帝国劇場にて上演中のミュージカル『レ・ミゼラブル』、いよいよファイナルウィーク突入です。1985年のロンドン初演から2年後の1987年に日本初演、2013年からは現在の新演出版に生まれ変わり上演されてきた本作。盤石の続投キャストに新キャストが加わり、進化し続ける2024-2025年公演は帝国劇場を皮切りに、大阪、福岡、長野、北海道、群馬と全国6都市でのツアー公演を行い、2025年6月の大千穐楽まで各地を駆け抜けます。

写真提供/東宝演劇部

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まもなく建て替えのための一時休館を迎える帝国劇場。現帝劇を語る上で欠くことのできない『レ・ミゼラブル』(以下、『レミゼ』)、日本の『レミゼ』を語る上で欠くことのできない帝劇、ともに日本のミュージカルの歴史を築いてきた作品と劇場。新たに加わったキャストがもたらす新しい風を感じ、衣裳デザインの変更などによるより豊かな色彩を持つ絵画のような新しい景色を見ることもできる、今期の公演をレポートいたします。
幾度となく観劇してきた『レミゼ』の豊かな音楽性と高い演劇性の両方に改めて驚かされます。オーケストラが奏でる前奏から心が動き、俳優が届ける言葉、心情が深く突き刺さる。大河小説をスピーディーに展開させるのも音楽と演劇の力──本作がミュージカルの金字塔と言われるゆえんはそこにあるのです。
特筆すべきは、生々しい感情の積み重ね。バルジャンが自問する<フー・アム・アイ>、もちろんその先の展開は十分にわかっていても、ギリギリまでもう一方を選ぶ未来も見せるギリギリの迷い。ただそこでミリエル司教に救われたときのバルジャンに立ち戻り、正しくあろうと、道を選択していく。そこにあるのは誰かに存在を認められ、肯定された者の強さです。
また、バルジャンが司教に救われたとき、ファンテーヌがバルジャンに守られたとき……出会いと愛の連鎖が色濃く描かれるからこそ、エポニーヌがバルジャンに優しい言葉をかけられたときの驚きと戸惑いの表情に、「もし彼女にも庇護者がいたなら」という思いがわいてきます。それでもマリウスへ無償の愛を捧げるエポニーヌ、より一層切なく映ります。
初演から40年弱、世情も大きく変化してきました。分断や差別、格差の広がりなど、悲しいかな、テナルディエの「この世は生き地獄さ」という言葉が真実味を増す現代に至るまで、ずっと支持され続けるのは、本作が社会と人間の本質を描いているからでしょう。そして「誰かを愛すること」、その意味が観客を勇気づけ、明日への希望を受け取って帰路につくことができるのです。
ここからは、『レミゼ』の、帝劇の歴史に名を刻んだキャストについてレポートいたします。
1月6日昼公演(ジャン・バルジャン:飯田洋輔 ジャベール:小野田龍之介 ファンテーヌ:生田絵梨花 エポニーヌ:ルミーナ マリウス:山田健登 コゼット:加藤梨里香 テナルディエ:染谷洸太 マダム・テナルディエ:樹里咲穂 アンジョルラス:小林 唯)を中心に、他日観劇したキャストについても言及いたします。

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ジャン・バルジャンは新キャストの飯田洋輔さん。<独白>の力強さ、<フー・アム・アイ>の迷い、<彼を帰して>の祈り……人間バルジャンとして生き抜きます。言葉を、音楽を大切に丁寧に届ける、そこでは飯田さんの確かな歌唱力が大きな武器になり、作品や役に誠実に向き合う姿が、バルジャンに重なる。初『レミゼ』、初帝劇、堂々たるデビューです。
佐藤隆紀さんはプロローグの荒々しさなど芝居に磨きがかかり、心の動きがより鮮やかに伝わります。初役時より佐藤さんのバルジャンの代名詞ともいえる<彼を帰して>は慈愛そのもの、芝居の積み重ね、自らが受けた恩を返していくバルジャンの生き様が象徴されます。絶品! そして吉原光夫さんは怒りも葛藤も愛もすべての感情が“生”です。目の前で起きたことの一つひとつに応えていくことで、バルジャンの人生を舞台上に立ち上げる。それを追体験してきた観客の脳裏には、終盤、マリウスに自らの人生を語り始めた瞬間、3時間のドラマ(バルジャンの人生)が走馬灯のようによみがえるのです。

