まもなく開幕する新国立劇場<こつこつプロジェクトStudio公演>『夜の道づれ』。「演劇システムの実験と開拓」として始まった「こつこつプロジェクト」。2021年の第二期よりこのプロジェクトに参加し、本作の演出を手掛けるのは京都を拠点に活動する劇団烏丸ストロークロック主催の柳沼昭徳さん。第二期および第三期に亘り、文字通り「こつこつ」と稽古を積み上げてきた『夜の道づれ』が<こつこつプロジェクトStudio公演>として観客に披露されます。
こつこつプロジェクトStudio公演とは...
「こつこつプロジェクト」では、1年間の創作過程の中で、節目ごとに試演を行っています。
これまでクローズドで行っていたこの試演を、今回は「Studio公演」として、観客の皆様に公開いたします。
三好十郎が敗戦後の甲州街道で見聞きしたことを題材にした戯曲です。夜更けの甲州街道をとぼとぼと歩き続ける二人の男の会話で紡ぐ本作では、敗戦後の不安と復興へと突き進む時代を背景に、「いかに生きるか」という普遍的な問いが描かれます。また「ドキュメンタリーを志した」という三好の言葉の通り、ストーリー性は控えめながら、その会話に耳を傾けていると彼らと一緒に歩いているような感覚に陥る、特別な臨場感のある観劇体験になる予感が確信に変わる稽古場取材レポートをお届けします!
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御橋次郎役:石橋徹郎さん

熊丸信吉役:金子岳憲さん
稽古場でまず目撃したのは、「木」と「木を拠り所とする人々」。
ちょうどこの日から稽古場に登場した「木」の扱いについて、各シーンで検証していくことから稽古がはじまります。(この日までは、仮のセットでお稽古されていたとのことです)
もちろん「木」は舞台セットですので作りものなのですが、演出の柳沼さんをはじめキャストのみなさんの「木」に対する高揚感は本物! 『夜の道づれ』がまた一歩、歩みを進めた。そんなある日の稽古の様子をレポートいたします。
舞台となるのは戦後間もない東京、夜更けの甲州街道。時折杖にもたれながら歩くのは、終電を逃し歩いて家へ帰る途中の作家の御橋(みはし)次郎。そこで出会う見知らぬ男、熊丸信吉とのひとときが描かれます。石橋徹郎さん演じる御橋はその職業からもわかるように、三好さん自身を彷彿とさせます。謎の男・熊丸を演じるのは金子岳憲さん。並んで前を向いたり、前後になったりしながら歩き続け、会話を交わす二人はまさに“夜の道づれ”。初対面の二人が心の奥深くにある思いを吐露するのは、夜の暗闇の中を歩きながら……というシチュエーションがそうさせるのかもしれない。そんなことが頭をよぎります。戯曲で「男」と「人影」だったところから、「男 一」と「男 二」、そして「御橋」と「熊丸」になっていく二人の関係を会話の中で表現していく、石橋さんと金子さんの研ぎ澄まされたお芝居の引力!
二人は歩き、話し、やがてなぜ熊丸がこんな夜中にここを歩いているか明かされます。
その道中で出会う人々、林田航平さん、峰 一作さん、滝沢花野さんが複数の役を演じ、敗戦後の世を生きる人々の存在を体現します。誰もが傷つき、苦しみながら懸命に生きようとする姿が御橋、熊丸とともに観ている者の心にも突き刺さります。

洋服の男(林田航平さん)

若い女(滝沢花野さん)

復員服の男(峰 一作さん)

戦争未亡人(滝沢花野さん)
こうして写真を並べると、道中で出会う人々が冒頭にご紹介した「木」とともに存在することがよくわかります。街路樹にしがみつく男、木の横にたたずむ女、木の陰から現れる男……地に根を張る揺るぎない木という存在にすがってなんとか生きている人々。この「木」を用いた表現はこつこつプロジェクトの初期段階での石橋さんの発案とのこと。実際に木とともに芝居をしたみなさんは「木の説得力がすごいね」「こっちから見た木の枝ぶり、表情がいいね」と新たに仲間に加わった「木」を絶賛!

