2024年12月、来日版・日本版の2バージョンが上演されるミュージカル『ライオン』。8月10日の世界ライオンの日を記念して⁉、ミュージカル『ライオン』「SING&TALK」イベントが開催されました。登壇者は主演、ならびに翻訳・訳詞を手掛ける成河さんと、ギター演奏指導・監修のyas nakajimaさん。さらに、成河さんと共同で翻訳・訳詞の宮野つくりさんもロンドンからオンラインで参加! 充実のイベントをレポートいたします。記事ラストには、イベントが行われた会場で収録されたミュージカル『ライオン』楽曲PV2曲もご紹介しております!!
膝を突き合わせてという距離感でお客様の生の反応を聞きながら進むアットホームなイベント。ギターに囲まれたテイラー・ギター専門ショップのArtist Loungeは作品の世界観にピッタリな空間です。
【SING】
成河) まずは作品のテーマ曲となる♪おもちゃのバンジョー(Cookie-tin Banjo)からお聴きください。
成河) みなさんは僕が人前で『ライオン』の弾き語りを披露した初めてのお客様です。人前で弾く体験をしたかったので、今日、お集まりいただいたみなさんには感謝の気持ちでいっぱいです。『ライオン』は、お父さんと息子のお話、実話です。次の曲は幼い息子にお父さんが歌ってくれた曲、誇り高く立ち向かう勇気を説く♪嵐の越え方(Weather the Storm)です。
成河) ありがとうございました。
演奏はおしまいです。本番まで頑張ります!
◆ その一音一音に自然と耳を傾けたくなるギターの音色や言葉、語り掛けるような歌が心を掴む。この時点で、すでに公演が楽しみになっています。
【TALK】
続いてトークパートへ。ギター演奏の緊張から解き放たれた成河さんの『ライオン』への情熱、ワクワクが一気にあふれます。ここからは演奏を見守っていたyas nakajimaさん、ロンドンからオンラインで宮野つくりさんも参加!
成河) ここはテイラー・ギターの秘密基地。2か月ほど前に、僕もこちらでギターを購入し、このスペースを知りました。ここでイベントができたらいいなと各所に無理を言って(笑)、開催できました。
成河) ではご紹介します、こちらは僕のギターの先生yas nakajimaさんです。
yas) 普段は自分で弾くことの方が多く、教えるのはあまり慣れていません。『ライオン』の楽曲は、14歳からギターを弾いている僕から見てもかなりの難易度で、最初は「え?これを俳優さんが弾くんですか!」と。成河さんは昔からクラシックギターを弾いているとはいえ、楽曲はカントリーなので奏法も違います。まずは成河さんがどのくらい弾けるのかを知りたくて、「一度、僕のスタジオに来てもらえますか?」というのが……半年前のことです。
成河) もう半年経つんですね。yasさんはとにかくすごいんですよ!それをお話しするために、まずは作品の成り立ちから説明します。
脚本・作曲・作詞はミュージシャンのベンジャミン・ショイヤー、元は彼が自らの半生を歌った私小説的なライブステージ。今日はほっこりとした曲調の楽曲を弾きましたが、描かれるのは壮絶とも言える父親との関わり、彼を襲う出来事。それを乗り越えるまで、10歳から30歳までの20年間の物語です。
アメリカで弾き語りツアーをしていたベンジャミンですが、ある日、あまりにしんどくなって一度封印します。そこに登場するのが英国のプロデューサー、ダニエル・タレント。演劇にしたいとオファーし、その実現のために見つけ出したのがマックス・アレクサンダー・テイラー(←来日版のベン!)。
マックスは小さなころからギターを弾いていて、音楽学校も卒業しています。コロナ禍の2年間、そんなマックスにベンジャミンがつきっきりで指導し、演出家とともに演劇に作り上げました。マックスは一緒に過ごすことでしかわからないベンジャミンの人となりまで理解し、ギターの奏法も完コピしています。そうやってできたのがミュージカル『ライオン』です。
シンガーソングライターの弾き語りに始まり、彼と俳優の手で演劇となった。つまり『ライオン』には楽譜がない! そこでyasさんに泣きついたわけです(笑)。
yas) あったのはマックスが演じている本番の定点映像。成河さんがそこから音源を取り出して、何分何秒からがこの曲ですという情報を整理して渡してくれました。
成河) そこから手書きでギター譜を書き起こしてもらいました。これは本当にすごいことです。全部で20曲ほど、譜面に起こすのに1曲で6時間くらいかかるものもあったそうで……
yas) 普段からシンガーの音楽監修で楽譜を書いていますが、こんなに時間のかかる曲はあまりありません。半年かかって、先日、遂に全曲完成しました!
(拍手!)
