3月19日、東京芸術劇場 シアターイーストにて開幕する
『カスパー』と4月29日に新国立劇場オペラパレスにて開幕する「シェイクスピア・ダブルビル」の
『マクベス』。両作品において、それぞれ演出、振付を手掛けるのは、英国ロイヤルバレエ出身の振付家・演出家のウィル・タケットさん。『カスパー』にご出演されるダンサー・俳優の
首藤康之さんと『マクベス』タイトルロールの新国立劇場バレエ団プリンシパルの
福岡雄大さんにお話を伺いました。
互いの印象から、ウィル・タケット作品の魅力など、その道を究めたお二人だからこそうかがうことのできる興味深いお話の数々に唸ること数知れず。
では、さっそく対談スタートです!

首藤康之さん、福岡雄大さん
【二人は気の置けない友人と言うか……】
──まずはお二人のお話からお聞かせください。お二人がはじめてご一緒されたのは、首藤さんが振付を手掛け、福岡さんがご出演された『ドン・キホーテ』(第17回大分県民芸術文化祭、2015年)。首藤さん)その前から劇場へ足を運び、踊りを見ていて、大好きなダンサーでしたので福岡さんしかいないと思ったんです。端正なテクニックという絶対的なベースがあり、本番の舞台ではそれ以上のものを作りだしてくださる方です。今日の対談のことをウィルに話したところ、彼も福岡さんを「地に足がついていて力強い」と褒めていました。バレエ団のクラスを見て、まず福岡さんが目に飛び込んできたそうです。そして床をとらえる足の力強さがマクベスにピッタリだと。よろしくと言っていました!
福岡さん)そのようにおっしゃっていただいて光栄です! ありがとうございます。
──福岡さんはいかがでしょうか。福岡さん)今お話があったように、最初は振付家とダンサーという関係で、そのときの印象はディテールまで突き詰めたピュアなクラシックバレエを作られる方。僕はお客様にわかりやすく伝えることを大切にしているので、その点からもはっきりとした意図が見える首藤さんの作品は創作の過程も含め興味深いと感じ、演劇的なアプローチについても勉強になることがたくさんありました。
──その後、「ベートーヴェン・ソナタ」(2017年初演、2019年再演)にて共演されました。※中村恩恵×新国立劇場バレエ団「ベートーヴェン・ソナタ」にてベートーヴェン(福岡さん)とルートヴィヒ(首藤さん)として一人の人物を演じられました首藤さん)ジェネレーションが違うので、舞台上でご一緒できるとは考えてもみなかったので嬉しかったです。それが再演も含め、2回もできたことはいい思い出です。
──ダンサー同士として舞台上で対峙されていかがでしたか。印象が変わるようなことは?首藤さん)僕はそれほど変わらなかったです。それよりも、役も役だったので一緒の舞台に立っていることが不思議でした。
福岡さん)それまでにもよく食事に連れて行っていただき、いろんなお話をしていたので、僕もいざ一緒に踊るとなってもとくに構えることはありませんでした。
首藤さん)そうだね、お互いのことを話せる気の置けない友人と言うか……
福岡さん)兄貴って感じです!
首藤さん)父ちゃんでなく? (笑)
福岡さん)兄貴です!
