これは9.12の物語2001年9月11日、ニューヨークで同時多発テロ勃発。アメリカの領空が急遽閉鎖され、行き場を失くした38機の飛行機と7000人の乗客・乗員たちが降り立ったのは、カナダのニューファンドランド島のガンダー国際空港。ガンダーという小さな町のわずか1万人の人口は一瞬にして約2倍となった。
町の人々は突然現れた“カム フロム アウェイ(遠くから来た人々)”のために動き始める。
人種も出身も様々な人々はこの地でどんな5日間を過ごし、飛びたつのか──
12人の出演者のみで100人近くの役を次々に演じ、紡ぐ、小さな町から生まれた大きな奇跡の物語、ミュージカル『カム フロム アウェイ』の製作発表会見がカナダ大使館にて行われました。
カナダ大使館を代表して首席公使のデボラ・ポールさん、ホリプロ代表取締役社長の菅井敦さんからのご挨拶があり、みなさんの本作への思いが伝わりました。続いて、カナダ観光局日本地区代表の半藤将代さんから物語の舞台となるニューファンドランドについての解説を伺いました。風土やそこに暮らす人々の気質、劇中にも出てくる「スクリーチ・イン」(タラへ接吻するというユニークな伝統儀式)体験もお話しくださいました。
【製作発表記者会見】
12名の、まさに錚々たるキャストの登場に会場が華やぎます。
ここからは会見でのキャストコメントから本作の見どころをひも解いてみようと思います。
(役名はメインで演じる役を紹介しています)
12人で100人近い役を演じる
「今、私は誰?」から考えるこの作品の本質/異なる立場の人物も演じるということ 
安蘭けいさん:保守的なテキサスの女性ダイアン
台詞や物語の展開のある“カム フロム アウェイ”のダイアンのほかにも、ガンダーの町の人も演じます。中にはひと言しか発しないキャラクターもあり、そこでどうダイアンとの違いを出すか。稽古場では自分なりに役を膨らませて声を変えるなど、やり過ぎだと言われるくらい挑戦しています。実際にはやり過ぎないようにとは思っていますが(笑)。(安蘭けいさん)

田代万里生さん:浦井さん演じるケビンTの恋人で秘書のケビンJ
僕が演じるケビンJをはじめ、ほとんどの役が“実在した人物”ではなく、“実在している人物”です。僕らは実名でその方を演じています。それをとても光栄なことだと思っています。
また、ケビンJを演じる俳優はイスラム教徒のアリという役も演じます。プロデューサーからは「アリを田代万里生に演じて欲しい」という言葉をもらいました。9.11では、イスラムの方も偏見にさらされ辛い思いをされました。知り合いのイスラム教徒の方とお話をし、彼らにも守りたい文化や信仰があり、お互いを理解するためにまずはお互いを知らなくていけないと痛感しました。(田代万里生さん)

森公美子さん:マンハッタンで消防士をしている息子を持つハンナ
ハンナは息子の無事を信じる母、深刻な状況の中でもポジティブに演じることに難しさを感じています。そして眼鏡をかけてジャケットを着たハンナのほかに3役、4役演じるのですが稽古場では「今、私は誰?」「どこへ行ったらいいの?」と右往左往(笑)。みんなに助けられています。今は、みんなの役も名前もわからなくなるので出番を覚えるために「さとしが歌う」「光夫の次」と書いています。主役ばかりやっている人たちが集まって、実際、ぎくしゃくするのかななんて思っていたのですが(笑)、すごく楽しい! (森公美子さん)

柚希礼音さん:在郷軍人会コミュニティセンターの代表ビューラ
ビューラーはニューファンドランドのおばちゃんという感じで、地元代表のような人物。こんなすごいメンバーを仕切れるのだろうかと稽古前も、今もドキドキしているのですが、本当にみなさんがいろんなことを助けて教えてくれます。ビューラーは(森公美子さん演じる)ハンナとの間に芽生える友情、アリとの関係などを一歩一歩築いていきます。とても大きくて温かい人ですが、イスラムの方への偏見もどこかにもっていた。それをどう乗り越えていくのかを大切にしていきたいと思っています。この作品に関連するドキュメンタリーを昨夜見返しました。最後に町長さんが「人の優しさはどんな悲劇も乗り越える」とおっしゃっていたことがとても印象的です。(柚希礼音さん)

