「演劇システムの実験と開拓」としてスタートした「こつこつプロジェクト」。2021年から22年に実施された第二期から誕生したのが、11月に上演される『テーバイ』です。テーバイの地を舞台にしたギリシア悲劇『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネ』を3作に共通して登場するクレオンに焦点を当て再構築するという、ありそうでなかった画期的な作品。構成・上演台本・演出の船岩祐太さん、クレオンを演じる植本純米さんにお話を伺いました。
【みんなの「こつこつ」が合わさった本公演】
──「こつこつプロジェクト」での創作過程での気づきや思い出は。船岩:「こつこつプロジェクト」は1stから3rdの3つのタームに分かれていて、僕のチームは都度、一部のキャストを入れ替えて進めてきました。その間、いろんな俳優の言葉を受け取ることで、精度、密度、強度の高い上演台本になりました。人物像についても、キャラクター自身の考えや周りからの見え方についてのディスカッションを重ね、たくさんのバリエーションを試すことで、ある種の着地点が見えたという感覚です。

1st ディスカッションの様子

2nd 試演会の様子

3rd 試演会の様子
<歩み:1stでは台本の作成を目的としたディスカッション、2ndでは稽古場での試演会、続く3rdでは2022年3月に小劇場の舞台での最終試演会を行いました>植本:僕は3rdからの参加です。その準備として2ndの最終週を見学させてもらい、別の俳優が演じるクレオンも見ました。自分一人じゃない、1stから連なる3つのタームそれぞれに参加したみんなの「こつこつ」が合わさった『テーバイ』本公演だと思っています。創作過程では、強度のある台本を作りたいという思いのもと台本にはないオイディプスを国から追い出すシーンを実際に演じたこともありました。
船岩:別々の3つの作品を繋げる際に、どう整合性をとっていくか。そのために原作にはないシーンをエチュードなどで試し、そこで「なにかしゃべってみてください」と俳優に丸投げしたところ、素晴らしい言葉が出てきたんです。純ちゃん(植本さん)は完成度の高い長台詞を、台本にして20行分くらいしゃべってくれました。
植本:そうだったかな。「出ていけ!出ていけ!」しか言ってなかった記憶(笑)。
船岩:その時は事前にしっかりと考えてきたと言っていましたよ(笑)。その台詞がそのままの言葉で上演台本に反映されているわけではありませんが、最終的に台本を執筆するときに、試した一つひとつが大きな助けになりました。
【ギリシア悲劇は神話の二次創作】
──同じ時系列の神話をモチーフとしながらも独立した3作品を、一つの戯曲として再構成するというのは、船岩さんの中で長く温めていた企画なのでしょうか。船岩:この3作品が結びつくのではないかというのは、ずっと自分の中にあったように思います。それをこつこつプロジェクトに参加するにあたって、この企画が適しているのではないかと記憶の底から引っ張り出しました。
植本:僕が演じるクレオンはすべての話に登場するから3つは自然に繋がるようにも思える、これまでにも試みた人はいるのかな。
船岩:トロイ戦争絡みのギリシア悲劇10作品を再構築した『グリークス』のような作品もありますが、今回のテーバイの3作品については、調べたんですけど見つけられなくて…あるかもしれませんが、一般的ではないですよね。そもそも『コロノスのオイディプス』は上演機会も少なく、『オイディプス』に続きがあり、『コロノスの~』の先に『アンティゴネ』があるということもあまり知られていないのではないでしょうか。
──ちなみに、そもそものところで「ギリシア悲劇」とはどのようなものだと捉えていますか。船岩:わかりやすく言うと神話の二次創作。神話(エピソード)が成立しただろうと思われる時期とそれが“神話”として書かれるまでには何世紀もの隔たりがあります。その間、“神話的なエピソード”が語り継がれ、いろんなバリエーションが生まれ、さらにそれを劇作家たちが各々の感性で描いたのがギリシア悲劇。だから今回の試みは、その精神に則っているとも言えます。ギリシア悲劇につきまとう、「文学的厳格さから離れた、当時の上演の自由さ」をお手本にして(笑)、3つの話を再構築しています。
【一介の脇役がセンター0番に踊り出る⁉】
──有名な『オイディプス』『アンティゴネ』のタイトルロールの二人に加えて、クレオンにスポットを当てるというのも興味深いです。そしてクレオンを演じるのが植本さんです。船岩:クレオンは、ソポクレスのほかのいくつかの作品にも登場するキャラクターながら、総じてストーリーを転がすためにうまく使われているコマのような存在。それを今回は3作品を貫くクレオンにもスポットを当て1本筋を通す。そのためにクレオンを単なる悪人ではなく多面的な人物として描きたいと思いました。その複雑さをしっかりと表出させることができ、かつ人の良さがにじみ出るような俳優に演じてもらおうと純ちゃん(植本さん)をお呼びしました。
植本:実際に台本を読んでも、クレオンはつくづく小物だなと思うんです。企画書にも「一介の脇役にすぎなかったクレオンが」とあって、やっぱりそうですよねって(笑)。そんな脇役がなにかの間違いで真ん中、センター0番に立ってしまうという話。トップクレジットですが、お芝居をご覧になるお客様も「この人はいつ真ん中に来るのだろう」と思うんじゃないかな(笑)。