【ウィル・タケットさんについて】
──ここからはウィル・タケットさん、そしてそれぞれの作品についてうかがいます。首藤さんはこれまでにもタケットさんの作品に多数ご参加されています。首藤さん)自分が出演する前にもウィルの作品を見ていましたが、その頃から英国ロイヤルバレエ(以下、ロイヤル)出身ということもあり、演劇的で細やかな作品作りをする方だと思っていました。はじめて出演したのは、『鶴』という舞踊作品で、2作目からは演劇作品です。彼は日本語での芝居の理解度が深く、音としてはもちろん、台詞の意味合いについても、そのニュアンスまで的確に演出をします。
『カスパー』では朝10時から夜6時まで8時間、14日間にわたって本読みをしました。日本語を話す僕らでも楽なことではなかったので、彼にとってはどれほど大変なことだったか。実際、「正直なところ疲れる」と言っていました。「(バレエという共通言語のある)新国立劇場に来るほうが(気持ちが)楽だ」と(笑)。
──では、その新国立劇場でのタケットさんの創作の様子をお聞かせください。『マクベス』のプレ稽古を行ったとのことです。福岡さん)ウィルさんはダンサーにしっかりと寄り添ってくださいます。ご自身の中にあるビジョンを伝えてくださり、僕らがそれを体現する。そこからさらにああしてみよう、こうしてみようと試していく。その作業は何度も繰り返されます。
ウィルさんのベースにバレエがあり、そこから演劇やオペラなど様々なジャンルを経て、こうしてまたバレエ作品を手掛けられます。僕自身、キャリアを重ねる中で、演劇的な作品にも取り組んでいきたいという思いが大きくなっているので、ウィルさんの表現への明確なアドバイスや創作過程はとても勉強になります。こうして素晴らしいダンサーでもあるウィルさんと共に創作できることはバレエ団にとって本当にありがたいことだと思います。そして人間的に素晴らしい方なので、僕はすっかり頼り切っています。
【情報過多、言葉があふれる今、『カスパー』が示すことは】
──首藤さんは演劇と舞踊を自在に行き来されていますが、言葉を使うときと身体を使うときで意識は変わりますか。首藤さん)まったく別物ですね。踊っていたころは言葉よりも身体表現のほうが宇宙のように無限に広がる表現手法だと信じていましたが、言葉の世界に入ってからはその奥深さに触れ、言葉も尊重すべき大切なものだと思っています。
──表現の手段として言葉を手に入れたことで、自由を得たのか、はたまた失ったのか。どのような感覚ですか。首藤さん)どうかなぁ。どちらもありますね。人にはキャパシティというものがあり、なにかを手に入れるためになにかを手放すというか。モーリス・ベジャールさんがよくおっしゃっていたのは「次に行くために荷物を置かなければならない。人生においては、すべてを背負い込むと前に進めなくなる」ということ。僕もダンサー時代からそうやって新しいことに挑戦してきました。得るものがあれば失うものがある。それを失うと感じるのか、得たもので前進すると感じるのか、どうとらえるかということだと思います。
──身体表現と芝居の両方で活躍される首藤さんは、福岡さんにどう映りますか。福岡さん)尊敬しかありません。役を生きるという意味ではバレエも演劇も一緒なのですが、僕は「声を発する」ことにまだ抵抗がありますし、そもそもその経験もないので。
首藤さん)ないのが普通ですよ。ダンサーの頃は踊ることがすべてで、それで一日が終わってしまう。雄大さんはだれよりもそうやってバレエに向き合っているので、それでいいんだと思います。この方は、リハーサル量もほかの人より多く、とても努力されているんです。そういう人がトップになれる。本当に厳しいけれど、そうやって作られるバレエを見ると素敵な世界だと感じます。
──ここからは『カスパー』へ焦点を当てていきます。広い意味での言葉については、福岡さんはどうとらえていますか。福岡さん)言葉は、ときには武器にもなる。その意味では怖いものだと思います。昨今、社会問題にもなっているSNS等も含め、使い方を間違えると誰かを傷つけてしまう。『カスパー』の紹介文を読んだとき、それに似たような言葉の恐ろしさのようなものを感じたので、率直に観たい!!と思いました。
──確かにとても興味をひかれる作品です。それと同時に、いったいどんな舞台なのだろうという疑問もわいてきます。首藤さん)16年間、地下の牢獄に閉じ込められ言葉を一切話せない孤児・カスパーになにを教えるかということになるのですが。
──首藤さんが演じられるのは「カスパーを言葉の世界へ誘い、調教していく“プロンプター”と呼ばれる3人の謎の登場人物」(リリースより)の一人。この役は、言葉を喋れないカスパーを教え導く人という感じでしょうか。そしてプロンプターが3人いる……構成、人物配置も一筋縄ではいかない戯曲ですね。首藤さん)喋れない人間をどうにかプロンプしていくという役どころとなります。もともとこの作品はペーター・ハントケというドイツ人が書いた本なのですが、演劇の上演のための戯曲なのですが、とても抽象的な指示が多く「ここはこうあるべきだとは思うけれど、好きなようにやっていいよ」といった感じです。これは、演出家は本当に困るんですよ。もちろん演じる側にとっても非常に難しいです。でも面白い!