自然木の杖を突いて歩く御橋もまた「木」を支えにしている一人

演出の柳沼昭徳さんとキャストで、木の位置を綿密に検証する

演出家自ら率先して「木」を動かしてみる!
「延々と甲州街道を歩き続ける二人の男」というある種のロードムービー的な作品。御橋と熊丸同様に、石橋さん、金子さんは2時間ほぼ歩き続けます。ただ舞台上で “歩き続ける”視覚的な表現に限界があるのも事実なのですが、不思議なことに、この木とセットで現れる人々によって時の経過、流れていく景色が生まれるのです。
この、なんとも雄弁な「木」への興奮が、冒頭に感じた稽古場に漂う高揚感だったのです。稽古場に「木」がやってきた!それに対するみなさんの純粋な反応にちょっと感動!!
ひと通りの検証が終わると、車座になって、前回の(途中までですが)通し稽古の振り返り、稽古映像を見ての気づきを語り合います。2021年の1stから2024年の5th、そして今回と4年にわたってこの作品と向き合ってきた演出家。キャストでは石橋さん、滝沢さんは1stから、峰さんが2nd、林田さんが3rd、金子さんは4thからの参加と、歴はそれぞれですが、こつこつ参加期間の長短や、演出家と俳優といった立場の壁はまったくなく、互いに率直な感想を投げかけます。それを吸い上げ、次につなげる柳沼さん。
みなさんが同意したのは、初日まで1か月ほどのこの時期にこうして通しを映像で確認し、それをもとに話し合えることの価値。ストーリー性が控えめ、それぞれの内面を語るお芝居のため、客観視することで見えてくるものがたくさんある模様。
「ピュアな人たちが自分の気持ちを話している芝居。そこに実感がなく、ウソになると途端に転げ落ちてしまいそうな作品。登場人物の“わからない”という感情にも実感を持ちたい」と語るのは金子さん、その言葉に「同じことを自然と共有していたことが嬉しい。斜に構えるのではく、真っ直ぐな人たちなんだよね。演劇的ケレンが少ないこの作品だけど、正々堂々と真面目に届けたい」と大きく頷くのは石橋さん。さらに「人間臭さをやり取りの中で感じさせる。自分で表現しなきゃと焦って表現するより、相手に委ねて、いかに自分がじわっと感じられるか、“その人がいる”というところを目指したい」と柳沼さんが語ります。
林田さん、峰さんはお二人が演じる警官 一、二のシーンについて、みなさんからのアドバイスを踏まえて画一的な表現にならない“二人ならではの独特の関係”の構築への考察を深めます。また話しは多岐にわたり、滝沢さんは最近読んだ、戦後の実態とその表現についての証言を集めた記事の感想をシェア。そこから、見せるための芝居、つまりわかりやすさや世間が持つイメージに寄せていく芝居ではなく、俳優のリアルな存在が訴えかける芝居にしていこうと改めて確認し合うみなさん。ざっくばらんなおしゃべりのようでいて、座組がひとつになって、方向性を定めていく深度、熱量、ともにたっぷりなディスカッション。「こつこつ」の一端に触れたようなひとときでした。
夜の街道を歩き続けるということ、戦後の不安定な世の中を生き続けるということ、二人の男たちの道程から、混迷の世を生きる私たちがなにを感じ取るのだろうか。シンプルだからこそ“戯曲”を“演劇”にする俳優の言葉と肉体の凄みをダイレクトに感じることのできる『夜の道づれ』。
取材を終え、劇場を出ると、そこは甲州街道。御橋さんや熊丸さんがいつか歩いた道なのかな、そんなことにもグッとくる! 『夜の道づれ』は4月15日~20日、新国立劇場 小劇場にて上演です。4月17日14時公演、19日17時30分公演では、作品のさらなる発展のために、お客様の感想やご意見をうかがう<トークバック>も実施!
稽古や試演会をこつこつ重ねてきたこの作品に、新たに加わる観客の視線。
みなさんも、一緒に歩きませんか?
おけぴ取材班:chiaki(撮影・文)監修:おけぴ管理人