『フロイス ーその死、書き残さずー』@紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
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3月8日より紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演されるこまつ座新作『フロイスーその死、書き残さずー』。“こまつ座の完全新作”という言葉のワクワク感、その期待にたがわぬ、演劇の楽しさと骨太なメッセージ性をもつ本作の稽古場レポートをお届けします。(稽古場写真:宮川舞子)
劇作家・井上ひさしさんが、ポルトガル人宣教師ルイス・フロイスと彼を取り巻く人々との間で交わされた書簡をもとに、フロイスの悩みや生涯、宗教観、彼の生きた時代を描いた評伝作品「わが友フロイス」。本作は同じくフロイスを題材に、劇作家・長田育恵さんがオリジナルで作劇した新作戯曲です。長田さんが描いたのは宣教師としての使命と人への愛着の矛盾に葛藤する人間味あふれるフロイスと、彼と交流する5人の人間ドラマ。そこに命を吹き込むのは演出家・栗山民也さん。栗山さんのもと、俳優一人ひとりが戯曲や芝居と真摯に向き合う静かに熱い稽古場です。
この日は第一幕の通し稽古。
幕開きは舞台上に一人佇むフロイス(風間俊介さん)のモノローグ。幼いころから文字や文章に親しみ、その才能の片鱗を示していたフロイスの心に深く刻まれたある記憶を語る場面から始まります。風間さんの真っ直ぐな眼差しは、その視線の先にある少年フロイスが見た景色を観客に想像させ、語る言葉の確かさは、その瞬間にフロイスのなかで生まれた衝動、そのときに受けた衝撃の大きさを伝えます。観客として、ここからフロイスとともになにを見て、なにを感じるのか──少し背筋の伸びるようなピリッとした第一場。
一転、第二場の舞台は1563年、戦国時代の長崎の港町“横瀬浦”。長い船旅の末ようやく日本にたどり着いたフロイスは激しい高熱で意識朦朧。彼を看病するのは、日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルとともに来日し、ザビエルが日本を離れてからもこの地で布教活動を続けてきた修道士フェルナンデス(久保酎吉さん)。司祭(パードレ)であるフロイスを歓迎するフェルナンデスがフロイスに語り掛けると、それまでのモノローグの重厚感からふっと解き放たれダイアログの温かさが生まれます。栗山さんの言葉をお借りすれば「ダイアログになることで、モノクロの世界が色彩を帯びるような劇空間へと鮮やかに変わる」のです。
そして久保さんが醸し出すおおらかさや人懐っこい笑顔は、日本語も堪能で日本文化にも精通しているフェルナンデスのコミュニケーション能力の高さにピッタリ。軽やかなだけでなく、人生経験に裏付けされた洞察力も持ち合わせるフェルナンデスは、まさに誰もが慕うフェル様!
こうして温かく迎え入れられたフロイスですが、その直後に謀反が起こりその身に危険が迫ると、そこから彼の人生は急展開を見せるのです。内乱が続く、まさに混迷の時代のお話です。
なんとか逃げ延びた二人、フロイスとフェルナンデスが流れ着いた平戸沖の度島(たくしま)で出会う女性、かや(川床明日香さん)はうつろな目をした女性。対照的にギラギラとした目の野心家、惣五郎(戸次重幸さん)にどんなにぞんざいに扱われても動じることもないほどに村の厄介者として虐げられてきたかやですが、フロイスとの出会いを機にその人生は大きく変化します。その瞳に光が宿り自らの意思で、人生を歩み始めるかやの解放感や喜び、変化していくかやという人物を川床さんが体当たりで演じます。
そんなかやのフロイスを慕う気持ち、ひたむきな姿はフロイスにもある変化をもたらします。繊細でやっかいなフロイスの心の機微を風間さんが丁寧に表現し、布教の使命感と理性だけでは描き切れない人間味あふれるフロイスに!
また、戸次さんが豪快に演じるのは漁師から大商人にまで成り上る惣五郎、登場するたびにスケールアップしていく様子も見どころです。よく言えば類まれなる商才、悪く言えば悪知恵が働く、善人とは言い難い惣五郎ですが、どこか憎めない魅力的な人物です。栗山さんからも、「惣五郎は登場するたびに局面を180度変える存在」という言葉がありましたが、それだけの威力のある戸次さんの惣五郎です!
