地域の皆様の心の拠り所であり、
新たな芸術を生み出す農園(アート・ファーム)としての劇場へ世田谷パブリックシアター2023年度ラインアップ発表会が行われました。この日ご登壇されたのは、白井 晃 芸術監督、小林 香さん(ミュージカル『カラフル』脚本・作詞・演出)、前川知大さん(『新作 前川知大作品』作・演出)、女屋理音さん(「シアタートラム・ネクストジェネレーションvol.15」選出)、横山拓也さん(『う蝕』(仮)作)、瀬戸山美咲さん(『う蝕』(仮)演出)、森 新太郎さん(『メディア/イアソン』演出)のみなさんです。
はじめに白井 晃 芸術監督より。

白井 晃 世田谷パブリックシアター芸術監督
「これまでも演劇、ダンス、サーカス、音楽など総合的な観点から様々な作品を発信してまいりました。引き続き、オリジナル作品の創作、新しい芸術表現の開拓など劇場が芸術を育む“アートファーム”であることを目指して活動してまいります。また地域のみなさんのコミュニケーションの場としても活発に展開していきたいと考えています」【2023年度ラインアップ発表】
ここからは白井さんの進行で、2023年度のラインアップの紹介へ。ご登壇のみなさんと
白井さんのコメントを交えてお届けします。
4月29日~5月7日はGW恒例の
『フリーステージ2023』、世田谷区民と劇場がともにつくり上げる夢のステージです。
「今年で25回目、楽しく華やかに開催いたします。新規団体の募集も今年から再開です!」(白井さん)5月19日~21日にはイスラエルを拠点に世界で活躍する振付家・演出家のインバル・ピントさんの
『リビングルーム』を上演。二人のダンサーによる長編コメディです。

『リビングルーム』(c)Daniel Tchetchik
「日本でもたくさんの作品を上演、創作されてきたインバルさんの単独創作での最新作が登場です。シンプルな舞台美術の中で一人の女性の幻想が立ち上がっていく……ちょっと不思議なとても素敵な作品に仕上がっています」(白井さん)6月21日〜7月9日は白井芸術監督の新演出による
音楽劇『ある馬の物語』。
「3年前の6月に中止を余儀なくされた作品が念願叶って上演です。トルストイの小説『ホルストメール』の舞台化として1975年に初演されました。私が上演台本も担当しリメイクします。成河さんはじめ主な俳優のみなさんは(2020年と)同じメンバーが揃いました。人間に使われる馬と人間の対比、強烈な批判性を持って描かれる音楽劇です。それでいて詩的なところもある作品です」(白井さん)7月は「せたがやこどもプロジェクト」、寄席、ミュージカル、ダンス、演劇をお届け。7月17日は、当代きっての人気落語家・春風亭一之輔さんプロデュース・出演の
寄席企画『せたがや 夏いちらくご』、今年も開催です!

『せたがや 夏いちらくご』(c)山添雄彦
「昼は入門編、夜は大人も一緒に楽しめる本格的な落語の2本立てです。毎年、こどもたちが落語を聞いている様子がかわいらしいんです」(白井さん)7~8月はアミューズ×世田谷パブリックシアター
ミュージカル『カラフル』です。

脚本・作詞・演出:小林 香さん
「子供から大人まで楽しめる作品ということで、森 絵都さんの『カラフル』という小説をミュージカル化することにしました。不登校やいじめという思い題材を背景にもつ作品ですが、ミュージカルの力で明るくユーモラスな“中学3年生の男の子の再生の物語”にしたいと思っています。主人公には鈴木 福さん、彼を導く天使には川平慈英さん、ほかにもミュージカル界の実力者が揃っているキャスト、頼もしいクリエイターとともに今の日本を映し出せる作品を作っていければと思います。
私はオリジナルミュージカルの創作を大切にしており、とくにここ5年ほどは日本を舞台にした作品を作っています。今回も日本を舞台に、身近な物語の中で『それでも生きていくって素晴らしいね』ということを若い方はもちろんすべての世代の方に伝えられる作品にしたいと思います」(小林さん)
「小林さんは世田谷パブリックシアター初登場。私たちにとっても音楽劇は創作経験がありますが、オリジナルミュージカルは初めてとなります」(白井さん)7月28日〜30日はスペインのカンパニー ラルンベ・ダンサによる
『エアー~不思議な空の旅~』の登場です。こちらはこどもたちに大人気のダンス×3D映像シリーズ。3Dメガネをかけて一緒に空の旅に出よう!

