日英国際共同制作 KAAT×Vanishing Point『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』(2024年11月28日プレビュー、29日初日)にご出演の那須凜さんのインタビューをお届けします。
村上春樹の短編小説2作(「品川猿」「品川猿の告白」)を原作とし、英国現代演劇を代表する劇団ヴァニシング・ポイントの創設者兼芸術監督マシュー・レントンさんの原案・構成・演出で舞台化される『品川猿の告白 Confessions of a Shinagawa Monkey』。人間の女性に恋し、思いを遂げるために、その名前を盗んでしまう「品川猿」の叶わぬ恋の物語をベースに、他者への強制、罪と救済、記憶、そしてアイデンティティといった多層的なテーマを内包する本作、クリエイションの初期段階から関わる那須さんにたっぷりとお話を伺いました。
【クリエイションの過程】
──那須さんは『品川猿の告白』について実験的な段階から関わってこられたとのこと。まずは上演するまでの過程からお聞かせいただけますでしょうか。 2022年5月、ヴァニシング・ポイントのサンディ(・グライアソン)さんやマシューさんらが来日し最初のワークショップが行われました。それは上演を前提としたものではなく、日本人俳優とともに創作をしたいと思う2つの候補作品について、2週間ほどかけてみんなでシーンを作ってみようというものでした。そのひとつが『品川猿の告白』で、本を読みながら動いたり、猿を演じてみたりしました。翌年、彼らが再来日したときは『品川猿の告白』にしぼって更なる可能性を探り、次は私たちがスコットランドへ。グラスゴーにあるトラムウェイの劇場を2週間貸し切って、ワークショップを行いました。
──劇場の舞台を使って行うのですか!そうです。ものすごく贅沢ですよね。客席も見えるし、ライティングやサウンド、スモークなどの効果も試せました。音楽家もいて、その場で音楽が加わるなんてことも!
しかもそこはイギリス国内でピーター・ブルックの『マハーバーラタ』を上演した唯一の劇場。とても素敵で、大興奮! 稽古はもちろん、昼休みにはみんなで庭へ出てサンドイッチを食べて、また劇場へ戻るという夢のような日々を過ごしました。トラムウェイは名前の通り元は電車の倉庫だった場所なんです。
【豊かな創作環境で得たもの】
──KAATが長塚圭史芸術監督のもとで取り組んでいる「カイハツ」プロジェクトならではの贅沢な創作環境、ここまでの道のりで那須さんが得たものは。近年、新国立劇場のこつこつプロジェクトのような取り組みもありますが、どうしても上演ありきの稽古/クリエイションというのが日本の現状。今回の経験を通して、演劇を作る上で様々な可能性をみんなで、じっくりと探る時間がいかに重要なのかを肌で感じました。とくに日英合作となるとやはり短期間では難しい。私たちは2年かけて探れるだけ探ってきたので、しっかりと熟成されたものをお客様に届けられると思っています。実際の創作では、演出家が、俳優がというのを超えて“みんなで作る”ことを強く感じました。意見を出し合い、道を模索するとき、限られた時間で仕上げるには失敗を恐れてしまう。それに対して、時間をかけ、失敗を重ねながら新しい自分たちの道を見つけていくことはとても贅沢で幸せな作業でした。上演が決まったときは、「さぁ、上演に向けて準備をしなきゃ!」という緊張感より、仲間と一緒に作ってきたものが世に出ることへの嬉しさがありました。
──「日英二カ国語が飛び交うダイアローグ」というのも気になるところです。最終的にどのような形になるのか、まだ決まっていないところもありますが、英国の俳優が英語でしゃべる台詞に対して、私たちが日本語で返す、それに英語で返す──それが成立している世界線。それを観客のみなさんが受け入れられるように考え、試してきました。そして村上春樹さんの作品がもつ深層意識で繋がるような世界観というのは二言語での上演と相性がよく、英語と日本語の会話を違和感なく受け入れる助けになっていると感じます。逆に「どうしてここは日本人同士がしゃべるのだろうか」、お客様にとってそれが作品を読み解くひとつのポイント、面白さにもなるかな。
──すごく興味深いです! ちなみに英語の台詞に日本語で返す演技をするのは、率直にいかがですか。最初はとても混乱しました。私たちは英語がしゃべれないにしても、耳にしたことのある単語や言い回しだとなんとなく理解できますが、英国の俳優は日本語をまったく理解できないのでこちらの台詞終わりもわからず、始めは台詞を食ってしまうことも。それがだんだんと彼らもわかるようになってくるんです。耳が慣れるということもありますが、彼らを見ていると音をピックアップするというより、人間同士、俳優同士の繋がりが生まれることで相手の感情を受け取り、自然に今はこういうことを言っているのだろうとわかる。そんな素晴らしい瞬間を体験できたことに国際共同制作の面白さを感じています。
──まさに交流ですね。マシューさんは村上春樹が大好きで、すべての作品を読んでいるような方ですが、「ニホンザル」と「温泉」というような日本人にはすんなりとリンクすることがピンとこないことも。そこは私たちが「猿が温泉に入るんですよ」と教えるなんてこともありました(笑)。言葉だけでなく文化的バックグラウンドの共有も行われています。
