11月9日に紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて開幕する、こまつ座『連鎖街のひとびと』。昭和二十年八月末の旧満州国・大連を舞台に、そこにとり残された二人の劇作家と周囲の人々が明るくたくましく生きる姿を描く本作が、こまつ座40周年の掉尾を飾ります。22年ぶり、待望の上演にて、若き作曲家の石谷一彦役を演じる西川大貴さんにお話を伺いました。
──こまつ座作品にははじめてのご出演となりますが、こまつ座、井上ひさし作品についてはどのような印象をもっていらっしゃいましたか。20代の頃、ミュージカルの現場でも俳優同士で「井上ひさしの戯曲を読んだんだよね」という話題が出ることがあり、自分でも読んでみました。それと同時に、「井上作品は(上演に際して)絶対に一言一句変えてはならない」「井上先生は最初に必ず作品世界の地図を描く」といったことが、まるで都市伝説のように語られていました。そのくらい遠くから憧れる存在でした。その後、こまつ座さんの公演も観劇するようになり、「戦争の愚かさ」というようなちょっと難しそうなテーマを、いかにやさしく、面白く描き、でもそれだけじゃない──なにかジワジワ、ゾワッとしたものを胸に抱えながら家に帰るところが特徴、魅力だと感じています。『連鎖街のひとびと』も、まさにそのような作品になると思います。
──ご出演が決まったときの心境は。「え! マジですか?・・・」というのが正直な気持ちでした。昨年、はじめて鵜山(仁)さんの演出を受け(2022年12月、ミュージカル『洪水の前』/イッツフォーリーズ)、またこうして呼んでいただけたこと、こまつ座さんが、この作品の石谷一彦という役を西川大貴に託そうと思ってくださったことへの驚きと喜びと責任を強く感じました。「・・・」は責任です(笑)。仲間内でも、「次はこまつ座さんに出る」と言うと、「おおっ!」という、いつもとはちょっと違う反応が返ってきます。そこからも特別な存在なんだなと思います。
──ミュージカル作品において、近年はいわゆる若手から中堅へと差し掛かっている中での新たな挑戦となりそうです。今回の座組では僕は最年少。同世代が集まる中で実は最年少だったことはあるかもしれませんが、ここまでわかりやすく最年少というのははじめてです。初舞台、小学生の頃でも同級生がいたので最年少ではなく(笑)。実際には年齢の上下は関係ないのですが、今回のような技術的にも、お芝居の味わいも学ぶところの多い先輩方に囲まれての稽古に、はじめは緊張していました。でも、みなさんが「好きにやってごらん」という温かい雰囲気で受け入れてくださるので、のびのびと稽古ができています。本当にありがたいです。
──稽古場の様子をお聞かせいただけますか。先ほどお話があったように鵜山さんの演出は2度目ということです。前にご一緒したとき、「僕のノートはちょっと勘違いして受けてもらえれば」とおっしゃっていました。僕は、それを“俳優が言われたことをただ再現することをよしとせず、投げかけた言葉に対してどう返すかを期待する”という鵜山さんのスタイルを象徴する言葉だと解釈しています。
そんな鵜山さんを中心に、演出家も俳優も互いに敬意を持ちながらフラットな感覚で議論ができる稽古場です。その中でも文学座の石橋(徹郎)さんや鍛治(直人)さんと鵜山さんの忌憚のないやり取りは見ていて面白いです。ずっと一緒にやってきたゆえの信頼感なんでしょうね。おそらくご本人たちは普通のことだとおっしゃると思いますが、僕は興味深く見ています。そこに初演にご出演されている(高橋)和也さん、朴(勝哲)さん、ご自身でも演出をされる千葉(哲也)さん、加納(幸和)さん、宝塚でトップスターを務められていた霧矢(大夢)さんのいらっしゃる稽古場ですからね、面白くないわけがない!

