新国立劇場 2024/2025シーズン『白衛軍』スペシャルトークイベントレポート~ブルガーコフってどんな作家?~

新国立劇場『白衛軍』@新国立劇場中劇場
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2024年12月に新国立劇場 中劇場にて上演される『白衛軍 The White Guard』のスペシャルトークイベントの様子をレポートいたします。お話くださったのは、『白衛軍』演出の上村聡史さん、20世紀ロシア文学・文化を専門とする千葉大学大学院 准教授の大森雅子さんです。



上村聡史さん 大森雅子さん

20世紀を代表するウクライナ出身の作家ブルガーコフがちょうど100年前に発表した小説『白衛軍』を日本初上演。1924年小説として発表ののち、1926年に作家自身が戯曲『トゥルビン家の日々』としてモスクワ芸術座で上演。「第二の『かもめ』」と評され、成功を収めました。新国立劇場では2010年に英国のナショナル・シアターで上演されたオーストラリアの劇作家アンドリュー・アプトン版に基づき上演します。

『白衛軍』とは──

『白衛軍』で描かれるのは、1918年12月~19年2月の3か月、革命後の内戦期のキーウを舞台にトゥルビン家とそこに出入りする白軍将校たちが戦いに巻き込まれていく物語。

大森さん)
端的に言うと、白衛軍が赤軍と戦って負けていった歴史。戦争ものなので、人間の死、暴力、文化の破壊というシリアス、悲劇的な要素もありますが、敗者であることが決定づけられていながらも健気に頑張って生きる貴族階級の人々の姿が時にコミカルに描かれています。

ブルガーコフは白衛軍に軍医として従軍していたため、完全にニュートラルだとは言えず白衛軍に対して同情を抱いていたことは確かだろうと思います。ただ、創作の姿勢として「赤軍、白軍どちらに対しても冷静な態度をとろうと懸命に努めた」という言葉をブルガーコフ自身が残しています。そして悲劇的な状況であってもそれを俯瞰する視点、少し引いた視点から見渡したとき悲劇が喜劇にも読み取れるというブルガーコフの作品に通じる独特のタッチもある。赤か白か、政治的なものは少し置いておき、純粋に演劇としての完成度が非常に高いから、今も上演されているのではないかと考えます。


【時代背景】

「政治的なものは少し置いておき」という大森さんの言葉にちょっと救われた気持ちになったところで、それでもやっぱり知っておくとためになる! 時代、政治的背景を解説!

1917年の二月革命によりロシア帝政が崩壊。(ミュージカルで言えば『アナスタシア』の時代ですね)
1918年、ウクライナの首都キーウでは……革命に抗う白軍「白衛軍」、キーウでのソビエト政権樹立を目指す赤軍「ボリシェヴィキ」、そしてウクライナ独立を宣言したウクライナ人民共和国勢力「ペトリューラ軍」の三つ巴の戦いとなる。

1918年12月、白衛軍を支援していたドイツ軍の傀儡政権「ゲトマン軍」がドイツに逃亡しペトリューラ率いる執政内閣(ディレクトーリア)の支配が始まる。
(と、この辺りから物語は始まります。トゥルビン家の人々は白衛軍の側の人間なのでゲトマン軍に裏切られ、とり残された形になる)

1919年2月、赤軍によってキーウが占領される。
(ここまでの約3か月間の出来事が描かれるというわけです)

ちなみに1917年から1920年の間に、キーウにおいては14回も権力の交替があったとのこと。


【アプトン版上演について】

ここで大森さんが抱いた素朴な疑問「ロシア語のブルガーコフの戯曲ではなく、(英語戯曲の)アプトン版を基にする理由」について。



上村さん)
イギリス留学中、英国ナショナル・シアターで上演されていたアプトン版『The White Guard』(『白衛軍』ですね!)を観劇、ブルガーコフの作品も観るのもそれがはじめてでした。今回同様に、軍人が描かれたビジュアルの印象で堅い作品かと思っていたら、すごく笑えたんです。ふと歌ったり、みんなで歌ったり、音楽を交えながらのやり取りをする登場人物を俳優がとてもイキイキと演じていました。そして『The White Guard』と言っても、白衛軍を持ち上げているわけでも、赤軍を持ち上げているわけでも、民族軍を称えているわけでもない。とにかくキャストの息づかいや表情が胸に残った作品でした。

帰国後、『白衛軍』の戯曲を探したのですが、なかなか見つからない。その時に戯曲化される際に『白衛軍』から改題されて『トゥルビン家の日々』になっていたことを知りました。戯曲『トゥルビン家の日々』を読み、英語では難しい単語までは理解できなかったところも含めて内容をしっかりと把握しました。

失われていく故郷を俯瞰して捉え、ノスタルジックにまとめられているブルガーコフの戯曲からはキーウへの愛を強く感じました。一方、アプトン版は100年前に書かれた出来事が今と地続きであるという意図が最初から組み込まれ、楽しいところと胸が締め付けられるようなところのバランス等、今の観客に向けてメッセージが投げられています。
政治的背景など難しいところもあるけれど、あの時に観た感動は絶対再現できる。そう思って本作の上演に臨みます。



大森さん)
どこかにロシア語から日本語に訳すのが当然という先入観があり、なぜそうでないのだろうと率直に思って(笑)。ただ、確かにこれまでのロシア語から日本語へ翻訳された戯曲『トゥルビン家の日々』を日本でそのまま上演するには無理があります。なぜならブルガーコフはもともとロシア語が分かる読者、観客に向けて書いているのでロシア文学からの引用など前提となる知識がないと楽しめないところもあるからです。

