鍛治直人さん、石丸さち子さん、谷口賢志さん
2023年3月、大阪・東京にて初上演された舞台『鋼の錬金術師』。原作は、言わずと知れた日本漫画界における歴史的名作、荒川弘先生の代表作「鋼の錬金術師」(通称「ハガレン」/2001年より2010年まで、月刊「少年ガンガン」(スクウェア・エニックス刊)にて連載)。
主人公のエドワード・エルリックをはじめとする個性豊かで魅力的な登場人物を演じる多才・多彩な俳優たちを率いて公演を成功に導いたのは石丸さち子さん(脚本・演出)。揺るぎない演劇への信念と情熱で幅広い客層からの支持を集めました。
続いて上演される、舞台『鋼の錬金術師』―それぞれの戦場(いくさば)―、6月8日の初日に向け熱い稽古が繰り広げられる本作稽古場にて、石丸さん、第二弾からご参加のヴァン・ホーエンハイム役:鍛治直人さん、キング・ブラッドレイ役:谷口賢志さんにお話を伺いました。
【これが石丸さち子スタイル】
──石丸さんに伺います。第一弾の手応えからお聞かせいただけますか。石丸:それまでにも漫画原作のグランドミュージカルを手掛けたことはありましたが、本格的な2.5次元舞台は初めてのこと。なにより、壮大でありながら繊細な「鋼の錬金術師」という原作を前に、脚本執筆段階から「この脚本でハガレンを伝えられるだろうか? そしてどうやって演出するのか?」という不安もありました。でも、稽古場での最初の本読みでひとつ手応えがあったんです。舞台上で錬金術を行うということをはじめ、私が考えている演劇ならではの表現方法について説明したところ、まずそれを俳優たちが面白がってくれました。さらにどう実現していけばよりよいかを自分たちでも考えてくれる。自然に「鋼の絆」※が生まれ、みんなが心から“演劇”を楽しんでいることが分かったので、開幕前から「これは大丈夫だ!」と感じていました。座組全体で舞台『ハガレン』を錬成しているような感覚でした。
いざ幕が開くと、お客様が予想を上回る大きな喜びで作品を受け止めてくださって! そのとき、改めてこの素晴らしい作品を、演劇という新しい形でお届けできたことへの喜びがこみ上げてきました。第一弾は「そして旅は続く」という台詞で終わるのですが、次なる旅をお客様が後押ししてくださるような第一弾になって本当に嬉しかった!
※鋼の絆:舞台『鋼の錬金術師』第一弾公演のテーマソングのタイトル──観客としても、第一弾のラストから、第二弾を拝見する日が待ち遠しくて仕方がありませんでした。 鍛治さん、谷口さんは今回からのご出演ですが、はじめに原作との接点からお聞かせください。鍛治:連載時から、もちろん存在は知っていました。当時リアルタイムで読んではいなかったのですが、たまたま耳にしたYeLLOW Generationの「扉の向こうへ」がすごく好きで、この曲が実は「ハガレン」のアニメのエンディング曲だったんです。接点というと、まずそれが思い浮かびます。今回の出演が決まってから、全巻大人買いして読みましたが、根強い人気があることに納得しました。
谷口:僕は1999年にデビューしましたが、当時は演技も初心者でそこから長く苦労するんです。映画のオーディションに行ってもなかなか受からない。その頃、主役を務める俳優の多くが2.5次元作品に出ていることを知り、「そうか!2.5次元か!漫画原作か!」と思い(笑)、勉強のために漫画を読み始めたんです。人気のある漫画の第一巻を買って、面白かったら続きも読むと決めて読み続けたものの1つが「ハガレン」でした。そして、なんと僕以上にドハマリしたのが母(笑)。実家のトイレに積みあがっていく「ハガレン」、そこで最後まで読んだことがまず思い出されます。実はその頃から、年齢的には「マスタングを演じたい」と言いそうなものですが、俺は圧倒的にブラッドレイが好きで、いつかこんな役がやれるようになりたいと思っていたのです。
