KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『リア王の悲劇』藤田俊太郎さん(演出)×木場勝己さん対談


2024年度、KAAT神奈川芸術劇場メインシーズン「某(なにがし)」の幕開けはウィリアム・シェイクスピアの『リア王の悲劇』! 老いにより退位を決意したリア王が3人の娘のうち自分を最も愛するものに財産を多く分けようとする──そこから始まる物語。リアと娘たち、家臣のグロスター伯爵と子どもたち、様々な思惑が交錯しあぶり出されるのは人間とは、私とは何か。まさに<某>のスタートにふさわしい作品です。公演への期待をさらに高めるお二人、シェイクスピア作品の演出に初めて挑む藤田俊太郎さんとタイトルロール、リア王役の木場勝己さんの対談をお届けします。


【「リア王」20年生と61年生】

──藤田さんは、『リア王の悲劇』で初めてのシェイクスピア作品の演出をされます。



藤田:まず、大好きなKAAT神奈川芸術劇場で芝居ができる、演出できることを嬉しく思います。シェイクスピア作品、「リア王」に挑戦したいという思いはずっと持っていましたが、それが叶うのはすべてご縁とタイミング。長塚圭史芸術監督や劇場関係者のみなさんと話をする中で、メインシーズンの幕開きにふさわしいということで本作を上演することになりました。そして、タイトルロールに木場勝己さん! 戯曲を読んでいる段階から木場さんがリアを演じている姿がはっきりと目に浮かんでいたので、これは良い作品になるとワクワクしています。このご縁に感謝しています。

──木場さんはリア王を演じることをどのように感じていらっしゃいますか。

木場:僕は「リア王」とは長いんですよ。通算61年の付き合いになります(笑)。
13歳の時、中学校のペンフレンドクラブの文化祭での出し物で、僕がリア王役を演じることになった。それが最初。そこから俳優学校の座学で「リア王」に触れ、劇団時代の秘法零番館『ひまわり』(1988年)では、リア王の台詞を時々口にするアルバイトの父親を演じ、90年代に入ると英国人のジャイルス・ブロックによる演出の『リア王』(1993年)で道化役を演じました。そして70歳を過ぎて、リア王役のオファーをいただいた。これは逃げられないなと思いました(笑)。

──ちなみに13歳の木場さんに「リア王」はどう映りましたか。



木場:テキストは少年少女文庫だったので、今、僕たちが扱っているものとは当然違うのですが、それでも有名な財産分与のシーンはありました。一番良いことを言った娘に財産をたくさん与えると言ったのに、どうして最初の一人しかしゃべっていない段階で決めてしまうんだろうと思い、理由を顧問の先生に聞いたんです。若い英語の先生だったのですが、「私、わかりません」で終わってしまいました(笑)。ただ、読んでみると結構面白いなと、その時も思いましたね。

そして「人が泣きながらこの世に生まれてくるのは、この阿呆の舞台に出たのが悲しいからだ」この言葉がビシッときて、今でも心に残っています。その台詞をリア王として言えることを光栄に思います。藤田くん、ありがとう!

藤田:いやいや (笑)。僕のほうこそ、喜びで震えております。この作品の最大の謎のひとつが「なぜリアは荒野に放り出され、こんなに悲しい思いをしなければならなかったのか」。それが僕の中で2020年以降の世界の有り様と重なり、「みんなリアなのではないか」という考えが浮かび、「今こそ、木場さんのリアを上演したい!」と切望していました。

僕は、木場さんの61年には遠く及びませんが、「リア王」20年生です。1幕2場の私生児エドマンドの「大自然よ、お前こそ俺の女神 お前の掟なら俺は従う……」で始まる長台詞。僕が覚えているのは松岡和子さんの訳なので、今回上演する台本とは違うのですが、これが20年前に僕が受けたニナガワ・スタジオの俳優募集のオーディションのテキストでした。いくつかある中でこの台詞を選んだのは、強い意志を持った言葉が魂に響いたのだと思います。幸運なことに、オーディションに通り、俳優として蜷川さんの芝居に関わるようになりました。時を経てスタッフに変わっていくのですが、私生児エドマンドの言葉は自分の中にずっと存在し続けています。

──今回は河合祥一郎さんによる新訳のフォーリオ版での上演となります。どのような『リア王の悲劇』になりそうですか。翻訳の印象とあわせてお聞かせください。


藤田:俳優が躍動できる言葉です。女性の強さにフォーカスを当てつつも、個々のキャラクターを規定しすぎず、でもちゃんと確信をもって訳されている印象を受けます。それぞれの登場人物、いろんな役を担うコロスも含め、皆、キャラクターが立っている素晴らしい翻訳です。

今回、エドマンドの父親でもあるグロスター伯爵の嫡子エドガーの設定を女性に変え、土井ケイトさんが演じます。そのことによって次なる支配やエドマンドの嫉妬心、野心、生き様がより明確になると思っています。最大の挑戦でもありますが、観客のみなさんに楽しんで見ていただけるだろうという手応えを感じています。

