新国立劇場『白衛軍』初日に先立ち、公開フォトコール、囲み取材が行われました。
『白衛軍』は、ロシアの作家ブルガーコフが今からちょうど100年前に発表した小説。1926年に、作家自らの手で戯曲化し『トゥルビン家の日々』のタイトルで初演。今回、新国立劇場では、2010年に英国ナショナルシアターで公演されたアプトン版に基づいて上演されます。
「勇敢で高貴なる大佐に。僕の兄さんに! 乾杯!」
舞台となるのは、革命によりロシア帝政が崩壊した翌年、1918年のウクライナの首都キーウ。革命に抗う「白衛軍」、ソビエト政権樹立を目指す「ボリシェヴィキ」(赤軍)、ウクライナ人民共和国勢力「ペトリューラ軍」の三つ巴の戦いが繰り広げられていた。
本作は、白衛軍側のトゥルビン家の家族と、そこに集う人々の姿、生き様をいきいきと描く群像劇です。
【フォトコール】
公開フォトコールでは2つのシーンの披露がありました。囲み取材のコメントとあわせてご紹介いたします。
<1幕1場>時計が午後9時を打つ。漆黒の闇、なにもない舞台上にニコライが登場すると、ぼんやりとトゥルビン家のアパートメントがせり出してきます。中劇場の奥行きを活かした演出に息をのむ!
舞台美術、演出について上村聡史さんはこう語ります。
「常に念頭に置いたのは『地続き』であること。今、起きていることと100年前は短絡的に結びつけられることではありませんが、それでも先人たちが生きて培ってきたものが今に繋がっているということが、今回の上演のコンセプト。なにもない暗闇から劇世界がせり出してくることに、過去が現在にも繋がっているという思いを込めました。ぜひラストシーンも楽しみにしてください」(上村さん)ニコライ・トゥルビン(士官候補生):村井良大さん
「今回、はじめて人前で弾くので、ちょっと緊張しています。歌のシーンを通して、ニコライのもつ柔らかさや、音楽が人々の救いとなったかが伝わると嬉しいです」(村井さん)アレクセイ(ニコライの兄、砲兵大佐):大場泰正さん
「アレクセイはトゥルビン家の長男ですが、両親がいない家なので父親的な役割も担っています。(年の離れた兄弟なので)ロシア帝国の生活・文化を知る世代の人間として、これからを生きていく若者たちにそれをどう引き継いでいくのか、誰よりも若者の将来を考えている人物です」(大場さん)<1幕2場より>続いてはトゥルビン家に集った人々が食卓を囲む場面です。
レオニード:上山竜治さん、エレーナ:前田亜季さん
レオニードは夫をベルリンに送ったばかりのレーナを熱心に口説くが、あしらわれる…
ヴィクトル:石橋徹郎さん、アレクセイ、レオニード、アレクサンドル:内田健介さん
ラリオン(トゥルビン家のいとこ、学生):池岡亮介さん
「ラリオンは大学進学のために田舎から突然トゥルビン家にやってきる、とにかく騒がしい人です(笑)。また軍人でもない今を生きる等身大の若者であるラリオンのシーンは、温かい印象を残し、みんなに愛されるキャラクターになれるように頑張ります!」(池岡さん)レオニード(槍騎兵隊中尉、現在ゲトマンの親衛副官):上山竜治さん
「オペラをたしなむ軍人レオニードを演じます。戦時下ではありますが、甘い歌声で人妻を口説く役、はい、エレーナさんに恋をしている役です。トゥルビン家の家族になれるのかは見てのお楽しみ……という感じですが(笑)。敗戦を経験しながらも、先を見つめて突き進む生命力の強い人物です」(上山さん)オペラ歌手でもあるレオニードの歌い出しに合わせて男たちの大合唱が始まる。
エレーナ(レーナ、ニコライの姉):前田亜季さん
「エレーナは、戦争で外に出ていく男性たちが帰る家を守る、港のような存在。姉の優しさや柔らかさであったり、ときには母のような大きさであったり、いろんな面を見せる女性です」(前田さん)輪の真ん中で賑やかに振る舞うというより、みんなの様子を見つめる眼差しが印象的なニコライ
客席へ足を踏み入れると張り出した舞台にちょっとビックリ。過去と現代が地続きであるように、舞台上と客席も地続きだと感じられる劇場空間です。地鳴りのような轟音も歌声も、目の前で起こっていること。人々の台詞にしっかりと体温が感じられるお芝居です。
【囲み取材】
村井良大さん、前田亜季さん、上山竜治さん、大場泰正さん、池岡亮介さん/上村聡史さん(演出)
──本作の見どころについて。
前田さん)
100年前にブルガーコフが書いた物語。厳しい状況のなかでもユーモアを忘れずに励まし合いながら生きていた。明るいシーンもたくさんあります。ブルガーコフが未来へ託した願いや祈りを丁寧に届けていきたいと思います。
大場さん)
バレエや音楽、文学の素晴らしい作品が生まれた時代、トゥルビン家に集まる人々はそんな帝政ロシアの文化が身近な階級ですが、実はそうではない階級の人たちもいる。そして上流階級の繁栄はそういった民衆の苦しみの上に成り立っている。だからトゥルビン家の人々がこの生活を守りたいと思っても、そうではない勢力の動きがあるのは当然。蜂起した民衆を敵だと言う台詞がありますが、本当はみんなを巻き込んでいい国を作りたかった。アレクセイは支配があっての安定だったということを自覚している人間です。
池岡さん)
舞台美術がすごいです。お客さんとの距離も近く、家のシーンでも、戦火のシーンでもその距離感を楽しんでください。(ご自身の見どころを言うように周りに促され)詩の朗読をします!