度島でフェルナンデスからキリスト教の教えを説かれ改宗することになるのはたつ(増子倭文江さん)。こってりとした方言で交わす、たつとフェルナンデスの問答のテンポの良さはまるで旧知の仲ですか?と聞きたくなるほど(笑)。そこではじめて知る仏教とはまったく違うキリスト教の教えに唖然とするたつ、言葉は発せずともその表情でカルチャーショックの大きさが伝わる増子さんのお芝居の説得力!たつの目からうろこが落ちる、そのうろこが見えそうなくらい心情がクッキリと見えます。また、そんなたつの瞳を照らす照明の塩梅も絶妙です。
フロイスが横瀬浦で出会う須永道之助(采澤靖起さん)は、キリスト教に改宗した領主とともに洗礼を受けた大村家の家臣。彼の人生も激動という言葉がぴったり。殿に忠誠を誓い、改宗した道之助のキリシタン武士という立場、生真面目さ、彼も日本人を象徴するひとり。采澤さんが怒りと戸惑いのなかで語る第一幕最後の道之助のモノローグも非常に重く響きます。
こうして生まれや立場、年頃も異なる6人の登場人物がキリスト教やフロイスを中心とした数奇な縁で巡り会い、やがて実直な武士とちょっと胡散臭い商人が義兄弟の契りを結んだり、小さな島の小さなコミュニティで生きてきた女性が突然異国の宣教師と出会い信仰に目覚め、その手助けをしたり、非常に豊かな関係性を育んでいく第一幕。しかし第二幕では、織田信長、豊臣秀吉といった時の権力者のもとでキリスト教徒を取り巻く状況は大きく揺れ動き、フロイスたちはその度に翻弄され、迷い、それでもなにかを信じようと葛藤する。そんな愚かしくも愛おしい人間たちの姿を描きながらクライマックス、1597年の長崎西坂二十六聖人殉教へと突き進む本作。フロイスはそこでなにを見るのか、そして自らの使命「布教の完遂、その証」とどう向き会うのか。ぜひ劇場で見て、感じていただきたい作品です。
第一幕通し稽古が終わると、栗山さんからの丁寧なフィードバックの時間。
印象的だったのは「それぞれの役の声」という栗山さんの言葉です。宣教師、武士、商人、村の女性……、まさに6者6様のバックグラウンドを持つ登場人物たちの生業や生活する地域性によって異なる語りの温度感、声の役割分担あるというお話です。惣五郎なら経済、フロイスなら信仰など、発する声からその人間というものが色濃く見えてくるとさらに面白い作品になる!と。確かにその面白さはすでに表れていて、ここからどう深まっていくのか本番が楽しみです。
また、言葉へのこだわりも単語レベル!たとえば「年貢」という言葉を発するときの重み、それを聞いたリアクションの大きさ、年貢がどれほど人々の生活に重くのしかかっていたのかを、そのひと言の言い方、聞き方で表現する──お芝居って面白い! そうして積み上げられていく言葉・言葉・言葉、すると今度は間(ま)のお話です。「これだけ言葉が多い芝居、一つひとつの言葉をしっかりと言葉を発すれば、間はただの無音ではなく、それどころか間からわーっと言葉が聞こえてくる」という言葉に──お芝居って奥深い!!
ほかにもダイアログのなかに差し込まれるモノローグの効果、天下人をも巻き込んだダイナミックな物語展開から、日々の営みの何気ない会話の尊さまで描き出す作劇。本当に演劇の面白さがギュッと詰まった作品です。ちなみに外国人であるフロイスとフェルナンデスの会話と日本人との会話、言葉はどう表現を分けるのだろうと疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。それは──観てのお楽しみです。「なるほど!」ですよ。
「弱き者に意思はない!」「民を改宗させるにはまず領主を改宗させる、トップダウンこそが唯一の道」、これがザビエルやフェルナンデスがたどり着いた日本の社会構造。それに驚きながらも、その後もフロイスはいくつもの日本や日本人の不思議に直面します。上に従い、ただ受け入れ怒らない、その異質さは決して戦国時代だけのものではなく、今を生きる私たちもドキリとするような鋭い指摘。こうしてふとした瞬間に戦国時代の話が、現代の話に姿を変えるのもまた演劇のもつ力です。
キリスト教の話というだけでもなく、史実の振り返りでもない、あの時代を生きた人のドラマを通して描かれる現代に繋がる問いや変わらぬ人々の温もりがそこにある。2025年に新作として上演される意味のある作品です。
そして長田さんが紡いだ美しく力強い戯曲のその奥に確かに感じるのは、文筆に長けた誠実な記録者でもあったフロイスや、「記憶せよ、抗議せよ、そして、生き延びよ」の言葉を遺した井上ひさしさんの志。その戯曲に命を吹き込むのが「演劇は歴史の記憶装置である」と語る栗山民也さんと俳優たち。いろんな点と点が繋がって、今、届けられるこまつ座さんの新作! こまつ座さんファンとしては、キャスト6名という数字にもなんだか(勝手に)親しみがわきます。そして長田さんが描いた6人の登場人物が誰もが完ぺきではないけれど、愛すべき「人間」として舞台上でひたむきに懸命に生きていることに喜びを感じます。
劇に人間のどうしようもない愚かさや愛おしさを書き込むこと。それは先生が教えてくださった、私の作劇の根幹です──
この公演リリースの長田さんコメントを拝見したときに感じたワクワクは間違っていなかかったと確信!
16世紀末に、故郷から遠く離れた日本で暮らしたフロイスの問いと祈りを、劇場で自分自身がどう受け止めるのか。この6人の俳優の声、肉体で届けられる『フロイスーその死、書き残さずー』の開幕は、もう間もなくです!
「作品について」こまつ座さんや本作と井上ひさしさんの関係などはこちらから!
『フロイス ーその死、書き残さずー』@紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
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★終演後スペシャルトークショーの開催決定★3月23日(日)1時公演 釆澤靖起さん、久保酎吉さん、戸次重幸さん、
3月28日(金)1時公演 川床明日香さん、増子倭文江さん
※スペシャルトークショーは、開催日以外の『フロイスーその死、書き残さずー』のチケットをお持ちの方でもご入場いただけます。ただし、満席になり次第ご入場を締め切らせていただくことがございます。
※出演者は都合により変更の可能性がございます。【公演情報】
こまつ座 第153回公演『フロイスーその死、書き残さずー』
東京公演:2025年3月8日~30日 紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYA
兵庫公演 :4月5日(土)@会場:兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール
岩手公演 :4月12日(土)@奥州市文化会館(Zホール)大ホール
群馬公演:4月16日(水)@高崎芸術劇場 スタジオシアター
宮城公演 :4月18日(金)@仙台銀行ホール イズミティ21 大ホール
大阪公演 :4月25日(金)~26日(土)@梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
【作】長田育恵 【演出】栗山民也
【出演】風間俊介 川床明日香 釆澤靖起 久保酎吉 増子倭文江 戸次重幸
おけぴ取材班:chiaki(取材・文)監修:おけぴ管理人