『エアー~不思議な空の旅~』
(c)Pedro Arnay
「環境問題をダンスを通して軽やかに発信していく魅力的な作品です!」(白井さん)8月は白井監督演出の
演劇『メルセデス・アイス』。
「フィリップ・リドリーの児童小説が原作です。とても魅力的なので舞台化できないかと、2012年にまつもと市民芸術館を拠点として活動する劇団 TCアルプのために私が上演台本を書きました。それを新たなキャスト・スタッフとともにリクリエイションします。新たな創作をすると言ってもいいでしょう。リドリーらしいブラックなファンタジー作品です」(白井さん)10月21日、22日は世田谷アートタウン2023『三茶de大道芸』。地元商店街とボランティア、世田谷文化生活情報センターが一緒に開催する大道芸フェスティバルです。

『三茶de大道芸』(c)川並京介
その関連企画として、
10月27日〜29日にフランス現代サーカス界を牽引するラファエル・ボワテル演出
『フィアース5』を上演。2021年に上演された同名作品を日本のアーティストとのコラボレーションでリクリエイション。

『フィアース 5』(c)片岡陽太
「このような国際交流、海外のアーティストとの創作も当劇場は精力的に取り組んでいいきたいと考えています」(白井さん)11月は前川知大さんの新作上演。

作・演出:前川知大さん
「2009年の『奇ッ怪~小泉八雲から聞いた話』から世田谷パブリックシアターと一緒に作品を作っています。その時は、日本の古典の翻案、現代の感覚で語り直す『奇ッ怪』3部作を、その後、同じ方法で西洋の古典にもアプローチしてみようということで作ったのがホメロスの『オデュッセイア』と原典とした『終わりのない』(2019年)です。今回の作品はその延長線上にあるような作品となります。
ホメロスの次に来るのが古代ギリシャ劇の時代。その大テーマである“運命”を真ん中に置いて作品を作ろうと準備しています。ホメロスの時代にあった人間の意識の変化を『終わりのない』ではAIの変化に託しました。そのテーマ“運命に対する人間の自由意思がどこまで有効か”というところを今回も引き続き扱っていこうと思います。
物語自体は現代、日常を舞台にしています。人生の中で重要な決断や自分の力ではどうにもできないことにどう向き合っていくのか。今の社会は空気の支配がすごく強くなっていて、場合によっては全体主義というような方向にも行ってしまうのではないか。そこで運命と自由意思がどのように拮抗するのかを描ければと考えています」(前川さん)
12月には劇場が期待を寄せる新しい才能を紹介するシリーズ、
シアタートラム・ネクストジェネレーション vol.15-フィジカル-room. Onaya Rion『Pupa』(仮)の登場です。

振付・演出:女屋理音さん
「15回目を迎える本シリーズ、今年から「演劇」「フィジカル」に分けて開催することになりました。今年は「フィジカル」、32団体にご応募いただき女屋さんが選ばれました」(白井さん)「シアタートラムは小学生の時に観劇で訪れ、それからずっと“作品を観る場所”という意識でしたので、そこで自分の作品を上演するということへの緊張と、このように身体と向き合える機会をいただけたことへの喜びを感じています。
『Pupa』は“さなぎ”を意味する言葉です。昆虫をキーワード、主軸に置き、痛覚を持たないとされる昆虫と感じることのできる人間の対比、そこから他者と身体感覚を共有できるのかに着目し振付を作っていこうと考えています。
私の作品の中では台詞や道具といった演劇的なシーンも多く登場します。シアタートラムは演劇を多く上演されている劇場だからこそ、そこも活かしながらより身体に忠実に、時間をかけて創作したいと思います。フレキシブルで創造性の高い劇場で、わがままを言ってしまうかもしれませんが、自分のやりたいと思ったことに挑戦してきたいと思います」(女屋さん)
「小学校の頃に…という言葉にショックを受けるとともに嬉しいなと思うんです。劇場に来てくださっていた方がアーティストとして育っていくというのも劇場の目指すところです」(白井さん)ここからは鬼が笑うという来年のお話。
2024年2月~3月にはシアタートラムで横山拓也さんの劇作、瀬戸山美咲さんの演出という強力タッグ作、現代の不条理を描く
新作『う蝕』(仮)を上演です。

作・横山拓也さん
「シアタートラムでは2021年にiakuで初めて作品を上演し、今年の11月にも上演の予定があります。本作は3回目となるので、大きくチャレンジできると思っています。同世代の瀬戸山さんとご一緒しますが、最初の打ち合わせで面白くなりそうだと感じました。瀬戸山さんが『横山さん、ストーリーにいかなくてもいいですよ』と言ってくださった。
なんらかの形で人と人とが会話をし続けることでドラマが生まれてくるというのは、いつも目指しているところです。でもそこでのカタルシスへと向かおうとしてしまう色気みたいなものを排除して、徹底的に会話させることで面白いものができるのではないか。そこから台詞でシーンが進行していくようなものは作れないかという話になり、不条理にたどり着きました。
タイトルの『う蝕』は虫歯のことですが、本作には荒廃した土地に集められた5人の歯科医と彼らの指示・見張り役の役人が登場します。歯科医たちは、そこにあるカルテで遺体の照合をしていくのですが、その中でひたすらここに集められた目的を探り合っていく。果たしてどうなるのか、まだ僕にもわからないのですが、まずは僕自身が書くことを楽しみます」(横山さん)

