新国立劇場『白衛軍』@新国立劇場中劇場
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2024年12月3日より、新国立劇場 中劇場にて上演される新国立劇場『白衛軍 The White Guard』。20世紀を代表するウクライナ出身の作家ブルガーコフが100年前に発表した小説『白衛軍』を自らの手で戯曲化し『トゥルビン家の日々』のタイトルで1926年に初演、「第二の『かもめ』」と評されました。1918年、革命直後のウクライナを舞台に、時代に翻弄される人々を描いた物語です。今回、2010年に英国のナショナル・シアターで上演されたアンドリュー・アプトン版に基づき、演出は上村聡史さん、翻訳は小田島創志さんで日本初演を迎えます。複雑な歴史的、政治的背景、戦争ものと聞くと、どうしても堅い作品なのだろうと構えてしまうところですが、物語を生きる人々は私たちと同じように、悩み、苦しみ、笑い、歌う、愛すべき人間たち。そんな『白衛軍』の稽古場にお邪魔してまいりました。
◆『白衛軍』の舞台となるのはロシア帝国崩壊後、短期間に様々な勢力が台頭する激動の時代のウクライナのキーウ。そこでのトゥルビン家とそこに集う上流階級の人々の人間模様が描かれます。
この日は通し稽古を見学。
幕開きは、上流階級の人々ということで、外の緊張とは隔絶されたどこか優雅で温かさも感じさせる風景が描かれます。ただし訪れる人からもたらされる戦況は白衛軍に厳しいものばかり──
トゥルビン家に集う人々は同じ白衛軍側の人間とはいえ、立場や考えの違いによって言い争い、ときに胸ぐらをつかむようなことも。それでも次の瞬間には、ともに歌い、詩に耳を傾け、酒を飲むのです。
ここで『白衛軍』の愛すべき登場人物たちをご紹介いたします。
写真右)ニコライ:村井良大さん
村井良大さん演じるトゥルビン家の末っ子ニコライは自慢の兄に憧れ、姉を思う優しく純粋な青年。兄のような立派な軍人になる!戦場がなんたるかもわからぬまま真っ直ぐな志を抱く士官候補生。家ではギターを爪弾き、歌を愛する。
アレクセイ:大場泰正さん
ニコライの兄アレクセイには大場泰正さん。理知的で穏やかなアレクセイは地区の連隊をまとめる砲兵大佐。モデルとなったのは作家自身と言われるこの役、アレクセイの台詞にブルガーコフのメッセージが強く込められていると感じます。
エレーナ(レーナ)前田亜季さん
ニコライの姉エレーナ(レーナ)には前田亜季さん。家族を温かく包む母のような存在感、視点で戦況や人々を見つめる。強さが前面に出るタイプではないものの、心の内に情熱を秘めた芯の強い女性。
ヴィクトル:石橋徹郎さん レオニード:上山竜治さん
トゥルビン家に最初にやってくるのは昔なじみのヴィクトル。歯に衣着せぬヴィクトルを石橋徹郎さんが豪快に演じます! ヴィクトルは農民たちがペトリューラ軍を支持し一斉蜂起したというリアルな戦況を語ります。そしてもうひとつ……ウクライナの冬の厳しい寒さも伝えます。
ラリオン:池岡亮介さん
池岡亮介さんが演じる突然の訪問者ラリオンは、かなりインパクトのあるキャラクターです。ちょっとした行き違いもあり、登場からしばらくの間、アレクセイの言葉を借りれば「失礼だけど、君、誰?」状態。やがてニコライたちのいとこであることが判明するのですが、そこまでのくだりがドタバタホームコメディのような展開で、稽古場でもあちこちで笑いが。本番では客席にいるみなさんも一緒に心の中で「君、誰?」の大合唱になることでしょう。そんな思い込みが激しく、いつも余計なひと言を発してしまい周りの空気を凍りつかせるラリオンですが、繊細な一面も。男性陣の中で、唯一軍人でなく学生である彼は争いを好まず、自らの武器は言葉だと言う、詩人でもあるのです。
ラリオンの詩に耳を傾ける人々
軍人と詩人、対照的な二人に芽生えた奇妙な友情⁉
粗野に見えても詩を愛する心をもつヴィクトル
写真右)タリベルク:小林大介さん
レーナの夫、参謀本部大佐のタリベルクには小林大介さん。レーナがずっと安否を気遣い、帰りを待ちわびていた夫が……ここでは多くは語りません。彼もまた混乱期の象徴的な人物の一人。ただ、この嫌な感じを短い時間で鮮烈に印象付けるのは脚本もお芝居も見事です。
写真左)レオニード:上山竜治さん
ここでもう一人のクセ強めのキャラクター、ゲトマンの親衛副官レオニードが登場。オペラ歌手でもある彼は、人妻だということもお構いなし、どれだけ拒絶されてもレーナへ愛を情熱的に歌い上げる。レーナのレオニードに対するリアクションのあれこれも見どころ(ときに笑いどころ)です。すごくマイペースで、ときに失笑をかいながらも憎めないレオニードを上山竜治さんが美声と豊かな表情で大らかに演じます。
写真左)アレクサンドル:内田健介さん
もっとも軍人らしい軍人のアレクサンドル大尉には内田健介さん。ゲトマンに対していい感情を抱いていないため、レオニードとの間には緊張が走る瞬間も。こうして楽しさのなかにもピリッとした瞬間が訪れるトゥルビン家の宴。
アレクセイの台詞、「本当の敵、世界、未来」にドキッとします。2024年、そして来る2025年の“現代人”に響く先人の言葉。
