11月7日に開幕する新国立劇場『テーバイ』稽古場の様子をレポートいたします。
オイディプス:今井朋彦さん
アンティゴネ:加藤理恵さん
クレオン:植本純米さん
本作が上演されるのは新国立劇場 小劇場、舞台は正方形に近い形。大きなセットはなくほぼ素舞台、さらに床面には1マスが1mほどの格子状にテープが貼られ、まるで碁盤の目のようです。そんな空間で繰り広げられる3つのギリシャ悲劇を再構築した『テーバイ』。人間や言葉がくっきりと浮かび上がります。(このテープは後日はがされるとのこと!)
稽古の序盤は転換や殺陣の確認から。
演出の船岩さんは、雷鳴などの“音”と動き出しのタイミングを微調整し、それにかかる時間を計りながら、気になるところがあるとすぐに俳優のもとへ駆け寄り、一緒に動きながら再確認をしていきます。とてもアグレッシブ! また音について、「弦楽器(の音)はアンティゴネの音」との船岩さんの言葉に、なるほど!となりました。弦の調べとアンティゴネの心のザワザワが重なる瞬間が確かにあるのです。
構成・上演台本・演出:船岩祐太さん
その後、しばしの休憩をはさみいよいよ通し稽古です。
スタートの15分前、10分前、5分前とアナウンスがあり徐々に緊張が高まり……さぞピリピリした空気になるのかと思っていたら、稽古場の雰囲気はとても落ち着いたもので、見回すとみなさん自然体! これがこつこつ積み上げてきたものの強度なのか。静かないい感じの緊張感です。
后イオカステ(池田有希子さん)と男②(木戸邑弥さん)
カドモスの末裔という“血筋”を印象付けるオープニング
開演の3分前。大きな扉、風の音、乳母車に乗せられた子どもをあやすイオカステと見守る男②。
こうして『テーバイ』の最初のパート『オイディプス王』が始まります。
ここで改めて作品の紹介を!
『テーバイ』は、1年という時間をかけて話し合いや試演を重ねて創作する新国立劇場の「こつこつプロジェクト」から誕生しました。その第二期、船岩祐太さんが構成、上演台本、演出を担い、今回出演される俳優以外にもたくさんの俳優たちとともに、文字通りこつこつ創作してきた作品です。ソポクレスによる3つのギリシャ悲劇、知らずのうちに近親相姦と実父の殺害に手を染めたテーバイの王オイディプスの物語『オイディプス王』、テーバイを追放され放浪の途にあるオイディプスの神々との和解を描いた『コロノスのオイディプス』、そしてオイディプスの娘であるアンティゴネが兄弟の埋葬をめぐり、テーバイの王・クレオンと激しく対立する『アンティゴネ』を再構築した本作について、以前のインタビューで「台本の執筆、上演の仕方、企画そのものを熟成させる時間にしようと舵を切った」と語った船岩さん。実際に通して観ると、1作品でも2時間、3時間という上演時間となる3つの作品のダイジェストではなく、“再構築”であることを強く感じます。
新国立劇場『テーバイ』船岩祐太さん(構成・上演台本・演出)、植本純米さん対談クレオンを迎え入れるオイディプス
怪物スフィンクスを倒したことで、先王ライオスの死後に混乱をきたしていたテーバイの王として迎え入れられたオイディプスを中心に話が進みます。オイディプスは国を疫病などの災いから救うべく、后イオカステの弟クレオンに頼り「先王ライオスを殺害した犯人を追放すること」という神託を得る。
と、『オイディプス王』の話そのままに “怪物スフィンクス”“神託”などギリシャ悲劇の要素たっぷりです。でも、奇をてらったようなギリシャ悲劇感を外す台本や演出でもないのにどこか “近さ”を感じる不思議。面白い!
イオカステとオイディプス
ダイジェスト≠再構築と紹介した通り、3つの作品をただ並べただけでは整合性が取れなくなるところをしっかりと筋が通るように練られたのが『テーバイ』。登場人物の輪郭は際立ち、「カドモスの末裔(/よそ者)」「強情さ」「盲目(見える/見えない)」など全編を通して楔のように打ち込まれる言葉が耳に、心に残ります。たとえば、代々カドモスの末裔が王として治めてきたテーバイの地、乞われて王になったもののコリントスから来たオイディプスが自らを「よそ者」と語る瞬間が印象的。実際は……なのですが。
オイディプスを演じる今井朋彦さんのお芝居は月並みな表現になってしまいますが説得力が半端ない!王の威厳や強さから、使いに出したクレオンが戻ってきたときの「待ってました」の表情、神託にすがる思い、さらには真実が明かされることで生まれる絶望まで、どんな台詞にも血が通っているのでギリシャ悲劇が目の前で起きている出来事になる。それは今井さんだけでなく、キャストのみなさんに感じたことです。「ガッツリギリシャ悲劇に沿っていながら近い」をぜひ味わっていただきたい!