船岩:いやいや、3分の1はクレオンの話ですから!
植本:神託ゆえか、はたまた勘違いか、いろんなことが重なってクレオンは“その器”ではないのに王座に座る。現代の統治者、為政者にも参考になる人が……(笑)。
船岩:現代にも通じるという点では、長い時間この台本向き合っていると、時代の方がどんどん動いているにもかかわらず、台本に描かれることは揺らぐことはないという作品の強さは感じています。
【観客が心を寄せるのはクレオンかアンティゴネか】
──3作品を再構築することによって見えてくるものとは。船岩:推定されている初演順は『アンティゴネ』『オイディプス』、そこから20~30年程経って『コロノスの~』となります。「こつこつ」で創っている時は、台詞も演出もなるべくギリシア悲劇っぽさから離れようとしていました。その作業を終えて、今改めて、書かれた当時の時代背景と照らし合わせると、当時(紀元前5世紀)のアテネでの疫病の発生、政治状況と密接につながっていることがはっきりと見えてきました。本公演では、一度、遠ざけた当時の政治的背景から生まれた台本だというところを意識して立ち上げてみようと考えています。
──『アンティゴネ』で描かれる、埋葬行為をめぐる「人間の法」と「神々の法」の対立について観客として心を寄せるのがクレオンかアンティゴネか。通して観たときにどう感じるのかも楽しみです。船岩:二人の対立をどう受け止めるのかという議論はずっと繰り返されてきました。でもこれまでは『アンティゴネ』単体で観たときの印象で語られることが多いので、アンティゴネの主張の発端、原点が『コロノス~』に見出せたら、これまでの印象と変わるはず。
植本:加えてクレオンも『オイディプス』からしっかりと一本筋が通れば面白くなるよね!
船岩:そこが上手くいくといいですよね!
【本音を語り合える仲】
──お互いの印象を伺えますか。植本:僕たち、もともと飲み友達だったんです。そこから演出家と俳優という立場で仕事をするようになって、さらに仲が良くなったのか退行したのか(笑)。年齢も結構違うのですが、本音で語り合える仲ではあります。僕よりもはるかに地頭がよく、知識も豊富、演劇についても自分とはまったく違う道を歩んできているので、新しいことへの挑戦として、船岩の作品に飛び込んでみました!
船岩:今回ご一緒させていただいて、純ちゃんは改めて強度のある言葉をしゃべる俳優だと実感しています。古典も現代劇も、数多くの作品に出演してきた経験があるので、テキストを一つひとつ確認していく作業においてもとても心強い存在でした。
【「こつこつ」は壮大な企画書づくり】
──「こつこつ」の過程で高い壁だと感じたこと、苦労されたことは。船岩:それがないんです。通常の稽古だと初日というタイムリミットにむけて、どのレベルで成立させるかを検証する時間が基本的に足りない。そこが苦しいんです。でも、今回は十分に検証し、行き詰ったらほかの手がないかを考える時間があったので、むしろ壁にぶつかったときはチャンス。台本のほうを疑って、変えていくというのも大切な作業だと位置づけて取り組んできました。だから壁が高くて苦労したと感じることはありませんでした。
本公演になったらいいなという思いはありながら、上演というゴールを決めて、そこに向かって創るのではないというのは、とても贅沢だったと思います。
植本:そしてその時間を無駄だと思わなくていい、良い時間だったねと思えるのも!
船岩:そうそう! あと「こつこつ」の過程を俳優の演技の熟成に重きを置くのではなく、台本の執筆、上演の仕方、企画そのものを熟成させる時間にしようと舵を切ったんです。このプロジェクト自体を企画のプレゼンテーションだと捉えました。面白いものがあればやってみよう、そんな“面白い種”を作ってみようという機会。そして劇場がラインアップを決めるとき、「こつこつ」で生まれたあの作品をやってみようと選択肢が増えていくことに大きな価値があると考えています。僕にとって「こつこつ」は壮大な企画書づくりでした。
──ここから始まる上演に向けた稽古期間はどのような時間になりそうですか。船岩:普通の稽古ですね(笑)。ただこれまでの議論や選択の蓄積が、演出上のオーダーを出し、それを実演する際に極めて有効に働くと思っています。一つひとつの言葉を自覚的に選んできたので。本公演に向けては、最初からいた人、途中からの人、初めましての人がいるので、試演とはまた違う趣になるとは思っています。それを楽しめる強度は得ていると自負しています。
植本:本公演で新たに加わる俳優もいます。僕自身、途中参加だから、ある程度出来上がったところに入る今井(朋彦さん)や酎さん(久保酎吉さん)、池田ゆっこ(有希子さん)、高川さんの気持ちもわかります。ほかの人はみんな一度台詞が入っているし(笑)。だから彼らに優しくしよう思います。やっぱり大変だよ、どんなに今井が演劇サイボーグだとしても(笑)。
船岩:プロセスをきちっと踏んで進めるというのが、僕の稽古の基本方針なので、ある種、ゼロから始めようとも思っています。できれば試演会の影を1ミリも見せたくないとも。
植本:稽古で、「『こつこつ』のあの時間を返せ!」って言うかもしれない(笑)。
船岩:それも豊かさということで(笑)。
こつこつの歩み写真 提供:新国立劇場
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人