上山さん)
戦争というテーマがありながら、コミカルなシーンも、歌もある、緩急がある芝居が見どころです。あと新国立劇場中劇場の機構をフルに使った演出が素晴らしいです。セットが迫ってきたり、せり上がったり、回ったりするんです。見たことのない舞台です。
みなさん「上がったり?」
上山さん「このくらい、上下もしていますよね」
みなさん「ああ……」
演出:上村聡史さん
上村さん)
劇中に登場する固有名詞を見ると「ウクライナ」「キーウ」「ドニプロ川」など、今、実際に起きていることを連想するような言葉が並びます。100年前の混乱期のウクライナで、人はなにを大事にして生きていけばいいのかを丹念に丁寧に見つめ、家族への思い、隣人への思を軸にこの作品を作りました。難しそうな印象はありますが、それ以上に登場人物たちの生活の喜劇的なところと悲劇的なところ、その色彩、バリエーションを楽しんでいただければと思います。
──上演に向けた稽古で本作と向き合う中で、新しい気づきはありましたか。
上村さん)
劇世界と現実の世界情勢が重なるタイミングでの上演となりました。作家が描いた世界観に真摯に向き合ってきましたが、その過程で気づいたことは「いい台詞がいっぱいある作品」だということです。胸に迫る台詞、楽しくて笑える台詞、今の時代を連想させる台詞もあれば100年前の世界を必死に生きた人たちの思いが伝わる台詞もある。台詞で楽しめる芝居になっています。誤解を恐れずに言えば19人の俳優たちが発する台詞の質感は、しっかりとエンターテインメントになっていると思います。
村井さん)
『白衛軍』は戦争ものということで、少し堅いイメージを持っている方もいらっしゃるかと思いますが、そこで描かれているのは家族愛や人間模様。生きるエネルギーにあふれた群像劇としてお楽しみいただける作品です。
そして舞台機構も含めた演出、ここまで立体感のある舞台が8,000円ぐらいで観られるというのは、正直、お得過ぎるのではないか(笑)。それくらい、観て後悔しない、みなさんの心に残る作品に仕上がっています。12月、お忙し時期かと思いますが、クリスマスにちなんだシーンもありますので、懸命に生きる人々の姿をぜひご覧ください。
★おススメ★白衛軍相関図はこちらから(観劇の強い味方!三つ巴の戦い、配役などがこれ一枚でわかる優れもの!!)『白衛軍』スペシャルトークイベントレポート~ブルガーコフってどんな作家?~(演出の上村聡史さん、20世紀ロシア文学・文化を専門とする千葉大学大学院 准教授の大森雅子さんによるトークイベント)『白衛軍』稽古場レポート~トゥルビン家に集う愛すべき人々~(フォトコールと稽古場、同じシーンの写真に見比べも楽しい!)ストーリー
革命によりロシア帝政が崩壊した翌年──1918年、ウクライナの首都キーウ。革命に抗う「白衛軍」、キーウでのソヴィエト政権樹立を目指す「ボリシェヴィキ」、そしてウクライナ独立を宣言したウクライナ人民共和国勢力「ペトリューラ軍」の三つ巴の戦いの場となっていた。
白衛軍側のトゥルビン家には、友人の将校らが集い、時に歌ったり、酒を酌み交わしたり...この崩れゆく世界の中でも日常を保とうとしていた。しかし、白衛軍を支援していたドイツ軍によるウクライナ傀儡政権の元首ゲトマンがドイツに逃亡し、白衛軍は危機的状況に陥る。トゥルビン家の人々の運命は歴史の大きなうねりにのみ込まれていく......。
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人