噂の!? 文学座チーム
──西川さんも含めたこの座組、本当に色とりどりですね。 続いては『連鎖街のひとびと』について伺います。2000年の初演、翌年の再演以来、22年ぶりの上演となります。まず個人的には、再演された2001年に僕はミュージカル『アニー』で初舞台を踏みました。あの頃、こまつ座さんでは『連鎖街のひとびと』を上演していたんですよね。そして22年経って、こうして出演している──とても感慨深いです。勝手に作品とのご縁を感じています。
──素敵なご縁だと思います。そして、22年ぶりの上演でも決して色あせることのない魅力を持った作品です。僕、「リピート観劇すると面白いですよ」って、あまり言いたくない派なのですが、今回は言いたい(笑)! そう思うのは、その面白さというのが伏線回収や答え合わせではなく、2回目に観るときには、確実に見方、視点が変わる作品だから。
僕自身、最初に映像で見たときには、これはどういうことだろう?と、ちょっとした引っ掛かりを感じながらも面白おかしいシーンは素直に楽しく見ました。でも、作品の全貌を知ると、まったく同じように見ることはできない。それはご覧になる方の年代、知識などによっても変わると思いますが、僕はそう感じました。
──「旧満州国」という言葉へ抱くイメージによっても変わってくるでしょう。僕も、同じく大連を舞台にした『洪水の前』に出演するまで、華々しい夢の街というイメージはまったくなく、満州にはある種の負のイメージしかもっていませんでした。大連が憧れの都だったということが前提にあって、それが崩れていくというところを知っているかどうかによっても印象は変わるかもしれません。
──そしてそこで描かれるのは、「しくじればシベリア送りという状況下で、ソ連軍の通訳将校歓迎会で上演する劇を作るひとびと」の奮闘や葛藤です。その「シベリア送り」について、先日稽古場でもやりとりがありました。現代を生きる僕らは、歴史としてシベリア抑留の結果を知っているけれど、あの時代の満州に暮らす人たちの恐怖はどのようなものだったのだろうと。劇中でも恐怖が語られますが、終戦から半月ほどでどのくらい情報があったのだろうか、だれもが同じように強い恐怖を抱いていたのか、それともバラバラでいいのか。戦争についても、状況はしんどいけれど意外に淡々としているところもあったのかもしれない。このお芝居を令和の観客にきちんと届けるために、そういったところから作っています。でも、そこは僕らが担うので、お客様には、まずは構えずにシンプルに観劇していただければと思っています。
──演じる石谷一彦という人物については、どう捉えていらっしゃいますか。
『連鎖街のひとびと』稽古場より
とても純粋な青年です。最初の本読みではあまり色をつけすぎず、感じたことを素直に出しました。それを起点に、ほかの登場人物とのやり取りから自分が感じること、鵜山さんからのノートなどをヒントにして作っています。そんな僕を悩ませるのはラストシーンです。大団円で終わり、僕の台詞もそんな感じ。それを、決して戯曲から逸脱することなく、“ちゃんちゃん”で終わらせられないなにかがあるというアプローチを試みているのですが、その塩梅が……。もちろん最終的には客席からどう見えるかというところでジャッジしていただくのですが、今はそこを探る日々です。
──また、初演で一彦を演じたのが、今回、塩見利英を演じる高橋和也さんです。一彦は劇中でバラライカを弾くのですが、和也さんにも教えて いただいています。現状、間違いなく和也さんの方が上手いです(笑)。家でも自主練を重ねていて、ギターは♪ぞうさんで挫折した身としては、だいぶ進歩していると思います(笑)。でも彼はバラライカ奏者ではなくあくまでも付け焼刃というか、一夜漬けで弾いてみるという感じなのでそのビミョーなラインを目指します。
── 一彦役についてはなにかお話されましたか。役については、実は、まったく話していません。自分が逆の立場だったら、言いたくなることもあると思うんです。でも、自由に泳がせてもらっているというか。一彦を息子のように見守る塩見のように、和也さんも僕を見守ってくださっています。なにかの記事で読んだのですが、初演時、和也さんも共演者の先輩方に守っていただいたとお話されていたので、それを今、僕にしてくださっているのかなと。本当にありがたいです。和也さんだけでなく、周りの“大人のみなさん”がどっしりと構えて受け止めてくださるので、僕も自然体でいられます。
──お話を伺っていてもお稽古の楽しさや充実度が伝わってきます。SNSでも「本読みから楽しい!」と発信されていましたね。そうなんです! 本読みから、マジで面白かったんです! 和也さんは直球をバーンと投げ続け、千葉さんはどんな球が来ても受け止める。二人はまるでピッチャーとキャッチャーのようです。一方で、加納さんは、初日から「こんな感じでいかがでしょう」と店開きをするような感じでした。もうそれを見ているだけで楽しい! 一緒にお芝居していても、和也さんは僕にもいろんな球種をビシバシ投げてくれますし、千葉さんは試合後ベンチに戻ったら「さっきの配球なんだけど、次はこう攻めてみない?」という感じです。完全に野球で例えていますが(笑)。
