KAAT神奈川芸術劇場のメインシーズン「貌」の幕開けを飾るアーサー・ミラー作、長塚圭史演出の『アメリカの時計』の観劇&アフタートークレポートをお届けします。
アーサー・ミラーが描く、20世紀初頭、大恐慌によって未曽有の混乱に落ちたアメリカと、ある家族の年代記(クロニクル)──こう聞くと、どこか遠い話なのかと思うかもしれません。でも、実際のところ、どこか遠い話であって欲しいと思うほど、今の、私たちの話なのです。(舞台写真撮影:宮川舞子)
あらすじ
1920年代のアメリカは史上空前の繁栄をとげ、アメリカ人の誰もが、株さえ持っていれば金持ちになれると信じて疑わなかった。しかしこの状況に疑いを持った、アーサー・ロバートソンは、いち早く株から手を引き、親しい者に警告して回るのだが誰も聞く耳を持たない…。
そして1929年、株式市場を襲った大暴落は、裕福なボーム家にも大打撃を与えた。父親モウ・ボームは剛直な実業家であったが、株に打ち込みすぎて、市場の崩壊とともに財産を失う。母親のローズは、家族が生きるために、宝石類を現金に換える日々。息子のリーは、人々が職にあぶれて飢えていく様を目の当たりにしながら、自身の人生を歩んでいく。
この日は、長塚圭史さん(演出・芸術監督)、矢崎広さん(リー・ボーム役)、河内大和さん(アーサー・ロバートソン役)、天宮良さん(ヘンリー・テイラーほか、多数の役)ご登壇のアフタートークも。
長塚さんから、『アメリカの時計』は、かつて長塚さんの演出でKAATでも上演された『セールスマンの死』やちょうど同じ時期に上演されていた『橋からの眺め』など、世界中で上演が繰り返されるアーサー・ミラー作品に比べると、その頻度はかなり少ないことが紹介されました。また、本作はアメリカに特化した話であること、1980年に発表された最初の戯曲と後に大幅改定されたヴォードヴィル版(1986年)がある中で、初演版を選んだこと。稽古前は大変な作品を選んでしまったという思いが長塚さんの中にもよぎったそうです。それは稽古を通して変わっていくのですが、キャストのみなさんも本作の最初は難解な印象の作品だったようで──。
(観劇後だと、そうだったの?というくらいわかりやすい
(という言葉が適切かはわかりませんが)、私たちの暮らしとも繋がる作品になっていました。そんな本番を迎えるまでのお話からスタートです。)
【研究発表】
長塚さん)『アメリカの時計』、どうですか?
河内さん)お金や経済の話に疎いこともあり、最初は“さっぱり(わからない)”でした(笑)。ロバートソンの語り部という立ち位置も……。でも、研究発表によって当時のアメリカ、今のアメリカ、そして日本や世界との関りを知ることで変わっていきました。
研究発表:1929年の世界恐慌、世界史に直結する内容であるため、7月にキャストそれぞれが与えられた課題について調べ、それをシェアする時間を設けた。それが作品を構築する上で大きな成果をもたらした。(研究発表のトップバッターを務めたのが矢崎さん。プレゼンテーション用のアプリを使って作成した資料を用いて発表。それは時代背景、知識の共有にとどまらない効果も生み出したようです。)
矢崎さん)研究発表を通して、キャストの方それぞれが、こういう調べ方をするんだ、発表をするんだ、しゃべり方をするんだという、人柄や考え方を知ることができました。
河内さん)本稽古に入って、冒頭のロバートソンのスピーチのところで、圭史さんから「研究発表での矢崎くんのようにやってほしい」と言われたんです。
長塚さん)なにかをシェアするということ、矢崎くんやみなさんの発表を見て、僕らが舞台でやることってこういうことだよねと結びついたんだよね。天宮さんは『アメリカの時計』の印象は?
天宮さん)経済や戦争のことは文章より、生身の人間がいろんな声でしゃべることで生々しくなる。そこに演劇でやる意味があると思っています。河内とも話したんだけど、僕も最初はさっぱりでした(笑)。ただ、これを“長塚圭史”がどう料理するかが楽しみで。
長塚さん)この作品を1か月の稽古で作るのは大変なこと。稽古開始前は何回も空を見上げました(笑)。でも、僕らが理解することが戯曲、作品を豊かにする。(観客にとって)知らない単語が出ても、それを発する人間がわかってしゃべっていれば伝わる。その意味でもこの研究発表は大きなことでした。
(見上げたその先に……トークショーの時に舞台上部に映し出される青空が、作品の成功を物語っているようでした。)
【大地】
天宮さん)舞台の床面が土なんです。遠くから見ると絨毯のように見えるかもしれませんが、本当に土です。それはどうして?
長塚さん)コンクリートという人工物と株や今ならビットコインといった実体のないものを重ね合わせ、その下、根っこには土(実体)があるというようなところを表現しました。
(こちらに関しては、お座席に無料配布されている当日パンフレットの美術・映像の上田大樹さんのコメントにも書かれています。また、物販コーナーでは、なんと「大地」販売中(土です)。アフタートーク終了後には購入の列ができていました!)

クリエイター、キャストのコメントや劇中に登場する用語集など充実の当日パンフレット
【ぴろし】
(ここで長塚さんから突然の……)
長塚さん)稽古中、ゲームをしましたよね。そこでお互いの名前を呼んだりして、「大和」「良」はいいんですけど、「ぴろし」が問題。
矢崎さん)え⁉
長塚さん)ゲームはいいんですよ。でも稽古で「ぴろし、そこはさぁ」と呼べずに、矢崎くん、ひろしさん、リー……悩まされました。
矢崎さん)そんなに抵抗あります?