──難しいけれど面白い、なるほど。また、寛一郎さん、首藤さんをはじめとする台詞をしゃべる俳優さんがいらして、さらに大駱駝艦の方もいらっしゃる。キャストの顔触れからも舞台上でなにが繰り広げられるのか……首藤さん)一見するとカオスのような世界です。でも実は、言っていることはごく当たり前のシンプルなことだったりもします。
福岡さんがおっしゃっていたSNSのことにも通じますが、今はなんでも説明過多、情報過多、言葉が溢れすぎている。ひとつの言葉から自ら発想して、それによって行動するということができなくなっているように感じます。たとえば舞台芸術についても、予備知識なしで見て、そこで美しいとかわからないとか、ひとつひとつ感じていけばいいと思うのだけど、情報を入れないと不安で動けない。たくさんの情報があってはじめて人々が動く時代になっている。そんな今だからこそ、みんな一度カスパーになってみたら? 稽古をしていてそんなことを思います。ちなみに今回、僕は芝居に専念です。
──身につまされるというか、すごく響く首藤さんの言葉にますます『カスパー』の世界への興味が膨らみます。【トップダンサーが持つ向上心、焦り、欲がマクベスと重なり……】
──続いては『マクベス』について。こちらは一週間ほどリハーサルを行ったという段階ですが、どのような作品になりそうですか。聞くところによると1時間ほどの作品になるとのことです。福岡さん)はじめに大まかにソロやパ・ド・ドゥ、終盤にほかのキャストも登場するドラマ性のある場面を少し振付してくださいました。そこからウィルさんが目指す方向性は感じ取ることができたかなというところです。この作品を1時間ほどにまとめることに対しては、どうなるのだろうとは思いますが不安はありません。ワクワクしています。
──物語を追うものになるのか、抽象的なものになるのかについてはいかがでしょう。福岡さん)はじめにリハーサルに入る前に『マクベス』も読みましたし、ウィルさんから作品に対する説明がありました。それを受けて僕らがどのように踊るのかを見て、今はウィルさんの頭の中でどう見せていくか、本稽古までにアイデアを練り上げていらっしゃる最中だと思います。現時点で断言はできませんが、抽象的にはならないでしょう。ここからダンサーに振り付けることでまた変わってくるかもしれませんが、そのクリエーションの過程もどのようなものになるのかとても楽しみです。と言っても、今はウィルさんの頭の中は『カスパー』でいっぱいだと思いますが(笑)。
首藤さん)ピッタリですよね。今の福岡さんとマクベスのキャラクターが! マクベスはどこかダンサーの性(さが)と通じるところのある人物です。ダンサーって、ずっと向上心を持ち続ける“人種”で、それが悪い言い方をすると傲慢にもつながる。加えてダンサー特有の時間に対する焦り。踊れる時期は短く、10代、20代、そして30代となると外から見ると意外にわからないけれど、やはり若いころの自分とは違うという部分も出てくるので、「時間がない」という感覚はずっとつきまとうものです。一方で、経験を重ねたからこそできるようになることもある。舞台に立てば立つほどバレエが好きになるし、光を浴びてしまうとなかなかやめられない。そういう欲も、トップの人は持っていなければいけないもの。だからこそ今の年齢、キャリアに差し掛かった福岡さんとマクベスがすごくリンクして、しかもオリジナルキャストですし! すごく楽しみです。
福岡さん)ありがとうございます。このタイミングでこの役を演じられることに巡り合わせを感じています。
──首藤さんがおっしゃることはまさに皆が思っていることです! 福岡さんご自身のダンサー人生とも重なりつつ、キング然とした存在感も……首藤さん)そう、キングって感じする! キングって呼ばれているの?
