数学者の視点から第二次世界大戦を描くという、かつてない切り口で創り上げた漫画『アルキメデスの大戦』(原作:三田紀房 講談社「ヤングマガジン」連載)。2019年の夏には映画化(監督・脚本:山崎貴)され、大きな話題となりました。2020年に予定されていた初舞台化の中止から約2年、ついに開幕した
舞台『アルキメデスの大戦』ゲネプロレポートをお届けします。
天才数学者 櫂 直 役:鈴木拡樹さん
1933年(昭和8年)、軍事拡大路線を歩み始めた日本。
秘密裏に進められる戦艦建造計画に待ったをかけたのは、「これからは航空戦力が主体となる」という航空主兵主義派の海軍少将・山本五十六。対立する海軍少将・嶋田繁太郎が進める、造船中将・平山忠道が計画する巨大戦艦の、異常に安く見積もられた建造費の謎を解き明かすべく山本が白羽の矢を立てたのが100年に1人の天才と言われる元帝国大学の数学者・櫂 直(かいただし)だった。
櫂はその類まれなる才能と海軍少尉・田中正二郎や尾崎財閥の令嬢である尾崎鏡子の協力によって、正確な建造費の算出を進め、隠されたからくりを暴いていく。解を導く数式にたどりつくまであとわずか。決戦会議の日は刻一刻と迫っている──。
数学へのこだわりを独特の美学にまで高めたような天才数学者・櫂直には鈴木拡樹さん。櫂の思考スイッチが入り、ゾーンに入った瞬間のオーラが鮮やか。その瞳は輝きを増し、まさに目の色が変わるとはこのことかと思わせる芝居。一方、その優れた能力のため人を寄せ付けないかと思いきや、その信念は「戦争を止めなければならない」「大切な人たちを」と、人間味あふれる側面も見せます。強い信念と人間性によってかかわる人々を巻き込んでいく大きな人間力、鈴木さんが作り出す櫂ワールドに観客も引き込まれます。
はじめは櫂の抜擢に懐疑的だったものの、目的を共有し、その信念に触れることで補佐することを決意。そこからは自らにできることはなんでも!と献身的に櫂を支える海軍少尉・田中正二郎には宮崎秋人さん。宮崎さんがこれまたイイんです! 軍人としての厳しさ、軍人社会の閉塞感もにじませつつ、人懐っこい笑顔を見せる田中は劇中の癒しでもあります。櫂が集中モードに入ったときも、あれこれ配慮する田中の気働きは見事! 二人はいつしか最高のバディとなります。
二人の青年は希望!
造船部門も有する尾崎財閥の令嬢、尾崎鏡子には福本莉子さん。真っ直ぐなキラキラとした眼差し、覚悟を決めたときの強さが印象的。かつては家庭教師と教え子の間柄だった櫂と鏡子、互いに心を通わせる二人の関係からは櫂のちょっと不器用な一面も。
舞台上のみならず劇場の誰もが「当然そうだろうな」と解を見出しているのに櫂だけが「?」な瞬間からの動揺。人間味!!
その時、田中は!!