長塚さん)アーサー・ミラーの稽古でぴろしは……
河内さん)稽古場では、だいたいリーって呼びかけていましたよね。
長塚さん)ぴろしって呼びたかったんだけど、呼べなくてごめんねってことです。
矢崎さん)あ、はい。でも、それここで言います?(笑)
(この後、何度か「ぴろし」と呼びかけていた長塚さん。でもその度に、長塚さんの中に自らを奮い立たせるような小さな勇気という名の“間”があったようななかったような(笑))
【演じる】
河内さん)最初に、圭史さんにロバートソンは社会システムの代表と言われました。劇中、そのくらい俯瞰して見ている人間がいることが大事だと。ずっと後ろで河内大和とロバートソンを行き来しながら、そこで起こっていること、その呼吸を感じながら存在しています。孤独ですが、今はこのポジションを楽しんでいます。
(今回の上演では。登場人物50数名を、13人の俳優が演じます。)
天宮さん)たくさんの役を演じるのは楽しいです。全部ちゃんと違う人に見えたらいいなと願っています。物語の中ですが、こういうことが本当に起こったら立ち直れないと思って。ウィリアム・デュラント(ゼネラルモーターズ(GM)の創業者、大恐慌で破産)のようなことがね。失う金の大きさが想像できないくらい大きい……。とてつもないお金持ちを演じるのは大変です。
矢崎さん)リーは(舞台袖に)はけることなく舞台上で起こることを見守っています。時々、それ以外の役もやりながら。ロバートソンが俯瞰のカメラなら、僕は現地カメラのような視点で、僕がその時に感じたことをお客様と共有する役目なのかな。リーの思いに、僕、矢崎広自身がどう思っているのかも乗せながら。それを今、楽しめています。
長塚さん)(矢崎さんは)タフだと思うよ。この現場で、パワフルに中心に立ち続けていることを素晴らしいと思っています。
(場内が起こる拍手! アフタートークに残ってくださった観客へのお礼の言葉をもってアフタートークは終了しました。)
【観劇レポート】

狂騒の20年代の終わり、1929年の世界恐慌の時代
舞台面は土で覆われ、舞台上には映像を映し出すパネル。この質感の違いが、作品世界を象徴します。おもむろに登場する俳優たちは、舞台後方に雑多に置かれた椅子に腰かけ、一様に客席を見つめる。過去から現代に向けられた、その視線の強さに身動きできない。その鋭い視線が、作品全体を貫いています。
物語を始めるのは河内大和さん演じるアーサー・ロバートソンの語り。世界恐慌前に株から手を引き、難を逃れた人物です。恐慌前から、株価の高騰、好景気を盲目的に信じる人々にビジネスの実情との乖離を解くもののまったく相手にされない。
この「信じる」というのが、本作のひとつのキーワード。
世界恐慌は金融業界からアイオワの農夫までを巻き込み、裕福だったボーム家の生活も一変させる。このボーム家の息子リーの追憶の物語として語られる『アメリカの時計』。
ここで、語り部が2人?と思うのですが、客観と主観、2つの視点が観客の理解を深め、物語への強い引力を生み出すのです。河内さんのシャープな声、リーを演じる矢崎さんの温かい声の対比も効果的。
華やかな暮らしを失っても、尚、息子リーを思う母ローズ。やがて崩壊していく過程をシルビア・グラブさんがリアルに演じます。ピアノを弾くローズの姿──それがリーの記憶の中に残る母親であり続けたのかもしれない。ポケットの1ドル札に泣く。
一方、中村まことさん演じる父モウは実業家。本業よりも株にのめり込み、財を失う。成功した父親からの変遷、現実を受け入れられないモウもまた、確かにあの時代に存在したであろう人物。
そして息子のリー。矢崎さんの“観客に届く言葉”を再認識しました。絶好調のアメリカに生まれ、何不自由ない幼少期を過ごしてきたリーの朗らかさ。質屋が何たるかも知らない青年期から、大恐慌の中、先の見えない時代を生きる過程をしっかりと見せます。ただそんなリーが言われる「何も信じていない」という言葉が頭を離れません。混迷の世を生きるために、何かを信じたのか、信じなかったのか。
ほかにもローズの父、妹とその家族、リーの同級生のたどる道を描きながら進む『アメリカの時計』。
1929年の世界恐慌以降のアメリカ社会に起きた出来事、先の見えない不景気、高い失業率、共産主義運動、大統領の交代……の中で、人はどう生きたのか。アーサー・ミラーが描く家族を通して、教科書に書かれた出来事が生きたお話となって届けられます。それと同時に、経済という実体のないものに支配される人々、信じていたものの脆さ、社会システムという観点からは、恐ろしいまでの現代性を感じます。時計の針がぐるぐると回るように、繰り返される歴史。ラスト、2023年の世界に投げかけられる、ロバートソンの言葉に背筋が凍りました。
2023年の『アメリカの時計』は、観客には、変わった手触りながらも豊かな作品として確かに届けられます。公演は10月1日まで、KAAT神奈川芸術劇場(大スタジオ)にて上演です。
【おまけ】
劇中で語られる、南北戦争と世界恐慌を、ほかとは比べようのないアメリカのおける大きな出来事だということ(もちろん戯曲の書かれた時点で)。職業斡旋の場面では多人種がその列に並び、「世界恐慌の衝撃は白人も食らった」という言葉。同じ時期に上演される、この少し前、やはり20世紀初頭のアメリカを舞台にした『ラグタイム』を思う場面も。
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人