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アンジョルラスからの役替わりでジャベールを演じるのは小野田龍之介さん。プロローグでは、バルジャンを囚人の一人として認識する職務に忠実な人という印象。その後のドラマを知るがゆえにバルジャンとジャベールという宿命の二人ととらえがちですが、それを軽やかにかわすような新鮮。職務に忠実な姿は、光に照らされ高らかに歌い上げる<星よ>でより輝く。清々しいまでの伸びやかな歌声は小野田さんならではです。ただそこで輝けば輝くほど、<自殺>で吸い込まれていく闇は深まる。悲しみなのか、憐憫なのか、ジャベールの最期に対して自分が抱く感情に改めて向き合いたくなるジャベールです。

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同じく新ジャベールの石井一彰さんは、一瞥する視線がクール。正義の名のもとに行動し、次第に正義にがんじがらめになっていく苦しさが繊細なお芝居から伝わります。瞳の奥で青白い炎が燃えているようなジャベールです。伊礼彼方さんは歌声、芝居はもちろん、そこにたたずむ姿からも独特の圧が感じられます。バルジャンへの執着のグラデーションも、自らの信念に対する揺らぎも、現在進行形だと感じさせる面白さがあります。相手によって、その日によって、ジャベールとしての感情に正直に(もちろん筋書きを逸脱することはなく)演じるからこそ生まれる温度がある。ここまで揺れても軸はブレナイ、そのさじ加減も絶妙な円熟のジャベールです。

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ファンテーヌの生田絵梨花さんはコゼット、エポニーヌに続く3役目となります。長く上演されているからこそ、一人の俳優が演じる役の変遷が『レミゼ』の歴史になることを体現する生田さん。またトリプルキャストのみなさんが新キャストで臨んだ今期、それぞれが物語序盤、バルジャンの人生に大きな影響を与える人物として確かな存在感を示します。幸せな未来を夢見ていたきらめきとタイトル通り<夢やぶれて>の絶望、悔しさ、そしてあらゆる感情を超える娘のコゼットへの愛──生田さんは最期のシーンの儚さや可憐さ、純白の印象が強く、エポニーヌからの役替わりとなった昆夏美さんにはコゼットのためになんとか術を探そうとする意志の強さにハッとさせられます。木下晴香さんは怒りと絶望の色が濃く、その怒りをぶつけたバルジャンが救いの手を差し伸べた瞬間の驚きの表情に心を動かされます。

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エポニーヌは韓国でも同役を務めたルミーナさん。たった独りで舞台に立ち、歌う<オン・マイ・オウン>では、その一身に劇場中の心を引き寄せます。届かぬ思いへのさみしさはどこかドライで、それでも求められれば応えたいという恋心、現実……一色でない心を力強く歌い上げます。もう一人の新エポニーヌの清水美依紗さんもまた、とても魅力的。マリウスにちょっかいを出すかわいらしさ、強盗団にもひるまないたくましさや大胆さも見事ですが、なにより事切れるその瞬間のかすかな歌声にも感情がこもる、繊細な芝居にも心打たれます。

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山田健登さんはナイーブさが印象的なマリウス像を体現。コゼットとの出会いの瞬間、学生たちの情熱に触れた瞬間、きらめきも迷いもすべてが新鮮な感情として伝わります。もうお一人の新キャストは中桐聖弥さんです。伸びやかな歌声で登場からきらりと光り、その輝く眼差しは残酷なまでに一途にコゼットへ向けられる。ABCカフェでの迷いも含め、まっすぐな青年像。そして三浦宏規さんは、キラッキラの初役以降、数々の作品で主演の経験も積み俳優として貫禄十分。それでもキラキラ失わない眩しいマリウス。さらに、目の前で起きたことに感受性豊かに反応していく芝居の精度によって、<恵みの雨>がこの上なく悲しく優しいシーンに映ります。
コゼットは加藤梨里香さん。クルクルと変わる表情、溌剌とした振舞いに、新しい世界へ飛び立とうとするエネルギーが溢れるコゼットです。その強さの裏に確かにあるバルジャンの愛を色濃く感じさせるのが、敷村珠夕さんのコゼットです。マリウスとの出会いをきっかけに成長していくコゼットをしっかりと見せます。

