村上春樹の傑作長編「ねじまき鳥クロニクル」を、インバル・ピントとアミール・クリガーの演出、藤田貴大の脚本で舞台化し、音楽を大友良英が手掛けた舞台『ねじまき鳥クロニクル』再演の幕が上がります!
豊かなクリエイションを重ね、よりエッジが効いて、かつ滑らかになった舞台『ねじまき鳥クロニクル』の初日を前に、主人公の岡田トオルを二人で演じる成河さん、渡辺大知さん、不思議な女子高生・笠原メイ役を演じるのは門脇麦さんご登壇の会見と公開ゲネプロが行われました。
【取材会】
──開幕を間近に控えた、現在の手応えからお聞かせください。成河さん)
手応えはいつもありますよ。インバル・ピントが日本で共同制作をはじめて10年が経ちます。これは彼女も言っていることですが、家族のような仲間が育ちつつあると。毎日が手応えの連続、素晴らしい家族を作れていてとても幸せです。
渡辺さん)
今回、再演できることを本当に嬉しく思っています。初演よりも積極的に、いろんなアイデアを出し合いながら稽古を積み重ねていき、この劇場で最終的な構築作業をしてきました。(自分の出番でない時)客席側から見て本当に美しい舞台だなと感じる作品を、みなさんに観てもらえることにワクワクしています。
門脇さん)
今、お話にあったように、自分が出ていないシーンは客席から観られるのですが、自分が出ているシーンは観られない。それだけが残念でなりません(笑)。それくらい本当に美しい舞台です。お客さんとして最初から最後まで席に座って観られるお客様がうらやましいです。
──村上春樹さんの長編小説の舞台化はハードルの高い挑戦だったと思います。苦労されたこと、また、稽古しながら感じた原作の魅力について。成河さん)
本当にいい苦労も悪い苦労も……いや、悪い苦労なんてないですね。初演は本当に大変でした、まさに生みの苦しみ。そしてインバル・ピントさん、アミール・クリガーさん、大友良英さんというクリエイターが再集結したのですから、いい意味での大きなぶつかり合いもありました。誰一人妥協しない、そこには“うーん”となる時間もたくさん流れました。でも、その苦労の一つひとつが実って、今があるのだと思います。
渡辺さん)
原作は、言葉を使って魔法のように想像力を掻き立てる小説。読んでいると、自分の脳内、それも自分でも知らなかったような領域を旅しているような感覚になります。舞台化にあたっては、そうやって言葉で語られている果てしなき冒険を、ぎゅっと濃厚な3時間の“見える冒険”に落とし込んでいます。
門脇さん)
村上春樹さんは、日本語というツールを使って物語を描く方ですが、文字(面)のその先にある何かを描くために長い長い文章を書かれている印象があります。この舞台はそういった村上イズムと重なるところがあります。言葉で説明されるよりも納得できる、(物事を)捉えられる、そんなところが素敵。だからこそいかに自分が言葉に頼っているのか、身につまされるところもあります。
──世界のゆがみを正すねじまき鳥になぞらえて、みなさんが正したいと思うことは。
成河さん)
僕は演劇の入場料! 以上です!
渡辺さん)
(東京芸術劇場では)高校生1,000円など、徐々に手軽に観られる仕組みも出てきていますよね。25歳以下のディスカウントチケットもありますし!
成河さん)
その通りで、高校生チケットは早々に売り切れてしまいましたが、
U-25チケット(6,500円)は販売中です。それがどのくらい対象となる人の手に届くか、それは大人にかかっていると思います。
渡辺さん)
僕が正したいのは……。
この作品ではフィジカルな表現がたくさんあります。再演で改めて、自分の身体がこんなに使いづらいんだということを感じています。もっと思うように動かせることができたら楽しいだろうし、表現の幅も広がると思うので、公演後も自分の身体を面白がりたいです。
門脇さん)
最近、無限に寝むれちゃうので、ちゃんと6時間とか睡眠時間を定めたほうが体調がいいのかなと思っています。今日も12時間くらい寝てしまい、身体が痛いので(笑)。
──公演を楽しみにしているお客様へメッセージをお願いいたします。
稽古の充実感が伝わるお三方のお話
それは舞台を観れば納得! 成河さんと渡辺さんの強い個性のぶつかり合いと融合が生み出すトオル像、少女の危うさと軽やかさを感じさせる門脇さんのメイです。
成河さん)
複雑なものを簡単に届けるということもとても大切だと思うのですが、それにしても物事を単純化し過ぎているのではないかという思いが、僕自身の中にあります。世界はとても複雑、人間はとても複雑、そういった複雑なものを複雑なまま届けるという意味においても、この舞台はとても尊いものになっています。何かメッセージを受け取らなければと身構えることなく、インバルの手掛ける美術が生み出す視覚的な異空間で、そんな複雑性を体験していただきたいと思います。

不思議な空間の心地よさ
渡辺さん)
僕も、日頃から面白いものやワクワクするものを追い求めています。
今回の舞台は、舞台とはこういうものだという固定概念を壊してくれるような作品。安心・安全なものから離れて、刺激やワクワクを与えてくれる舞台だという自信があります。
日々、何か刺激が欲しいと思っている方に、ぜひ見ていただきたいと思います。

得も言われぬ美しさ、ずっと見ていたくなる
インバル・ピントによる唯一無二の振付を魅せるのが、加賀谷一肇さん、川合ロンさん、東海林靖志さん、鈴木美奈子さん、藤村港平さん、皆川まゆむさん、陸さん、渡辺はるかさんといった8名のコンテンポラリーダンサー。