──ついにアメストリス軍大総統のキング・ブラッドレイを演じる日がやってきました!谷口:最高です! トイレで思い描いた夢がここにつながりました。母にありがとうと言いたいです(笑)。
──石丸さんは、この谷口さんの熱い思いをご存じでしたか。石丸:いつもクールなので、ここまで熱いコメントはあんまり聞いたことがなかったです(笑)。でも舞台上の谷口さんを見て、強靭な肉体と精神、一般的な人の心を捨てて、目的のために生き抜く強さをもつブラッドレイだなと。今回、まずはその強さを立ち廻りで“魅せて”くれています。谷口さんから漂うただならぬ殺気に、「あなたは大総統なので、そこもよろしくお願いします」と言うくらいです(笑)。
── 一方、鍛治さんが演じるのはエルリック兄弟の父、ヴァン・ホーエンハイムです。鍛治:今回はホーエンハイムとしてはイントロダクションという感じになります。僕はいわゆる“2.5次元”作品への出演は初めてになりますが、役作りにおいて参考になる情報が多いなと感じています。普段は、活字から演じる役の行動原理、心理状態を考えていくのですが、さらに絵がある。ただ、そこでは原作を再現することが重要なのか、自分が演じることで生まれるものはどの程度求められるのか──最終的には石丸さんがコントロールしてくれると思うのですが。
石丸:演劇のために再構築したものなので、すべて漫画のコピーというわけではなく、今を生きる俳優の肉体や感情といった資質と役が出会うことで生まれる化学反応に面白さがあると思っています。だから両者がうまく出会えてから、私は原作漫画を開いて「この目が見たい!」などとオーダーして、さらに寄せていくんです。そうやって俳優が生み出す芝居と漫画の一コマが混じり合っていく。それが醍醐味かな。
鍛治:僕は2人(Wキャスト)のエドと対峙しますが、2人が全然違うんです。2人それぞれのアクションに対してリアクションすると、決して同じ芝居にはならず、それもまた生身の俳優同士の化学反応そのもの。いろんな化学反応が生まれて作品が強くなっていくのかな。
石丸:そう。そこで芝居を固定化はできないですよね。本当にあの2人は全然違うし。でも鍛治さんは本当にいいバランスを保ってくれているなと思って見ています。
鍛治:エドの寝顔を見るシーンがあるのですが、やっぱり子どもの寝顔っていくつになっても可愛いものです。息子たちとすれ違ってしまっているホーエンハイムですが、あの瞬間は確かに「可愛いな」と思う。原作にはそこまでの描写はないけれど、実感として沸いてくる気持ちを大切にしたいと思っています。
石丸:第一弾をご覧になった原作ファンの方が、エドやアルがちゃんと子ども扱いされて、大人に守られたりしていることを喜んでくださったんです。国家錬金術師だけど、まだまだ多感な少年期の主人公たちを大人が守ろうとする世界が「ハガレン」なんですよね。まるで一人で世界と向き合っているかのような顔をしているエドが、父親の前でどんな表情を見せるのか。そこが今作の素敵なエッセンスになっています。いろんな大人と出会うことで経験値を高め、成長していくエルリック兄弟の旅路、それを色濃く描く第二弾です。
鍛治:あと、稽古をしていて思うのは、この先の物語で明かされる「この人が何者であるか」を全部内に落とし込んで芝居をする面白さや難しさがあるということ。「約束」という言葉ひとつをとっても、物語の終盤にその答えがあったり……。
石丸:そうなんですよ! これはどういうことだろう?と思う人もいるし、原作を知っている人が見たら、そうそう!となるでしょう。そこを整えていくのも私の仕事のひとつだと思っています。「ハガレン」に親しんだ方だけでなく、原作を知らない方、今作だけご覧になる方にも楽しんでいただける作品にする。それぞれの心の旅路を成立させることは脚本を作る段階から心掛けたことです。