吉原光夫さん:2人しかいないガンダー警察署の個性的な巡査オズ
クミさんが言っていた自分がわからなくなったり、今、なにをしているのかがわからなくなったり、それは稽古場で本当に起きていることです。それはこの作品の意図なんじゃないかなと。テロが起きたり、地震が起きたりしたとき、突然自分の居場所がなくなったり、わからなくなったりすることってあると思うんです。なぜ自分が生きていて、誰かが亡くなるのかとか。そんなときに、ガンダーの人たちは迷いなく無条件に人の思いを引き受け寄り添った。柚希さんの話にあったドキュメンタリー、本当にすごいですよ。「用意したからご飯を食べな」「なにも気にしないで寝な」当たり前のようにカラッと明るく行動するんですから。
我々も今、居場所を失っているなと思っています。SNSで誰かを攻撃したり、いじめがあったり、日常がピリピリしている。この作品を通して、手を差し伸べてそばにいるのか、それとも攻撃するのか。あなたはどちらを選択しますかという投げかけをしているような感覚です。みんななにかに傷ついて、今、それぞれの立場に立っている、無条件で繋がることができる、マジで最高のメンバーと必死に命を削って稽古しているので、楽しみにしていてください。(吉原光夫さん)
椅子を動かすのに四苦八苦
互いに助け合いながら動かす13脚の個性的な椅子はまるで──
石川禅さん:仕事一筋の石油エンジニアのイギリス人ニック
この舞台はとてもシンプルです。大きく動くのが13脚の椅子、それと3卓のテーブル。その転換をすべて役者が行います。その椅子がどれ一つとして同じものはない、まったく異なるデザインです。それはまるで飛行機に乗り合わせた目的の違う、人種の違う人たち、そして今、登壇している12人の個性豊かなキャストを表しているようでもあります。そんなバラバラの椅子が2列縦隊で並ぶと飛行機の客席となり、そこに一機の飛行機が出現します。魔法です!想像力のなせるわざです!
今はまだこの椅子を動かすのに四苦八苦していますが、3月7日の初日にはきっと皆で一つになって旅客機を作り上げ、無事にテイクオフすることでしょう。一生懸命頑張りますので、みなさんどうぞお楽しみに。(石川禅さん)

シルビア・グラブさん:ガンダー地区の動物愛護協会会長のボニー
ブロードウェイでこの作品を観たとき、キャスト全員が椅子を動かしたりセットを動かしたりして、飛行機やバーに見せていく姿がカッコイイと感じました。大変だろうけど、みなさんがとても簡単そうにされていて……実際にやってみると大変です(笑)。ニューファンドランドの人たちが力を合わせてCOME FROM AWAYSに手を差し伸べたように、私たちも舞台上でお互いに手を差し伸べ助け合ってブロードウェイで観たときのようにスムーズにできるように力を合わせます! (シルビア・グラブさん)
今はまだ必死に椅子を動かしていますが、昨日の稽古で光夫さんがおっしゃった「椅子を動かすことが目的じゃないよね」という言葉、まさにその通りだと思います。日生劇場での開幕までには、椅子を動かすことひとつをとっても、その目的、動機づけのしっかりとある芝居にしたいと思います。(田代万里生さん)
豊かな稽古場
豪華キャストでも話題の本作、その贅沢さ、豊かさとは──
浦井健治さん:ロサンゼルスの環境エネルギー会社の経営者ケビンT
豊かな稽古場です。日々、芝居や差し入れで(笑)支え合っています。
僕らはブロードウェイや世界各国で上演されてきたこの作品を、日本キャストで初めて上演します。ステージングはすべて出来上がっていますが、我々の感性、個性を尊重し反映していく作業も行われています。試行錯誤の積み重ね、その時間こそが尊く、なんて豊かなんだと、自分は感じています。幸せです。(浦井健治さん)

加藤和樹さん:筋金入りのニューヨーカー ボブ
稽古場で感じるのは、周りには第一線で活躍している方々ばかりでおそらくこのキャストでの再演はできないんだろうなということ。一人ひとりのエネルギーがひとつになったときのエネルギーはいったいどうなるのだろう。エネルギーがいい感じに伝わり、作品自体が持つ力と相乗効果が生まれるととんでもない爆発力を生み出すのではないかと、僕自身期待しています。(加藤和樹さん)
稽古場でのエピソードで忘れられないのが歌稽古での出来事です。とりあえず一曲歌ってみましょうということになり、みんなで声を重ねると、そのボリュームにちょっとビックリし鳥肌が立ちました。すごい声の人たちが集まっているんだと!その一曲だけでも、稽古場に居られて幸せだと感じたので、それが100分! みなさん楽しんでください。(シルビア・グラブさん)

橋本さとしさん:ニューファンドランド島、ガンダーの町長クロード
稽古はめっちゃ大変ですが、共演者は信頼のおけるミュージカル・演劇界の超人たちですから! でも……最初は超人たちと一緒というのもどんな感じなのかな、なんて思っていたのですが、「え?」「なに?」と(芝居で)迷子になったり、意外とみんな普通の人なんだと内心ちょっとほっとしました(笑)。僕も必死で、稽古場では突拍子もないことを言い出したりしていますがみんなが温かく受け止めてくれます。恥をかきながら芝居の精度を上げて、お客様には恥ずかしくないものをご覧いただければと思っています。まだまだポンコツな店長……じゃなかった町長でした。ホント、すんませんっ! 町長として、みんなと一緒に素敵なガンダーの話を表現します。(橋本さとしさん)

