してポジティブな印象だけが届く作品ではないと思います。ネガティブなものも含めて、皆様の心に残る何かをお持ち帰りいただければと思います。
◆2016年の「集まれ!ミュージカルのど自慢」から6年、待望のキム役デビューを飾った屋比久知奈さん。ミュージカル『レ・ミゼラブル』、ミュージカル『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』、ミュージカル『グリース』、ミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル』など数々の話題作へ出演され、新たな挑戦を続けてきた屋比久さんの夢がひとつかなった『ミス・サイゴン』2022年公演。そんな“胸アツ”展開にも、冷静さを失わずそれをさらなる飛躍の起点にととらえる俳優としての誠実さ。11月まで続く『ミス・サイゴン』の旅、帝劇での公演はもちろん各地の皆様もお楽しみに!!
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・文)監修:おけぴ管理人