──今作からでも楽しめる作品になっているのですね。石丸:最初に絵として第一弾から引き継がれた思いはお見せしますが、前作で描かれたことのすべてを説明することはできません。でもキャラクターが抱える喪失感や仇を討ちたいという思いは、俳優が発する言葉の端々や醸し出す空気で伝わる。その佇まい、匂いがお客様の想像力にしっかりと働きかけると信じています。
──改めて、谷口さんはブラッドレイを演じることをどう捉えていますか。谷口:僕は、石丸さんの「谷口さんのキング・ブラッドレイを一緒に探しましょう」という言葉がすごく心に残っています。まだ2.5次元という呼び方が浸透する前から20年近く漫画やアニメ原作の作品に出ていると、自分の中で、原作にどの程度寄せるかを探っていく癖がついてくるんです。見た目や動きをどのくらい再現し、そこに自分のオリジナリティをどのくらい入れるのか、やっぱり2.5次元なら再現度100%を目指すのかとか。いろんな作り方があっていいと思うのですが、この作品の稽古に入る前に石丸さんと台詞の読み合わせをしたとき、アニメも踏まえて自分なりにこういう声の出し方で、しゃべり方で……と始めると、「谷口さん、それ、雰囲気から作ろうとしてる。それよりもブラッドレイがなぜここに生きているのか、何を思っているのかから一緒に探しましょう」って。20年以上やってきて、初めての経験です。そこから生まれる演劇、芝居の密度が本当に心地いいんです。かといって原作を軽んじるところもまったくなく、なによりも荒川先生が描いた「鋼の錬金術師」という物語をちゃんと届けることへの石丸さんの熱情の凄まじさたるや、もはや執念(笑)。それが稽古場でもみんなの原動力になっています。今回、初めてご一緒しますが、これが石丸さんのスタイルなんだなと。
石丸:執念(笑)。でも、そう言われるのもわかります。
鍛治:僕は石丸さんとは付き合いが長いですが、それがいつも通りの石丸さち子スタイル(笑)。だから、僕から見ると「やってるやってる!」って感覚。稽古のスピードも速いし、石丸さんの要求は人によってはすごく難しいことだと感じるかもしれないけれど、みんな真面目で、とにかく必死に食らいついていくから、確実に芝居が変わってくるんです。それを見て、こっちもおちおちしていられないなって。とにかく真心を込めて芝居をするだけです。
【リアル成長物語をお見逃しなく!】
──舞台の見どころのひとつはアルフォンスを眞嶋秀斗さんとスーツアクターの桜田航成さんの2人で表現するところかと思います。谷口さんはこれまでにもスーツアクターと共に役を演じる経験が豊富です。谷口:これまで4回ほど変身させていただいています(笑)。ドラマの場合は芝居や動きの相談はしますが、基本的にスーツアクターの動きにアフレコするのに対して、この舞台では生で、同時進行でそれをやっていく。スーツアクターと言葉を発する役者の魂の結びつきという点からも、トップレベルの芝居が見られる作品だと思います。それはまぁ見事で、そこだけでも感動します。
石丸:第一弾では、はじめは舞台上の桜田さんの動きに声だけ当てていたのですが、どうも違う……となり、立ち廻りも含めて2人並んで同じ動き、芝居をしながら稽古をしていました。通し稽古の段階で、しゅうてぃー(眞嶋さん)が舞台袖でお芝居をするようになったのですが、それも簡単ではなく。しゅうてぃー本人の努力はもちろん、周りのスタッフも彼が袖でちゃんと動けるように守ってくれたことで、あのアルフォンスが出来上がりました。本当にみんなで見つけたもの。そうやって本番を生きた経験があるから、今回は稽古のスタートから2人が素晴らしいんです!