「ツァーリ(皇帝)万歳!」
こうしてワインとウォッカと詩と歌と……ちょっぴりロマンスなども見え隠れする宴は終わります。(1幕)
2幕の舞台は、宮殿内のゲトマン政府の軍指令室。
フョードル:大鷹明良さん
宮殿の淡々と仕事を遂行する従僕フョードルを大鷹明良さんが淡々と、そしてにこやかに演じます。主が目まぐるしく変わるその場所に居続け、すべてを見届けるような人物というのは、大鷹さんが演じるもうひと役、学校の用務員マクシムにも通じます。その場所が本来どこであるかを知らしめる存在。
シュラット:前田一世さん、ドゥスト:今國雅彦さん、レオニード:上山竜治さん、ゲトマン:釆澤靖起さん
レオニードが仕えるウクライナ反革命政権の統領ゲトマンに、ドイツ軍将校シュラットからドイツ軍のウクライナからの全兵力の撤退とまもなくキーウが陥落するだろうことが告げられる。ドイツの助けなしには国をまとめる力はなく、ただの操り人形のゲトマン。前田一世さん演じるシュラットの圧、釆澤靖起さんのゲトマンの変わり身の早さ、残されたレオニードのぐちゃぐちゃな心の内、(シーンとして描かれてはいませんが)前夜は楽しく飲み明かした関係性からの落差、真の力関係が姿を現すようでゾッとします。(2幕1場)
写真左)ボルボトゥン:小林大介さん
こちらはペトリューラ軍の司令本部。率いるのは第一騎兵大隊長ボルボトゥン。トークイベントで「ペトリューラ軍に対しては否定的な描き方をしている」とあった通り、容赦のない残忍さで描かれます。(2幕2場)
こちらは白衛軍の司令部、元は学校の集会場、1幕でニコライが“母校”と言っていた場所。
アレクセイの決断に一時は内紛寸前
士官候補生たちも集められ……
この場面の緊迫感は凄まじいものがあります。前夜のトゥルビン家での宴と紙一重であることが心底恐ろしい。(3幕1場)
また誰が敵で、誰が味方かわからない状態で、もしかしたら隣人が敵かもしれない──同じ町に暮らす人々の分断が生じる内戦、そこにヨーロッパ各国の思惑などが絡み合い祖国が切り刻まれる悲劇。心が締め付けられます。
写真右)マクシム:大鷹明良さん
マクシムはひたすら学校を守る
そして3幕2場、そして4幕は再び舞台はトゥルビン家へと戻ります。
トゥルビン家は変わらずそこにあり、人々の人生は続く。ただ戦闘は少し落ちついたものの、なにもなかったこと、元どおりに戻ることはない。温かさと厳しさ、その両方を感じるようなラストへと進みます。
100年余り前を懸命に生きる人々が、ともに笑い、歌い、恋をし、戦う姿、声を、現代を生きる俳優たちが届ける。そのメッセージの響きとともに、本番では演劇として、新国立劇場 中劇場の機構を活かした演出や衣裳、音楽、照明……も大きな魅力となるでしょう。
実はトークイベントで演出の上村聡史さんがお話されていた「笑いが起きる」ということに期待しつつ、物語のバックグラウンドを考えるとにわかには信じがたいという思いも抱きながらの取材でしたが、観終えたとき、どこか可笑しみのある愛すべき人々の笑顔が思い出されます。過去を、今を、そして未来を見つめる、ひとつの足掛かりにもなる『白衛軍』の開幕はもう間もなく!
【おすすめ】
人間ドラマとして楽しめる『白衛軍』ですが、やや複雑な政治的な背景があるのも事実。
“ゲトマン”“ペトリューラ”“ボリシェヴィキ”など耳慣れない単語が飛び出すと、構えてしまうもの。ざっくりと、ドイツの支援を受けたゲトマン政権(白衛軍も支持)、ウクライナ民族主義者ペトリューラ率いるペトリューラ軍、革命を推進させるボリシェヴィキ(赤軍)の三つ巴だったということが歴史の大枠。まずはそこから押さえましょう。
この政治的な背景については、公演HPにて紹介されている東京大学大学院 池田嘉郎教授のコラムがとってもわかりやすいです! 「『白衛軍』の1幕がこのあたりですよ」というガイドもあります。
ストーリー
革命によりロシア帝政が崩壊した翌年──1918年、ウクライナの首都キーウ。革命に抗う「白衛軍」、キーウでのソヴィエト政権樹立を目指す「ボリシェヴィキ」、そしてウクライナ独立を宣言したウクライナ人民共和国勢力「ペトリューラ軍」の三つ巴の戦いの場となっていた。
白衛軍側のトゥルビン家には、友人の将校らが集い、時に歌ったり、酒を酌み交わしたり...この崩れゆく世界の中でも日常を保とうとしていた。しかし、白衛軍を支援していたドイツ軍によるウクライナ傀儡政権の元首ゲトマンがドイツに逃亡し、白衛軍は危機的状況に陥る。トゥルビン家の人々の運命は歴史の大きなうねりにのみ込まれていく......。
『白衛軍』スペシャルトークイベントレポート~ブルガーコフってどんな作家?~(演出の上村聡史さん、20世紀ロシア文学・文化を専門とする千葉大学大学院 准教授の大森雅子さんによるトークイベント)
新国立劇場『白衛軍』@新国立劇場中劇場
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おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人