──マシューさんがそうであるように、村上春樹作品は多言語に翻訳され世界中にファンがいます。先ほど深層意識という言葉も出ましたが、改めて村上春樹作品の魅力は。現実世界をリアルに描くというよりも、もうひとつの無意識下の世界のほうが本当なのかもと感じさせ、不思議なことこそリアルだと信じさせる力があると感じさせるところが魅力。たとえば「品川猿」は自分の名前を忘れてしまった女性の話、そこに猿が関わってくると聞くと「一体どんな話なんだ?」と思われるかもしれませんが、名前=自己を喪失し空虚な世界に生きる主人公の姿とその後の展開を通し、人間の在り方を描く。不思議だけど奥深いんです。マシューさんもそこを色濃く描きたいと、原作にはないオリジナルのシーンも加えています。
──文字で完成された作品を舞台に立ち上げる、そこにはオリジナルの仕掛もあるのですね! さらに「品川猿」「品川猿の告白」の2つの短編がどう繋がっていくのかも楽しみです。2作品の時系列をどうするのか、考え方も習慣も違う2カ国のメンバーで議論が煮詰まることもありました。もし初日が迫っていたとしたら、なんとか落としどころを見つけていく作業が必要になりますが、マシューさんはそこで、「僕たちはここまで十分に考えてきた、ここからは村上春樹さんの原作に最大限の敬意を払いながら、僕たちの『品川猿の告白』の骨格を作っていこう」と大きく舵を切りました。
──こうして生まれた新しいベクトルこそが「カイハツ」プロジェクトの醍醐味のひとつ。長塚監督が英国留学中にロンドンのナショナルシアターで感じた豊かな創造性に通じるものですね。【本番に向けて】
──配役を伺ってもよろしいですか。私がみずき(名前を忘れてしまった女性)、サンディが品川猿というところは決まっていて、あとはみなさん兼役などもある感じになりそうです。
──人形遣いのエイリー・コーエンさんのお名前があるので、てっきり猿は人形かと!! ふふっ、そこもお楽しみに(笑)!人形や俳優のフィジカルを使っていろんな形で猿が表現されると思います。そういえば、猿をどうするかを永遠に話し合う1週間もありました(笑)。人形については、文楽のように猿の人形の後ろに人が立ち、3人くらいで手担当、頭担当のように分担し動かすのがとてもかわいいんです。そして人形遣いのエイリーもとても才能豊か! 稽古場でアイデアが浮かぶと、その辺にあるものであっという間に人形を作るんです。みんなでそれを見てみましょうという時間もありました。
──思わず猿の表現に食いついてしまいましたが、改めまして那須さんが演じるみずきについてはどのように立ち上げようと考えていますか。マシューさんとともにみずきという人物を掘り下げ、台本でも彼女の人生をより膨らませてくださっているので原作より輪郭がはっきり見えるように感じます。私はみずきが抱える孤独、蓋をしている心の内にある悲しみ、愛への渇望を等身大で作っていきたい。ほかのキャラクターがファンタジックな分、みずきはリアリティラインにいることが重要だと思っています。
──ここから本番に向けての課題は。日本語と英語の会話を自然に成立させるだけでなく、そのことが効果的だと感じていただけるところまで高めるのが日英国際共同制作の意義。それがマシューも含めたみんなでずっと悩み続ける課題になると思います。お客様には、私たちの課題の先にある“NEW=新しいこと”との出会いを楽しんでいただきたいです!
──KAATが取り組む「カイハツ」プロジェクトを経て誕生する公演、共同制作するのは長塚圭史芸術監督が惚れ込んだ劇団ヴァニシング・ポイント、もうこれだけでも期待が高まりますが、那須さんの力強い言葉にさらにさらに公演が楽しみになりました。豊かな創作環境で生まれる新鮮かつ芳醇な作品になりそうですね!!【作品紹介】(HPより)
「カイハツ」プロジェクトのワークショップやプレリハーサルからクリエイションに参加してきた那須凜、伊達暁、田中佑弥、家納ジュンコら4人の日本人俳優と、劇団ヴァニシング・ポイントのクリエイティブ・アシスタントも務めるサンディ・グライアソンをはじめとするエリシア・ダリ、サム・ストップフォード、アイシャ・グッドマンと人形遣いエイリー・コーエンの5人の英国人俳優により、日英二カ国語が飛び交うダイアローグと独特な視覚的言語を用いて描きます。空間造形の中に字幕を組み込み、多言語での上演を可能にした新たなスタイルで、観客を物語の世界へ誘います。
日英の俳優とクリエイティブスタッフで贈る、比類のない夢のような世界をどうぞご期待ください。
あらすじ
ある旅行者が日本の山奥にある寂れた旅館で、温泉の番をしている猿と出会い驚愕する。そして猿が人の言葉を話すと、さらに驚いた。背中を洗ってもらいながら会話が始まり、猿は品川猿と名乗る。その後、ホテルの客室に戻りビールとスナックを楽しみながら、猿がどのようにして「人間の言葉」を習得し、ブルックナーやリヒャルト・シュトラウスの音楽を鑑賞するようになったか、そして今、衝撃的な告白をしようとしている。一方、東京では、若い女性が自分の名前を忘れ、深刻なアイデンティティの危機に陥る。そして2つの物語が絡み合う。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人