鍛治:第一弾を客席から観ましたが、「かっけー!」って思いましたよ(笑)。
谷口:演劇ならではの表現の素晴らしさですよね。
石丸:創意工夫を重ねて作った舞台です。原作をどう実現しているかを楽しむのもよし、シンプルに目の前で繰り広げられる物語を楽しむもよし。幅広い客層に楽しんでいただける間口の広い舞台です。
──先ほどから話題に上がっている一色洋平さん、廣野凌大さん、タイプの違う2人のエドの存在も舞台ならではですよね。石丸:舞台『ハガレン』は2人の俳優のリアル成長譚でもあるんです。それぞれの道を歩むまったくタイプの違う彼ら、第一弾を経て俳優としての各々の課題への向き合い方が確実に変わりました。前回、とても苦労したところを軽やかにクリアし、さらに高みを目指す姿を周りの俳優たちもまっすぐにリスペクトしているので、座組の空気が、エドとアルに愛情を向ける大人たちという物語の構造とシンクロしています。どんどん魅力的な「ハガレン」になっています。
谷口:エドが2人いる、マスタングが2人いるというのは従来の2.5次元の理論で言えばちょっとありえないくらい珍しいこと。それもどちらもまったくタイプの違うWキャストって。でも、物語の中ではどちらも確実にマスタングだし、確実にエドなんです。これは目から鱗でした。願わくはWキャストのどちらも見ていただきたいです。
鍛治:両役とも、よくあそこまで真逆の俳優をキャスティングしたなと思います。
谷口:ホント、面白いですよね。
石丸:エドのオーディションで最後まで残ったのが、ある種、規格外の人間力を持っているあの2人。そこからは選べなかったの。エドというキャラクターがあまりに大きすぎるから、2人分の人間力で挑んだらエドに追いつけるんじゃないかって。彼らの真っ直ぐな演劇への取り組みは、まるで2人でエドを錬成しているように見えます。
鍛治:なるほどね。
石丸:それがとても面白い結果になっている。でも、2人とも、期待を込めてまだまだ上に行けると思っています。物語と同じく道半ば!
──こうしてエドの歩みに、それを演じる俳優さんの歩みを重ねて見ることができるのも舞台ならでは。同じ時を生きていてよかったなと思う瞬間です。最後に石丸さんからメッセージを。石丸:第一弾は、この物語が何を巡るお話かということやキャラクターの紹介のような位置づけでした。その最後で、大切な仲間であるヒューズの死という喪失とラッシュバレーでひとつの命が誕生したという、2つの出来事を対比的に描きました。今回はそこからさらにそれぞれのキャラクターの生き様が色濃く描き出される展開を迎えます。大切な誰かを思う気持ちは平和な愛という形だけでなく、ときに憎悪に変貌することもあり、愛や生き様を貫こうとする人々が交錯するとそこに戦場(いくさば)が生まれる。そんなサブタイトルの第二弾です。このテーマは非常に現代的でもあり、だからこそ戦場は安易に描いてはいけないという思いで、真摯に、丁寧に稽古をしています。ただ戦場という厳しさもありますが、エドとアル、エルリック兄弟の目を通して届けられるのは愛のある、血の通ったぬくもりのある世界です。演劇で立ち上がる、荒川先生が描いた「ハガレン」の世界に出会いに、劇場にいらしてください。お待ちしています。
【こちらもおススメ!】
──石丸さんは原作者の荒川先生と対談もされたとのこと。石丸:この偉大な原作を生み出した方を前に、私から聞きたいことも山ほどありましたし、先生も私が演劇をどうやって作っているかに興味を持ってくだいました。次々に話題が飛び出し、クリエイター同士、話が止まりませんでした(笑)。そこで感じたのは、先生の命への向き合い方には、深い愛情とともにドライな視点もあるということ。酪農をされているということも影響してか、センチメンタリズムよりリアリズム、科学的という言葉も当てはまるかもしれません。お人柄も大らかで、緊張して話していた私をでっかいセンスオブユーモアで包んでくださる、泰然とした揺るぎない大地を感じる方です。
対談の模様はこちらからお楽しみいただけます↓
【第二弾上演記念】舞台『鋼の錬金術師』超ロングダイジェスト
おけぴ取材班:chiaki(インタビュー・撮影)監修:おけぴ管理人