成河) ギターの上手いマックスが2年、それを僕は1年弱で完成させなくてはならず……本当にいろんな方の助けを借りてここまできました。残りは4か月!
yas) 最初は危機感を覚えました(笑)。以来、常に頭の片隅にはずっと『ライオン』がある状態でしたが、成河さんが本当に熱心に練習をしてきてくれるので、今は安心しています。ここからは人前で難易度の高い曲を弾き、観ていただくことが大事。実践的な練習が本番に繋がると思っています。
成河) だから今日は本当に貴重な機会。改めてありがとうございます! ことギターの演奏技術については100回練習すればちょっと上手くなる。それが嬉しくてたまりません。俳優にとって演技はそうはいかず、お芝居には何がいいかの答えがないから練習のしようがないんです。だからギターの練習にハマっちゃう。一時期は常軌を逸して練習しすぎて小指の腱を痛め、1か月練習を休んだことも。あの1か月があればもう少し上達していたかも(笑)。
あと、ベンジャミンやマックスはギターが上手いうえに、手が大きいので彼らと同じようには弾けません。僕はクラシック技法の応用で弾くことにしたのですが、初期段階で、それでいいかベンジャミンに訊いてもらったところ、ベンジャミンが長文のメールをくれました。そこには「『ライオン』は父親から教わったギターをいかに自分の弾き方で弾けるようになるかというテーマの作品。成河さんがいかに成河さんの弾き方で弾けるようになるかというテーマで取り組んでください」とありました。今でも困ったときに読む僕の宝物です。
【翻訳と訳詞】
MC) ギターの練習とともに成河さんは翻訳・訳詞の作業もされています。
成河) 2月から宮野つくりさんと一緒に進めています。主に訳詞についてガシガシやっていますが、あと一曲まで来ましたね。つくりさんはご自身で日本語/英語で作詞、作曲されますが、ベンジャミンの曲の英語の歌詞、音楽の印象は。
宮野) 歌詞の巧みさを感じます。とてもかっこいい。さらっとしているのですが、詩的な言い回しだったり韻を踏んでいたり。それを日本語にするのが難しいです。
成河) 訳詞、難しいですよね。今は半々ぐらいの作業分担で進めていますね。
宮野) 信頼関係があるので、アイデアのキャッチボールがいい感じでできています。
成河) 2週間で1曲くらいのペースでつくりさんが訳詞をくれて、それを僕が修正して投げ返す。少し変えるときもあれば、まるっきり変えてしまうときもあります。それを再びつくりさんが修正するという繰り返し。会議では、つくりさんはいつも「Yes, and……」と一度受け取って、それに対してご自身の考えを乗せて提案する。否定をせずに、お互いの解釈を持ち寄って作品が広がっていく。素敵な共作ができていると感じています。
宮野) 本当にそうですね。ときには「ここの5文字募集中!」と投げかけることもあります。一緒に悩んでいるからこそ、意見を言い合える、とてもヘルシーな関係で作業できていると、私も思っています。
成河) 最初に聴いていただいた♪Cookie-tin Banjoは作品を貫くテーマ曲、最初と最後で聞こえ方も変わってくるような曲。まだラストの歌詞の候補が2つほどあります。つくりさん、5文字「贈りもの」を今日は前のバージョンに戻しました。
成河) 僕らはこうやっていろんなことを試しながら“日本語の歌として成立する歌”を目指しています。♪Cookie~の歌い出しは原語では「My fa↓ther↑」、この音型が繰り返されます。僕らは「父さん」を選びましたが「父↓さん↑」より「父→さん↓」となるわけです。日本語のぎこちなさ、違和感は演技にも影響を及ぼす。多少メロディラインを変えてでも日本語の響きを優先させたいと、僕は攻めた感じで変えるだけ変える。それに対してつくりさんがここは音を守った方がいいよとストップをかける。そんな感じかな(笑)。ライセンス作品というのは、ここの音符は守ってください、ここの歌詞は外さないでください、など様々な禁止事項があります。でも、ちゃんとこちらの意図を説明すればわかってもらえると思って。11月に英国で稽古をするので、そこで決まることもたくさんありそうです。
宮野) やっぱり元の音やメロディも大切にしたい気持ちがあるので、いつも葛藤ですね。私自身、英語でも作品を作っているので、原語ではなにを大事に作ったのかもわかりますし、でも日本語だったらこうだろうというのもすごくわかる。一人ではどうしたらいいのか悩んでしまうところ、成河さんとの共作ということで「弾いてみたらこうだった」など俳優としての意見もいただけて、すごく助かります。それは私にはわからないことなので。
成河) 嬉しいです。日本語での訳詞には正解がないから、みなさんからも意見をもらいたいくらいです。
成河) ♪Cookie~はギターが上手なお父さんから音楽を教えてもらった息子ベンが歌う、「クッキー缶で作ったおもちゃのギターが始まりだよ」という歌。その最後の歌詞。今、歌ったのは──
まだどこかにあるだろう 僕のおもちゃのバンジョー 今 この手にはギター 喜びと音楽 命をつなぐ 絆をくれた 手作りのあの音色 僕の始まりの音 最初につくりさんが作った歌詞、これがA案。とても気に入っています。でも英語詞から損なわれているところもある。ちなみに元は──
Now buried somewhere in the closet is my cookie-tin banjo In my arms is my guitar my greatest source of joy For the life that I have now I'm grateful to my father Who gave the gift of music to his boy It started with a simple homemade toy 素敵な歌詞でしょう。さりげないところで全然いやらしくない韻を踏みながら、最後はものすごくシンプルなところに落として、かかり言葉も上手にはまっている。この最後のブロックが最初からもう本当に難題。
訳詞はもうひとつ、こちらはB案。
まだどこかにあるだろう 僕のおもちゃのバンジョー 今 この手にはギター 喜びと音楽 命をつなぐ 父からの贈り物 始まりはあの音色 手作りのおもちゃの音 僕は比較的英語に近い印象だと思います。つくりさんはどう?