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染谷洸太さんは新テナルディエ、“新”にふさわしい鮮烈な印象を残します。<宿屋の主人の歌>でのアクロバティックなパフォーマンス、身のこなしは軽やかで軽妙。それと裏腹な強い歌声から感じる底知れぬ悪さ。多面的な、存在感バッチリのテナルディエです。そして4人の俳優がキャスティングされたテナルディエ、まさに四者四様の魅力にあふれます。六角精児さんは、言葉をメロディに乗せ、御自身のフィルターを通し伝える。そこからにじみ出る生き様が独自のテナルディエ像になります。斎藤司さんは人の心をつかむ力の大きさに加え、さらに高まった歌唱力で自由自在に暴れます。駒田一さんは、生き抜く力強さ、欲望に忠実な生き様に愛嬌を纏わせる。でも油断してはいけない怖さもにじむテナルディエです。

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マダム・テナルディエの樹里咲穂さんは、ひとたび声を発したときの支配力が凄まじい。マダムの生きてきた歴史を感じさせる肝の据わり方が半端ないです。谷口ゆうなさんはチャーミングな振る舞いに隠れたしたたかさと大胆さが印象的。宿屋、パリ、結婚式と全く景色の異なるシーンを貫く確かなキャラクター作りが生き抜くために必要な揺るがない欲望に説得力を持たせます。

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アンジョルラスは小林唯さん。その声の強さ、伸びやかさに、登場の瞬間からリーダーの風格が備わっている!と感じます。ABCカフェで見せる信念の強さ、バリケードで次第に追い詰められていくなかで色濃く見える孤独。最期の叫びが今も耳に残ります。フイイ役も兼任する岩橋大さんは、アンジョルラスでも学生たちを同じ目線で語り合い、まとめ上げるリーダー像。真っ直ぐに未来を見つめる眼差しと同じく真っ直ぐな歌声で学生たちを率います。木内健人さんは、アンジョルラスとしての存在感、カリスマ性が目を引きます。笑顔の奥にもどこか悲しみが見え隠れし、仲間の死を前にしたときの後に引けない、引かない決断がどこか無謀にも見える、若さゆえの脆さも感じさせます。
学生たちの死については、多くの犠牲の上に新しい時代が切り拓かれたことはわかっていながら、ついさっきまで目の前で仲間と笑い合い、お酒を酌み交わしていた彼らが……。理屈を超えて、若者たちの死にどこか虚しさにも似た得も言われぬ痛みを感じます。これは目の前で生身の人間が演じる舞台芸術だからより強く感じることかもしれません。

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個の印象をお伝えしましたが、もちろん組み合わせの変化で生まれるものもあるのが舞台。そこに観客のライフステージ、心境も掛け合わされて、一期一会の『レミゼ』となる。そんな登場人物たちの人生が交差する<ワン・デイ・モア>、最後に歌う<民衆の歌 リプライズ>は何度聴いても胸が熱くなります。
そして、囚人、農民、工場の労働者、学生、貴族などなどいくつもの役を演じるアンサンブルキャストのみなさんが作り出す作品世界も『レミゼ』の大きな魅力。キャラクター一人ひとりに命を吹き込み、生きるみなさんにも心からの拍手を。本編の幕を開ける<一日の終わりに>のエネルギーにもいつも圧倒されます。
普遍性と今日性が共存する『レミゼ』は、ここからも観客とともにさらに進化し続けることでしょう。『レミゼ』カンパニーはここから帝劇を飛び出して、ツアー公演へ。 まずは梅田芸術劇場、続いて博多座、まつもと市民芸術館、札幌文化芸術劇場 hitaru、最終公演地の高崎芸術劇場まで、まだまだ旅は続きます!
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おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人