意気揚々とアメリカ留学へ旅立とうする櫂を思いとどまらせたのは……鏡子の存在だった
帝国海軍という名の伏魔殿──
櫂が飛び込んでいく帝国海軍の上層部は曲者ぞろい。対米戦どころか、海軍内の覇権争いが激化している様に「どこを見ているのか」という言葉が頭をよぎります。いや~な気持ちを抱かせる、それほどにベテランのみなさんが“食えないヤツ”らを好演なのです。そんな人たちが権力を持っているというから、はぁ
(ため息)。
櫂を抜擢する海軍少将・山本五十六には神保悟志さん(写真右)
熱のある台詞回しで先見の明と底知れぬ恐ろしさを感じさせる山本を作り上げます
巨大戦艦建造推進派の海軍少将・嶋田繁太郎には小須田康人さん(奥)、海軍大臣・大角岑生には奥田達士さん(手前)。大角のこの表情に象徴されるように、戦艦の美しさは人を惑わす
写真左)大里清(岡本篤さん)も櫂の能力には舌を巻く
そして、物語のキーパーソンとなるのが海軍から距離をおく民間造船会社の社長・大里清、演じるのは岡本篤さん。出番は決して長くはないのですが、岡本さんが登場すると空気が変わります。反骨精神あふれるキャラクターながら時代を生き抜くしなやかさもある大里。櫂や田中のみならず、観客にも「建造計画の阻止、イケるかも!」と思わせる上昇気流を作り出してくれます。
戦艦を設計し予算を見積もった嶋田派の造船中将・平山忠道には岡田浩暉さん。技術者の純情と狂気を硬質な芝居で見せます。夢を抱いた若き日から、この時まで平山に何があったのか、一人の人間としての来し方に思いを馳せたくなる存在感です。
岡田マリウスをがっつり見ていた世代(⁉)なので、なんだかこう渋く、どっしりと若者に立ちはだかる岡田さんというのに(勝手に)ぐっとくるのです。それぞれの思惑と信念を胸に突き進む人々の人間模様がシンプルな舞台に浮かび上がる。そんな舞台を作り上げるクリエイターには史実に隠されたドラマを紡ぐ作劇に定評のある古川健さん(脚本)と、人間の心情を丁寧に立ち上げる日澤雄介さん(演出)という劇団チョコレートケーキのお二人が名を連ねます。
数学で国家が救えるのか──
机上の空論と侮ることなかれ、熾烈な情報戦、協力者の出現、突然差し込む光……舞台という制約のある中で、スリリングな頭脳戦と人間ドラマが展開され、知の、言葉の熱い戦いが繰り広げられます。会話や張り詰めた空気で観客に状況を想像させ、体感させる脚本、光と闇の効果で、登場人物たちは時代の重苦しい空気や得体のしれない圧力の中で必死に生きていたことを印象付ける演出。また時系列を入れ替えることでドキュメンタリーがドラマになる。それはのちの世を生きる現代の観客、私たちの生活と地続きであることをより強く感じさせ、記憶となります。
今年の夏には「生き残った子孫たちへ 戦争六篇」公演を成功させ、史実の中の“もしも”の人間ドラマ見せる劇チョコの色もしっかりと感じさせる舞台『アルキメデスの大戦』。数字が導く真実、それに向き合わない上層部、国家と国民……時代を超えて届けられる歴史からの警鐘、過去からの教訓をどう受け止めるのか。劇中で感じる圧力や危うさは姿を変えて今もなお私たちを覆っているのかもしれない。不思議なほど、不気味なほどそこにリアリティを感じるのでした。
公演は10月17日までシアタークリエにて、その後、大阪、静岡、愛知、香川、広島へとツアーが続きます。11月3日の大千穐楽は戦艦大和のふるさととも言うべき広島・呉というのもずしり。
Story
1933年、軍事拡大路線を歩み始めた日本。戦意高揚を狙う海軍省は、その象徴にふさわしい世界最大級の戦艦を建造する計画を秘密裏に進めていた。そんな中、航空主兵主義派の海軍少将・山本五十六は、海軍少将・嶋田繁太郎と対立。嶋田派の造船中将・平山忠道が計画する巨大戦艦の、異常に安く見積もられた建造費の謎を解き明か
すべく協力者を探している。そこで山本が目を付けたのは、100年に1人の天才と言われる元帝国大学の数学者・櫂直。しかし、軍を嫌い数学を偏愛する変わり者の櫂は頑なに協力を拒む。そんな櫂を突き動かしたのは、巨大戦艦建造によって加速しかねない大戦への危機感と戦争を止めなければならないという使命感。櫂は意を翻し、帝国海軍という巨大な権力との戦いに飛び込んでいく。櫂を補佐する海軍少尉・田中正二郎や尾崎財閥の令嬢である尾崎鏡子の協力によって、平山案に隠された嘘を暴く数式にたどり着くまであと少し。決戦会議の日は刻一刻と迫っている。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人