宮野) 音のハマり具合はA案がしっくりくるので、私はそちらが好きかな。
成河) 音のハマりについては、間違いなくそうだね。
こういうやりとりをずっとしています。こうして紹介したA案、B案、さらにはそのハイブリッドになるのか。最後の最後まで悩みたいと思います。ちなみにyasさんはどう思う?
yas) 僕は全体の流れだと思う。そのときの成河さんの感情、お客さんとの空気感次第というか。まず素晴らしいのは、成河さんが楽曲を深いところまで掘り下げて、成河さんにしかわからないレベルにまで達しているということ。それを1つのストーリーとしてお客さんの前で歌ったとき、その日の成河さんがどっちを取るかということなんじゃないかな。海外のアーティストは平気でメロディもリズムも変えるんです。みなさんもライブに行って、CDで聴いていたのと全然違うメロディを歌っているという経験があると思いますが、それが普通。ベンジャミンも多分そう、彼らはあまり決め過ぎずに目の前のお客さんと会話するように歌を歌う。それがエンターテインメント、音楽の良いところだと思っていて。
成河) めちゃめちゃ深い話ですね。俳優ってなにをする仕事なのか、ではミュージシャンは?つまりは俳優論にも通じること。そこはマックスにもたくさん訊いてみたいことです。俳優とミュージシャン、近くもあり、似て非なるものでもある。もちろん歌詞、台詞は急には変えられないです。でも今、yasさんが言ったことは超が付くほど本質的なこと。俳優には簡単に手が届かないことをやらせてもらえていると思っています。じゃあ本番も変えますか、いやいや(笑)。
翻訳については、父親の呼称からも読み取れることもあります。劇中ではFatherとDadがあります。基本的にDadです。ただDadにも強く呼ぶものがあれば、甘えるように言うところもあります。それが最後の最後にFatherに戻る。70分、ほぼ主観で父との絆に苦しめられ、しんどい人生を語り、そこではDadと呼ぶ。ドラマの最後に少し距離を取って客観的に見られたときFatherと呼ぶ。それってとても演劇的で、僕はそこに心惹かれました。
MC) 11月のお稽古でマックスの演技を見て変わってくるものもあるだろうと、そこまで結論を出していない部分もいろいろとありますよね。
成河) そう。いわゆる翻訳、訳詞とちょっと違うのが、目の前にある台本を訳すのではないということ。ロンドンとアメリカでの上演映像を100回は観ましたよ。そうすると一人芝居ですし、シンプルになにをやりたいのかがめちゃくちゃわかってくる。だからこそ僕の感覚としては台詞も歌も含めた本編、台本の文字を訳すのではなく“あの上演を訳したい”と思っているんです。上演でマックスがやっていることを日本語にするのが本当の翻訳なのだろう。常々思っていたことに挑戦させてもらっています。♪Cookie~の歌詞が2通りあるということにしても、文字とにらめっこして解釈は無限だよねと言っていたら選べない。ただマックスとベンジャミン本人と演出家、彼らが作った土台があって、強いメッセージがあって、あそこに到達したいとなれば選択肢は2つに絞れる。そんな状況です。なんとなく伝わるかな。
(残りあと5分というアナウンスが)
成河) もう1曲弾こうかな。♪3匹のライオン(Three Little Cubs)。これもお父さんが歌ってくれる歌です。ひらひら飛んでいたら蝶々、のろのろと歩くのは亀、ぶんぶん飛ぶのが蜂なら、ライオンは?という問いかけから、吠えればライオンだと思ったら大間違いだよとお父さんが笑う。ライオンはなんでライオンか、それが、ベンが最後にたどり着く答えとなる。僕もとっても好きな、大切な曲です。今日はありがとうございました!
【上演に向けて】
品川プリンスホテル クラブeXに足を運び舞台監督や日本側スタッフとともに空間づくりについても話し合っているという成河さん。
成河) クラブeX、とても素敵ですよね。ただ音楽ライブ向けの空間なので、そこで演劇をするとなると工夫が必要。そこで段差を作ろうと……
(図面画像 HPより)
成河) 正直にお話すると、完全なすり鉢状の客席を作るのは予算の関係もあってやっぱり無理です。めちゃくちゃ大変! ギリギリのところで折り合いをつけて最善を目指します。
【ミュージカル『ライオン』楽曲PV】
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おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人