──鵜山監督のもと、すごくいいチームになっているといったところでしょうか(笑)。はい。尊敬するチームメイトですから、ほかの方々についてもいくらでもしゃべれます。
──せっかくなのでこの機会に!鍛治さんは心の支えです。今年も別作品でご一緒させていただきましたし、初日の顔合わせ本読みは気持ちとしてはずっと鍛治さんにくっついていたかったです(笑)。お互いに初こまつ座という結束もありますし、芝居の話もラフにフレンドリーにしてくださって、とてもありがたいです。野球ファンという共通項もありますし!加納さんは先ほどの話に加えてもうひとつ、稽古では陳さん以外の何者でもないんです。だから、鵜山さんのノートに対して素の加納さんで返事をされるのを見ると、思わず「誰?」みたいになるんです。むしろ素の加納さんの方が演じていると錯覚するくらい、それくらい陳さんです。これってすご過ぎますよね。朴さんとは、同じ音楽家としてツーカーの仲の二人を演じます。かといって分かりやすく距離が近いというより、2人の自然な距離感を出したいと思いコミュニケーションをとっています。初演も再演も出演されている先輩ですが、いつも敬語で話しかけてくださる、とてもチャーミングな方です。
石橋さんとは、実は『洪水の前』でご一緒した浅野(雅博)さんの紹介で、プライベートでお酒を飲んだことがあったんです。そのときに、浅野さんに「もっとカフェ・ソング
※みたいに歌わなきゃだめだよ!」と熱く語っていらっしゃったので、僕の中では、すごくレミゼが好きな人という第一印象でした(笑)。そしてその熱さは芝居でも! 石橋さんならではの市川新太郎像というのを強く感じます。 あと、石橋さんが僕に言ってくださった「もっとわがままでいいんじゃない」という言葉。真意はわかりませんが、その時の迷いの核心をつかれた感じがしました。加えて「役としてエゴを出しても、大貴ならわがままなアプローチの芝居にはならないから」と。すると、そばにいらっしゃった千葉さんも「稽古なんだからもっと間(ま)をいくらでも使っていいんじゃないかな」と会話に入ってきてくださって。そうやってズバッと本質を突くことを言っていただけるのは嬉しいですね。
霧矢さんは、やっぱりミュージカルに数多くご出演されているというところで、尊敬する先輩ではありますが仲間意識というか、安心感があります。とても印象的なのは、霧矢さんの表現が定期的にパッと変わる瞬間があって。それは何かが一定数積み上がったからなのか、パーツがハマったからなのか分からないのですが、本読み3日目とかも思いましたし、先日の通し稽古でも。ときに慎重に、ときに大胆に前進する姿がカッコイイです。
とにかく!みなさんから技を盗めるだけ盗みたいと思っています(笑)。
──お話を伺っていて、その内容はもちろん、西川さんの瞳の輝き、言葉の熱量から、改めて盤石のキャスト、スタッフで届けられる『連鎖街のひとびと』への期待が高まりました!稽古場で日々みなさんの芝居を目の当たりにしている僕がこう思うのですから、本番はすごいことになりますよ! みなさん、観に来た方がいいと思いますよ!
──お稽古に加え、野球の応援(西川さんは大のオリックス・バファローズの熱烈なファンでいらっしゃいます!)にもお忙しいところ、素敵なお話をありがとうございました!実は今、問題を抱えてまして。鍛治さんが大の阪神ファンなんです。クライマックスシリーズではセ・パ両リーグに分かれていたので、共に勝ち上がろうと励まし合っていたのですが、日本シリーズで対戦することが決まってからは、僕らの関係にもヒビが……(笑)。というのは“半分”冗談で、稽古場での席も前後でたくさんお話する鍛治さんは、やっぱり心の支えです!
※カフェ・ソング:ミュージカル『レ・ミゼラブル』(レミゼ)の名曲
<スペシャルトークショー開催>
お稽古の様子からもトークショーの盛り上がりが想像できます! どんなお話が飛び出すか楽しみ♪
★11月14日(火)13:00公演後 高橋和也 千葉哲也 加納幸和 西川大貴 霧矢大夢
★11月16日(木)13:00公演後 鵜山 仁(演出家)
★11月20日(月)13:00公演後 高橋和也 千葉哲也 加納幸和 鍛治直人
★11月26日(日)13:00公演後 霧矢大夢 石橋徹郎 朴 勝哲 西川大貴
※スペシャルトークショーは、開催日以外の『連鎖街のひとびと』のチケットをお持ちの方でもご入場いただけます。ただし、満席になり次第ご入場を締め切らせていただくことがございます。
※出演者は都合により変更の可能性がございます。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人