演出:瀬戸山美咲さん
「私は世田谷パブリックシアターに育ててもらったような人間です。オープニング前の高校生向けのワークショップに参加し、オープン後はフロントスタッフとしてアルバイトをし、その後、2011年にネクストジェネレーションに選んでいただきました。そこから劇団の公演を上演し、作・演出など主催公演で仕事をさせていただきました。学芸事業でもワークショップを担当しました。この大好きな劇場に新しいお客さんも呼び込むような作品にできたらいいなと思っています。
横山さんの戯曲は、とても解決しづらい問題をど真ん中に置きそれについて人がコミュニケーションをとりながらどこかへ一歩踏み出すような作品という印象を持っています。そして瞬間瞬間の会話がスリリングで人を引き込むところが面白いんです。今回はそこに特化して自由に書いてもらうことを提案しました。不条理劇ということについては、世の中全体が不条理だと言われる現在、芝居が現実にも影響し、変化させていくような不条理劇をやれたらいいなと思っています。答えやわかりやすさを求めてしまうなかで、わからないとか劇場で考えるとか、そういうことが面白いんだということを、若いお客さんも巻き込んで提供していければと思います。キャストも面白い方が集まっています。どうぞ楽しみにしていてください」(瀬戸山さん)
「瀬戸山さんの人生が世田谷パブリックシアターとともにあったということに感動しております。打ち合わせに参加し、お話を聞いていましたが、ともに劇作家であり演出家であるお二人が一緒に創作することによって新しいアートが生まれる瞬間があるのだと感じました。それも公共劇場がやっていくべきことだと思っています」(白井さん)2024年3月にはアメリカダンス界の超新星が待望の初来日公演!
Ate9『Exhibit B』『Calling Glenn』上演です。

Ate9(c)Cheryl Mann
「21年に公演を予定していた、LAを拠点とするカンパニーがやってきます。日々変化しているコンテンポラリーダンスの世界で挑戦するカンパニーです」(白井さん)続いて、フジノサツコさん脚本、森 新太郎さん演出で挑む新たな
ギリシャ悲劇『メディア/イアソン』。

演出:森 新太郎さん
「脚本のフジノさんによると、本作はメディアの話でもあり、同時にイアソンの話でもある。二人の密接な関係性や表裏一体とも言えるイメージから『メディア/イアソン』、このタイトルになりました。王女メディアについては、エウリピデスが記したものがあまりにも完成度が高く物語としてダイナミックで面白いので、どうしてもあの「王女メディア」が思い浮かびますが、ほかにもその前日譚、メディアとイアソンの出会いや蜜月の時も描いた物語もあります。それは伝承のジャンルになりますが、今回、フジノさんの『それも含めた二人の愛の始まりから行く末、愛の終わりというすべてを舞台上で上演することで、新しい物語が見えてくるのではないか』というお話に演出家として興味をそそられました。
いわゆる凄惨や残酷という言葉で語られることの多いこの物語ですが、今回はそれだけでなく二人の固い絆、それが失われるときに生まれる悲しみや虚しさも含んだ愛の物語が生まれるのではないか。また前日譚ではイアソンはアルゴ船に乗って大航海するのですが、そこはかなりファンタジックな描写となります。大蛇や人魚が出てきて、とめどもなく想像に富んだ世界を舞台上でどう表現するかというところにも演出家として野心を覚えます。悲劇だけで語られない、喜劇性もふんだんに織り交ぜられた、観ていてわくわくするような、今にふさわしい叙事詩が生まれるのではないか。数々の作品を上演してきた世田谷パブリックシアターで、劇場の構造・機構のすべて使って自分でも観たことないような新しい光景を作れたらと思っております」(森さん)
3月はもうひとつ、シアタートラムで
『地域の物語 2024』を上演。こちらはワークショップを通して創作する市民参加プロジェクトです。これは学芸事業とも大きく関わる作品。
「世田谷パブリックシアターは公演事業のほかに、もうひとつの柱として学芸事業にも取り組んでいます。地域に住む皆様と演劇を活用しながらコミュニケーションする場を作ることで、他者との共生の在り方などを考える。この活動が公共劇場として大事なミッションになると捉えています。
3年間、厳しい状況が続きました。その中で膨らんだ思いは、劇場という場所がもっと地域のみなさんにとって必要なインフラだと認識していただけるように活動していく必要があるということ。そのために公演を打って待っているだけでなく、我々からも出向いていく。僕は、劇場は心の病院だと思っています。心を映し出す鏡であり、心を癒す場所。それを積極的に伝えていかなくてはならないと考えています。
ハラスメントについても、主催公演においては稽古初めにスタッフ・キャストに専門家によるハラスメント講習を受けていただくことを励行してまいります。提携公演でも同様に促していきたい。それによって創作の現場がよりよく豊かになると思っています」(白井さん)2023年度ラインアップはこちらからご覧いただけます。(主催公演、提携公演)芸術を育む豊かな土壌を感じさせる興味深いラインアップ! まず、こうしてこの日、この場所にこれだけの演劇人が一堂に会していることに興奮するおけぴスタッフなのでした。次世代へのサポート、今を時めくクリエイターによる新作、世界の最前線、学芸事業の充実……2023年度の世田谷パブリックシアターからも目が離せません。各作品、まだ発表されていないキャストも楽しみー!!
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人