福岡さん)多くの方にそう言われるのですが、僕は細々とやっていきたい。(笑)
ただ、マクベスというキャラクターには僕と共通するところがあるように思います。彼はあくまでも自分は騎士で、王になろうという野心は持っていなかった。逆にマクベス夫人は、魔女の予言を知って彼を王にさせようという野心を燃え上がらせます。その結果、心が揺れ動いたり葛藤したり…そうした繊細さには共感しています。
──タケットさんの振付の特長についてはいかがでしょうか。首藤さん)やっぱりロイヤル出身の人だなと思います。(ケネス・)マクミランに代表されるような、とても繊細で複雑なのだけど、意外にアクロバティックでもある踊り。ウィルはマクミランが活躍していた時代の方なので、彼の振付からはその流れを色濃く感じます。僕のレパートリーにはなかったのですが、福岡さんはマクミランもたくさん踊っていらっしゃるので馴染みやすいんじゃないかな。
福岡さん)確かに通じるものはあります。マクミラン然り、(フレデリック・)アシュトン然り。その点では覚えやすいというのはありますが、そこに加わるウィルさん独特のニュアンスも大切にしたいと思っています。ウィルさんは実際に踊って見せてくれるのですが、彼はレフティなので逆をやらないといけない。でも、できる限り自分の中で変換しすぐに振付を体現しています。そこで僕がつまずいてしまうと、振付家からわき出す発想を止めてしまうので。首藤さんがおっしゃったようにマクミランを肌で知る方から教えてもらうことは大変貴重な機会。だからこそウィルさんには思い切り振付、演出をしていただきたい。そのためにバレエの鍛錬で対応できるところはできる限り頑張ろうと取り組んでいます。
──とても素敵です。どんな『マクベス』が立ち上がるのか、こちらもわくわくします。ちなみに『カスパー』の演出でロイヤルらしさを感じることはありますか。首藤さん)視覚的な美しさへのこだわりは感じます。そこはロイヤルで培ったものが大きく影響していると思います。俳優は普通に客席に背中を向けて台詞をしゃべろうとしますが、ウィルは正面を向くことを要求する。僕はダンサーとしてその感覚がすごくわかります。ほかにも「歩く」ことひとつをとっても、俳優は脚から動くけれど、僕らはまず骨盤が動くことで脚が動く。ダンサーには当たり前のことが俳優にははじめてのことだったり、もちろんその逆もあります。そういったちょっとしたことにもこだわって作っています。
──大変興味深く、目から鱗が落ちまくりです。 最後に、改めてお二人の言葉で作品の魅力・見どころをお話していただけますか。首藤さん)まずは、同じ演出家によるストレートプレイとバレエの舞台がほぼ同時期に見られるというのは、それだけでマジカルな体験になると思います。『カスパー』については、人間の根本を描いた作品。自分にとってのルールや秩序ってなんだろうということを考えるきっかけになったらいいな。それは僕がこの本を読んだとき、最初に思ったことです。
福岡さん)首藤さんがおっしゃったように、同時期に上演される『マクベス』と『カスパー』という、似ているのか否か……という2作品、僕は“3人のプロンプター”と“3人の魔女”の言葉が導く話というところでなにか通じるものがあるのではと感じています。
『マクベス』については、『マクベス』がバレエで上演されること自体珍しいですし、今回は「シェイクスピア・ダブルビル」として、こちらもともに人間の本質を描く、アシュトンの『夏の夜の夢』とウィル・タケット版『マクベス』という光と影のような対照的な2作品を楽しんでいただきたいと思います。
首藤さん)本当にシェイクスピアの両極のような2作品だね。ちなみにマクベス夫人は?
福岡さん)米沢唯さんと小野絢子さんです。マクベスは僕のほかに奥村康祐くんで、彼のマクベスもとても面白いです。僕とはまた違う、実直なところが前面に出るマクベスになりそうです。そこにそれぞれの夫人がどうやって夫を王にさせるかというところも絡んでくるので、本当にそれぞれ違った魅力のある『マクベス』になりそうです。
そしてお客様には、ダンサーの目、視線にも注目していただければと思います。ウィルさんは視線を外す、外さないというディテールにもこだわって作られています。とても演劇的な作品になると思うので細かい芝居まで存分にお楽しみください。オペラグラスを使って見ていただくのは大変かもしれませんが。
──そこは日頃から鍛錬していますので(笑)、大丈夫です! とても興味深く、素敵なお話をありがとうございました。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・インタビュー・文)監修:おけぴ管理人