色彩の美しさも!
門脇さん)
いろいろ考えずに楽しんでください。たとえ話がわからなくても、びっくりするくらい美しいシーンもたくさんあるので、楽しんでください。それだけでいいと思います。

劇中さながらに、渡辺さんの動きにシンクロする成河さん
【公開ゲネプロ】
そこはイマジネーションの世界。眼前に広がる不可思議な景色、風変わりな人々、奇妙な会話……にもかかわらず、なぜか心地よく、波間をたゆたうような観劇体験。ときに陰鬱な、暴力的な、衝撃的な場面ですら、会見でみなさんがおっしゃったように“美しき異世界”を感じます。拒絶したくてもどこかで受け入れてしまうのは、愛や怒り、欲望、暴力といった誰にでも内在するものを可視化しているからなのか──、だからこそやっぱり簡単に言語化できない、舞台『ねじまき鳥クロニクル』です。そんな体感型舞台の公開ゲネプロの様子を、あらすじ
(青文字、HPより)に沿ってご紹介します。あまり前情報を入れずにと思われる方には、パーッと写真だけご覧になるのもおすすめです。
岡田トオルは妻のクミコとともに平穏な日々を過ごしていたが、猫の失踪や謎の女からの電話をきっかけに、奇妙な出来事に巻き込まれ、思いもよらない戦いの当事者となっていく――。
トオル(渡辺大知さん)とメイ(門脇麦さん)と……
物語は、静かな世田谷の住宅街から始まる。主人公のトオルは、姿を消した猫を探しにいった近所の空き家で、女子高生の笠原メイと出会い、トオルを“ねじまき鳥さん”と呼ぶ少女と主人公の間には不思議な絆が生まれる。赤いビニール帽子をかぶった“水の霊媒師”加納マルタが現れ、本田老人と間宮元中尉によって満州外蒙古で起きたノモンハン事件の壮絶な戦争の体験談が語られる。
トオル(渡辺大知さん)とクミコ(成田亜佑美さん)
夫婦の心の距離を視覚的に見せる、作品を象徴するようなシーン
トオルの妻の岡田クミコには成田亜佑美さん。成田さんの台詞・声が伝える距離感が絶妙、すぐそこにいる温もりを感じさせつつ決してつかめない、遠いクミコ。

トオルと加納マルタ(音くり寿さん)
トオルを不思議な世界へ導く加納マルタ・クレタ姉妹役は新キャストの音くり寿さんが演じます

苦痛を歌うクレタ(音さん)、音さんの声の力強さが際立ちます

間宮元中尉(吹越満さん)
とにかく語りながらアクロバティックに動く動く動く!いやもう、吹越さんのすごさに磨きがかかっています。一瞬たりとも視線を外せない!みなさま、呼吸を忘れずに!
そしてある日、妻のクミコが忽然と姿を消した。クミコの兄・綿谷(わたや)ノボルから連絡があり、クミコと離婚するよう一方的に告げられる。クミコに戻る意思はないと。だが、クミコ失踪の影には綿谷ノボルが関わっているのではないかという疑念はしだいに確信に変わってゆく。トオルは、得体の知れない大きな流れに巻き込まれていることに気づきはじめる。 
圧倒的な悪として存在する綿谷ノボル役は、初演から続投の大貫勇輔さんと新たに首藤康之さんがダブルキャストで務めます(ゲネプロは首藤康之さん)

緊迫感のあるクレタとノボルのダンス
何かに導かれるように隣家の枯れた井戸にもぐり、クミコの意識に手をのばそうとする主人公トオル。世田谷の路地から満州モンゴル国境まで、クミコを取り戻す戦いは、いつしか時代や空間を超越して、“悪”と対峙する“ねじまき鳥”たちの戦いとシンクロする。暴力とエロスの予感が世界をつつみこむ……。
背格好も異なる二人の俳優が演じる岡田トオルですが、驚くほど違和感なく受け入れている自分がいました。一幕は主に渡辺さんが声を発し、二幕は成河さんがそれを担う。かといってトオルの外と内という2面を表しているだけでなく、もっともっと多面的な表現となっています。二人がトオルだし、二人でトオル……さらには。

赤坂シナモン(松岡広大さん)とトオル、赤坂ナツメグ(銀粉蝶さん)

不思議な存在感の牛河にさとうこうじさん

シナモンの周りを舞う紙!ここも名シーンです
はたして、“ねじまき鳥”はねじを巻き、世界のゆがみを正すことができるのか? トオルはクミコを探し出すことができるのか――。笠原メイとふたたび会えるのか。本作を語る上で決して欠くことのできない、観客を異世界へ導く生演奏は大友良英さん、イトケンさん、江川良子さん! 上手の舞台(袖)が張り出したところから、ときに寄り添い、ときに反発し、そして導く、舞台上で繰り広げる物語に呼応するように奏でられる音楽もとても印象的。
こうして写真を眺めていても強く感じる舞台の美しさ。本作はインバル・ピントさんが演出・振付だけでなく美術も手掛けられています。ただ、そうやって身体表現や舞台の色彩といった視覚情報が素晴らしいからこそ、唯一無二の響きを持つみなさんの声で届けられる言葉(脚本・演出:アミール・クリガーさん、脚本・作詞:藤田貴大さん)もしっかりと立ちます! 観ているだけで、頭が活性化し、ぐんぐん冴えてくる作品。集中しているのでそれなりに疲れはしますが、それはとても心地よく、観劇後はすっきりしたような感覚でした。
東京公演は~26日まで東京芸術劇場プレイハウスにて、その後、12月1日~3日に梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ、12月16日、17日に刈谷市総合文化センター大ホールにて上演です!
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人