戯曲に、芝居に唸る!新国立劇場『ピローマン』稽古場レポート

新国立劇場 演劇 2024/2025シーズンの幕開きはイギリスの劇作家マーティン・マクドナーの傑作との呼び声も高い『ピローマン』! 翻訳・演出を手掛けるのは新国立劇場 演劇芸術監督の小川絵梨子さんです。2013年にも別プロダクションで『ピローマン』を手掛けた小川さんは今回の上演に際して

理不尽な世界の中で、物語という存在が如何なる存在意義を持ち得るかを問いかけます。人類が発明した「物語」が持つ底力と、絶望の中でも繋いでいくべき希望の糸を描き出す物語となっています(公演NEWSより抜粋)

とコメントされています。劇作家としてのみならず、映画監督(映画「スリー・ビルボード」「イニシェリン島の精霊」)としても活躍するマクドナーの作品を数多く手がけてきた小川さんが、2024年の今、信頼を寄せるキャストとともに『ピローマン』をどう読み解き、舞台に立ち上げるのか。この秋の注目作の稽古場にお邪魔してまいりました!




舞台を挟んで対面式に客席が配されたセンターステージで上演される本作。舞台中央には警察の取調室、左右に小さな部屋らしきものがあります。

とある架空の独裁国家、そこで暮らす兄弟の物語が始まります。
作家のカトゥリアン(成河さん)は「ある事件」の容疑者として、二人の刑事トゥポルスキ(斉藤直樹さん)とアリエル(松田慎也さん)による厳しい尋問を受ける。「ある事件」とカトゥリアンが書いたおとぎ話の内容が酷似していることから、嫌疑をかけられたものの、カトゥリアンはまったく身に覚えがない。

過去に書いた作品について訊かれ、意気揚々と話すカトゥリアン。「最高傑作ではないけれど」という言葉とは裏腹に作家としてのプライドの高さが滲みます。




「ひねりが効いてる」


愛する兄ミハエルもまた警察に連行されていると明かされると、カトゥリアンの顔色は変わり、語気が強まります。やがて聞こえてくるミハエルの叫び声……。「兄さんに何した?」カトゥリアンの言葉の切実な響きから、兄弟の過去に由来する二人の関係性、“カトゥリアンにとって兄は守るべき存在”だということが伝わってきます。

必死に無罪を主張する中、ミハエルが犯行を自白したことが刑事たちから伝えられると、カトゥリアンは兄との対面が叶うまで黙秘することを決意する。というところまでが1幕1場。

取調室のピリっとした緊張感、カトゥリアンが語る物語の吸引力に「それからどうなるの?」と前のめりになり、叫び声から想像してしまう残酷さに恐れおののく。この惹きつけては突き放すような展開に観客も翻弄され、そこに心地よさすら感じてしまう。

次の場はガラリと変わり、カトゥリアンが語る、裕福な両親に愛情をいっぱい注がれている少年のお話へ。すべてを与えられて育った少年はものを書くことが大好きで、彼が書く物語はどれもよくできている。そんなお話のタイトルは『作家とその兄弟』。ん?それって?





ここではカトゥリアンが物語を語り、それをお父さん(大滝 寛さん)、お母さん(那須佐代子さん)、少年(成河さん)が劇中劇のように演じてみせます。観客一人ひとりに語り掛けるように進むので、話しているのはカトゥリアンのようで、カトゥリアンからは少し距離をとった人物が物語を語っているようでもある。そして次第にカトゥリアンの生い立ちの告白のようになっていく。最初の「刑事たちにお話を聞かせる様子を見る、聞く」、ここでの「お話を語り掛けられる」、観客にはいろんな道筋で物語が届けられます。

舞台上でのやりとりを見ていたところから、急に語り掛けられるという体験。いわゆる“第四の壁”を突き破って届くカトゥリアン(成河さん)の言葉のエネルギーがこちらに向かってくることにビクッとします。にわかに物語が現実になり、逃げられないというような感覚! マクドナーの戯曲は本当に魅力的で、次々に大小さまざまな衝撃を与えながら一気に読み進められるものですが、ダイレクトに人が発するエネルギーを感じて驚くというのは演劇ならでは! 物語の筋というのとはまた別の面白さが待っています。

そして次は、第2幕1場。いよいよ兄ミハエル(木村 了さん)の登場です。
そこはミハエルが連行された小さな部屋。時は1幕1場の続きへ戻り、部屋の外からは、今度はカトゥリアンの悲鳴が聞こえます。




先ほどまでは自身も悲鳴を上げていたはずなのにどこ吹く風の涼しい顔で、なんならカトゥリアンの悲鳴に「うるさいな」と不快な表情を浮かべるミハエル。木村さん演じるミハエルは純粋さと、それゆえの残酷さを感じさせる人物。そこに愛おしさと苛立ち、憎悪を感じるカトゥリアン。複雑な感情を抱きながらも、ミハエルが時折見せる無邪気な笑顔にはカトゥリアンならずとも「彼を守らなければ」という衝動が沸いてきます。



天真爛漫で残酷


穏やかさと狂気

ミハエルが「お話して」とカトゥリアンにお願いしたことから、もうひとつの道筋「ミハエルにお話を聞かせるカトゥリアン」そんな「兄弟が物語を共有する様子を見る」が生まれます。「どのお話にする?」「あのお話のあの場面が好き」、二人のやりとりに“そうやって”兄弟が生きてきたんだなとなんとも言えない気持ちになります。そしてそこで登場するのがタイトルにもなっている「ピローマン」のお話。それまで聞いたことのなかった子どもに読み聞かせをするような優しい声でカトゥリアンが語るのは。

