『天保十二年のシェイクスピア』が、日生劇場にて幕を開けます!
佐渡の三世次(浦井健治さん)
きじるしの王次(大貫勇輔さん)、お光(唯月ふうかさん)
隊長(木場勝己さん)
発表から約400年以上を経た今も世界中で上演され続け、現代演劇にも絶大な影響を与えているウィリアム・シェイクスピアの37作品を横糸とし、江戸末期の人気講談「天保水滸伝」を縦糸として、見事なまでに織り込んだ井上ひさしの傑作戯曲『天保十二年のシェイクスピア』が誕生したのは、今からちょうど50年前となる1974年。以来、数々のカンパニーで上演が重ねられた本作ですが、2020年に藤田俊太郎さんの演出、音楽は宮川彬良さんのタッグでの上演が実現しました。そして4年のときを経て、再び日生劇場にて幕を開ける! 開幕を前に、囲み取材と公開ゲネプロが行われました。
【囲み取材】
佐渡の三世次:浦井健治さん)
この日がきました。日生劇場での景色を見て、数年前に途切れたものがようやくつながったと思っております。この傷とともに、一生懸命頑張りたいと思います。
きじるしの王次:大貫勇輔さん)
本当に素晴らしい作品。自分で言うものあれですが、この作品に関わることができて本当に嬉しいです。
お光/おさち:唯月ふうかさん)
お稽古場から本当に充実した日々を過ごすことができ、やっと皆様にお披露目できるんだと思うと、今からドキドキソワソワしています。
演出:藤田俊太郎さん)
2024-2025年版の『天保十二年のシェイクスピア』、自信作でございます。皆様、ぜひ劇場にお越しください。
──再演への思い。2020年はコロナ禍で途中で公演が中止になってしまいましたが、再演したいという思いはずっとおありでしたか。藤田さん)
とても強くありました。まず2020年に全公演を完走することができず、公演を届けられなかった(東京公演の一部、大阪公演の)お客様に届けたいという思いがありました。再演への思いをずっと持続しながら準備を重ねてきて、ようやくこの素晴らしい座組で念願の再演が叶ったことを大変嬉しく思っています。
浦井さん)
感慨深いです。日生劇場でこのセットに立つと、なんでしょうね、「ばんちょうさん(辻萬長さん)がここで笑っていたな」「ダメ出ししてくれたな」ということが思い出されます。そして改めて、木場さんの前口上からのすべてが本当にかけがえのない、豊かな時間だと思って過ごしています。
──大貫さんは、今回が初参加となりますが稽古でご苦労された点は。大貫さん)
この髪と着物の裾さばきです。大立ち回りもあるので、髪が顔にかかったり、ちゃんと裾を割らないと足が前に出なかったり。
あとは刺青(メイク)があるので、大好きなサウナには2か月は行けないことです。あまり落とさないようにして、塗り直しながら2か月、刺青とともに過ごします。
藤田さん)
せっかくなのでここで……
大貫さん)
片肌を脱ぐシーンがあり、そこのさばきも難しく人の介錯がないと戻せなかったりします。
こうした制約がある中でお芝居するのは、大変ですが、ある意味ですごく楽しいです。
藤田さんが介錯を
──ダンスを披露する場面もありますか。大貫さん)
洋舞と日舞の差も楽しんでいただけたらと思います。
──唯月さんは二役ということでご苦労もあるかと思います。前回と比べ、ご自身で成長を感じるところは。唯月さん)
テンパらなくなりました(笑)。テンパると、お光?おさち?今どっちなんだろう?となってしまうんです。
数十秒単位で二人が次々と切り替わる場面があるのですが、そこで1つでも着替えの手順を間違えてしまうとすべてが遅れてしまう。まるでタイムアタックのようです。そこは作品の見どころでもあるのでしっかりと責任をもって務めたいと思っています。ただ自分一人の力では絶対にできない早着替えもあるので、いろんなギミックやたくさんの方の支えがあるからこの二役ができているということも日々実感しています。感謝の気持ちをもって、この作品に挑みたいと思っています。
唯月さん)
常に精神力、体力との戦いなので、この作品が終わったら自分はすごく成長しているんじゃないかなと思います!
──浦井さんから見た大貫さんの王次は。大貫)知りたい!
浦井)知りたい(笑)?