濱田めぐみさん:アメリカン航空初の女性機長ビバリー
最近はカンパニーで一番年上になることも多いんです。でも、このカンパニーにはたくさんの先輩方がいらっしゃいます。その先輩方がさとし兄やんがおっしゃった通り、とっても可愛らしいポンコツぶりで(笑)。このカンパニーで幸せだなと、いつも心が温かくなるんです。この個性豊かで、しっかり芯のある、とびっきりの役者さんたちを機長としてまとめるんだなと思いながら稽古しています。(濱田めぐみさん)
これは9.12の物語
大きな悲しみと衝撃に包まれた9.11、傷ついた人々に無条件に手を差し伸べた人々の話
咲妃みゆさん:地元テレビ局の新人レポータージャニス
この作品に関わることで、悲しみ一色だった9.11に起きた出来事のそばに、こんなにも温かみの溢れる出来事があったことを知りました。
大きな悲しみ、苦しみ、憎しみを生み出してしまったのも人ですが、その様々な苦しみを解きほぐしたのもまさしく人であった。それがこの作品の注目すべきポイントだなと思います。なにひとつオーバーに物語をお届けしていなくて、本当にあった出来事をそのままシンプルにお伝えしています。傷ついた人々のために、寝る間も惜しんで手を差し伸べた人々がいた。
私たちキャストが助け合いながらこの舞台を、物語を作り上げていく姿をご覧いただいたとき、これは遠い国で起こったことではなく、どこでもニューファンドランドになりえると感じていただけると思っています。(咲妃みゆさん)
9.11、あの日に起こったことを覚えている方もたくさんいらっしゃると思います。大きなショックを受ける出来事でしたが、演出のダニエルさんは、これは9.11の作品ではなく9.12の作品、復興に繋がる作品だと話してくれました。そして、本読みを終えたとき、9.11とともに僕らの中に思い浮かんだのは3.11であり、今年の元旦にあった能登の地震です。ここからどうやって立ち上がろう、それをどうやって支えよう。そういう気持ちになれる作品をお届けしたいと思います。(田代万里生さん)
稽古序盤、はじめて演出家とお話をしたとき、日本のみなさんにとって9.11はどんな印象かと訊かれました。感じ方は人それぞれだと思いますが少なくとも私は正直に、我々は映像でしか見たことがなく、辛い気持ちはありましたがそれ自体がダイレクトに心に響いたかというと。そして私たちの感覚だと、この作品で描かれる出来事でより実感を伴って思い出すのは3.11だとお伝えしました。飛行機で、ニューファンドランドのガンダーに降り立った人たちがいろんな人たちの愛を受け取った。人が人を癒す、もう一度、人が愛をもって(地を)ならして再生していく物語として、日本の方々が見ても共感できるでしょう。(濱田めぐみさん)
会見の最後に橋本さとしさんからのご挨拶がありました。
この作品では、人を助けることがすごいことなんだというよりは、それは当然のことなんだと(いうスタンスで)描かれています。そういう世界になればいいなと思っています。ニューファンドランド、ガンダーの住人としての視点から観るもよし、見知らぬ町に降り立って不安でいっぱいのカムフロムアウェイ(遠くから来た人々)の立場か観るもよし。劇場でお待ちしています!(橋本さとしさん)
【おまけ】
ご挨拶の際にはこんなひと幕も。

カナダ大使館のみなさんへ感謝を
「このようなカナダ大使館という立派なところで華々しく製作発表を行えたことを嬉しく思います。ご協力いただきありがとうございます。“サンキュー ベリー マッチ”、めっちゃ日本語英語で恐縮ですが(笑)。またオーディエンスの皆様は、お寒い中お集まりいただいて、あ、今日はあまり寒くないんですか、では、ほんのり暖かい中ご来場いただきましてありがとうございます。寝る間を惜しんで看板を作ってくださったみなさんもありがとうございます。そしてこの作品が日生劇場60周年の締めくくりの作品に選んでいただけたことも光栄に思います」(橋本さとしさん)
感謝にあふれるご挨拶、そして最後は!

ウェルカム・トゥ・ザ・ロック!
12人の俳優が多様なキャラクターを演じること、それはいつ誰がどのような立場に立つ/立たされるかわからないことの表れ。そのとき、どんな行動をとるのか。それをやさしく力強く見せてくれるのがこの作品なのだろう。その思いが強くなりました。会見からは、共に手を取り合って困難(稽古の大変さ)に立ち向かい、ときにはみんなで笑い合うカンパニーのいい雰囲気が伝わる、そしてその姿から作品の魅力を感じることもできました。ミュージカル『カム フロム アウェイ』は、3月7日日生劇場にて開幕します! 待ち遠しい!
STORY
9月11日
あの日、世界が停止した。
9月12日
ある小さな町で起きた奇跡の物語。
この物語は私たちに、世界に希望を与えた。
2001年9月11日、ニューヨークで同時多発テロ事件の発生。アメリカの領空が急遽閉鎖された。目的地を失った38機の飛行機と7,000人の乗客・乗員たち。行き場のない38機の飛行機は、カナダのニューファンドランド島のガンダー国際空港に降り立つ。
カナダの小さな町。わずか1万人の人口は一夜にして約2倍となった。人種も出身も様々な人々はこの地でどんな5日間を過ごし、飛びたつのか―
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人