アプトン版を拝読したところ、それが完全に消えているわけではなく、チェーホフからの自然な形での引用で、チェーホフへのオマージュも感じさせる。日本の観客のみなさんにはそのほうがより面白さが伝わると感じました。


【『白衛軍』と『トゥルビン家の日々』、さらに……】

上村さんのお話にあった改題について、小説『白衛軍』が戯曲化される際、ソビエト政府当局(赤軍サイド)が敵軍にあたる白衛軍(白軍)を同情的に描いていることに不満を抱いたこと。そのためにタイトル変更を余儀なくされ、いくつかの変更を経て『トゥルビン家の日々』になったとの解説がありました。

その一方で、ウクライナ出身の作家ですがロシア語で作品を発表する作家、ブルガーコフの現在のウクライナでの評価については。

大森さん)
2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、ブルガーコフの評価が変わってきました。ブルガーコフは『白衛軍』でウクライナの英雄ペトリューラ率いるウクライナ人民共和国軍をかなり否定的に書いていたため、帝国主義者だとか、ウクライナ文化を軽蔑していたという批判を受けるようになりました。現在、キーウにあるブルガーコフ文学記念博物館も閉館の危機に瀕しています。ただブルガーコフはキーウを愛していましたし、決してウクライナが嫌いな作家ではなかったと思います。またアプトン版ではペトリューラ軍についてはやはり否定的に描いていますが、ウクライナの文化をけなすような表現はあまり出てきません。


【自伝的要素】

『白衛軍』にはブルガーコフの自伝的な要素が多分に書き込まれています。医師であったブルガーコフは内戦、白軍の軍医として従軍。その後、赤軍、ウクライナ人民共和国軍にも動員されました。

<『トゥルビン家の日々』の登場人物のモデルと主要な舞台>資料より
トゥルビン姓はブルガーコフの母方の祖母の旧姓
主人公アレクセイ(砲兵大佐、30歳):ブルガーコフ本人
アレクセイの弟ニコライ(士官候補生、18歳):7歳下の弟ニコライ
アレクセイの妹エレーナ(レーナ、24歳):4歳下の妹ワルワーラ
エレーナの夫タリベルク(参謀本部大佐、31歳):ワルワーラの夫カルム
アレクセイ坂のアパートメント(『白衛軍』):ブルガーコフの自宅(アンドレイ坂のアパートメント)
※アプトン版での主人公は、アレクセイの弟ニコライとなります

上村さん)
戯曲では、主にトゥルビン家の住まい、宮殿の一室、ペトリューラのアジト、戦争の舞台になる学校や集会場、この4つで物語が繰り広げられます。ブルガーコフの作品の中でも、最も自身の経験を引っ張り込んで作品にしています。


【上村さんの熱い思い】



上村さん)
2022年、第29回読売演劇大賞の最優秀演出家賞を受賞し、2月25日に行われた受賞式ではたくさんの人の祝福を受けました。一方で、その前日、2月24日にロシアがウクライナに侵攻。その時、まさに時計を逆戻しにしたような出来事が起きていて、先人たちが演劇を通してやってきたことはなんだったのだろう。そして自分はなにをしているのだろう。そう思うとなんだか気が気じゃない。「今、ウクライナで起きていることは、日本では理解が難しいかもしれないけれど、遠い国のまったく価値観の違う人たちが起こしている戦争ではなく、僕たちにも関わりのあること」だと思い、実は24年12月には別の演目が決まっていたのですが、すぐに小川絵梨子芸術監督に「演目を変えたい、『白衛軍』を上演したい」と演目の変更を打診したところ快諾してくれました。

演劇にはいろんな楽しみ方があっていい。ただ僕は、「こういう世界があって、歴史があって、僕たちが生きるために先人たちが頑張ってくれていたんだ」……舞台芸術を通して観客が少しでもそれを想像できたらいいと思っています。歴史や政治的な背景をみると難しそうに感じる題材かもしれません。でも、今だからこそ、観劇後にわからなかったことを調べたく、知りたくなるような機会を得ることに繋がるのではないか。そんな思いで今回の上演を決めました。




ストーリー
革命によりロシア帝政が崩壊した翌年──1918年、ウクライナの首都キーウ。革命に抗う「白衛軍」、キーウでのソヴィエト政権樹立を目指す「ボリシェヴィキ」、そしてウクライナ独立を宣言したウクライナ人民共和国勢力「ペトリューラ軍」の三つ巴の戦いの場となっていた。
白衛軍側のトゥルビン家には、友人の将校らが集い、時に歌ったり、酒を酌み交わしたり...この崩れゆく世界の中でも日常を保とうとしていた。しかし、白衛軍を支援していたドイツ軍によるウクライナ傀儡政権の元首ゲトマンがドイツに逃亡し、白衛軍は危機的状況に陥る。トゥルビン家の人々の運命は歴史の大きなうねりにのみ込まれていく......。


新国立劇場『白衛軍』@新国立劇場中劇場
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【公演情報】
『白衛軍 The White Guard』
2024年12月3日(火)~12月22日(日)@新国立劇場 中劇場

作:ミハイル・ブルガーコフ 英語台本:アンドリュー・アプトン
翻訳:小田島創志  演出:上村聡史
出演:村井良大、前田亜季、上山竜治、大場泰正、大鷹明良/池岡亮介、石橋徹郎、内田健介、前田一世、小林大介/今國雅彦、山森大輔、西原やすあき、釆澤靖起、駒井健介/武田知久、草彅智文、笹原翔太、松尾 諒

公式HP:https://www.nntt.jac.go.jp/play/the-white-guard/

おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人

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