浦井さん)
いやもう本当に素敵です。ダンスや殺陣も含めて、勇輔がいることで相乗効果というか、素敵な化学反応が起きています。新しい、勇輔の王次像も感じるし、どこかに自分の面影も背負ってくれているような感じもしています。王次が陽なら、三世次は陰。生き生きとした勇輔の王次を見て、鏡に映った表裏一体の存在として三世次をどう作ろうか。そう思える王次です。
──大貫さんは前回王次を演じられた浦井さんからなにかアドバイスをもらったりということはありましたか。大貫さん)
絶対に影響を受けると思って、自分の王次が出来上がるまでは前回の映像を見ないようにしました。初日が開けたら見ようかなと思っています。
だから浦井さんから、王次に関してのアドバイスはもらっていないのですが、三世次として存在している浦井さんを稽古場でずっと見ることで自分の王次を作り上げることができました。三世次を意識して、全体のバランスを考えるというまさに鏡のような存在です。
そして稽古から浦井さんの台詞術に圧倒されました。三世次の長台詞を明晰に、テンポよくしゃべる。この芝居を裏で操る人物の妖しい魅力と、浦井さん自身のミステリアスな感じが相まって素敵な三世次です。光が強ければ、影が濃くなる。だから僕は、自分にできることを精一杯やっています。
──三世次という人間について。大貫さん)
三世次を見ていて思うのは、三世次の邪悪さは大なり小なり誰しもが持っているもの。自分の中にもいる、どこか遠くない存在だと感じます。ただ人はその悪事を行わない。
浦井さん)
三世次は極悪人ですが、僕は、そうならざるを得なかった人だと思っています。
時代の変革期の大きなうねりの中で出てしまった膿のような存在で、いつの時代にも三世次のような人物は登場しうる。井上ひさしさんは50年前に、そんなメッセージを込めたように感じています。すごくヒリヒリとする怒りにも似た感覚があります。
生きるって大変なこと、たくさんの困難を描くことで、逆説的に生きるってこんなに豊かで素晴らしいんだということを伝える。そうとらえると、爽快感というか、演じていて気持ちよくなるところもあります。すごく大変な役なんですけどね。そんな僕に、今日、木場さんがお手紙をくださいました。自分にとって最高のギフト、役者冥利に尽きます。
──差し支えなければ、どんなお手紙だったか……浦井さん)
ラブレターでした。
大貫さん)
もうひとつだけ言っていいですか! 最初は三世次を毛嫌いしているのが、見ていると徐々に「頑張れ、頑張れ」と応援したくなり、どんどん成り上っていく様子を「いいぞ、いいぞ!」と思っていると、ある時突然「いやダメだ、こんなやつは存在してはいけない」となる。自分の中に、その瞬間が訪れたときすごく驚きました。
──2024-2025年版の見どころは。藤田さん)
3人の話を聞きながらも思ったことでもあり、稽古場や劇場に入ってからの舞台稽古でも思っていることがあります。当たり前のことですが、舞台は役者のものだということです。僕は演出家としていろんなことをみんなに渡して、こういう作品を作りたいと伝えます。
それはまさに、2024年から25年の世相とか、虚と実とか。
この作品のなかでコロナ禍以降の4、5年、あんな光景もあったよね、こんな光景もあったよね、それを役者のみなさんが見事に体現なさっています。その役者が見せる、役を通した生き様こそが最大の見どころだと思っています。そして今のこの世の中にあるいろいろな言葉を、実は三世次は体現しているんです。
もちろん2020年のカンパニーと作ってきたものが礎となっています。今は天国にいるばんちょうさんもそうですが、一緒に創作したメンバーにはリスペクトしかありません。その上で、今回、私たちが作った天保十二年の世界は、まさに鏡のようにコロナ後の世界を映しているのではないかと思っています。
浦井さんの三世次は、真実の言葉を持っている三世次。劇場で、浦井さんの言葉は観客の皆様に真実を伝えるでしょう。
浦井さん)
泣きそう
藤田さん)
大貫さんの王次は太陽のような存在です。光をお客様に渡します。
そして、ふうかさんのお光とおさちは喜劇です。世界にあるすべての喜びを劇としてお届けすることができる。今は任侠の姿でいらっしゃいますが、お客様も劇場を後にするときにはふうかさんの芝居を思い出して笑いが止まらなくなることでしょう。稽古場からの帰りの僕がそうであったように(笑)。喜劇人としての魅力をいかんなく発揮されています。
というように総勢29名の役者全員に対して語りたくなる魅力があります。みなさんにも一人ひとりの魅力を発見していただきたいと思います。もちろん役者のみならず、プランナーも含めたカンパニーのすべてが見どころです。
──最後に、浦井さんからメッセージをお願いします。浦井さん)
『天保十二年のシェイクスピア』は井上ひさしさんの傑作戯曲としてたくさんのカンパニーで受け継がれている作品です。僕らの座組でも、木場さんが本当に隅々まで目を光らせて我々役者にも、スタッフさんにも、背中で見せてくださったり、微笑んでくださったり、様々な形でたくさんのことを伝えてくださっています。先輩たちの存在、作品が継承されていくということを通して、役者、スタッフ問わず、演劇って素晴らしいなということを学んでいます。その素晴らしさはきっとお客様にも届くと信じています。