こちらは彼女こそカドモスの末裔后イオカステ、オイディプスの実母でありながら、妻となり子を産むという業を背負った女性。池田さんがよそ者のオイディプスが王の地位につく根拠となるべくどっしりと演じます。後半の3幕ではもう一人の母、クレオンの妻エウリュディケも演じます。池田さんだけでなく、植本純米さん、加藤理恵さん、今井朋彦さん、小山あずささん以外のみなさんはいくつもの役を演じ、総力戦で挑む『テーバイ』です。
羊飼:久保酎吉さん 使者:高川裕也さん 男②:木戸邑弥さん
テーバイ市民の代表としてオイディプスに嘆願する神官:國松 卓さん
羊飼や、オイディプスが育ったコリントスからの使者、パズルのピースが一つひとつハマるように解き明かされる先王殺害の真相はあまりにも残酷で不条理。まさに悲劇です。絶望のなかでオイディプスは自らの目を突いて盲目となり、自らをテーバイから追放することを決める。こうして劇的な幕切れとなるオイディプスの物語、ここまではご存じの方も多いと思いますが、実は続きがあり2つ目の『コロノスのオイディプス』へと移ります。
アンティゴネ(加藤理恵さん)とオイディプス(今井朋彦さん)
コロノスの男(國松 卓さん)との対話
先の出来事から約20年、放浪の旅に出たオイディプスに寄り添い、その手を取るのは娘のアンティゴネ。二人がたどり着いたのはコロノス、復讐の女神の森です。そこで遭遇するコロノスの男たち、彼らの耳にもオイディプスの噂は届いており、目の前にいるのがその男だと分かると同情しつつもオイディプスがもたらす災いを恐れる。そしてその処遇はアテナイの地を治めるテセウスに任せることに。
アンティゴネの妹イスメネ:小山あずささん
イスメネが兄二人の対立によるテーバイの窮地と新たな神託を伝えにやってくる。
テセウスがやってくるまで、父娘と國松さん演じるコロノスの男との会話が続くのですが、このコロノスの男の会話のテンションがとてもナチュラル。日常会話のように二人に「父娘であり兄妹でもあるのか?」など、なかなかのことをさらっと尋ねるのです。そしてその会話から導かれるのが罪や穢れ、神が定めた運命に対するオイディプスの達観した考え。会話であることでとても自然に物語や考えが頭に入ってきます。
テセウス(久保酎吉さん)登場
テセウスは相手と同じ目線で、相手の話を聞く人物。この当たり前のことがなんとも尊いと思える! 久保さんが醸し出す柔らかい雰囲気も相まって、偉ぶることのないテセウスの登場になんだかホッとします。しかしそれも束の間、なんとクレオンたちがやってきて……。
クレオンの思惑とは
続いてやってきたのはオイディプスの息子、ポリュネイケス(藤波瞬平さん)
弟エテオクレスと対立したポリュネイケスは、父に助けを乞うが……
新たな神託、クレオンの企み、ポリュネイケスの頼み、次々に現れる人々それぞれ思惑を察し、オイディプスはどんな結論を出すのか。『オイディプス王』と『アンティゴネ』、今も上演の機会の多い2作に比べて、あまり知られていない『コロノスのオイディプス』ですが、実はこの話が肝になる!とも言えます。そして復讐の女神の森にやってくる一人ひとりに正義があり、思いがある。そこは劇場でじっくりとご覧ください。
オイディプスの「手を」という台詞も印象的
休憩を挟み、物語の舞台は再びテーバイへと戻り3つ目の『アンティゴネ』が始まります。
アンティゴネに想いを寄せるハイモン(木戸邑弥さん)とアンティゴネ(加藤理恵さん)
テーバイに戻った、アンティゴネは亡くなった兄ポリュネイケスの埋葬方法を巡って叔父であり王のクレオンと激しく対立する。加藤理恵さん演じるアンティゴネの決して譲らない強さに、やっぱりオイディプスの子だなと思わされます。
王となったクレオンがかつてのオイディプスのように演説原稿を考えている
オイディプスを王にするために姉を后として差し出し、追放後はオイディプスの息子二人を交互に王位につかせるなど、王になることから距離をとっているように見えたクレオンが紆余曲折を経て再び王に。「兄をちゃんと埋葬したい」肉親の情、人としての尊厳を強く真っ直ぐに訴えるアンティゴネに対して、統治者としての最善を模索し揺れるクレオン。 “一介の脇役”と“カドモスの末裔”の間を揺れるようなクレオンを演じるのは植本純米さん。英雄ではないけれど悪人でもないクレオン。確かなのは彼もまたひとりの父親だということ。帰り道、気がつくとクレオンのことを考えていました。
息子ハイモンとの対立
クレオンの妻エウリュディケ(池田有希子さん)、イスメネ(小山あずささん)
兄を弔おうとして捕えられたアンティゴネに対して、果たしてクレオンはどのような処分を下すのか! こうして通し稽古は体感ではあっという間に終わりました。『アンティゴネ』パートの前の休憩では、「早く続きが見たい、待てない!」と思ったほど。
このようにギリシャ悲劇をテンポの良い会話劇に再構築した『テーバイ』。展開はTHEギリシャ悲劇のままですが、王家の2代、3代にわたる家族ドラマのようでもあり、観ていると「そうは言うけどね」など心の中で会話に参加したくなってきます。人物相関を見返すと王とその妻や子どもたちというとてもシンプルなものなので、観劇前にそこを整理しておくと話がすんなり入ると感じました。さらに本作は、常に神託を求める王が治めるテーバイと市民に選ばれた代表が治めるアテナイの対比により統治者と市民の関係を問う「社会派」の一面も。実際、観ながら「選挙は大事だな」「世襲は……」などと思う瞬間も。それは大きな視点でみれば、神と人間、運命と自由意思のような、紀元前から続くテーマでもあるのでしょうが。
「こつこつプロジェクト」で時間をかけて創作された『テーバイ』、その過程のみならず、3つのギリシャ悲劇を新しい感覚で見られる観客にとってもとても贅沢な時間になりそうです。そして時を超えて届けられる『テーバイ』の物語を2024年に観客それぞれがどう感じ、どう受け止めるのか。客席も含め、どんな劇場空間になるのか開幕が楽しみです。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人