──むかしむかし、ある所に普通の人とはちょっと違う人がいました。
身長は3メートルぐらいで、体は、ピンク色のふわふわした枕でできていました。


という書き出しで始まるお話。それを楽しそうに聞いていたミハエルの何気ないひと言から、物語は急展開を迎えます。むき出しの感情で思いをぶつけるカトゥリアン、時折すべてを見透かしたような目をし、独特の理屈でマイペースに語るミハエル、とても緊迫した場面ですが、二人のかみ合わなさに思わず笑ってしまうようなところも。でもやっぱり笑えない、一周回って笑えるかも、反射的に笑っちゃうなどその感覚は人それぞれでしょう。目を背けたくなるような凄惨な過去もあぶり出される本作、すべてを真正面から受け止めるととてもつらい時間になってしまうので、見ている側が感情に蓋をして身構えるのではなく、ダークコメディとして臨むことで見えてくるもの、味わえるものもきっとある!



心かき乱され、ボロボロになりながらも兄を守ろうとする、ジェットコースターのようなカトゥリアンの心情を高い熱量で演じたかと思ったら、少し引いてナレーターのように観客に語りかける。成河さんには毎度、唸らされます。また弟としてのカトゥリアン、作家としてのカトゥリアン、それをどう見せるのかにも注目です!



急遽ミハエルを演じることになった木村さんですが、取材した日は木村さんが稽古に合流してからまだ2週間!! それなのに繕うことのない感情そのままの行動や表情、状況にとらわれない自由なミハエルそのものとしてそこにいます。だからこそカトゥリアンの自由でないことがより鮮明に映る。しっかりと“ずっと二人で生きてきた兄弟”になっています。




今回の上演では、この第2幕1場の終わりで休憩となります。それもすごく効果的! 休憩明け、物語は二転三転して、やがてたどり着くラストまで駆け抜け、冒頭の小川さんのコメントのようにわずかな光が見えるような作品。そしてすべてを見届けたとき、この作品のタイトルが『ピローマン』だということに……「マクドナー!」と心の中で叫びたくなります。
(耳より情報:マクドナーに興味を持ったみなさまにお勧め!小川絵梨子さんがゲストとマクドナーの劇世界について語り合うイベントが10月12日に開催です。)


さてここからは、別の場面の稽古の様子をご紹介します。




話せばわかってくれそうな空気を漂わせながらもジワジワと真綿で首を締めるようなトゥポルスキ


直情的で暴力的なアリエル

兄弟の話を軸に進む物語ですが、はじめは良い刑事=トゥポルスキ、悪い刑事=アリエルだった二人の刑事の過去や本質、正義感の表出の仕方の違いも興味深い! 対カトゥリアンのコンビプレーだと思っていると、刑事二人のぶつかり合いもあったり、二人の変化も見どころです。

この場面は何度か繰り返して稽古をしましたが、小川さんの「自分の心の中だけを動かすのではなく、自分を手放して相手との関係性に影響を与えてください。それを生みだしていくのが芝居。その瞬間瞬間に何かが起こり続けないといけない。次にいきたくなるアクションを起こしていきましょう」という言葉が印象的でした。上演に向けて、戯曲の読み解きや台詞の翻訳(言い回し)についてもじっくりと時間をかけた本作、プレビュー、本番へ向けピリッとした緊張感の中で密度の濃い稽古が行われていました。



また最初にご紹介した通り、センターステージでの上演となるので、必要な情報が漏れなく観客に届くために両サイド、両端席からの見え方というのも稽古場で確認する大切なことです。その一方で、取材中、途中で席を変えて見ることで感じたのは、確かに広がる景色は異なり、上手側下手側で見え方は違います。でも顔が見えなければ、背中が見える! 何が見えるのか、聞こえるのか、そこから何を感じ取るのかというのも一期一会の観劇体験の面白さ。結局、そこは席位置という物理的な、外的な要因によるところでもありますが、無意識下で自らが選び取っているところもあるのだろうなと、そんなことも考えました。

取調室という密室でのやりとりという現実と物語という想像力の世界が織りなす“物語”を、両サイド、バルコニーからのぞき込むような特別な時間となりそうな『ピローマン』、10月3日、4日のプレビュー公演を経て、10月8日に開幕です!

(ご観劇前にHPのトリガーアラートもご確認ください )

ものがたり
作家のカトゥリアンはある日、「ある事件」の容疑者として警察に連行されるが、彼にはまったく身に覚えがない。二人の刑事トゥポルスキとアリエルは、その事件の内容とカトゥリアンが書いた作品の内容が酷似していることから、カトゥリアンの犯行を疑っていた。刑事たちはカトゥリアンの愛する兄ミハエルも密かに隣の取調室に連行しており、兄を人質にしてカトゥリアンに自白を迫る。カトゥリアンが無罪を主張する中、ミハエルが犯行を自白してしまう。自白の強要だと疑うカトゥリアンは兄に真相を問いただすが、それはやがて兄弟の凄惨な過去を明らかにしていく......。



【公演情報】
『ピローマン』
2024年10月8日(火)~27日(日)@新国立劇場 小劇場
プレビュー公演:2024年10月3日(木)~4日(金)
予定上演時間:
約2時間55分(第1幕・第2幕1場 100分 休憩 15分 第2幕2場 60分)

作:マーティン・マクドナー
翻訳・演出:小川絵梨子

キャスト:成河 木村 了 斉藤直樹 松田慎也 大滝 寛 那須佐代子

公演HP:https://www.nntt.jac.go.jp/play/the-pillowman/

おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人

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