──財産分与のシーンで、13歳の木場さんが抱いた疑問に、藤田さんはどう答えますか。

藤田:確かに、どうしてだろうと思いますよね。その答えのひとつは、一人目で決めてしまうということは、最初から全て決めていたのではないかということ。舞台となるブリテンの領土がどれだけ住みやすい環境なのか、長女のゴネリル、次女リーガンに与えられたのは決して住みやすい土地ではなく、リアは最初から、ブリテンで最も豊かな土地でコーディーリアと暮そうと決めていたのではないかということです。それは戯曲にも示唆されています。また、これは木場さんともお話していることですが、リアの“老い”だという答えもあるでしょう。その後、リアはコーディーリアに対して怒り、追い出すという、周囲の皆が驚く行動に出るのですが、それも含めて老いだと考えると疑問はかなり解けてくるのではないでしょうか。

木場:良いことを言ったら財産をたくさんあげるという自分が出したルールを覆し、それすらもどこか意識の外に飛んでしまう。それが老い。こういうことは日常的に私に起きています。その後の展開は違いますよ、同じだったら僕は生活していけないから(笑)。そうやって自分のことを考えると割とあることなのかなと思います。ましてや、その後に続く出来事の衝撃が大きければ、人の意識はそちらに向きますからね。

──これまで複数の翻訳で『リア王』に関わってこられた木場さんにとって新訳というのは。

木場:ドキッ。その話題にいきますか(笑)。目下、苦悩のどん底にいますね。福田恆存、小田島雄志、松岡和子、訳者の人数で言うと3人、そこに少年少女文庫を入れると4つの翻訳とともに60年やってきたんですよね。舞台上でしゃべった台詞もありましたので、結構、ガッツリ頭と身体に入っているんです。今、戦っています(笑)。


【名優たるゆえん】



──シェイクスピア作品などの翻訳劇でも、井上ひさし作品でも、木場さんが演じられると言葉がすっと届き、決して遠い話ではないと感じられます。木場さんのお芝居のすごさについて藤田さんはどう感じていらっしゃいますか。

藤田:これまで木場さんの舞台をご覧になった日本のみならず、世界ツアーで訪れた各国の観客がそうであったように、僕も木場さんの芝居からとても豊かなものを受け取った観客の一人であり、演劇人の一人です。木場さんからは、観客はこういう存在だから、こう演じてこう渡そうということをまったく感じません。極端に言えば、観客不要。いや、木場さんがお客さんは不要だ!と思っていらっしゃるということではなく、芝居をする上でということですからね(笑)。言いたいのは、どのような状況でどのような観客を相手にしても、木場さんはご自身の仕事、つまり言葉の向こう側にあるキャラクターを一人の人間として、一人の俳優として生きる。そのために、あらゆる想像力を働かせ、あらゆる努力をし、時にはギリギリのところまで言葉や身体と戦う。僕たちは、そんな木場さんの芝居という生き様から何かを受け取っているということ。木場さんは観客ありきとしないから、観客は絶大なる信頼をもって木場さんの芝居を観ることができる。これ、最大の逆説ですよね。

──今の藤田さんの言葉を受けていかがですか。

木場:僕はあまり考えてないんですけどね(笑)。結局、俳優は作家が書いた言葉をしゃべっているにすぎないんです。だから正直なこと言うと、くっきりはっきり聞こえるように言おう、これしかありません。問題は、その言葉を発する前、どうして、誰に何を発したいのかということを考えないとしゃべれない。それからもう一つ、言い終わった後に自分の身体に何が残るのかってこと。恨み言なら言い切ると楽になりますし、愛を告げると、大抵はうまくいかないのでいくら言っても充足しない感じが残ります。そうやって言う前と言った後の身体の中の動きを稽古場で探し出すことがすべてだと思っています。

そこで問題になるのは、自分だけじゃなくて相手。相手が言ったことに対して返しますから、相手の言葉を自分がどう受け止めたかを考えることが、稽古場での仕事としては圧倒的に大きいだろうと思っています。それ以外のことはしていません。

──今のお話だけでも、とても豊かな稽古場になりそうですね。


【『リア王の悲劇』という大勝負にともに挑めるしあわせ】



──お二人はお付き合いも長いかと思います。初めて会ったのは?

木場:何の時だっけ?