それと同時に、生きることはとても大変なこと、権力や業というものを井上ひさしさんは描いていますが、それでもやっぱり生きることは素晴らしい。祝祭劇として、最後に昇華される作品です。亡くなった後にはみんなでお祭り。50年前に書かれたのに、今の時代に伝わる作品です。
日生劇場、無観客で撮影した同じ場所での場当たり稽古では、僕はちょっとウルッとしたんです。あそこから繋がっているんだと。そして藤田版の自分の前任者(高橋一生さん)の三世次も背負い、みんなで作ってきたものを、東京、大阪、福岡、富山、愛知の各地で楽しんでいただけるように、精進して参ります。
【公開ゲネプロ】
以降、舞台写真等多数掲載、まっさらな気持ちでの観劇を楽しみたいという皆様はご注意ください木場勝己さん演じる隊長の前口上で始まる本作。「帰ってきました日生劇場」に、ゲネプロとは思えないほどの万雷の拍手。それは劇場にいた一人ひとりの心の声であり、劇場自体もそれを喜んでいるようでした。そして幕が上がると、賑やかな♪「もしもシェイクスピアがいなかったら」で一気に作品世界へといざなわれます。とにかく感じるのは、天保の世を生きる人々の生命力。一曲目から、シェイクスピア×天保水滸伝×井上ひさしを体現し東西を自在に行き来する音楽! 観劇後も思わず口ずさんでしまう名曲ぞろい。
佐渡の三世次(浦井健治さん)
そこから佐渡の三世次の一代記が始まるのです。言葉巧みに人心を操り成り上っていく三世次、立身出世ではなく、やっぱり成り上りという言葉がぴったり。浦井健治さんが、どこか悲しみをのぞかせながらも、次第に自らの野望、悪だくみに飲み込まれ悪そのものになっていく三世次を力強く演じます。
きじるしの王次(大貫勇輔さん)
光と影、三世次が影ならば光は……大貫勇輔さん演じるきじるしの王次です。でっかい打ち上げ花火のような華やかな登場、躍動する肉体、そこも三世次とまったく違います。大貫さんの王次、本当に眩しいほどの魅力です。清滝村の女性たちが放っておかないのも納得。
王次、お光(唯月ふうかさん)
茂平太(新川將人さん)、おさち(唯月ふうかさん、2役)
お光とおさちの二役を演じる唯月ふうかさん。父である鰤の十兵衛の怒りにふれ家を追い出されて、笹川の繁蔵に世話になり、女勝負師となり帰郷。キリっとした「かっこいい」女性として清滝村へ帰ってきます。隙のないところからの、とある事情もあり王次LOVEになるギャップが確かに喜劇! 可憐、任侠、からのLOVE、名コメディエンヌぶりを発揮されています。
鰤の十兵衛(中村梅雀さん)と娘たち
お光(唯月ふうかさん)、小見川の花平(玉置孝匡さん)、お里(土井ケイトさん)、十兵衛、お文(瀬奈じゅんさん)、よだれ牛の紋太(阿部 裕さん)
十兵衛の次女のお里(土井ケイトさん)、隊長、長女のお文(瀬奈じゅんさん)
鰤の十兵衛の中村梅雀さん、長女お文の瀬奈じゅんさんはともに新キャストですが、一家の長としての迫力はさすがのひと言。老いをにじませる十兵衛の誤算、嘆き、その後の運命は悲劇であり喜劇。行く末も含め、二人と次女お里も含め、やっぱり親子です。また十兵衛の駄洒落や、お文とお里の内心が聞こえてきて、しかも会話が成り立ってしまうという台詞劇の妙も井上戯曲の面白さ。豊かな台詞、言葉があふれています。
ほかにも悲恋あり、予言あり、あの名台詞の日本語訳一挙披露ありのもりだくさんな展開!
清滝の老婆(梅沢昌代さん)
お里、尾瀬の幕兵衛(章平さん)
佐吉(猪野広樹さん)
浮舟太夫(福田えりさん)
お冬(綾 凰華さん)、お文
これは!
語り部として時を操り、物語を操り、そして物語をじっと見つめていた隊長が、役名通りの抱え百姓(小作人)たちのまとめ役“隊長”となったとき──物語との距離がさらに生々しくなるような印象を受けました。観客との橋渡し役から、物語を生きる人間へと変貌していく様に凄みを感じるのです。
力強い生き様とともに壮絶な死に様も描かれる本作、さらにその後の死者たちからのメッセージ。笑って泣いて怒って恐れて……心を動かされた後に確かに残る観劇の重み。演劇が好きだ!と再認識できる時間でした。それにしても今年、生誕90年の井上ひさしさんが50年前に書いた戯曲、この混沌、カオスを鮮やかにエネルギッシュに描き出す大作を40歳でお書きになったのかと思うと。自らと比べることのおこがましさは重々承知ですが、それでも驚きと尊敬、そして感謝しかありません! そしてそれを見事に立ち上げてくださった、カンパニーの皆様にも感謝と心からの拍手を!
豊かな台詞、豊かな音楽で届けられる2024年-25年の『天保十二年のシェイクスピア』は、日生劇場にて12月29日まで上演、その後、大阪・梅田芸術劇場、福岡・博多座、富山・オーバード・ホール、愛知・愛知県芸術劇場にて上演です。
カーテンコールでキャストが劇場を駆け回る光景に、
なんだかとめどもなく涙があふれてくるのでした
※ 辻萬長さんの「辻」は一点しんにょう
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人