藤田:2005年、蜷川幸雄さん演出『天保十二年のシェイクスピア』です。

木場:そうそう。稽古場で台詞を言い終えてもそこに居続ける僕の手を引っ張って、「出番、終わっています!」って言ったのが藤田くんだよね。

藤田:少し、僕の記憶とは違っているのですが。演出助手になりたての頃で、とにかくその場にいることに必死で、とても木場さんに近づける立場ではなかったです(笑)。ただ、蜷川さんが「あれは俺が了解していることだから、余計なことをするな」と若手の演出助手みんなに話したことは覚えています。そこにいた一人であることは確かです。

木場:説明するとね、『天保~』の稽古で、僕が演じた隊長は語りなので台詞を言い終わったら去って、次の場面に渡さないといけないのに、僕は最初から決めていたんです、「台詞を言い終わっても舞台上に居続けよう」って(笑)。事前に蜷川に「“ト退場”は俺に任してもらっていいですか」と言ったら、「いいよ、好きなようにやって」と了解は得たんです。だから居残ったところ、演出部に手を引っ張られたという。まぁ、その後、僕は後悔することになるんです。ずっと居なきゃいけないから大変だって(笑)。

藤田:僕の記憶が正しければ、蜷川さんも驚いていらっしゃいました。ト書きには、どこにも書いてないですからね「隊長が居る」って。好きにしていいと言ったけれど、まさかずっと居続けるとは(笑)。

木場:まぁ、驚くよね(笑)。そうかと思えば、ここは出なくていいかなと勝手に判断して出なかった場面もあったんです。そうしたら蜷川に呼ばれて、「なんで出ないのか」と聞かれ「出たくないので」って。本当に酷いよね。僕は不真面目だから、やっぱり止めてくれる人は必要だね(笑)。

──なぜ、その場に居続けようと?

木場:蜷川版の上演に当たって、井上さんが冒頭の隊長のシェイクスピアがらみの台詞をごっそりカットしちゃったんですよ。長台詞だったのに……、それはもう僕としては“大胆なカット”どころじゃないんですよ。それで正直に言うと、ちょっとムカッとしていて(笑)。どうにか目立つ方法はないかと思案して、語り手だけど舞台に居残ってしまおうと!



藤田:今振り返ると、木場さんがずっと舞台上で作品を見つめる眼差しが、井上さんの眼差しに重なるのではないかと、思います。木場さんは稽古場から、戯曲や演出家の想像力を超える芝居をされていたんです。それが演出家にインスピレーションを与える。僕はずっと羨望の眼差しで見ていました。

蜷川さんとの関係もおそらく稽古場の誰よりも長く、蜷川さんたちが結成した櫻社時代からですよね(1972年)。そこから劇団の解散を経て、木場さんと蜷川さんの間には僕らには想像が及ばない結びつきがあると思うんです。友情という言葉かもしれませんし、信頼かもしれません。だから蜷川さんは木場さんにはダメ出しはしないし、とにかく想像力の思うままに演じてくれと思っていた。それだけの仕事をされてきている方です。

だからこそ、互いに日本の演劇界のトップランナーでありながら、それまで交わることのなかった井上ひさしさんと蜷川さんが初めて組んだ2005年の『天保十二年のシェイクスピア』の語り手でもある隊長役に蜷川さんがこだわったのも当然のこと。それを演じるのは、お二人が共に絶大な信頼を寄せる木場さんを置いていないわけです。蜷川さんはきっと「俺の方が(井上さんより)先に木場に出会っているんだからな!」と思っていたことでしょう(笑)。

木場:笑!!

藤田:そして木場さんはその頃から、すべてのスタッフにすごく優しくて、若手にもたくさん話しかけてくれました。優しさだけでなく、時には厳しさも。演技者としても、人間的にも素晴らしい方です。

そこから2020年の『天保十二年のシェイクスピア』で初めて演出家と俳優としてご一緒し、今回は『リア王の悲劇』という大勝負ができる。僕は本当に幸運だと思います。

このカンパニーで、2024年の今しか作れないリア王の生き様をお見せしたい。僕がこの作品や木場さんに出会って演劇の面白さを知ったように、お客様がこの舞台に立つ俳優たちに出会って『リア王の悲劇』を面白いと感じ、豊かなものを持ちかえっていただけるような作品にします。人生の見方がちょっと変わって劇場を後にしてもらえたら嬉しいです。



お二人の心に刻まれた台詞があるように、『リア王の悲劇』を観て、どんな言葉が、景色が、心情が残るのか──
木場さんのリアを中心に、三人の娘は水夏希さん、森尾舞さん、原田真絢さん(道化も!)、リアの家臣グロスター伯爵に伊原剛志さん、藤田さんのお話にも出てきた嫡子エドガーに土井ケイトさん、私生児エドマンドに章平さんなど、想像するだけでもワクワクする顔合わせ! KAAT神奈川芸術劇場のホールにどんな空間が生まれるのか!そこで何を感じるのか、楽しみです。
KAAT 神奈川芸術劇場プロデュース
『リア王の悲劇』
作:W.シェイクスピア
翻訳:河合祥一郎
演出:藤田俊太郎
出演:
木場勝己
水夏希 森尾舞 土井ケイト 石母田史朗 章平 原田真絢
新川將人 二反田雅澄 塚本幸男
伊原剛志
稲岡良純 入手杏奈 加茂智里 河野顕斗 宮川安利 柳本璃音 山口ルツコ 渡辺翔

2024年9月16日(月・祝)~10月3日(木)@KAAT神奈川芸術劇場<ホール内特設会場>

公式サイト: https://www.kaat.jp/d/king_lear

おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人

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